三鍵の奏者

春澄蒼

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第三章 交点に降るは紅の雨

31 消えた三人

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「特に不審な箇所はないな……」
 墓所をひと通り回って、カイト、アイビス、ジェイは顔を付き合わせた。

 土を掘るために担いできた、大きなスコップが無駄になりそうで、ずしっと疲労と共にのしかかる。

 肉体労働と、そして腐敗した死体と対面することを考え、この三人で来たのだが、大きな図体も無駄になりそうだ。

「……読みが外れたか……?」
 自問自答するカイトに、
「まあ、こことは限らないから」
 アイビスが慰めを言う。

 だがそう言いながらも、アイビスにも分かっている。
 ここベレン領には、死体を埋められるような土地が限られていることを。

 中心部は店がひしめき合って、無駄な土地などないし、郊外も川辺や森も、その全てをベレン卿が把握している。

 さすがに、個人の土地を洗いざらいさらうのは──ベレン卿にできないことはないが──骨が折れるどころではない。

 一度出直すか、と司教と共に教会まで戻る、その途中──
「あっ、いた!いた!!おーい!!」
 よく通るヘロンの声が丘に響く。

「ヘロン?どうして……」
 衛兵が騎乗したその前に、小さな体を目一杯伸ばして、大きく手を振る姿が見えた。

「どうし──」
「緊急事態!」
 声をかけたアイビスを遮って、
「ギルドに行った三人が、行方不明!!」

 端的なそれに、空気が凍る。

「……っ!!」「待て!」
 反射的に走り出そうとしたジェイを、カイトが押し留める。

「……待て、無闇に動くな」
「…………!」
 まるで敵を見るようにカイトを睨みつけるジェイだが、カイトは険しい表情のままヘロンから目を離さない。

「ヘロン、詳しく説明を。フェザントはどうした?」
「フェザントは先にギルドに行った。大丈夫!衛兵と一緒だから!で、──」


******
 ヘロンとフェザントの元にその報せが届けられたのは、ついさっきのことだ。

 衛兵を経由して届けられたのは、『ギルドの責任者ワグナーが戻った。話を聞きに来てほしい』というギルドからの報せだった。

「はっ?!なんで俺たちに?」
 ギルドにはクレインたち三人が控えているはずだ。わざわざ二人を探して報せる意味がない。

「ギルドに仲間がもう行ってるはずだが……?」
 頭をひねるフェザントに、衛兵が続ける。

「それが……確かにギルドにお三方の訪問はあったようなのですが……すでに帰られたようだ、と……」
「はぁ?!」

『そんなこと、あり得ない』二人は同じ言葉を心の中で叫んだ。
 三人は今日はギルドから動かない予定だったのだ。

 一行が調べ始めて一週間、すでに犯人側にもその動きは悟られているだろう。

 危険を回避するために、ヘロン、フェザントの組は必ず衛兵と行動を共にしている。そしてギルドの三人は、職員と傭兵の目があるギルド内から動かないように、と。

「いやっ、帰った訳が……!」
「待って!ギルドの人がそう言ってきたのか?!」
 困惑するフェザントよりも、ヘロンが先に頭を巡らせる。

「はい。職員もお三方が待機していることは知っていたので、探されたそうなのですが、いらっしゃらなくて……他の職員から『帰られた』と。それでギルドから我らに話が──」

「俺、カイトたちに知らせに行く!」
「は、ぁ?ヘロン、ちょっと待て!そんな大事おおごとか?!」
「お墓ってどっち?!」勇んで衛兵に詰め寄るヘロンの首根っこを、フェザントが掴む。

「その辺にいるかもしれねぇだろ?俺たちで探してから──」
「それじゃあ、遅いよ!!」

 ヘロンの意志の強い瞳にまともにぶつかり、フェザントはたじろぐ。
「あの三人が、カイトの指示、無視する訳ねぇだろ?!ギルドにいないってことは、なんかあったんだよ!!」

 見つめ合ったのは、一瞬。
「──分かった、よし。あんた、こいつを教会の墓地まで連れてってくれ」
 一緒に行動していたタヴァレスに、ヘロンを託す。衛兵の中で、最も信頼できる者に。

「ヘロン、俺は先にギルドに行ってみるぞ」
「了解!フェザントも一人になっちゃダメだからな!!」

 そうしてヘロンはタヴァレスと馬に乗って、この郊外の墓地まで来たのだ。


******
 話を聞いた後の、カイトの判断は早かった。
「ギルドへ行くぞ」
 馬を翻し、中心部へ。

 雪を零さないように耐える雲が、冬の空を重苦しいものに見せていた。
 まるで、仲間の身を案じる一行の心中のように──。


******
「フェザント!」
 ギルドの前で待ち構えていたフェザントに、四人が駆け寄る。

「だめだ……まだ見つからない──」
 悲痛な顔で、首を振る。

 ジェイの気配がさらに険しくなった。
 ギルドに出入りする腕が立つ傭兵たちの間にも、そのジェイの気配が伝わり、ギルド全体がピリピリと、空気を変えていく。

 そんなジェイを横目に、カイトはフェザントの肩に手を乗せる。
「フェザント、何があった?」

「分からん。とにかく三人はここにはいない。いつからいないのかも、分からん。ギルドで待機していたところは、何人も職員が見てるんだが……ワグナーってやつが帰って来た時には、もう……」

「ジェイ!!」
 居ても立っても居られないジェイを、カイトが再び止める。

「何をグズグズしてる!?早く探さないと……!!」
 掴みかからんばかりのジェイだったが──「……!」カイトの全身から発せられる気が、冷たい空気をさらに、肌を刺すように尖らせていくことに気づいて、口を閉じた。

「どこを、探す?ただ闇雲に動き回っても、時間を無駄にするだけだ」
 闘いの最中のように、研ぎ澄まされていく瞳。

「タヴァレス」
「っ、はい!」
 いきなり呼ばれたタヴァレスは、ほとんど反射的に返事をしていた。

「全ての門に、報せを出せ。三人の特徴を伝えて、可能性がある者は領から出すな」
「……っ、」
「できないか?」

 タヴァレスにはもちろん、そんな権限はない。
 だが──今のカイトを目の前に、「否」という単語は浮かばない。
 それほどカイトの存在は、絶対のように感じられた。

「……やってみます」
 身を翻してから、考え始める。誰に話をつければいい──?先に門に──?マックスに連絡を────。

 操られるように足を動かすその後ろ姿から、カイトはすぐに視線を外し、ギルドの建物の中へ向かう。

「俺たちはワグナーから話を聞く」
「そんな、悠長な……!」
「犯人の目星をつけること──それが最短の道だ」


******
 ワグナーの部屋へ集まった一行は、座る時間も惜しいと、話を促す。

「それで、情報は?」
 ワグナーは急かされる意味を理解して、余計な気遣いや労いは省き、すぐに本題に入る。

「この腕輪の持ち主は、グンナルという名の三十六歳の傭兵の物でした。銅色が示す通り中堅の、なかなか鍛えられた傭兵だったようです」

 資料など見ないで、スラスラと言葉が出てくる。

「『一匹オオカミ』とまではいきませんが、基本的には一人で仕事をしていたようです。──実は、私が戻るのが遅くなったのは、このグンナルの故郷まで使者を送っていたからなのです」

 ワグナーの仕事ぶりに、感嘆と共に期待が高まった。

「東の小さな町に老いた母親がいました。彼女に状況を知らせると同時に、話を聞き、それと個人情報を開示する許可を頂きました。何をしても、『息子を見つけてほしい』と……!」

 カイトはそんな母の言葉を、冷淡とも思える声で受け流す。

「……グンナルはどういう仕事を?」
「内容については、詳しくは申し上げられませんが──主に護衛の他に、力仕事なども。最後の仕事は、他の傭兵と組んで、ここベレン領までの商隊の護衛でした」

「つまりここへは仕事で来たのか……その、組んだ傭兵は?話を聞けないか?」
「すでにふた月近く前になりますから、すでに次の仕事へ。商隊もすでに領を出ています。探そうと思えば、探すことは可能ですが……」
 沈黙は、そんな時間が残されてはいないことを、物語る。

「……グンナルに対応した、ギルドの職員は分からないか?」
「分かります。すでに話を聞きました、が……」
「覚えていない、か?」

 ギルドには毎日何十人もの傭兵が訪れる。職員はただ、仕事を仲介するだけ。
 掲示板に貼られた依頼書を、傭兵が選び、職員に提出する。職員は依頼に合うか、腕輪の色などを確認したら、後は依頼人に引き合わせるだけなのだ。

 よほど印象に残る者でなければ、いちいち職員は覚えていない。
 それを責められないことは、頭では分かってはいるが──それでも今は、それが恨めしい。

「……他に、情報は?」
 カイトの促しに、ワグナーはいくつかの仕事に関する情報の後に、少し声音を低くして、もう一度息子を心配する母の言葉を伝える。

「──これは、彼の母親からの言葉です。グンナルは故郷に一人残した母親のことを、とても気にかけていました。彼はある事情で、故郷を離れざるを得なかった。しかし傭兵には危険がつきまといます。しかも独り旅では自分に何かあった時、その『死』さえも知らされないかもしれない。帰らない自分のことを、母がいつまでも待ち続けることのないように、腕輪だけでも帰るように──」

「腕輪はグンナルにとって、ただの仕事道具や身分証ではなく、母へ送られる遺品と考えていた──それを、宿に無造作に置いていくか……?」

 あの腕輪の存在は、もしかするととても重要な意味を持つのかもしれない。
 被害者の身元を知るだけのものではない、犯人に繋がる、──。

「それは母親も言っていました。『グンナルは慎重で、とても用心深い。いつも身につけている腕輪を、宿に残して行ったということは、何かがあったことは間違いない。もしかすると、腕輪はわざと残して行ったのでは──』と」

 カイトの頭の中で、これまで得てきた情報が駆け巡る。
『独り旅の男』『宿に残った腕輪』『妙にいい手際』『町に詳しい者』『領内に拠点がある』────。

 最後の一押しを求めて、カイトは無意識のうちに言葉を拾っていた。
「……グンナルの、『故郷を離れざるを得なかった事情』とは?」
「……彼は、ドワーフの亜種だったようです」

 亜種にも寛容と言われる東でも、田舎の方ではまだ差別が残るところもある。
 小さな町では隠し通すことはできないし、本人だけでなくその家族も敬遠される場合もある。

 例え表面上は普通に接していても、いざ婚期となった時に、その感情が噴き出すのだ。
「亜種を家に入れることはできない!」
「亜種の血など、穢らわしい!」

 そうしてグンナルは、傭兵になった。
 仕事をしては、稼ぎを田舎の母に届け、そしてまた仕事へ──。

 グンナルが特別なのではない。
 亜種の中には、同じようにして故郷を離れる者は少なくない。
 その中で特にドワーフの亜種は、体が頑丈で力が強いことから、傭兵になる者が多い。彼らはその経験から、あまり人と深く関わることを避け────。

 カイトの頭の中で、さっき思い浮かべた情報が次々と繋がっていく。

「カイト!!」
「少し黙れ」
 固まったように動かなくなったカイトに、ジェイが焦れたように声をかけた。だがそれを手で制してから、カイトは目を閉じた。

 拳を握った片手を額にコツコツ当てる。
 裏で眼球が動くように、瞼がピクピクと波打つ。
 閉じた口の中で、言葉にならない言葉を紡ぐ。

 見ている周囲にも、カイトの思考が怒涛の勢いで溢れ出すのが感じられ、ただ黙って見守る時間が続く。

 そして出した結論は──
「ギルドだ」


******
「ギルド──って、なに」
「第一の疑問点」
「え……?」
「第一の疑問点、どうやって『独り旅の者』を見分けるか──ギルドの職員ならば、それが可能だ」

 ハッと、全員が息を呑む。

「仕事を探している傭兵に、独りなのか仲間がいるのかを聞くのは、自然なことだ」

 カイトの中で全ての紐が解けていく。

「そうか……なぜ気づかなかった……!ギルドの傭兵を狙えば、自然と壮年の男が多くなる。職員なら町に詳しく、そして町に家を持つ。腕輪は──そのまま犯人を指していたのか……!」

 ギルドは被害者だという思い込みが、一行の思考を答えに導くことを遅らせた。

「ギルドの傭兵が被害者で、職員が犯人だ」

「ちょ……っ!ちょっと待ってくださ」
「グンナルに対応した職員はどいつだ?」
「ちょっ……!」

 これまで好意的だったワグナーも、カイトが導き出した答えには気色ばむ。

「待ってください!ギルドの職員を疑っているのですかっ?!それは聞き捨てならな」
「早くしろ、押し問答をしている時間はない!」
「ギルドには傭兵を守る義務がありますが、私にも職員を守る義務が──」

「お前は断言できるのか?」
「なにを」
「お前が守るべき職員全員が、絶対に犯人ではない、と」

「っ、しょ、証拠もなく……」
「これから探す」
「どうし、て……!職員が傭兵を……?!何の目的で?!」

「そんなこと、知るか」

 答えの出ない問答に、とうとうジェイが耐えきれなくなる。
 腰の剣に手をかけ、脅しも辞さない姿勢を、ワグナーに見せる。

 が、そのジェイの行動は、ワグナーをむしろ頑なにさせた。
 一歩も譲らず睨み合う二人──その間に、カイトが腕を割り込ませた。
 ワグナーの胸元に、指で摘んだ小さなモノを突きつける。

「なにを」
 カイトの指の間のそれを、ワグナーは目を見開いて、口を「を」の形に開けたまま、動きを止める。

「お前なら、これが何か、分かるな?」
 カイトは一言一言、含めるように発した。

。職員の情報を渡せ」

 真っ赤な実を口に咥えた、真っ黒なカラス。
 ヘマタイトの黒々とした輝きが、カラスの横顔をどこか高貴に見せ、そして血のようなルビーがそのくちばしに───それは知る人ぞ知る、『ヴァンダイン』の象徴。

 カイトが突きつけたその指輪は、ギルド、そして商会の創始者ヴァンダイン氏、その人の代理者たる証だった。

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