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第三章 交点に降るは紅の雨
28 作戦会議
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「では、作戦会議を始めようか」
カイトはそんな軽口を叩きながら、円になった一行を見回す。
すでに日は暮れて、ベレン館での食事を終えたばかり。
この館に滞在する期間は、全ての費用はベレン卿持ちで、世話もこの館の者がしてくれる。まさに至れり尽くせりだ。
しかしその贅沢な夕食を楽しめたのは、ヘロンとアイビス、そしてカイトくらいだろう。
巨大な一枚板のテーブルについた面々の前に並んだ、目にも鮮やかな料理──出来立てで、この地に集まる大陸中の食材を使い、香辛料もふんだんに使い、そしてベレン卿が認める料理人が腕を振るうのだ。それはそれは、美味──なのだが──。
給仕が綺麗な皿を一つ持って現れては置いて、皿が空になるころに次の料理を持って現れるの繰り返し。
透明度の高いガラスの杯は、少し力を入れれば割れてしまいそうな上、部屋に控える給仕が、口を付ける度に水を注ぎに来るから、落ち着かない。
この場にベレン卿がいないことは不幸中の幸いだったが、五人はとにかく緊張しっぱなしだった。
ユエ以外は、今回より前にもこの館を訪れてはいるのだが、実はこれほど長く滞在することは初めての経験だった。
これまではベレン卿から仕事をもらって、すぐに出かけることが多かったからだ。ベレン卿の依頼はとにかく、僻地に赴くようなものばかりだった。
そのためこの館での滞在は一日、二日だけだったので、慣れるヒマなどなかったのだ。
アイビスはこれが実家では日常だったから慣れているし、カイトは全く動じない。
そしてヘロンは給仕の女性に料理について質問し、初めての食材に驚き、豪華な食器を雑に扱って、一人この時間を楽しんだ。
「なーんでみんな、そんなにキンチョーしてんの?!」
真っ白なテーブルクロスにソースを飛ばしながら、キョトンとするヘロンに五人は、(いや、半分はお前のせいだ!!!)と心の中で突っ込みを入れる。
ヘロンの危なっかしい行動をハラハラして見ていたからこそ、五人は(自分は気をつけなければ……!)と余計に身体に力が入ったのだ。
そんな緊張感漂う夕食を終えて、部屋を移動してからの、冒頭のカイトの台詞だ。
******
「もう少し楽に話せる場所を」と、カイトがマックスにお願いし、ここ、床に座れる部屋へ移動した。
複雑な模様の絨毯が敷かれ、ふわふわのクッションに背を預け、香り高い赤ワインがお供の、豪華な作戦会議だ。
マックス以外の館の者は入って来ないようにしてもらって、ようやくいつもの空気に戻った。
「まずは……クレインたちから」
アイビスが仕切って、別行動の成果を報告し合う。
「ギルドのワグナーって言う責任者が、あの腕輪の持ち主を調べてくれるって。一週間以内にもう一度ギルドに行って、話を聞いてくることになる」
「ずいぶんとあっさり事が進んだな……」
カイトもアイビスも、ギルド側が一日で結論を出すとは思っておらず、少し拍子抜けの様子だ。
「ワグナーって人の独断みたいだけどね」
「それじゃあ次は、フェザントたち」
「はいはいは~い!!」
名前も呼ばれていないのに、ヘロンの方が身を乗り出して話し始める。
「えっとね、町ではまだ噂にもなってないみたい!!」
「……ああ、行方不明どころか、このところ特に変わったこともないってよ」
ヘロンに手で顔を押し退けられて、フェザントは鼻を押さえながら涙目で話を補足する。
「衛兵もいつもとおんなじでー!商人もおかしなことはないって言ったし!路地裏のおっかない顔のおっちゃんたちも、特に動きはナシ!!」
「とにかく俺たちの方は特に新しい情報はないってこった」
簡潔にフェザントが締めくくって、アイビスに主役を返す。
「じゃあ、最後に俺たちから」
アイビスが宿の女将の話と、衛兵の詰所で調べた荷物のことを伝える。
「えーーー?!じゃあ誰もなーんにも情報掴んでないってことかよっ?!」
自分のことを棚に上げて、ヘロンがなぜかフェザントの肩に乗り上がって、バンバン頭を叩く。
「いってぇ!!何で叩く?!」
ヘロンとフェザントのいつもの攻防に笑顔が広がる。
「いや、衛兵の詰所に行った時に、別の収穫があった」
カイトも笑いながら、昼間のことを思い出す。
******
カイトとアイビスが衛兵の詰所を訪ねたその時ちょうど、話を聞くにうってつけの人物がいた。
女将から最初に通報を受け、この事件を発覚に導いた功労者、衛兵のタヴァレスという男だ。
二人がマックスの名代として訪れたと聞き、自分から話をしに来てくれた。
「よかったです……!やはり領主様ならばきちんと調べてくださると信じていました……!」
タヴァレスは自身の進言を、ベレン卿が聞き届けてくれたことに、いたく感動している。
「それでタヴァレス、あんたが『おかしい』と感じた理由や、調査の経緯を教えてくれ」
マックスからの事前の情報でも、タヴァレスの行動や調査結果は教えてもらったが、伝聞より本人に聞くことで何か新しい発見があるかもしれない、とカイトが促す。
「はい、もちろんです。私が『おかしい』と感じたのは────」
******
タヴァレスは東門の中隊長という立場の、三十代の男だ。
兵は東西南北の門の所属と、そして中央所属に分かれる。門兵は門での検問の他に、担当地区の治安維持を担う。
検問では荷を改め、持ち込み禁止の品がないかを調べる。荷の多い商人では丸一日かかるほど、ここで時間と手間は惜しまない。検問待ちの商人のために、門には宿泊できる部屋も用意されている。
また犯罪者、入領禁止を言い渡されている者の確認も同時にしている。
そして入領証の発行。
入領証には発行した日付と東西南北どこの門か、そしてその日の何人目の入領者か番号が振られる。
門にはその番号とその人物の名前、外見の特徴などが記録として残される。
そして出領時に、出て行く門に入領証を返却することになる。
回収された証は、出領した門から入領した門へと送られ、そこで番号を照合し、問題がなければ出領完了として、証は破棄されることになる。
これがベレン領での入出の流れだ。
タヴァレスが二件の通報を(おかしい)と感じたのは、その二人の客がとても『普通』だったからだ。
ベレン領の宿では前金をもらうように決められている。
そして宿は客に入領証を提示させ、その番号を控えることも義務付けられている。
二人の行方不明者は共に、入領証を提示し、前金を払って、宿の人とも話して──どこからも異変は感じ取れなかった。
それなのにどちらも『少し出て来る』といった様子で出かけ、そのまま帰らなかったのだ。
前金を払ったのに泊まりもせず、荷物もそのまま。しかも一人は、本来肌身離さず身につけているはずのギルドの腕輪が、その荷物に残されていたのだ。
(何か事件に巻き込まれた可能性が高い……)
ベレン領は決して犯罪が少ない訳ではない。これだけの人が集まれば、自ずと諍いは増える。
だがそれでもベレン領が大陸一安全な場所とされるのは、法律の厳しさと共に、兵の多さと質、そして領民たちの協力によるところが大きい。
『関わり合いになりたくない』などと言うことはなく、衛兵の捜査に積極的に協力してくれるだけの信頼関係がある。
今回も宿屋の者が通報してくれたからこそ、この発覚に繋がった。
タヴァレスが最初に行ったのは、宿屋に控えられた番号から、行方不明者の足取りを辿ることだった。
入領した門で番号を照合し、まだ領地を出ていないことを確認。
門に控えられた名前や特徴から、身元不明の死体の中にいないか確認。
他の宿屋に泊まっていないか確認────。
しかし何の手がかりも見つけられない。
ところが捜査は思わぬ方向に転がり始める。
タヴァレスが『独り旅の男性』という特徴で行方不明者を捜していると、「そう言えば」と色んな人から四方山話を聞かされたのだ。
「そう言えば、西門にも同じような通報があった」
「そう言えば、半年前に──」
「そう言えば、南門でも──」「北門でも──」
嫌な予感が強まったタヴァレスは、自分の所属する東門だけでなく、他の門でも通報記録を調べてもらった。すると確かに西南北の三つの門にも同じような通報があったのだ。
それも狙ったようにばらけている。
一年ほど前、西門で一件。
半年ほど前、南門で一件。
三ヶ月ほど前、北門で一件。
そしてひと月前と、今回の東門で二件。
そこまで情報を集めたところで、タヴァレスが一人で調べるには限界が訪れ、中央へ協力を要請することになったのだ。
******
「──私自身、確信があった訳ではないので、中央がまともに取り合ってくれるか自信がなかったのですが……」
タヴァレスがここまで入れ込んだのは、自身の直感と、そして宿屋の女将の催促によるところが大きい。
毎日毎日、差し入れを持って詰所に足を運んでは、「何か分かったかい?」と進展を聞いてくるのだ。
そこまでされて、いい加減な捜査をするような衛兵は、ここにはいない。
ここから先は、まだタヴァレスら一般の兵には知らされていない情報になる。
タヴァレスからの報告を受けた中央は、最初はそう深刻には受け止めてはいなかった。
だがここ三年の領内でのある記録と照合し──青ざめることになった。
ベレン領では長期滞在には特別な許可がいる。そのため、入領から半年経っても出領の処理がされない者は、違法滞在者として門から中央に記録が送られる。
そういう輩はたいてい、領民からの通報で見つかることが多い。見つかればそのまま領外退去で一件落着なのだが、中には煙のように消えて、何年経っても記録が残り続ける者もいる。
そしてその記録の中に、何人もの『独り旅の男』がいたのだ。
今年、去年、一昨年の三年間とそれ以前では、明らかに統計が偏っている。
その全てが『被害者』とは言い切れないにしても、三年間で実に三十二人の『独り旅の男』が領内で行方が分からなくなっていた。
ここまで調査した段階で、ベレン卿の元まで報告が挙がり、そしてカイトたちの『仕事』として託されることに繋がった。
******
「……で?!どこが収穫なんだよ?ぜ~んぶ、マックスから聞いた通りじゃん!!」
荒ぶるヘロンに、ふたたびフェザントが立ち向かう。
「そうだ。『新しい情報がない』ということが収穫だ」
「な~に~そ~れ~!!」
言葉はカイトに向けながらも、ヘロンはフェザントと楽しそうににらみ合ったままだ。
カイトは二人を放って、全員に向けて説明する。
「つまり手持ちの情報はこれだけで──まあ、もしかしたらベレン卿が、俺たちには明かせない情報を隠しているかもしれんが──手がかりはゼロに等しいってことだ」
「どう動くか、逆に難しいな……」
計画を立てるアイビスは頭を悩ませた。
******
「……まずは情報を整理しよう。被害者像から」
「『独り旅の男性』だな」
いつものように、カイトが疑問を並べ、アイビスがポンポンと答えていく。
「ではなぜ『独り旅の男』を狙う?」
「『独り旅』なら事件が発覚しにくい。通報する者がいないし、そもそもいなくなっても気づかない」
「『男』なのは、狙ったのか、自然とそう偏ったのか?」
「女性の独り旅は少ないからな。『独り旅』を狙えば自ずと男が多くなる」
「と言うことは、犯人は発覚しないことを第一に考えている、ということだな……」
「だろうな。それにはかなり計画性と組織力が必要になりそうだ」
「犯人の目的として考えられるのは?」
「真っ先に挙げられるのは人身売買」
「他には?」
「うーん……連続殺人、とか?」
「俺は真っ先に『実験』を思いついたがな」
「『実験』?」
「人体実験」
カイトの言葉に、みんなが息を止める。
「壮年の男なら体力がある。実験するにはうってつけだろう?」
「怖いこと言うなよ……」
本気で嫌そうな顔をするアイビスを笑って、カイトはさらに続ける。
「いなくなった男たちはどうなったか?」
「人身売買なら、領外に生きたまま連れ去られる」
「その場合、どうやって検問を抜けるかが問題になる」
「門以外も通れなくはないが……衛兵が常に見回っている中で、これだけの人数全てを連れ出すのは、不可能に近い」
「やっぱり、衛兵の中に……?」
「そうだとしても、一人、二人では無理だ。集団か、それともかなり上の方の人間が関わっているのか……」
まあ、衛兵の調査は卿に任せよう、とカイトは丸投げする。
「領外に出ていないのなら、どこかに監禁されているか、もしくは……」
「すでに死んでいる」
「……やはりここ、ベレン領でなければならない理由が思いつかないな……」
最後に独り言のように呟いたカイトだが、頭を振ってあまりそれに固執し過ぎないようにする。
「……今の時点で考えられるのはこのくらいか……」
カイトが締めくくり、それを受けてアイビスが「よし」と一行を見回す。
「明日からの動きを決めよう」
カイトはそんな軽口を叩きながら、円になった一行を見回す。
すでに日は暮れて、ベレン館での食事を終えたばかり。
この館に滞在する期間は、全ての費用はベレン卿持ちで、世話もこの館の者がしてくれる。まさに至れり尽くせりだ。
しかしその贅沢な夕食を楽しめたのは、ヘロンとアイビス、そしてカイトくらいだろう。
巨大な一枚板のテーブルについた面々の前に並んだ、目にも鮮やかな料理──出来立てで、この地に集まる大陸中の食材を使い、香辛料もふんだんに使い、そしてベレン卿が認める料理人が腕を振るうのだ。それはそれは、美味──なのだが──。
給仕が綺麗な皿を一つ持って現れては置いて、皿が空になるころに次の料理を持って現れるの繰り返し。
透明度の高いガラスの杯は、少し力を入れれば割れてしまいそうな上、部屋に控える給仕が、口を付ける度に水を注ぎに来るから、落ち着かない。
この場にベレン卿がいないことは不幸中の幸いだったが、五人はとにかく緊張しっぱなしだった。
ユエ以外は、今回より前にもこの館を訪れてはいるのだが、実はこれほど長く滞在することは初めての経験だった。
これまではベレン卿から仕事をもらって、すぐに出かけることが多かったからだ。ベレン卿の依頼はとにかく、僻地に赴くようなものばかりだった。
そのためこの館での滞在は一日、二日だけだったので、慣れるヒマなどなかったのだ。
アイビスはこれが実家では日常だったから慣れているし、カイトは全く動じない。
そしてヘロンは給仕の女性に料理について質問し、初めての食材に驚き、豪華な食器を雑に扱って、一人この時間を楽しんだ。
「なーんでみんな、そんなにキンチョーしてんの?!」
真っ白なテーブルクロスにソースを飛ばしながら、キョトンとするヘロンに五人は、(いや、半分はお前のせいだ!!!)と心の中で突っ込みを入れる。
ヘロンの危なっかしい行動をハラハラして見ていたからこそ、五人は(自分は気をつけなければ……!)と余計に身体に力が入ったのだ。
そんな緊張感漂う夕食を終えて、部屋を移動してからの、冒頭のカイトの台詞だ。
******
「もう少し楽に話せる場所を」と、カイトがマックスにお願いし、ここ、床に座れる部屋へ移動した。
複雑な模様の絨毯が敷かれ、ふわふわのクッションに背を預け、香り高い赤ワインがお供の、豪華な作戦会議だ。
マックス以外の館の者は入って来ないようにしてもらって、ようやくいつもの空気に戻った。
「まずは……クレインたちから」
アイビスが仕切って、別行動の成果を報告し合う。
「ギルドのワグナーって言う責任者が、あの腕輪の持ち主を調べてくれるって。一週間以内にもう一度ギルドに行って、話を聞いてくることになる」
「ずいぶんとあっさり事が進んだな……」
カイトもアイビスも、ギルド側が一日で結論を出すとは思っておらず、少し拍子抜けの様子だ。
「ワグナーって人の独断みたいだけどね」
「それじゃあ次は、フェザントたち」
「はいはいは~い!!」
名前も呼ばれていないのに、ヘロンの方が身を乗り出して話し始める。
「えっとね、町ではまだ噂にもなってないみたい!!」
「……ああ、行方不明どころか、このところ特に変わったこともないってよ」
ヘロンに手で顔を押し退けられて、フェザントは鼻を押さえながら涙目で話を補足する。
「衛兵もいつもとおんなじでー!商人もおかしなことはないって言ったし!路地裏のおっかない顔のおっちゃんたちも、特に動きはナシ!!」
「とにかく俺たちの方は特に新しい情報はないってこった」
簡潔にフェザントが締めくくって、アイビスに主役を返す。
「じゃあ、最後に俺たちから」
アイビスが宿の女将の話と、衛兵の詰所で調べた荷物のことを伝える。
「えーーー?!じゃあ誰もなーんにも情報掴んでないってことかよっ?!」
自分のことを棚に上げて、ヘロンがなぜかフェザントの肩に乗り上がって、バンバン頭を叩く。
「いってぇ!!何で叩く?!」
ヘロンとフェザントのいつもの攻防に笑顔が広がる。
「いや、衛兵の詰所に行った時に、別の収穫があった」
カイトも笑いながら、昼間のことを思い出す。
******
カイトとアイビスが衛兵の詰所を訪ねたその時ちょうど、話を聞くにうってつけの人物がいた。
女将から最初に通報を受け、この事件を発覚に導いた功労者、衛兵のタヴァレスという男だ。
二人がマックスの名代として訪れたと聞き、自分から話をしに来てくれた。
「よかったです……!やはり領主様ならばきちんと調べてくださると信じていました……!」
タヴァレスは自身の進言を、ベレン卿が聞き届けてくれたことに、いたく感動している。
「それでタヴァレス、あんたが『おかしい』と感じた理由や、調査の経緯を教えてくれ」
マックスからの事前の情報でも、タヴァレスの行動や調査結果は教えてもらったが、伝聞より本人に聞くことで何か新しい発見があるかもしれない、とカイトが促す。
「はい、もちろんです。私が『おかしい』と感じたのは────」
******
タヴァレスは東門の中隊長という立場の、三十代の男だ。
兵は東西南北の門の所属と、そして中央所属に分かれる。門兵は門での検問の他に、担当地区の治安維持を担う。
検問では荷を改め、持ち込み禁止の品がないかを調べる。荷の多い商人では丸一日かかるほど、ここで時間と手間は惜しまない。検問待ちの商人のために、門には宿泊できる部屋も用意されている。
また犯罪者、入領禁止を言い渡されている者の確認も同時にしている。
そして入領証の発行。
入領証には発行した日付と東西南北どこの門か、そしてその日の何人目の入領者か番号が振られる。
門にはその番号とその人物の名前、外見の特徴などが記録として残される。
そして出領時に、出て行く門に入領証を返却することになる。
回収された証は、出領した門から入領した門へと送られ、そこで番号を照合し、問題がなければ出領完了として、証は破棄されることになる。
これがベレン領での入出の流れだ。
タヴァレスが二件の通報を(おかしい)と感じたのは、その二人の客がとても『普通』だったからだ。
ベレン領の宿では前金をもらうように決められている。
そして宿は客に入領証を提示させ、その番号を控えることも義務付けられている。
二人の行方不明者は共に、入領証を提示し、前金を払って、宿の人とも話して──どこからも異変は感じ取れなかった。
それなのにどちらも『少し出て来る』といった様子で出かけ、そのまま帰らなかったのだ。
前金を払ったのに泊まりもせず、荷物もそのまま。しかも一人は、本来肌身離さず身につけているはずのギルドの腕輪が、その荷物に残されていたのだ。
(何か事件に巻き込まれた可能性が高い……)
ベレン領は決して犯罪が少ない訳ではない。これだけの人が集まれば、自ずと諍いは増える。
だがそれでもベレン領が大陸一安全な場所とされるのは、法律の厳しさと共に、兵の多さと質、そして領民たちの協力によるところが大きい。
『関わり合いになりたくない』などと言うことはなく、衛兵の捜査に積極的に協力してくれるだけの信頼関係がある。
今回も宿屋の者が通報してくれたからこそ、この発覚に繋がった。
タヴァレスが最初に行ったのは、宿屋に控えられた番号から、行方不明者の足取りを辿ることだった。
入領した門で番号を照合し、まだ領地を出ていないことを確認。
門に控えられた名前や特徴から、身元不明の死体の中にいないか確認。
他の宿屋に泊まっていないか確認────。
しかし何の手がかりも見つけられない。
ところが捜査は思わぬ方向に転がり始める。
タヴァレスが『独り旅の男性』という特徴で行方不明者を捜していると、「そう言えば」と色んな人から四方山話を聞かされたのだ。
「そう言えば、西門にも同じような通報があった」
「そう言えば、半年前に──」
「そう言えば、南門でも──」「北門でも──」
嫌な予感が強まったタヴァレスは、自分の所属する東門だけでなく、他の門でも通報記録を調べてもらった。すると確かに西南北の三つの門にも同じような通報があったのだ。
それも狙ったようにばらけている。
一年ほど前、西門で一件。
半年ほど前、南門で一件。
三ヶ月ほど前、北門で一件。
そしてひと月前と、今回の東門で二件。
そこまで情報を集めたところで、タヴァレスが一人で調べるには限界が訪れ、中央へ協力を要請することになったのだ。
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「──私自身、確信があった訳ではないので、中央がまともに取り合ってくれるか自信がなかったのですが……」
タヴァレスがここまで入れ込んだのは、自身の直感と、そして宿屋の女将の催促によるところが大きい。
毎日毎日、差し入れを持って詰所に足を運んでは、「何か分かったかい?」と進展を聞いてくるのだ。
そこまでされて、いい加減な捜査をするような衛兵は、ここにはいない。
ここから先は、まだタヴァレスら一般の兵には知らされていない情報になる。
タヴァレスからの報告を受けた中央は、最初はそう深刻には受け止めてはいなかった。
だがここ三年の領内でのある記録と照合し──青ざめることになった。
ベレン領では長期滞在には特別な許可がいる。そのため、入領から半年経っても出領の処理がされない者は、違法滞在者として門から中央に記録が送られる。
そういう輩はたいてい、領民からの通報で見つかることが多い。見つかればそのまま領外退去で一件落着なのだが、中には煙のように消えて、何年経っても記録が残り続ける者もいる。
そしてその記録の中に、何人もの『独り旅の男』がいたのだ。
今年、去年、一昨年の三年間とそれ以前では、明らかに統計が偏っている。
その全てが『被害者』とは言い切れないにしても、三年間で実に三十二人の『独り旅の男』が領内で行方が分からなくなっていた。
ここまで調査した段階で、ベレン卿の元まで報告が挙がり、そしてカイトたちの『仕事』として託されることに繋がった。
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「……で?!どこが収穫なんだよ?ぜ~んぶ、マックスから聞いた通りじゃん!!」
荒ぶるヘロンに、ふたたびフェザントが立ち向かう。
「そうだ。『新しい情報がない』ということが収穫だ」
「な~に~そ~れ~!!」
言葉はカイトに向けながらも、ヘロンはフェザントと楽しそうににらみ合ったままだ。
カイトは二人を放って、全員に向けて説明する。
「つまり手持ちの情報はこれだけで──まあ、もしかしたらベレン卿が、俺たちには明かせない情報を隠しているかもしれんが──手がかりはゼロに等しいってことだ」
「どう動くか、逆に難しいな……」
計画を立てるアイビスは頭を悩ませた。
******
「……まずは情報を整理しよう。被害者像から」
「『独り旅の男性』だな」
いつものように、カイトが疑問を並べ、アイビスがポンポンと答えていく。
「ではなぜ『独り旅の男』を狙う?」
「『独り旅』なら事件が発覚しにくい。通報する者がいないし、そもそもいなくなっても気づかない」
「『男』なのは、狙ったのか、自然とそう偏ったのか?」
「女性の独り旅は少ないからな。『独り旅』を狙えば自ずと男が多くなる」
「と言うことは、犯人は発覚しないことを第一に考えている、ということだな……」
「だろうな。それにはかなり計画性と組織力が必要になりそうだ」
「犯人の目的として考えられるのは?」
「真っ先に挙げられるのは人身売買」
「他には?」
「うーん……連続殺人、とか?」
「俺は真っ先に『実験』を思いついたがな」
「『実験』?」
「人体実験」
カイトの言葉に、みんなが息を止める。
「壮年の男なら体力がある。実験するにはうってつけだろう?」
「怖いこと言うなよ……」
本気で嫌そうな顔をするアイビスを笑って、カイトはさらに続ける。
「いなくなった男たちはどうなったか?」
「人身売買なら、領外に生きたまま連れ去られる」
「その場合、どうやって検問を抜けるかが問題になる」
「門以外も通れなくはないが……衛兵が常に見回っている中で、これだけの人数全てを連れ出すのは、不可能に近い」
「やっぱり、衛兵の中に……?」
「そうだとしても、一人、二人では無理だ。集団か、それともかなり上の方の人間が関わっているのか……」
まあ、衛兵の調査は卿に任せよう、とカイトは丸投げする。
「領外に出ていないのなら、どこかに監禁されているか、もしくは……」
「すでに死んでいる」
「……やはりここ、ベレン領でなければならない理由が思いつかないな……」
最後に独り言のように呟いたカイトだが、頭を振ってあまりそれに固執し過ぎないようにする。
「……今の時点で考えられるのはこのくらいか……」
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嫉妬と憎悪が社交界を揺るがす愚行へと繋がり、王宮での婚約破棄、王の御前での一族追放へと至る。
混乱の只中、妹を庇おうとするレイモンドの前に立ちはだかったのは、王国騎士団副団長にしてリーシャの異母兄、ヴィンセント・グレイヴェル。
琥珀の瞳に嗜虐を宿した彼は言う――
「この才を捨てるは惜しい。ゆえに、我が手で飼い馴らそう」
知略と支配欲を秘めた騎士と、没落した宰相家の天才青年。
耽美と背徳の物語が、冷たい鎖と熱い口づけの中で幕を開ける。
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