三鍵の奏者

春澄蒼

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第三章 交点に降るは紅の雨

番外編 ベレン領の買い物 前編

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「う~~~~ん……」
 真剣な顔で考え込むクレインに、ジェイは戸惑っていた。

「……資金は、ベレン卿が出してくれるんだろう?」
「ん?うん、まあ」
「それなら、一番上等なものを買えばいいんじゃないか?」

「ん~……でもなぁ……」

 目の前の壁にずらりと並んだ弓から、目を離さない。

 ここはベレン領で一番大きな武器屋だ。
 古今東西、ありとあらゆる武器が揃っている上に、値段も幅が広い。宝石がゴテゴテとついた剣から、名工の作、まだ無銘だが店主の目にかなったものまでが、同じ舞台に並んでいる。

 ここへは、ユエの新しい弓を買いに来たのだ。


 ベレン領に着く前からガタがきていたそれが、とうとう壊れてしまった。あの事件の折に、奴隷商人たちに手荒に扱われたせいだ。

 それを知ったマックスが、この店を紹介してくれたのだ。
『もちろん費用は全てこちらが持ちますから』と。


 ジェイからすれば、費用のことを考えなくていいのだから、『一番いい弓を』と注文すればいいと思うのだが……クレインは長いこと悩んでいる。

「でもやっぱり、武器ならフェザントの村で作ってもらうのが一番だから……」
 クレインは一応声を落として、店に気を使ったが、例え聞かれたとしてもそれは店側も反論できない。

 ものづくり──特に鉱物の扱いにおいて、ドワーフの右に出るものはないのだ。

 その上、フェザントの村の鍛冶屋ならば、個人の細かい要望にも応えてくれる。クレインとユエの足首に巻いた、『曲がる剣』のように。

「だから、あそこまで持てばいいんだけど……かといってあんまりちゃちなのも困るし……」

 悩みながら選んだ一つを、「これ、引いてみて」ユエに渡して試させる。

「……どう?」
「う~ん……ちょっと、重い、かな」
「う~ん……」

 二人があれこれと試しているのを、ジェイは根気強く待っていた。

 この店にやって来たのは、この三人ともう一人──ラークだ。
 彼は彼で、一人で弓を見ていた。

 ラークは自分の弓を持っているのだが、珍しく自分から店員に話しかけては、色んな形の弓のそれぞれの特徴を聞き出している。


 ***
 先日の雪遊びが腰に来たフェザントは、館で療養中。
 ヘロンは領内を飛び回り、事件で仲良くなった衛兵のところにも遊びに行っている。
 アイビスは、ベレン卿が画策したお見合いだとは全く気づかずに、とある令嬢の隣で演劇鑑賞中だ。

 カイトだけは何をしているのか知れないが、一行はそれぞれ好きに今日一日を過ごす予定だ。


 ******
「うん、時間をかけたかいがあった」
 ユエが背負った新しい弓を、満足げに眺めるクレイン。
 それだけでジェイも満足だ。

「ラークは?結局、買わなかったのか?」
 前と変わっていないラークの弓に気づいて、ユエが聞く。

「あ、うん。もともと買うつもりはなかったから」
 首をかしげるユエに、ラークはちょっとだけ恥ずかしそうに続ける。

「僕も、フェザントの村で作ってもらいたいから……それで、どういう感じがいいかな~って、いろいろ勉強してたんだ」

 ラークのこの言葉に、クレインは内心驚いた。

 ラークは以前フェザントの村を訪れた時、クレインやその他が武器を作ってもらったのに対して、「僕はいいよ……」と遠慮したのだ。

 戦うことが嫌いで、腕に自信もないラークらしい、とクレインは思ったのだが──。
(ラークも変わろうとしている、のかな……?)

 自立心の芽生えを、無言で見守った。


 ******
 四人は連れ立って、ベレン領を散策する。

「わっ!」「ご、ごめんなさ……っ」「あれ?ラーク?」「ここ!流されちゃった……」

 人混みに慣れていないユエと、小さなラークは、ただ歩くだけでも一苦労だった。

「は、はぐれそう……」
 ラークのもっともな呟きに、クレインがちゃきちゃきと決まり事を作る。

「ジェイを目印にしよう。馬鹿でかいから、遠くからも見えるでしょ」
「「はい」」

「それでも、もしはぐれたら、さっきの武器屋の前に戻ること!探し回って迷子にならないように!!」
「「はい!」」

 二人のいい返事に頷いて、
「……一人ではぐれるよりはマシだから、二人は手でも繋いだら?」
 思いつきのように提案する。

 それに顔を見合わせた二人──「ん」ユエが先に手を伸ばした。
 おずおずと、でも少し嬉しそうに、ラークがその手を取る。

 親子──にはとても見えないし、兄弟──にしては似ていない二人だが、手を繋いだ二人はなんだかかわいらしい。

 それを見てジェイは(うらやましい……)、隣に揺れるクレインの細い指をちらっと目に入れる。

 だがクレインが人前で手を繋ぐことなどあり得ない。それは男同士だから、という理由ではなく、人前でそういうことはしない性格だからだ。

 二人で過ごした初めての夜から、数日──それ以来触れていない肌に、ジェイはついつい目が吸い寄せられてしまう。

 あれからもクレインの態度は変わらないし、ジェイも複雑な心境を表に出したりはしない。

 あれは一度きりだったのか?それとも『次』を望んでもいいのか?ジェイは一人でぐるぐると悩んでいる。


「……おい、ボーっとして、お前がはぐれるなよ」
 クレインの声に、あの夜から戻る。
「っ、ああ」

 いつもならクレインの後ろを歩くジェイだが、今日は人混みを言い訳にして、彼の横にぴったりと寄り添った。


 ******
「……案の定、だな」
 クレインとジェイは人波から外れて少し待ってみたが、後ろを歩いていたはずの二人が現れることはない。

 通りを進んで、四人でいくつかの店をひやかして来たが、気がついた時にはクレインとジェイしかいなかった。

「……どうするか決めておいてよかった。ずっと手を繋いでいたし、あの二人は一緒にいるだろう」


 決めた通りに武器屋まで戻ろうと、二人が通りを戻りかけた時、「いらっしゃい!」背中に威勢のいい声がかかる。

「そちらさんに贈り物かい?綺麗な青い髪だねぇ!それなら、これなんか──」「っと、悪い、客じゃないんだ」

 二人は後ろの二人が追いついて来ないかと、足を止めていただけなのだが、その場所がちょうど髪飾りを売っている店の軒先だった。

 店主が客と勘違いして商品を勧めてくるのを、クレインが遮ったのだ。


 店主はクレインの声を聴いて、目をパチクリさせる。

「あれっ?!もしかしてそちらさん、男の方かいっ?」

 クレインは目深にフードをかぶっていたし、体の線が見えにくい厚着をしていた。
 確かにぱっと見では、性別が判りにくいのだが……

「あわわ!こりゃあ申し訳ないっ!!」
 その勘違いに、クレインが機嫌を損ねたことが店主にもよく伝わり、慌てて謝り倒す。

「…………別に……」
「いやいや、これは悪かった!髪ばっかり見てたもんだから!」
「……別にいいって」


 ぶすっとして立ち去ろうとしたクレインに、「あ、ちょっとお待ちを!!」店主は追いすがる。

「もういいって……そんなに謝られても……」
「いやいや!お客様を不快にさせて、そのまま帰すなんて、商売人の風上にも置けない!」
「客じゃないから、いい。俺たちはちょうど立ち止まっただけで……」

 平謝りされて、だんだんと困惑してきたクレインに、店主はさらに言い募る。


「よかったら、どれか一つお詫びに包ませてもらうよ!」
「……髪飾りの店なんだろう?俺は男だって──」
「いやいや!髪飾りが女性だけのものだって、誰が決めたんだい?うちには男性にもお似合いの商品もあるよ!!これなんかどうだい?!髪だけじゃなくて服やベルトに付けることも──」

「ちょっとそれ、見せてくれ」
 黙っていたジェイが、いきなり割り込んだ。

 店主が勧めた一つを手に取って、色んな角度から眺め回す。
 それは透き通る青に白が混ざったガラス玉が付いた、かんざしだ。

 ジェイは即決した。
「……いくらだ?」

「はっ?ジェイ?!」
「ははっ、そちらさんが気に入ったのかい!いいよ、お代は!」
「いや、ちゃんと料金は払う」
「だめだめ!それじゃあ、こっちの気が済まないよ!」
「……だが、ちゃんとした贈り物にしたいんだ」

 ジェイにそう言われて、店主もそれ以上は無粋だと引く。

「……そうかい、そうなら……あっ、ちょっと待ってくれ!」
 料金は受け取ったのだが、再び二人を待たせて、ゴソゴソと奥の棚を漁り出した。


「…………」
「どう、した?」

 ジェイの『贈り物』という言葉に、表情を消したクレインに、ジェイはおそるおそる聞く。

「……お前がこんなもの買うなんて、珍しいと、思って……」
「……すまん……」
「別にっ、俺に謝ることじゃあ、ないけど?」
「思わず……あまりに、その……似合っていたから……」
「──えっ?!」

 クレインの驚きの声を、非難だと勘違いして、ジェイは言い訳する。

「お前の瞳にそっくりで、つい……でもこれなら髪じゃなくても付けられるようだし、ほら!尖っているから、いざとなったら武器にもなるぞ!」


「…………」
 無言のクレインに見つめられたジェイを救ったのは、店主だ。

「あったあった!──これをお詫びに付けるよ!」

 店主が差し出したのは、何か液体が入った小瓶。

「香油だよ。それも最高級!」
「香油?」
「ああ!うちでは髪の手入れ用に売っているんだよ。でもこれはいいものだからね。髪だけじゃなくて、肌にも使えるし、口に入っても目に入っても安心だよ!」

 そんなものがあることを知らなかった二人は、「へぇ~」と感心する。

「これは、そちらの青い髪のお兄さんに!」
 クレインににこにこして渡した。

 ***
 この店主がどうしてこれほど二人によくしたのか──?
 店主は「髪飾り屋が天職」と胸を張って言うほど、髪飾りと髪を愛していた。

 クレインの髪を一目見て、「飾りたてたい……!!」と思ったのだが、同時に「もったいない……!」と嘆いたのだ。

 クレインが自分で切っている髪は、今は少し伸び過ぎて首が隠れるほどになっている。
(ああ……!もっと伸ばせばいいのに……!!そうすれば結える!結えれば、もっと色々な髪飾りが付けられるのに……!)

 そして、旅続きということもあって、手入れなどしていない。
(ああ……!香油を付けてツヤを出せば、もっと綺麗な青になるのに……!!)

 店主はクレインに香油を贈りながら、少しでも彼が髪に気を使ってくれることを祈っていた。

 だが、店主のその祈りは届くことはなく、せっかくの最高級香油は、別の目的に使われることになるのだった。


 ******
「ありがとうございました!!」
 にこにこにこにこ──店主の笑みを背に感じつつ、二人は店を後にした。

「「…………」」

 歩きながらジェイは、(失敗した……クレインは女性に間違われるのが嫌いなのに……!女性らしい髪飾りなんて、嬉しい訳が……)かんざしを握り締めて落ち込んでいる。


「……ジェイ」
「っ、」

 非難を受け止めようと身構えたジェイに、クレインは少し拗ねたような声で、予想とは違う言葉を紡ぐ。

「……それ、俺にくれるんだろう?」
「……え」
「……なんだ、違うなら──」「いや!違わない!!」

 往来をせき止めるように立ち止まった二人は、見つめ合う。

 クレインの手がするり、と跡がつくほどかんざしを握っていたジェイの手に伸びた。

 指を絡めるようにして受け取ってから、クレインは少し迷って、それを腰元に目立たないように付けた。


「……それじゃあ、コレはお前に」

 クレインはかんざしと入れ替わりに、ジェイの手に香油の小瓶を握らせる。

「……?なんで、俺……?」

 きょとんとするジェイを、クレインは屈ませてから、耳元に囁く。

「お前が、塗って──」
「え……」
「俺の髪に、それから──肌、にも…………今夜、湯上りに──」

 淫靡な時間を想起させるように、クレインの指は彼の耳をくすぐってから、離れていった。

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