三鍵の奏者

春澄蒼

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第三章 交点に降るは紅の雨

32 犯人

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 ヴァンダインの指輪は、それそのものがヴァンダイン氏と同じ権力を持つ。カイトの命令はつまり、ギルドのトップからの命令に他ならない。

 カイトの指輪を理解してからの、ワグナーの行動は素早かった。
 すぐさまグンナルに対応した職員を呼ぶ。

 他の職員やアイビスたちが呆気にとられる中、二人のやり取りだけで話を進めていく。

 だが彼は、事件のことを頑なに否定するだけだ。

「なぜ私が?!この──グンナルという傭兵のことすら、覚えていないのですよ?!」

 ワグナーとカイトからどれだけ問い詰められても、『なぜ?!』と『違う!』を繰り返すばかりだ。

「ラチがあかない……!早くこいつの家へ乗り込めばいい」
 イライラするジェイの言葉にも、
「ええ、構いません!それで疑いが晴れるのならば……!」
 堂々と挑んでくる様子に、カイトは少し攻勢を緩める。

「今日、俺たちの仲間がここへ来ていたことを、知っているな?」
「ええ!職員ならば、皆知っています!」

「ワグナー」
「はい」
「こいつが、今日この建物内から出ていないか、他の職員に確かめろ」
「はい」
 すでに主導権はカイトが握っている。

 その様子にアイビスが口を開きかけるが、カイトの横顔は質問を許さない空気を醸していた。
は何だったんだ?ワグナーに何を見せた……?)

 アイビスからはカイトが取り出したモノが見えなかった。仲間の危機にかかずらうべきことではないと、頭では理解していたが──(カイト、お前はなんだ?!)
 答えをもらえない問いを、頭の中でまた繰り返すのだ。

 戻ったワグナーは、首を横に振る。
「彼は今日はずっとカウンターに詰めていました。席を立ったのは、書類を取りに行く一、二分のことです」

 アイビスは先ほどの問いを、頭の中から追い出すように振り払い、目の前の事態に集中しようと切り替えた。

「……おい、もしかして……今回の事件と三人の失踪は、全く関係ない、なんてこと……?」
 アイビスが言葉にしたそれは、皆の頭にも浮かびながらも、考えないようにしてきた、それ。

 もしそうならばこの時間は、三人を見つけるためには、何の役にも立たない。

 ユエたち三人が、ベレン卿の使いで衛兵たちとも協力していることは、ギルド中に知れ渡っていた。だからこそ、ギルド内ならば安全だと考えていたのだ。

「もし犯人が三人を拉致したとして、その理由は?俺たちを妨害するつもりなのか?だがむしろ俺たちに『ギルドが怪しい』と教えたようなものじゃないか?」

 混乱するアイビスを見つめたカイトは、一瞬にして方針を切り替える。

「……三人の今日の動きを、もう少し詳しく知れないか?いや、俺が直接聞く」
「かしこまりました」


******
 カウンターの業務をほとんど停止させて、ワグナーは職員と、それからその場にいた傭兵たちにも声をかける。

「本日いらっしゃっていた、ベレン卿の使いのお三方の行方を捜しています。見たという者は挙手を」

 ほとんどの職員が手を挙げる。
 その中からワグナーが一人を指名し、カイトの前に連れてくる。

「三人は、最初はどこにいた?」
「カウンターの前の椅子に」
「それはいつまで?」
「確か……」

 何人かが顔を見合わせるが、はっきりとした答えはない。

「気がついた時にはいらっしゃらなくて……」
「ギルド長がお帰りになられた時に、ギルド内をひと通り見て回ったのですが……」
「『帰られた』と聞いて、あなた方を呼びに──」

「待て!!」
 フェザントが声を張り上げた。
「そうだ!俺たちを呼びに来た衛兵も、職員から『帰った』って聞いたって!その言葉、誰が言った?!」

 再び顔を見合わせる職員たち。

「誰?」「誰が言った?」「あれは……?」

「あっ!アダルベルト医師です!!」

 上がった名前に、カイトが鋭い眼光を放つ。
「そいつは、今どこに?」
「あれ?そういえば、どこに……?」

 キョロキョロとその人物を探す職員の中から、一人がおずおずと前に出てくる。

「それが……娘さんの具合がよくないと言って──帰られました」

「そいつだ!」
 断定したのは、ジェイ。

「あの医者だろう?!クレインに懸想していた……!昨日だって、断るクレインのケガを無理やり治療して……!」
 ジェイが昨日の出来事を思い出して、記憶の中の敵と対峙するかのように、語気を強めていく。

「あーーーー!!!」
 ギルド中に響く大声が、それを遮った。

「思い出した!思い出しました!あのグンナルという傭兵!!」
 声を上げたのは、カイトに問い詰められていた、あのグンナルに対応した職員だ。

「あれがそうだった!腕にケガを負っていて、その時も遠慮する彼を、アダルベルト医師が治療を……!普段はそれほど積極的じゃないのに、少し強引な感じがして、違和感が……」

 話しながら、男の顔が青ざめていく。二つの失踪に関わる、一人の人物──。

「医者なら、治療する部屋を持っているだろう?見せろ」
 カイトのその言葉は、最後の確認だ。

 左手の廊下を進むと、依頼人と傭兵が話し合う個室が並ぶ。
 医療室はその奥にある。

 奥まった部屋の扉を、ジェイが壊さんばかりの勢いで開け放つ。

 部屋の中には誰もいない。
 殺風景な部屋に薬の匂いが充満している。続きの部屋に、患者が横になる寝台。木箱の中にはたくさんの瓶と清潔な布。
 ギッ……カイトが開いた窓は、大人が通るのに十分な大きさがあり、裏庭に繋がっている。

 そしてカイトが視線を戻した机の上には──

「決まりだ。こいつだな」
 中身が残るカップが、三つ。

「この医者の家へ案内しろ」



******
 一行と衛兵、そしてギルドの者も一緒に、アダルベルト家へ押しかけた。

 しかしそこには、妻と病に伏せる娘がいるだけだった。

 戸惑う二人に、説明は後回しにして、家の中を隅々まで見て回ったが、どこにもいない。妻も「夫はまだ帰っていない」と言うばかりで、何も知らない。
 他に行きそうな場所は──と、顔見知りのギルドの職員に問い詰められても、妻は狼狽えるばかりで要領を得ない。

 行き詰まった一行に、焦りがジリジリと迫る。

 と、その時──ピクッとカイトが何かに反応した。

 くうを見つめた後、勢いよく通りに飛び出すと、リアーナも驚きの軽業を見せて、アダルベルト家の屋根へと身を躍らせた。
 危なげなく屋根の上に立ち上がり、目を閉じて何かに集中する。

「は、ぁ……?カ、カイト?!」
「しっ!!」

 口元に人差し指を立て、下から名前を呼ぶアイビスを静かにさせる。

 そして、耳をすませた。

「……ラークの笛の音だ」
「……っ!妖精の、笛!!」
 カイトとラークにしか聴こえない、特別な笛。

「どこだっ?!」
 急かすジェイに、
「……建物が多くて……おおよその方角しか分からん。建物の特定までは──」

 タンッと軽く地面に降り立ったカイトは、一緒に来ていた衛兵に詰め寄る。

「あちらの方角に、火葬場はあるか?!」
「へ……?かそぅ……?」
「火葬場だ!遺体を燃やす──」
「あ、はいっ!あります!少し町からは離れた処に……」
「そこだ!」

 カイトはすでに走り出していた。
 衛兵の馬を奪って乗り上がりながら、

「死体が埋められた痕跡がないのは、火葬されているからかもしれん!──確信はないが、ひとまずそこを目指す!!」

「っ中心街での騎乗は禁止されて──!!」
 衛兵の制止を無視して、一行は馬を駆る。
 カイトの推測が正しいことを信じて──。



******
 少し時間は遡る────。

 ユエ、ラーク、クレインがギルドにて待機していた時、ギルドの医者が声をかけてきた。
「あの……」

 クレインは正直に言って、この人物とは関わりたくなかったが、無視をする訳にもいかない。
「……何ですか?」

 誰にも不機嫌と分かる声なのに、耳に届いていないように、医者は気にしない。

「ギルド長のお戻りまで、まだ時間がかかりそうです。よろしければ、奥の部屋でお茶でも飲んでお待ちになりませんか?ここでは落ち着かないでしょう?」

「……いえ、結構です」

「私が配合した、特別なお茶があるのですよ。心も体も休まります。動き回ってお疲れでしょう」

「……大丈夫です。ここで待ちますから」

「ですがここでは、傭兵たちの目があって落ち着かないでしょう」

「…………気にしないでください」

「大丈夫ですよ。ギルド長がお戻りになった時は、すぐにお知らせしますから」

 はぁ……とため息をついたクレインだが、それすらこの医者には通じていない。
(会話に、ならない……)

 昨日もそうだったが、この人物とは、根本的に会話が成り立たないのだ。人の話を聞いていない。というより、聞く気がないのか。

 人畜無害そうな三十代後半の男なのだが、クレインからすれば、言葉の通じない関わり合いになりたくない男。

 耳もそうなのだが、目も、クレインを映しているようで、実は何も見ていないのではないかと思えるのだ。
 現実を見ていない、ような。

 これだけ言葉でも態度でも『拒否』を表明しているのに、男はクレインが立ち上がらないことを、むしろ不思議そうな目で見ている。

(昨日と同じ、か……)
 おそらく男は自分の親切を疑ってもいないのだろう。相手が『迷惑だ』と感じているなどと、考えてもいない。

 ユエとラークと視線で会話をして、さっさとお茶を飲んだ方が簡単だと判断する。

「それじゃあ……」

 医者に先導されて、奥の部屋へと向かう。
 傭兵がいつも使う部屋に案内されると思っていたが、入れられた部屋は、この医者の部屋のようだった。

 少し警戒心を強くする。

 しかし、奥の部屋から何人か男の会話が聞こえ、
「ケガをした傭兵が奥の寝台で寝ていますが、あまり気になさらないでください」
 と医者に先に言われ、強くした警戒心が、自然と緩まる。──緩まって、しまった。

 出されたお茶は、薄緑色で草のような青臭い匂いがしている。

「心も体も休まる、薬草が入っています。少し苦いですが、緊張がほぐれますよ」

 ラークをチラッと見たクレインだったが、彼が何も言わないことで、さらに気を緩める。
(さっさと飲んで、この部屋を出よう)

 気が早って、一口で半分ほど飲み干した。
 確かにそれは苦く、お世辞にも美味しいとは言えない味をしていた。

 クレインが次の一口を躊躇している間に、隣の二人もカップに口をつけ、同じように苦い顔になっている。

 そう、確かにそのお茶は、『心も体も休まる』ものであった。医者は嘘をついてはいない。
 そして彼は、三人に対する悪意も敵意も、持ってはいなかった。むしろ、クレインに対して、好意を持っていたくらいだ。

 リアーナの時と同じだ。
 だからラークは何も反応しなかった。

 そして──場所も悪かったのだ。

 ここは歴戦の傭兵が集まるギルド。闘いの空気を引きずった者、己の武勇を誇る者、他の傭兵に舐められないように虚勢を張る者──常にピリピリとした空気が漂う。

 の悪意は、それに紛れてしまい、ラークの感覚を鈍らせた。

 三人がお茶に口をつけたのを見計らったように、奥の部屋から男が三人、嫌な笑みを浮かべて出て来た。

 医者は『ケガをした傭兵』と言ったが、三人共に、そんな様子は見られない。

 一気に、警戒心が膨れ上がる。

 毛を逆立てたようなラークが、バッと立ち上がり──そのまま膝から崩れ落ちた。

「ラーク!!」
 叫んだはずのクレインの声は、喉から発せられてはいない。

(やられた……!)
 隣でユエも同じように、床へと崩れ落ちていく。
 それを横目にクレインは、目の前の男たちの顔を脳裏に焼き付ける。

(こいつら、どこかで────そうだ……今日、ギルドの前で……)
 クレインが最後に思い浮かべたのは、今日ギルドを訪ねた時のこと。

 建物の前でたむろする三人の男たち。
 その一人が、クレインを見た時の、あの表情──(まるで幽霊でも見たかのような、あの──まさか、俺のことを、知っている……?)

 薬で気を失う間際まで、クレインは男たちを睨み続けていた。

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