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第三章 交点に降るは紅の雨
30 停滞のち急展開
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「……これだけ何も出ないと、動きようがないな」
連日歩き回ってヘトヘトの八人は、恒例になった、夕食後の作戦会議を始めている。
だがそのカイトの表情は、初日とは違って険しい。
何せ六日経っても、その糸口さえ見えてこないのだ。
町での聞き込みも、ギルドでのうわさ話も、酒場での情報も、何も新しいものはない。
犯人の目星どころか、被害者の情報が少ないため、事件の全体像の把握さえままならない。
「『サクッと終わる仕事』をもらったつもりが、とんだ長丁場になりそうだ」
少しばかり、ベレン卿に皮肉も言いたくなる。
「……まあ、しょうがない。どの道、もし明日解決したとしても、すぐにここを発つのは難しいしな」
カイトが自分自身に向かって言い聞かせる言葉に、ユエは首をひねる。
「……?どうして?」
「もう冬に入った。これから東へ向かっても、どうせどこかで足止めを食らうことになる。──雪が、降るからな」
「ゆ、き……」
「ああ、あそこは雪の季節に行くもんじゃない」
ドワーフの国は大山脈の麓、そしてフェザントの故郷の村も、雪深い地域だ。
今から向かうと、辿り着く頃にはちょうど、最も降雪が多い時期に当たってしまう。
「そうだな、うん。できるなら春になってから山に入りたい」
「確かに」
「そう思うと、別に焦ることもねぇな」
フェザントの村に行ったことがある七人で頷き合う。
どこか気が急いていたが、これで腰を据えて考えられると。
一人ユエだけは、次の目的地でも事件のことでもない単語に、心奪われていた。
「……雪……」
「そうか、お前……」
カイトが気づく。
「ユエ、お前、雪見たこと、ないのか」
「ん……」
皆の話を聞いていると、ドワーフの村へは雪がなくなってから行くようだ。
(雪、見られないのかな……見たい、な……)
ユエの無念そうな気持ちが十分に透けて見える、分かりやすい表情を見て取って、カイトは思わず口元が緩む。
「……ふっ、安心しろ」
「え……?」
「雪なら、ここでも降る」
「ほん、とう……?!」
パァァァ──っと顔を輝かせたユエは、カイトの膝に乗り上がる勢いで身を寄せる。
「ああ、ベレン領でもあとひと月もすれば、町中が白く染まる」
「白く──お、俺たちも、見れる……?」
「ああ」
「……!!」
言葉なくとも、全身から歓びが溢れ出ている。
そんな素直な様子に、他の面々も自分が初めて雪を見た時の、純粋な驚きや感動を思い出すようだった。
「へえ!海って雪、降らねえの?!」
ヘロンの疑問に答えるのはカイト。
「南はな。西や東の海には降るから、メイは見たことあるだろうな」
「ふふふっ、きっと初めて見ると、びっくりするよ!」
「冷たいんだぜ!!」
子ども二人が今からはしゃぐ一方、
「……雪なんて、寒いだけでしょ」
「子どもは元気でいいやな……俺なんか雪かきの記憶しかねえ……」
クレインとフェザントは、そんな覇気のないことを言う。
「雪合戦しようぜ!」
「雪、がっせ──?なにそれ?」
「雪の玉をぶつけ合いっこするんだよ」
「カマクラ作ったり!俺、雪でウサギ作るの、上手いんだぜ!!」
「カマクラ?ウサギ?」
「教えてやるよ!!」
子ども三人が盛り上がるところを、
「……話、ズレてるぞ」
ため息で軌道修正するのは、もちろんアイビスだった。
「、と、そうだな」
カイトも本気で話を忘れていたのか、気を引き締め直すように、
「一つずつ、情報を精査していこう」
口元を引き締めて、円になった一行を見回す。
「まずは……マックス」
一行の雪談義を微笑ましそうに聞いていた執事を呼ぶ。
「ベレン卿からの依頼は『領内で人が消えている。その原因を探ってほしい』だったな?」
「左様でございます」
「つまり、『解決まではしなくていい』、ということか?」
「左様でございます」
「ふん……」
マックスのすました返事に鼻を鳴らし、
「俺たちが動き始めてから、卿からの指示に、変更は?」
「ございません」
八人の視線が集中しても、眉ひとつ動かさない。
「……と、いうことは、衛兵の関与の可能性はほぼ消えたと考えていいだろう」
マックスから視線を外し、仲間に向けて話す。
「俺たちはかなり派手に動き回っている。マックスの名を出して、衛兵にも協力を仰いで、な。内部に協力者がいたなら、何かしら動きがあるはずだ。それを見逃す卿ではない」
「つまりベレン卿は、俺たちを使って、内部犯の洗い出しをしていたのか……」
アイビスはしてやられた、という苦味の中にも、感心の混じった声だ。
「これだけ情報がないということは、大規模な組織の存在も除外できる」
「そうだな」
ここは領民の繋がりも強いし、商人たちもしたたかなやり手が揃っている。彼らが何も気づいていないとなると、かなり巧妙な手口で、手際がいい。
そして裏の世界にも変わりがないと言う。大規模な人身売買組織が入り込めば、まずは裏の世界で抗争があるものだ。それがない、どころか、裏にも情報が流れている様子がない。
「……少し、考え方を変えよう」
立てた片膝に顎を乗せて、思案するように眉根を寄せる。
「犯人の動きを最初から辿っていこう。まずは、標的を定める」
「『独り旅』の者を、どうやって見分ける?」
即座にアイビスが返す。
「そこだな……衛兵や宿の人間なら情報を聞き出すこともできるが……」
「衛兵ではない。宿も……被害者が泊まった宿はバラバラで、特に誘導された様子もない」
二人の視線も意見も合致する。
「そこが第一の疑問点だ」
「標的を定めたら、次は拉致だ。誰にも気づかれず、かなりガタイのいい男でも制圧できるとなると……」
「かなり手慣れている。土地勘もあるな。だが一人ずつなら、二、三人でもやれるな」
「拉致した後……兵にも領民にも気づかれず、領外に運び出せるか?」
「それが第二の疑問点だな」
荷物に関しては、入領の検問は厳しいが、出領時はそれほどではない。とは言っても、犯罪者や手配人を逃さないため、誘拐を防ぐためにも、大きな荷物は念入りに調べられる。
衛兵の裏切りを除外するならば、門から連れ出すことは不可能だろう。
「……門以外から出た可能性も、完全には否定できんが……」
カイトがちらっと目をやったマックスが、「難しい、とだけ」簡単に否定する。
「例えば……人質を取って本人に協力させる──いや、被害者は独り者ばかりだから、人質の取りようがないな」
アイビスは自分の提案を自ら否定する。
「ああ。それに本人が門から出るなら、入領証は残されてはいないはずだ」
カイトとアイビスとマックスだけで話が回っているが、その他も特に異論はないようだ。
「あと考えられるのは……マックス、死体を領外に運び出すことは、可能か?」
「そうでございますね……『難しい』、とお答えします」
「なぜだ?」
「ベレン領では火葬を推奨しております。領内で亡くなった方は、基本的に全員が灰に還ります。領外に出られるのは、それからです。一応、例外はございますが……」
「例外?」
「宗教上の理由で火葬を望まない場合です。しかしそれも、感染症や腐敗を理由に、あまり認められることはありません」
その返答に、少しだけ考えた後、「……よし」カイトは何かを振り切るように、決断を下す。
「非情なようだが、すでに領外に出ていたら、俺たちには成す術がない。領内に証拠が残っていることを前提に、それを捜す方向へ行動を移そう」
「証拠……」
「この町のどこかに拠点があるだろう。それを捜す」
「確かに、これだけ誰にも見つからないということは、町にも詳しいはずだ。余所者には難しい」
「つまり今までは、領民は情報提供者と見ていたが、これからは疑っていく」
「不審な余所者ではなく、不審な住民を探すんだな」
俄然、分かりやすくなった捜査方針に、みんなでうん、うん、頷き合う。
だが──
「それと並行して、死体を探そうか」
「……っ!!」
さらっとカイトの口から出たその単語に、息を呑む音と共に、広間の動きが止まる。
「勘に過ぎないが、俺は今回のこれは人身売買ではないと思う。目的はまだ分からんが──男たちはすでに死んでいる可能性が高い。それならば領内に死体が埋まっている。そう考えると、第二の疑問点は解決だ。どうやって運び出したかは問題にならない。なぜなら──領内から出てはいないのだから──」
沈黙が、重い──。
「でも……っ」
破ったのは、ユエの小さくも力強い声。
「でもまだっ……生きて、いるかも……!」
「……そうだといいがな」
素っ気ないカイトに、なぜかユエは泣きたくなった。
カイトのこれまでの、血に塗れた道のりが、想像できてしまったからかもしれない。
希望を大きく持つと、それが裏切られた時の衝撃もまた、大きくなる。
カイトはどれだけ裏切られてきたのか。
カイトの強さが、冷静さが、そういう経験によって培われたものだとしたら──(それは、すごく哀しい……)
その時のユエに目覚めた感情は、自分でも上手く掴めないものだった。
同情なのか、あるいは──……。
そんなユエの様子は、カイトには被害者たちを心配しているのだと映った。
「……あまり被害者に入れ込まない方がいい。背負わなくてもいい命まで背負うと、身動きが取れなくなるぞ」
カイトの忠告に、「……うん」ユエはそのよく分からないモノを手に掴むことは諦めて、肩を落とした。
重い空気を変えるように、
「被害者のことは──そろそろあの腕輪の情報が入るころだろう?」
「っ、ああ」
カイトがクレインに振る。
「だが、ギルドがそう簡単に情報を教えてくれるか?」
アイビスの疑念は最もなことだ。
「まあ、ギルドは信用商売だからな。特に仕事内容に関しては、あまり期待はしない方がいい」
「そう言えば、あの腕輪だけで、どうやって持ち主のことが分かるんだ?」
ユエの今さらな疑問に、カイトが答える。
「腕輪の裏には、番号が刻印されている。──ほら、」
自身の腕輪を取り外して、裏側を見せる。
「最初の三桁は、腕輪が登録されたギルドの支部を示す。その先は──個人の識別番号らしい」
「登録する時に名前やら出身地やら家族のことを、ギルドに提出する書類に書くんだ。と言っても任意だし、どこまで本当のこと書いてるかは分からないけど」
クレインの補足に、
「まあ、あまり嘘を書く必要もないけどな」
アイビスがさらに補足する。
「これは身分証の代わりになるからな。傭兵は常に危険と隣り合わせだ。もし戦場で命を落としたら、これが家族の元へ届けられる。──遺品としてな」
「ギルドはそういうところ、手厚いよな」
「本人が死んでも仕事が成功すれば、その分の報酬はちゃんと家族に届けてくれるし」
ユエ以外、腕輪を持つ七人は、傭兵という仕事を正しく受け入れているようだ。
「ギルドの職員の中には、元々傭兵やってた人もいるんだよ!ケガして引退して、でもギルドに貢献してたら、職員として雇ってくれるんだ」
「そうそう。だから傭兵たちも、ギルドに恩を売っとかなきゃならないんだぜ!普段偉そーなやつでも、ギルドの人にはへこへこしてたり、な!」
「へぇ……」
ラークとヘロンは、ユエがいちいち感心してくれるのが嬉しいのか、先生の気分でギルドを説明していく。
「全部じゃないけどさ、大きいギルドには医者もいて、ギルドに登録してたら、ただで診てもらえるし!!」
「ああ、ここのギルドにもいたよ。ずいぶんお人好しみたい──ちょっと鬱陶しいくらい」
ギルドに日参しているクレインが、今日の出来事を思い出して、眉間にしわを寄せる。
初日にクレインが声をかけたあの職員が、ベレン領ギルドの医者だった。
最初からクレインに目を奪われていたが、その後も近くを通る度にチラチラと視線を向けられて、正直クレインは迷惑だった。
そして今日、何かに引っかけたのか、腕から血が出ていたクレインを、少し強引に治療したのだ。
人に触られるのが好きではないクレインにとっては、かなりありがた迷惑だった。
「その代わり!腕輪の管理は自己責任なんだぜ!もし失くしたり、他の奴に盗まれたりしても、新しく作ってもらえないんだ」
「ま、信用を失うってことだね。自分の腕輪も守れないなんて──って」
だから傭兵は本来、腕輪を肌身離さず持っているものなのだ。
今回の被害者が宿に残していった腕輪──それがどのような意味を持つのか、それをまだ一行は知らない。
******
翌日──カイト、アイビス、ジェイの三人による、死体の捜索が始まった。
最初に足を向けたのは、墓地だ。不自然な土の掘り返しがないか、墓地を管理する教会の司教と共に歩き回る。
ヘロンとフェザントは、今日もまた町中を走り回り情報収集だ。しかし今回は話を聞き出すのは難しい。
領民の繋がりが深いということはそれだけ、庇い合ったり気を遣ったりで、口が重くなるのだ。
そのためタヴァレスたち衛兵の手を借りて、人海戦術とたまに権力をチラつかせながら──。
そして三人、ユエとクレインとラークは、そろそろワグナーが戻るだろうと、ギルドへ向かった。
そして長期戦を覚悟して動き出したこの日、事態は一気に動き出す。
──最悪の形で。
──ユエ、クレイン、ラークが姿を消した。
その報は、その日の昼にベレン領に戻ったワグナーからもたらされることになる。
連日歩き回ってヘトヘトの八人は、恒例になった、夕食後の作戦会議を始めている。
だがそのカイトの表情は、初日とは違って険しい。
何せ六日経っても、その糸口さえ見えてこないのだ。
町での聞き込みも、ギルドでのうわさ話も、酒場での情報も、何も新しいものはない。
犯人の目星どころか、被害者の情報が少ないため、事件の全体像の把握さえままならない。
「『サクッと終わる仕事』をもらったつもりが、とんだ長丁場になりそうだ」
少しばかり、ベレン卿に皮肉も言いたくなる。
「……まあ、しょうがない。どの道、もし明日解決したとしても、すぐにここを発つのは難しいしな」
カイトが自分自身に向かって言い聞かせる言葉に、ユエは首をひねる。
「……?どうして?」
「もう冬に入った。これから東へ向かっても、どうせどこかで足止めを食らうことになる。──雪が、降るからな」
「ゆ、き……」
「ああ、あそこは雪の季節に行くもんじゃない」
ドワーフの国は大山脈の麓、そしてフェザントの故郷の村も、雪深い地域だ。
今から向かうと、辿り着く頃にはちょうど、最も降雪が多い時期に当たってしまう。
「そうだな、うん。できるなら春になってから山に入りたい」
「確かに」
「そう思うと、別に焦ることもねぇな」
フェザントの村に行ったことがある七人で頷き合う。
どこか気が急いていたが、これで腰を据えて考えられると。
一人ユエだけは、次の目的地でも事件のことでもない単語に、心奪われていた。
「……雪……」
「そうか、お前……」
カイトが気づく。
「ユエ、お前、雪見たこと、ないのか」
「ん……」
皆の話を聞いていると、ドワーフの村へは雪がなくなってから行くようだ。
(雪、見られないのかな……見たい、な……)
ユエの無念そうな気持ちが十分に透けて見える、分かりやすい表情を見て取って、カイトは思わず口元が緩む。
「……ふっ、安心しろ」
「え……?」
「雪なら、ここでも降る」
「ほん、とう……?!」
パァァァ──っと顔を輝かせたユエは、カイトの膝に乗り上がる勢いで身を寄せる。
「ああ、ベレン領でもあとひと月もすれば、町中が白く染まる」
「白く──お、俺たちも、見れる……?」
「ああ」
「……!!」
言葉なくとも、全身から歓びが溢れ出ている。
そんな素直な様子に、他の面々も自分が初めて雪を見た時の、純粋な驚きや感動を思い出すようだった。
「へえ!海って雪、降らねえの?!」
ヘロンの疑問に答えるのはカイト。
「南はな。西や東の海には降るから、メイは見たことあるだろうな」
「ふふふっ、きっと初めて見ると、びっくりするよ!」
「冷たいんだぜ!!」
子ども二人が今からはしゃぐ一方、
「……雪なんて、寒いだけでしょ」
「子どもは元気でいいやな……俺なんか雪かきの記憶しかねえ……」
クレインとフェザントは、そんな覇気のないことを言う。
「雪合戦しようぜ!」
「雪、がっせ──?なにそれ?」
「雪の玉をぶつけ合いっこするんだよ」
「カマクラ作ったり!俺、雪でウサギ作るの、上手いんだぜ!!」
「カマクラ?ウサギ?」
「教えてやるよ!!」
子ども三人が盛り上がるところを、
「……話、ズレてるぞ」
ため息で軌道修正するのは、もちろんアイビスだった。
「、と、そうだな」
カイトも本気で話を忘れていたのか、気を引き締め直すように、
「一つずつ、情報を精査していこう」
口元を引き締めて、円になった一行を見回す。
「まずは……マックス」
一行の雪談義を微笑ましそうに聞いていた執事を呼ぶ。
「ベレン卿からの依頼は『領内で人が消えている。その原因を探ってほしい』だったな?」
「左様でございます」
「つまり、『解決まではしなくていい』、ということか?」
「左様でございます」
「ふん……」
マックスのすました返事に鼻を鳴らし、
「俺たちが動き始めてから、卿からの指示に、変更は?」
「ございません」
八人の視線が集中しても、眉ひとつ動かさない。
「……と、いうことは、衛兵の関与の可能性はほぼ消えたと考えていいだろう」
マックスから視線を外し、仲間に向けて話す。
「俺たちはかなり派手に動き回っている。マックスの名を出して、衛兵にも協力を仰いで、な。内部に協力者がいたなら、何かしら動きがあるはずだ。それを見逃す卿ではない」
「つまりベレン卿は、俺たちを使って、内部犯の洗い出しをしていたのか……」
アイビスはしてやられた、という苦味の中にも、感心の混じった声だ。
「これだけ情報がないということは、大規模な組織の存在も除外できる」
「そうだな」
ここは領民の繋がりも強いし、商人たちもしたたかなやり手が揃っている。彼らが何も気づいていないとなると、かなり巧妙な手口で、手際がいい。
そして裏の世界にも変わりがないと言う。大規模な人身売買組織が入り込めば、まずは裏の世界で抗争があるものだ。それがない、どころか、裏にも情報が流れている様子がない。
「……少し、考え方を変えよう」
立てた片膝に顎を乗せて、思案するように眉根を寄せる。
「犯人の動きを最初から辿っていこう。まずは、標的を定める」
「『独り旅』の者を、どうやって見分ける?」
即座にアイビスが返す。
「そこだな……衛兵や宿の人間なら情報を聞き出すこともできるが……」
「衛兵ではない。宿も……被害者が泊まった宿はバラバラで、特に誘導された様子もない」
二人の視線も意見も合致する。
「そこが第一の疑問点だ」
「標的を定めたら、次は拉致だ。誰にも気づかれず、かなりガタイのいい男でも制圧できるとなると……」
「かなり手慣れている。土地勘もあるな。だが一人ずつなら、二、三人でもやれるな」
「拉致した後……兵にも領民にも気づかれず、領外に運び出せるか?」
「それが第二の疑問点だな」
荷物に関しては、入領の検問は厳しいが、出領時はそれほどではない。とは言っても、犯罪者や手配人を逃さないため、誘拐を防ぐためにも、大きな荷物は念入りに調べられる。
衛兵の裏切りを除外するならば、門から連れ出すことは不可能だろう。
「……門以外から出た可能性も、完全には否定できんが……」
カイトがちらっと目をやったマックスが、「難しい、とだけ」簡単に否定する。
「例えば……人質を取って本人に協力させる──いや、被害者は独り者ばかりだから、人質の取りようがないな」
アイビスは自分の提案を自ら否定する。
「ああ。それに本人が門から出るなら、入領証は残されてはいないはずだ」
カイトとアイビスとマックスだけで話が回っているが、その他も特に異論はないようだ。
「あと考えられるのは……マックス、死体を領外に運び出すことは、可能か?」
「そうでございますね……『難しい』、とお答えします」
「なぜだ?」
「ベレン領では火葬を推奨しております。領内で亡くなった方は、基本的に全員が灰に還ります。領外に出られるのは、それからです。一応、例外はございますが……」
「例外?」
「宗教上の理由で火葬を望まない場合です。しかしそれも、感染症や腐敗を理由に、あまり認められることはありません」
その返答に、少しだけ考えた後、「……よし」カイトは何かを振り切るように、決断を下す。
「非情なようだが、すでに領外に出ていたら、俺たちには成す術がない。領内に証拠が残っていることを前提に、それを捜す方向へ行動を移そう」
「証拠……」
「この町のどこかに拠点があるだろう。それを捜す」
「確かに、これだけ誰にも見つからないということは、町にも詳しいはずだ。余所者には難しい」
「つまり今までは、領民は情報提供者と見ていたが、これからは疑っていく」
「不審な余所者ではなく、不審な住民を探すんだな」
俄然、分かりやすくなった捜査方針に、みんなでうん、うん、頷き合う。
だが──
「それと並行して、死体を探そうか」
「……っ!!」
さらっとカイトの口から出たその単語に、息を呑む音と共に、広間の動きが止まる。
「勘に過ぎないが、俺は今回のこれは人身売買ではないと思う。目的はまだ分からんが──男たちはすでに死んでいる可能性が高い。それならば領内に死体が埋まっている。そう考えると、第二の疑問点は解決だ。どうやって運び出したかは問題にならない。なぜなら──領内から出てはいないのだから──」
沈黙が、重い──。
「でも……っ」
破ったのは、ユエの小さくも力強い声。
「でもまだっ……生きて、いるかも……!」
「……そうだといいがな」
素っ気ないカイトに、なぜかユエは泣きたくなった。
カイトのこれまでの、血に塗れた道のりが、想像できてしまったからかもしれない。
希望を大きく持つと、それが裏切られた時の衝撃もまた、大きくなる。
カイトはどれだけ裏切られてきたのか。
カイトの強さが、冷静さが、そういう経験によって培われたものだとしたら──(それは、すごく哀しい……)
その時のユエに目覚めた感情は、自分でも上手く掴めないものだった。
同情なのか、あるいは──……。
そんなユエの様子は、カイトには被害者たちを心配しているのだと映った。
「……あまり被害者に入れ込まない方がいい。背負わなくてもいい命まで背負うと、身動きが取れなくなるぞ」
カイトの忠告に、「……うん」ユエはそのよく分からないモノを手に掴むことは諦めて、肩を落とした。
重い空気を変えるように、
「被害者のことは──そろそろあの腕輪の情報が入るころだろう?」
「っ、ああ」
カイトがクレインに振る。
「だが、ギルドがそう簡単に情報を教えてくれるか?」
アイビスの疑念は最もなことだ。
「まあ、ギルドは信用商売だからな。特に仕事内容に関しては、あまり期待はしない方がいい」
「そう言えば、あの腕輪だけで、どうやって持ち主のことが分かるんだ?」
ユエの今さらな疑問に、カイトが答える。
「腕輪の裏には、番号が刻印されている。──ほら、」
自身の腕輪を取り外して、裏側を見せる。
「最初の三桁は、腕輪が登録されたギルドの支部を示す。その先は──個人の識別番号らしい」
「登録する時に名前やら出身地やら家族のことを、ギルドに提出する書類に書くんだ。と言っても任意だし、どこまで本当のこと書いてるかは分からないけど」
クレインの補足に、
「まあ、あまり嘘を書く必要もないけどな」
アイビスがさらに補足する。
「これは身分証の代わりになるからな。傭兵は常に危険と隣り合わせだ。もし戦場で命を落としたら、これが家族の元へ届けられる。──遺品としてな」
「ギルドはそういうところ、手厚いよな」
「本人が死んでも仕事が成功すれば、その分の報酬はちゃんと家族に届けてくれるし」
ユエ以外、腕輪を持つ七人は、傭兵という仕事を正しく受け入れているようだ。
「ギルドの職員の中には、元々傭兵やってた人もいるんだよ!ケガして引退して、でもギルドに貢献してたら、職員として雇ってくれるんだ」
「そうそう。だから傭兵たちも、ギルドに恩を売っとかなきゃならないんだぜ!普段偉そーなやつでも、ギルドの人にはへこへこしてたり、な!」
「へぇ……」
ラークとヘロンは、ユエがいちいち感心してくれるのが嬉しいのか、先生の気分でギルドを説明していく。
「全部じゃないけどさ、大きいギルドには医者もいて、ギルドに登録してたら、ただで診てもらえるし!!」
「ああ、ここのギルドにもいたよ。ずいぶんお人好しみたい──ちょっと鬱陶しいくらい」
ギルドに日参しているクレインが、今日の出来事を思い出して、眉間にしわを寄せる。
初日にクレインが声をかけたあの職員が、ベレン領ギルドの医者だった。
最初からクレインに目を奪われていたが、その後も近くを通る度にチラチラと視線を向けられて、正直クレインは迷惑だった。
そして今日、何かに引っかけたのか、腕から血が出ていたクレインを、少し強引に治療したのだ。
人に触られるのが好きではないクレインにとっては、かなりありがた迷惑だった。
「その代わり!腕輪の管理は自己責任なんだぜ!もし失くしたり、他の奴に盗まれたりしても、新しく作ってもらえないんだ」
「ま、信用を失うってことだね。自分の腕輪も守れないなんて──って」
だから傭兵は本来、腕輪を肌身離さず持っているものなのだ。
今回の被害者が宿に残していった腕輪──それがどのような意味を持つのか、それをまだ一行は知らない。
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翌日──カイト、アイビス、ジェイの三人による、死体の捜索が始まった。
最初に足を向けたのは、墓地だ。不自然な土の掘り返しがないか、墓地を管理する教会の司教と共に歩き回る。
ヘロンとフェザントは、今日もまた町中を走り回り情報収集だ。しかし今回は話を聞き出すのは難しい。
領民の繋がりが深いということはそれだけ、庇い合ったり気を遣ったりで、口が重くなるのだ。
そのためタヴァレスたち衛兵の手を借りて、人海戦術とたまに権力をチラつかせながら──。
そして三人、ユエとクレインとラークは、そろそろワグナーが戻るだろうと、ギルドへ向かった。
そして長期戦を覚悟して動き出したこの日、事態は一気に動き出す。
──最悪の形で。
──ユエ、クレイン、ラークが姿を消した。
その報は、その日の昼にベレン領に戻ったワグナーからもたらされることになる。
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しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜
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