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第三章 交点に降るは紅の雨
31 消えた三人
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「特に不審な箇所はないな……」
墓所をひと通り回って、カイト、アイビス、ジェイは顔を付き合わせた。
土を掘るために担いできた、大きなスコップが無駄になりそうで、ずしっと疲労と共にのしかかる。
肉体労働と、そして腐敗した死体と対面することを考え、この三人で来たのだが、大きな図体も無駄になりそうだ。
「……読みが外れたか……?」
自問自答するカイトに、
「まあ、こことは限らないから」
アイビスが慰めを言う。
だがそう言いながらも、アイビスにも分かっている。
ここベレン領には、死体を埋められるような土地が限られていることを。
中心部は店がひしめき合って、無駄な土地などないし、郊外も川辺や森も、その全てをベレン卿が把握している。
さすがに、個人の土地を洗いざらいさらうのは──ベレン卿にできないことはないが──骨が折れるどころではない。
一度出直すか、と司教と共に教会まで戻る、その途中──
「あっ、いた!いた!!おーい!!」
よく通るヘロンの声が丘に響く。
「ヘロン?どうして……」
衛兵が騎乗したその前に、小さな体を目一杯伸ばして、大きく手を振る姿が見えた。
「どうし──」
「緊急事態!」
声をかけたアイビスを遮って、
「ギルドに行った三人が、行方不明!!」
端的なそれに、空気が凍る。
「……っ!!」「待て!」
反射的に走り出そうとしたジェイを、カイトが押し留める。
「……待て、無闇に動くな」
「…………!」
まるで敵を見るようにカイトを睨みつけるジェイだが、カイトは険しい表情のままヘロンから目を離さない。
「ヘロン、詳しく説明を。フェザントはどうした?」
「フェザントは先にギルドに行った。大丈夫!衛兵と一緒だから!で、──」
******
ヘロンとフェザントの元にその報せが届けられたのは、ついさっきのことだ。
衛兵を経由して届けられたのは、『ギルドの責任者ワグナーが戻った。話を聞きに来てほしい』というギルドからの報せだった。
「はっ?!なんで俺たちに?」
ギルドにはクレインたち三人が控えているはずだ。わざわざ二人を探して報せる意味がない。
「ギルドに仲間がもう行ってるはずだが……?」
頭をひねるフェザントに、衛兵が続ける。
「それが……確かにギルドにお三方の訪問はあったようなのですが……すでに帰られたようだ、と……」
「はぁ?!」
『そんなこと、あり得ない』二人は同じ言葉を心の中で叫んだ。
三人は今日はギルドから動かない予定だったのだ。
一行が調べ始めて一週間、すでに犯人側にもその動きは悟られているだろう。
危険を回避するために、ヘロン、フェザントの組は必ず衛兵と行動を共にしている。そしてギルドの三人は、職員と傭兵の目があるギルド内から動かないように、と。
「いやっ、帰った訳が……!」
「待って!ギルドの人がそう言ってきたのか?!」
困惑するフェザントよりも、ヘロンが先に頭を巡らせる。
「はい。職員もお三方が待機していることは知っていたので、探されたそうなのですが、いらっしゃらなくて……他の職員から『帰られた』と。それでギルドから我らに話が──」
「俺、カイトたちに知らせに行く!」
「は、ぁ?ヘロン、ちょっと待て!そんな大事か?!」
「お墓ってどっち?!」勇んで衛兵に詰め寄るヘロンの首根っこを、フェザントが掴む。
「その辺にいるかもしれねぇだろ?俺たちで探してから──」
「それじゃあ、遅いよ!!」
ヘロンの意志の強い瞳にまともにぶつかり、フェザントはたじろぐ。
「あの三人が、カイトの指示、無視する訳ねぇだろ?!ギルドにいないってことは、なんかあったんだよ!!」
見つめ合ったのは、一瞬。
「──分かった、よし。あんた、こいつを教会の墓地まで連れてってくれ」
一緒に行動していたタヴァレスに、ヘロンを託す。衛兵の中で、最も信頼できる者に。
「ヘロン、俺は先にギルドに行ってみるぞ」
「了解!フェザントも一人になっちゃダメだからな!!」
そうしてヘロンはタヴァレスと馬に乗って、この郊外の墓地まで来たのだ。
******
話を聞いた後の、カイトの判断は早かった。
「ギルドへ行くぞ」
馬を翻し、中心部へ。
雪を零さないように耐える雲が、冬の空を重苦しいものに見せていた。
まるで、仲間の身を案じる一行の心中のように──。
******
「フェザント!」
ギルドの前で待ち構えていたフェザントに、四人が駆け寄る。
「だめだ……まだ見つからない──」
悲痛な顔で、首を振る。
ジェイの気配がさらに険しくなった。
ギルドに出入りする腕が立つ傭兵たちの間にも、そのジェイの気配が伝わり、ギルド全体がピリピリと、空気を変えていく。
そんなジェイを横目に、カイトはフェザントの肩に手を乗せる。
「フェザント、何があった?」
「分からん。とにかく三人はここにはいない。いつからいないのかも、分からん。ギルドで待機していたところは、何人も職員が見てるんだが……ワグナーってやつが帰って来た時には、もう……」
「ジェイ!!」
居ても立っても居られないジェイを、カイトが再び止める。
「何をグズグズしてる!?早く探さないと……!!」
掴みかからんばかりのジェイだったが──「……!」カイトの全身から発せられる気が、冷たい空気をさらに、肌を刺すように尖らせていくことに気づいて、口を閉じた。
「どこを、探す?ただ闇雲に動き回っても、時間を無駄にするだけだ」
闘いの最中のように、研ぎ澄まされていく瞳。
「タヴァレス」
「っ、はい!」
いきなり呼ばれたタヴァレスは、ほとんど反射的に返事をしていた。
「全ての門に、報せを出せ。三人の特徴を伝えて、可能性がある者は領から出すな」
「……っ、」
「できないか?」
タヴァレスにはもちろん、そんな権限はない。
だが──今のカイトを目の前に、「否」という単語は浮かばない。
それほどカイトの存在は、絶対のように感じられた。
「……やってみます」
身を翻してから、考え始める。誰に話をつければいい──?先に門に──?マックスに連絡を────。
操られるように足を動かすその後ろ姿から、カイトはすぐに視線を外し、ギルドの建物の中へ向かう。
「俺たちはワグナーから話を聞く」
「そんな、悠長な……!」
「犯人の目星をつけること──それが最短の道だ」
******
ワグナーの部屋へ集まった一行は、座る時間も惜しいと、話を促す。
「それで、情報は?」
ワグナーは急かされる意味を理解して、余計な気遣いや労いは省き、すぐに本題に入る。
「この腕輪の持ち主は、グンナルという名の三十六歳の傭兵の物でした。銅色が示す通り中堅の、なかなか鍛えられた傭兵だったようです」
資料など見ないで、スラスラと言葉が出てくる。
「『一匹オオカミ』とまではいきませんが、基本的には一人で仕事をしていたようです。──実は、私が戻るのが遅くなったのは、このグンナルの故郷まで使者を送っていたからなのです」
ワグナーの仕事ぶりに、感嘆と共に期待が高まった。
「東の小さな町に老いた母親がいました。彼女に状況を知らせると同時に、話を聞き、それと個人情報を開示する許可を頂きました。何をしても、『息子を見つけてほしい』と……!」
カイトはそんな母の言葉を、冷淡とも思える声で受け流す。
「……グンナルはどういう仕事を?」
「内容については、詳しくは申し上げられませんが──主に護衛の他に、力仕事なども。最後の仕事は、他の傭兵と組んで、ここベレン領までの商隊の護衛でした」
「つまりここへは仕事で来たのか……その、組んだ傭兵は?話を聞けないか?」
「すでにふた月近く前になりますから、すでに次の仕事へ。商隊もすでに領を出ています。探そうと思えば、探すことは可能ですが……」
沈黙は、そんな時間が残されてはいないことを、物語る。
「……グンナルに対応した、ギルドの職員は分からないか?」
「分かります。すでに話を聞きました、が……」
「覚えていない、か?」
ギルドには毎日何十人もの傭兵が訪れる。職員はただ、仕事を仲介するだけ。
掲示板に貼られた依頼書を、傭兵が選び、職員に提出する。職員は依頼に合うか、腕輪の色などを確認したら、後は依頼人に引き合わせるだけなのだ。
よほど印象に残る者でなければ、いちいち職員は覚えていない。
それを責められないことは、頭では分かってはいるが──それでも今は、それが恨めしい。
「……他に、情報は?」
カイトの促しに、ワグナーはいくつかの仕事に関する情報の後に、少し声音を低くして、もう一度息子を心配する母の言葉を伝える。
「──これは、彼の母親からの言葉です。グンナルは故郷に一人残した母親のことを、とても気にかけていました。彼はある事情で、故郷を離れざるを得なかった。しかし傭兵には危険がつきまといます。しかも独り旅では自分に何かあった時、その『死』さえも知らされないかもしれない。帰らない自分のことを、母がいつまでも待ち続けることのないように、腕輪だけでも帰るように──」
「腕輪はグンナルにとって、ただの仕事道具や身分証ではなく、母へ送られる遺品と考えていた──それを、宿に無造作に置いていくか……?」
あの腕輪の存在は、もしかするととても重要な意味を持つのかもしれない。
被害者の身元を知るだけのものではない、犯人に繋がる、何か──。
「それは母親も言っていました。『グンナルは慎重で、とても用心深い。いつも身につけている腕輪を、宿に残して行ったということは、何かがあったことは間違いない。もしかすると、腕輪はわざと残して行ったのでは──』と」
カイトの頭の中で、これまで得てきた情報が駆け巡る。
『独り旅の男』『宿に残った腕輪』『妙にいい手際』『町に詳しい者』『領内に拠点がある』────。
最後の一押しを求めて、カイトは無意識のうちに言葉を拾っていた。
「……グンナルの、『故郷を離れざるを得なかった事情』とは?」
「……彼は、ドワーフの亜種だったようです」
亜種にも寛容と言われる東でも、田舎の方ではまだ差別が残るところもある。
小さな町では隠し通すことはできないし、本人だけでなくその家族も敬遠される場合もある。
例え表面上は普通に接していても、いざ婚期となった時に、その感情が噴き出すのだ。
「亜種を家に入れることはできない!」
「亜種の血など、穢らわしい!」
そうしてグンナルは、傭兵になった。
仕事をしては、稼ぎを田舎の母に届け、そしてまた仕事へ──。
グンナルが特別なのではない。
亜種の中には、同じようにして故郷を離れる者は少なくない。
その中で特にドワーフの亜種は、体が頑丈で力が強いことから、傭兵になる者が多い。彼らはその経験から、あまり人と深く関わることを避け────。
カイトの頭の中で、さっき思い浮かべた情報が次々と繋がっていく。
「カイト!!」
「少し黙れ」
固まったように動かなくなったカイトに、ジェイが焦れたように声をかけた。だがそれを手で制してから、カイトは目を閉じた。
拳を握った片手を額にコツコツ当てる。
裏で眼球が動くように、瞼がピクピクと波打つ。
閉じた口の中で、言葉にならない言葉を紡ぐ。
見ている周囲にも、カイトの思考が怒涛の勢いで溢れ出すのが感じられ、ただ黙って見守る時間が続く。
そして出した結論は──
「ギルドだ」
******
「ギルド──って、なに」
「第一の疑問点」
「え……?」
「第一の疑問点、どうやって『独り旅の者』を見分けるか──ギルドの職員ならば、それが可能だ」
ハッと、全員が息を呑む。
「仕事を探している傭兵に、独りなのか仲間がいるのかを聞くのは、自然なことだ」
カイトの中で全ての紐が解けていく。
「そうか……なぜ気づかなかった……!ギルドの傭兵を狙えば、自然と壮年の男が多くなる。職員なら町に詳しく、そして町に家を持つ。腕輪は──そのまま犯人を指していたのか……!」
ギルドは被害者だという思い込みが、一行の思考を答えに導くことを遅らせた。
「ギルドの傭兵が被害者で、職員が犯人だ」
「ちょ……っ!ちょっと待ってくださ」
「グンナルに対応した職員はどいつだ?」
「ちょっ……!」
これまで好意的だったワグナーも、カイトが導き出した答えには気色ばむ。
「待ってください!ギルドの職員を疑っているのですかっ?!それは聞き捨てならな」
「早くしろ、押し問答をしている時間はない!」
「ギルドには傭兵を守る義務がありますが、私にも職員を守る義務が──」
「お前は断言できるのか?」
「なにを」
「お前が守るべき職員全員が、絶対に犯人ではない、と」
「っ、しょ、証拠もなく……」
「これから探す」
「どうし、て……!職員が傭兵を……?!何の目的で?!」
「そんなこと、知るか」
答えの出ない問答に、とうとうジェイが耐えきれなくなる。
腰の剣に手をかけ、脅しも辞さない姿勢を、ワグナーに見せる。
が、そのジェイの行動は、ワグナーをむしろ頑なにさせた。
一歩も譲らず睨み合う二人──その間に、カイトが腕を割り込ませた。
ワグナーの胸元に、指で摘んだ小さなモノを突きつける。
「なにを」
カイトの指の間のそれを、ワグナーは目を見開いて、口を「を」の形に開けたまま、動きを止める。
「お前なら、これが何か、分かるな?」
カイトは一言一言、含めるように発した。
「命令だ。職員の情報を渡せ」
真っ赤な実を口に咥えた、真っ黒なカラス。
ヘマタイトの黒々とした輝きが、カラスの横顔をどこか高貴に見せ、そして血のようなルビーがそのくちばしに───それは知る人ぞ知る、『ヴァンダイン』の象徴。
カイトが突きつけたその指輪は、ギルド、そして商会の創始者ヴァンダイン氏、その人の代理者たる証だった。
墓所をひと通り回って、カイト、アイビス、ジェイは顔を付き合わせた。
土を掘るために担いできた、大きなスコップが無駄になりそうで、ずしっと疲労と共にのしかかる。
肉体労働と、そして腐敗した死体と対面することを考え、この三人で来たのだが、大きな図体も無駄になりそうだ。
「……読みが外れたか……?」
自問自答するカイトに、
「まあ、こことは限らないから」
アイビスが慰めを言う。
だがそう言いながらも、アイビスにも分かっている。
ここベレン領には、死体を埋められるような土地が限られていることを。
中心部は店がひしめき合って、無駄な土地などないし、郊外も川辺や森も、その全てをベレン卿が把握している。
さすがに、個人の土地を洗いざらいさらうのは──ベレン卿にできないことはないが──骨が折れるどころではない。
一度出直すか、と司教と共に教会まで戻る、その途中──
「あっ、いた!いた!!おーい!!」
よく通るヘロンの声が丘に響く。
「ヘロン?どうして……」
衛兵が騎乗したその前に、小さな体を目一杯伸ばして、大きく手を振る姿が見えた。
「どうし──」
「緊急事態!」
声をかけたアイビスを遮って、
「ギルドに行った三人が、行方不明!!」
端的なそれに、空気が凍る。
「……っ!!」「待て!」
反射的に走り出そうとしたジェイを、カイトが押し留める。
「……待て、無闇に動くな」
「…………!」
まるで敵を見るようにカイトを睨みつけるジェイだが、カイトは険しい表情のままヘロンから目を離さない。
「ヘロン、詳しく説明を。フェザントはどうした?」
「フェザントは先にギルドに行った。大丈夫!衛兵と一緒だから!で、──」
******
ヘロンとフェザントの元にその報せが届けられたのは、ついさっきのことだ。
衛兵を経由して届けられたのは、『ギルドの責任者ワグナーが戻った。話を聞きに来てほしい』というギルドからの報せだった。
「はっ?!なんで俺たちに?」
ギルドにはクレインたち三人が控えているはずだ。わざわざ二人を探して報せる意味がない。
「ギルドに仲間がもう行ってるはずだが……?」
頭をひねるフェザントに、衛兵が続ける。
「それが……確かにギルドにお三方の訪問はあったようなのですが……すでに帰られたようだ、と……」
「はぁ?!」
『そんなこと、あり得ない』二人は同じ言葉を心の中で叫んだ。
三人は今日はギルドから動かない予定だったのだ。
一行が調べ始めて一週間、すでに犯人側にもその動きは悟られているだろう。
危険を回避するために、ヘロン、フェザントの組は必ず衛兵と行動を共にしている。そしてギルドの三人は、職員と傭兵の目があるギルド内から動かないように、と。
「いやっ、帰った訳が……!」
「待って!ギルドの人がそう言ってきたのか?!」
困惑するフェザントよりも、ヘロンが先に頭を巡らせる。
「はい。職員もお三方が待機していることは知っていたので、探されたそうなのですが、いらっしゃらなくて……他の職員から『帰られた』と。それでギルドから我らに話が──」
「俺、カイトたちに知らせに行く!」
「は、ぁ?ヘロン、ちょっと待て!そんな大事か?!」
「お墓ってどっち?!」勇んで衛兵に詰め寄るヘロンの首根っこを、フェザントが掴む。
「その辺にいるかもしれねぇだろ?俺たちで探してから──」
「それじゃあ、遅いよ!!」
ヘロンの意志の強い瞳にまともにぶつかり、フェザントはたじろぐ。
「あの三人が、カイトの指示、無視する訳ねぇだろ?!ギルドにいないってことは、なんかあったんだよ!!」
見つめ合ったのは、一瞬。
「──分かった、よし。あんた、こいつを教会の墓地まで連れてってくれ」
一緒に行動していたタヴァレスに、ヘロンを託す。衛兵の中で、最も信頼できる者に。
「ヘロン、俺は先にギルドに行ってみるぞ」
「了解!フェザントも一人になっちゃダメだからな!!」
そうしてヘロンはタヴァレスと馬に乗って、この郊外の墓地まで来たのだ。
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話を聞いた後の、カイトの判断は早かった。
「ギルドへ行くぞ」
馬を翻し、中心部へ。
雪を零さないように耐える雲が、冬の空を重苦しいものに見せていた。
まるで、仲間の身を案じる一行の心中のように──。
******
「フェザント!」
ギルドの前で待ち構えていたフェザントに、四人が駆け寄る。
「だめだ……まだ見つからない──」
悲痛な顔で、首を振る。
ジェイの気配がさらに険しくなった。
ギルドに出入りする腕が立つ傭兵たちの間にも、そのジェイの気配が伝わり、ギルド全体がピリピリと、空気を変えていく。
そんなジェイを横目に、カイトはフェザントの肩に手を乗せる。
「フェザント、何があった?」
「分からん。とにかく三人はここにはいない。いつからいないのかも、分からん。ギルドで待機していたところは、何人も職員が見てるんだが……ワグナーってやつが帰って来た時には、もう……」
「ジェイ!!」
居ても立っても居られないジェイを、カイトが再び止める。
「何をグズグズしてる!?早く探さないと……!!」
掴みかからんばかりのジェイだったが──「……!」カイトの全身から発せられる気が、冷たい空気をさらに、肌を刺すように尖らせていくことに気づいて、口を閉じた。
「どこを、探す?ただ闇雲に動き回っても、時間を無駄にするだけだ」
闘いの最中のように、研ぎ澄まされていく瞳。
「タヴァレス」
「っ、はい!」
いきなり呼ばれたタヴァレスは、ほとんど反射的に返事をしていた。
「全ての門に、報せを出せ。三人の特徴を伝えて、可能性がある者は領から出すな」
「……っ、」
「できないか?」
タヴァレスにはもちろん、そんな権限はない。
だが──今のカイトを目の前に、「否」という単語は浮かばない。
それほどカイトの存在は、絶対のように感じられた。
「……やってみます」
身を翻してから、考え始める。誰に話をつければいい──?先に門に──?マックスに連絡を────。
操られるように足を動かすその後ろ姿から、カイトはすぐに視線を外し、ギルドの建物の中へ向かう。
「俺たちはワグナーから話を聞く」
「そんな、悠長な……!」
「犯人の目星をつけること──それが最短の道だ」
******
ワグナーの部屋へ集まった一行は、座る時間も惜しいと、話を促す。
「それで、情報は?」
ワグナーは急かされる意味を理解して、余計な気遣いや労いは省き、すぐに本題に入る。
「この腕輪の持ち主は、グンナルという名の三十六歳の傭兵の物でした。銅色が示す通り中堅の、なかなか鍛えられた傭兵だったようです」
資料など見ないで、スラスラと言葉が出てくる。
「『一匹オオカミ』とまではいきませんが、基本的には一人で仕事をしていたようです。──実は、私が戻るのが遅くなったのは、このグンナルの故郷まで使者を送っていたからなのです」
ワグナーの仕事ぶりに、感嘆と共に期待が高まった。
「東の小さな町に老いた母親がいました。彼女に状況を知らせると同時に、話を聞き、それと個人情報を開示する許可を頂きました。何をしても、『息子を見つけてほしい』と……!」
カイトはそんな母の言葉を、冷淡とも思える声で受け流す。
「……グンナルはどういう仕事を?」
「内容については、詳しくは申し上げられませんが──主に護衛の他に、力仕事なども。最後の仕事は、他の傭兵と組んで、ここベレン領までの商隊の護衛でした」
「つまりここへは仕事で来たのか……その、組んだ傭兵は?話を聞けないか?」
「すでにふた月近く前になりますから、すでに次の仕事へ。商隊もすでに領を出ています。探そうと思えば、探すことは可能ですが……」
沈黙は、そんな時間が残されてはいないことを、物語る。
「……グンナルに対応した、ギルドの職員は分からないか?」
「分かります。すでに話を聞きました、が……」
「覚えていない、か?」
ギルドには毎日何十人もの傭兵が訪れる。職員はただ、仕事を仲介するだけ。
掲示板に貼られた依頼書を、傭兵が選び、職員に提出する。職員は依頼に合うか、腕輪の色などを確認したら、後は依頼人に引き合わせるだけなのだ。
よほど印象に残る者でなければ、いちいち職員は覚えていない。
それを責められないことは、頭では分かってはいるが──それでも今は、それが恨めしい。
「……他に、情報は?」
カイトの促しに、ワグナーはいくつかの仕事に関する情報の後に、少し声音を低くして、もう一度息子を心配する母の言葉を伝える。
「──これは、彼の母親からの言葉です。グンナルは故郷に一人残した母親のことを、とても気にかけていました。彼はある事情で、故郷を離れざるを得なかった。しかし傭兵には危険がつきまといます。しかも独り旅では自分に何かあった時、その『死』さえも知らされないかもしれない。帰らない自分のことを、母がいつまでも待ち続けることのないように、腕輪だけでも帰るように──」
「腕輪はグンナルにとって、ただの仕事道具や身分証ではなく、母へ送られる遺品と考えていた──それを、宿に無造作に置いていくか……?」
あの腕輪の存在は、もしかするととても重要な意味を持つのかもしれない。
被害者の身元を知るだけのものではない、犯人に繋がる、何か──。
「それは母親も言っていました。『グンナルは慎重で、とても用心深い。いつも身につけている腕輪を、宿に残して行ったということは、何かがあったことは間違いない。もしかすると、腕輪はわざと残して行ったのでは──』と」
カイトの頭の中で、これまで得てきた情報が駆け巡る。
『独り旅の男』『宿に残った腕輪』『妙にいい手際』『町に詳しい者』『領内に拠点がある』────。
最後の一押しを求めて、カイトは無意識のうちに言葉を拾っていた。
「……グンナルの、『故郷を離れざるを得なかった事情』とは?」
「……彼は、ドワーフの亜種だったようです」
亜種にも寛容と言われる東でも、田舎の方ではまだ差別が残るところもある。
小さな町では隠し通すことはできないし、本人だけでなくその家族も敬遠される場合もある。
例え表面上は普通に接していても、いざ婚期となった時に、その感情が噴き出すのだ。
「亜種を家に入れることはできない!」
「亜種の血など、穢らわしい!」
そうしてグンナルは、傭兵になった。
仕事をしては、稼ぎを田舎の母に届け、そしてまた仕事へ──。
グンナルが特別なのではない。
亜種の中には、同じようにして故郷を離れる者は少なくない。
その中で特にドワーフの亜種は、体が頑丈で力が強いことから、傭兵になる者が多い。彼らはその経験から、あまり人と深く関わることを避け────。
カイトの頭の中で、さっき思い浮かべた情報が次々と繋がっていく。
「カイト!!」
「少し黙れ」
固まったように動かなくなったカイトに、ジェイが焦れたように声をかけた。だがそれを手で制してから、カイトは目を閉じた。
拳を握った片手を額にコツコツ当てる。
裏で眼球が動くように、瞼がピクピクと波打つ。
閉じた口の中で、言葉にならない言葉を紡ぐ。
見ている周囲にも、カイトの思考が怒涛の勢いで溢れ出すのが感じられ、ただ黙って見守る時間が続く。
そして出した結論は──
「ギルドだ」
******
「ギルド──って、なに」
「第一の疑問点」
「え……?」
「第一の疑問点、どうやって『独り旅の者』を見分けるか──ギルドの職員ならば、それが可能だ」
ハッと、全員が息を呑む。
「仕事を探している傭兵に、独りなのか仲間がいるのかを聞くのは、自然なことだ」
カイトの中で全ての紐が解けていく。
「そうか……なぜ気づかなかった……!ギルドの傭兵を狙えば、自然と壮年の男が多くなる。職員なら町に詳しく、そして町に家を持つ。腕輪は──そのまま犯人を指していたのか……!」
ギルドは被害者だという思い込みが、一行の思考を答えに導くことを遅らせた。
「ギルドの傭兵が被害者で、職員が犯人だ」
「ちょ……っ!ちょっと待ってくださ」
「グンナルに対応した職員はどいつだ?」
「ちょっ……!」
これまで好意的だったワグナーも、カイトが導き出した答えには気色ばむ。
「待ってください!ギルドの職員を疑っているのですかっ?!それは聞き捨てならな」
「早くしろ、押し問答をしている時間はない!」
「ギルドには傭兵を守る義務がありますが、私にも職員を守る義務が──」
「お前は断言できるのか?」
「なにを」
「お前が守るべき職員全員が、絶対に犯人ではない、と」
「っ、しょ、証拠もなく……」
「これから探す」
「どうし、て……!職員が傭兵を……?!何の目的で?!」
「そんなこと、知るか」
答えの出ない問答に、とうとうジェイが耐えきれなくなる。
腰の剣に手をかけ、脅しも辞さない姿勢を、ワグナーに見せる。
が、そのジェイの行動は、ワグナーをむしろ頑なにさせた。
一歩も譲らず睨み合う二人──その間に、カイトが腕を割り込ませた。
ワグナーの胸元に、指で摘んだ小さなモノを突きつける。
「なにを」
カイトの指の間のそれを、ワグナーは目を見開いて、口を「を」の形に開けたまま、動きを止める。
「お前なら、これが何か、分かるな?」
カイトは一言一言、含めるように発した。
「命令だ。職員の情報を渡せ」
真っ赤な実を口に咥えた、真っ黒なカラス。
ヘマタイトの黒々とした輝きが、カラスの横顔をどこか高貴に見せ、そして血のようなルビーがそのくちばしに───それは知る人ぞ知る、『ヴァンダイン』の象徴。
カイトが突きつけたその指輪は、ギルド、そして商会の創始者ヴァンダイン氏、その人の代理者たる証だった。
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