67 / 147
第四章 地下に眠る太陽のカケラ
56 ドワーフの鍵
しおりを挟む
カイトが次に取った行動は、別行動をしているヘイレンとアイビスに連絡を取ることだった。
ヴェルドット国内にいる二人に、『鍵』についての情報をラサージェ夫妻から聞き出してもらうためだ。
カイト、ラーク、ヘロンは、一行の中で飛び抜けて視力がいい三人ではあるが、話に聞いただけの残りの四人は、さすがにすんなりと信じることができないでいる。
そして直接目にした三人にしても、時間が経つにつれて、もしかしてアレは幻だったのではないか、という馬鹿げた考えが浮かんでくるほどなのだ。
近いうちにアスカに接触するのだから、その時に確かめればいいことではあるが、事前にささいな情報でも得られるのなら連絡を取るべきだと、カイトは判断した。
******
「なるべく早く頼む」
前日に隠れ家まで案内してくれたヘイレンの手の者に、カイトは端的にしたためた手紙を託す。
その封蝋にはヘイレンから預けられた印璽が押され、二つ並んだ蛇の頭が厳しく封を護っている。
手紙を出したことで、それまで続いていた興奮がやっと少し落ち着いてきて、腰を据えて待とうと、一行は気持ちを切り替えた。
「……ねぇ、カイト」
が、ユエの問いかけが、その弛緩した空気に緊張を走らせる。
「…………何だ」
「これ、なに?」
ユエが指すのは、カイトの手にある印璽だ。持ち手も蛇の意匠で、白い鱗に金色の眼が精巧に作られている。
「……ハンコみたいなもんだ」
「ハンコ?」
「……簡単に言えば、身分証だ。ヘイレンの紋章が押されていることで、俺からの手紙だと証明できる」
二人のやり取りを、周りは息を詰めて見守っているが、ユエだけはそれに気づかない。
「紋章……どうして、頭が二つある蛇なんだ?」
ヘイレンは二つの紋章を使い分けていて、ギルドのトップ、ヴァンダインとしてのものは、赤い実をくわえた黒いカラスがそれだ。
そしてヘイレン個人、盗賊団のトップとして使うのは、双頭の白蛇の紋章である。
本来シッポがあるべきところも頭があり、左は牙を剥いて右は長い舌を伸ばした、二つの頭を胴が繋いでいる。
『双頭』と言うよりは『両頭』と言った方が分かりやすい。
「どうしてって……」
「こういう蛇、本当にいるの?」
「いや想像上のもの──」
「あー!俺も思った!!」
そこでいきなりヘロンが割り込む、
「ヘイレンは確かに白蛇っぽいけどさー、俺も頭二つってのが妙だなーって!それにさ!部下の人もヘイレンのこと『双頭』って呼んでたよなっ?!」
カイトはヘロンに「よく気づいたな」と感心して、白蛇を手の中で弄びながら、初めてヘイレンについて自ら口を開く。
「この蛇は、ヘイレンとその兄弟を表している。双子の兄弟の象徴だな」
「へぇ!?あいつって双子なの?!」
「ああ、らしい」
「『らしい』って、カイトももう一人には会ったことないの?」
「と言うか、ヘイレン本人は双子だと言うが、誰も二人揃ったところを見たことがない」
「……なにそれ?」
クレインの困惑した声に、カイトも苦笑を返す。
「見た目も性格もそっくりなんだ。基本的に盗賊団は弟が、商会は兄が仕切っていると言うが……二人が一緒にいるところは見たことがない」
「じゃあ、今アイビスと一緒にいるのは、弟の方?」
「たぶんな」
「カイトでも見分けつかないの?」
ユエの質問に、カイトは「無理だ。毎日隣にいる側近でさえもう諦めているんだからな」と両肩を上げる。
「側近の間でも、二重人格説や一人二役説が未だに噂されているらしいが……まぁ、話を聞けば、どう考えても二人いなければ説明できないことがあるからな」
いつの間にか緊張は消え、いつもの空気に戻っている。
「俺は双子説に納得。二人いるから、一人はこんなところで好き勝手できるって訳だ」
「確かに。一人で商会も盗賊団もギルドもまとめるなんて、さすがに不可能だろう」
クレインとジェイはあっさりと双子説を受け入れて、頷き合う。
「頭が二つの蛇は、二人で一人って意味なのかな」
「一心同体!みたいな?!そういえばさ、ヘイレンってよく自分のこと『俺たち』って言うじゃん?商会は『俺たちが経営してる』とか、盗賊団は『俺たちの趣味だ』とか……アレって兄貴のことだったんだなー」
ヘロンの観察眼に、フェザントとラークは、
「そうだったか?俺は気づかなかったなぁ」
「僕も……ヘロンって変なとこ目ざとい」
呆れの混じった感心の声を上げた。
***
七人はいったん鍵のことは忘れて、謎めいたヘイレンの話題で盛り上がった。
アイビスがいないと、誰も軌道修正しないものだから、話があちらこちらに散らばって戻って来ない。
そのうちクレインやフェザントさえも、『鍵』のことを考えるのはアイビスやカイトに任せておけばいいと、小難しい議論を放棄してしまった。
その後、外で買い求めた食事を隠れ家で食べ、湯で体を清めて、早めに寝る準備に取りかかるまでは、そのたわいもないやり取りが続いた。
だが寝る間際になって、再び、妙な緊張感が芽生える。
「……えーと、ユエ?今日もそこでいいの?」
「え、うん。ここがいい」
「……そう……?ユエがいいなら……」
昨日と同じクレインからの質問に、ユエはあれ?だめなの?という顔を返すから、他もそれ以上何も言えなくなってしまう。
ヘイレンが用意した隠れ家は、木造の一軒家だ。必要最低限の部屋と家具しかないから、寝る時は一番広い部屋に雑魚寝なのだが、ユエは昨日と同じく、カイトの隣に陣取っている。
それはある意味、これまで通り『普通』なのだが──フった者とフラれた者が隣り合って寝ることは果たして『普通』なのだろうか、と周りはハラハラしている。
「…………」
カイトは何も反応しないことに決めているのか、眉ひとつ動かさずに、さっさとふとんに身を隠した。
その隣にユエも身を潜らせて、向けられた背に寄り添うように──
「……っ」
周りで見ていた五人が息を呑む。
その声なき声に、ピクッと肩が動いたカイトだが──反応してしまった自分を誤魔化すように、平静を装った。
五人はそんな二人をチラチラと視界の端に捉えながらも、無言でそれぞれ定位置のふとんへと横たわっていく。
******
ユエの告白以来、こんな調子が続いている。
ユエは普通なのだ。
いや、『普通』ならば、フラれた相手とも、その現場を見られた仲間ともギクシャクするはずなのだが……ユエはとにかく、何も変わらない。
だがその『いつも通り』に周りが反応してしまい、その空気をカイトが察して、さらにカイトが察したことを周りが察して──相乗効果で、緊張がまん延していく。
カイトも、特別態度を変えた訳ではない。
しかしユエの普通に対して、カイトは自然を装っている。
皆が告白を盗み聞きしていたことを、カイトも知っている。だから、ユエに対してというよりも、周りの目に対しての装いなのだ。
これまで通りを心がけるのなら、ユエが何をしようと、カイトは受け入れるだけでいいはずなのだが……カイトにも何が自然で、何がいつも通りなのか、分からなくなっている。
果たして、フった相手に普通に接することが、自然なのだろうか……?と。
カイトはこれまでの旅で、ユエの体温に慣れきってしまっていた。それは自分でも気づかないうちに刷り込まれたものだ。
カイトは反射的にユエを受け入れようとする。だが周りの目によってそれにブレーキがかかる。だが拒否するのも不自然になり──結局は自然を装って受け入れる、という流れになっている。
仲間たちは二人のことを心配はしても、基本的には見守るという態度を保っている。
だからこそ、彼らも「普通にしよう」「自然にしよう」と身構えすぎてしまって、緊張を生むことになっている。
しかしながらその緊張も、ユエのいつも通りに引きずられて、いつの間にか忘れてしまって──そしてまた思い出す、といった繰り返しだ。
今も、ユエの寝息が聞こえてくると、緊張を忘れた順から眠りが訪れて、朝には寝る前のやり取りなど忘れてしまっていることだろう。
***
ただ──カイトだけは、ユエの息がかかる背中に意識が集中して、なかなか寝つけなかった。
そして誰よりも早く目覚めた彼に、動揺が襲うことになる。
背中を向けていたはずの、自分の腕の中に、柔らかく温かな肢体が収まっていることに──。
ユエが移動したのではない。己の手が、彼を引き寄せていたことに──。
カイトは誰にも知られないように、寝返りをうつ。
「んん……」
背中に、ユエの抗議の寝息がかかる。それとほとんど同時に、背骨に額が擦りつけられ、腰のあたりの服を引っ張られる。
ざわっと、背筋に走るものを、カイトは見ないように目を閉じた。
自分の躰が自分を裏切るようなことばかりすることに、カイトは苛立ちを覚えている。
仲間たちの盗み聞きに、途中から気づいていたカイトは、なるべく後を引かないように、あの告白を納めるつもりだった。
ましてや、あれほど強い言葉を、ぶつけるつもりはなかったのだ。
ユエに告白をされてしまったことも、その返事も、そしてそれからの態度も、その全てが失敗だと、カイトは感じている。
それでも──失敗と分かっていても、躰は勝手に動いてしまう。
動揺を、苛立ちを、カイトは完璧に隠し切ることができるだろう。他人に対しては、息をするより簡単に──だが、自分自身を誤魔化すことは、何よりも難しい。
『ドワーフの鍵』が──求め続けていたものが、すぐ手の届くところまで来ている。
カイトの頭の中は、それだけでいっぱいのはずなのに──ユエが近くにいると、動揺や苛立ちで簡単に塗り替えられてしまう。
『俺は、お前を好きじゃない』
あの返事は、ユエに向けられたものだったのか、それとも──自分に言い聞かせたのか──。
カイトは答えを知っていながら、そして、無駄だと分かっていながら、自分自身を誤魔化す。
仲間たちが目覚める時には、何食わぬ顔で相対することができるように。
******
早朝、ヘイレンとアイビスが戻った。
手紙を出したのが前日の夕刻であるから、ヘイレンの部下の有能っぷりに驚かされる。
「ラサージェに絵を描かせた!」
まだ目も頭もハッキリ醒めていない仲間たちにもお構いなしに、アイビスは興奮を隠さずに声を響かせる。
「間違いない!これだ!!海で見たものと同じ形だ!」
アイビスが掲げた絵を見て、一気に全員の目が見開く。
そこには確かに、紅い鍵の絵が描かれている。
持ち手は三つの輪、華奢な円柱の先には凹凸の板──シンプルで飾り気のない、鍵らしい鍵。
それは絵で見ると、何の変哲もないよくある鍵に見える。
アイビスはもちろん、ラサージェに何の誘導もせずに、ただ「アスカの首にある鍵を」と描かせたが、それでも奇跡のような偶然で、ただの家の鍵だということもあり得なくはない。
カイトは慎重に慎重を期して、
「……どうやってこれがアスカの手に渡った?」
鍵の出自を確かめる。
「アスカが産まれた時から、首にかかっていた、と」
ヘイレンからの返答で、カイトはようやく、確信を持って頷いた。
「ドワーフと共に岩から産まれた鍵、か」
そんなものが、『よくある鍵』であるはずがない。
「間違いない。俺たちが探している『ドワーフの鍵』だ」
カイトの結論に、感嘆とも感動とも安堵とも言える息が漏れ出る。
「……すげぇ」
「本当に、あったんだ……」
「こんなところで見つかるなんて……!」
急展開に、すぐには信じられない一行だったが、口々に呟いていると、徐々に現実味が増してくる。
「……っやったぁぁーー!!」
そしてヘロンの雄叫びを皮切りに、次々と押し寄せる波のように、興奮が襲ってきた。
「すっげぇ!すっげぇ!!すっげぇーー!!」
「ちょ、ヘロン!痛いよ!!」
ヘロンに無理やり手を取られて、グルグルと回らさせたラークが抗議する。だがそれも笑いながらだ。
もう鍵を手に入れたかのようなはしゃぎっぷりに、周りもつられて笑顔が広がっていく。
「それにしてもラサージェは、どうして鍵のこと黙ってたんだ?アスカの産まれた時の話には、出てこなかったよな?」
もっと早く言ってよ、と口を尖らせるクレインに、アイビスが答える。
「忘れてたんだと。鍵はずっとアスカに持たせてたからって」
「おいおい……ヘロンが気づかなかったら、どうなってたか……」
ジェイも呆れた声だ。
だが『鍵』の重要性を知らないラサージェたちにとっては、そんな程度の認識なのかもしれない。
「これで俄然、目的が定まった」
「ああ、アスカを手に入れれば、自動的に『鍵』もついてくるってワケだ」
興奮を抑え声を低くするカイトに、ヘイレンは軽口を叩く。
「ニセモノの鍵と取引で、ドワーフ国王にホンモノを探させようかと思ってたが……かはっ!そんな小細工も必要なくなったな」
「お、お前さん……!そんなこと考えていたのか……?!」
さらに続いた不遜な態度に、フェザントが慄く。
「だが確かに、国宝を奪うことになるよりは、ずっと……」
カイトはすでに『鍵』を手に入れる算段をつけ始めている。
「おい!まさか、子どもから無理に奪ったりなんか……!」
フェザントからすれば、国宝を奪うよりも子どもから宝物を取り上げる方が、ずっと罪悪感がある。
ヒクヒクと顔をひきつらせるフェザントに、カイトは読めない笑みを向ける。
「……流石の俺も、そんな人でなしじゃあないさ」
そうは言うカイトだが、フェザントは全く安心できない。
確かにカイトは、アスカから無理やり『鍵』を奪うつもりはなかった。
カイトはアスカごと、『鍵』を手に入れるつもりだったのだ。
ヴェルドット国内にいる二人に、『鍵』についての情報をラサージェ夫妻から聞き出してもらうためだ。
カイト、ラーク、ヘロンは、一行の中で飛び抜けて視力がいい三人ではあるが、話に聞いただけの残りの四人は、さすがにすんなりと信じることができないでいる。
そして直接目にした三人にしても、時間が経つにつれて、もしかしてアレは幻だったのではないか、という馬鹿げた考えが浮かんでくるほどなのだ。
近いうちにアスカに接触するのだから、その時に確かめればいいことではあるが、事前にささいな情報でも得られるのなら連絡を取るべきだと、カイトは判断した。
******
「なるべく早く頼む」
前日に隠れ家まで案内してくれたヘイレンの手の者に、カイトは端的にしたためた手紙を託す。
その封蝋にはヘイレンから預けられた印璽が押され、二つ並んだ蛇の頭が厳しく封を護っている。
手紙を出したことで、それまで続いていた興奮がやっと少し落ち着いてきて、腰を据えて待とうと、一行は気持ちを切り替えた。
「……ねぇ、カイト」
が、ユエの問いかけが、その弛緩した空気に緊張を走らせる。
「…………何だ」
「これ、なに?」
ユエが指すのは、カイトの手にある印璽だ。持ち手も蛇の意匠で、白い鱗に金色の眼が精巧に作られている。
「……ハンコみたいなもんだ」
「ハンコ?」
「……簡単に言えば、身分証だ。ヘイレンの紋章が押されていることで、俺からの手紙だと証明できる」
二人のやり取りを、周りは息を詰めて見守っているが、ユエだけはそれに気づかない。
「紋章……どうして、頭が二つある蛇なんだ?」
ヘイレンは二つの紋章を使い分けていて、ギルドのトップ、ヴァンダインとしてのものは、赤い実をくわえた黒いカラスがそれだ。
そしてヘイレン個人、盗賊団のトップとして使うのは、双頭の白蛇の紋章である。
本来シッポがあるべきところも頭があり、左は牙を剥いて右は長い舌を伸ばした、二つの頭を胴が繋いでいる。
『双頭』と言うよりは『両頭』と言った方が分かりやすい。
「どうしてって……」
「こういう蛇、本当にいるの?」
「いや想像上のもの──」
「あー!俺も思った!!」
そこでいきなりヘロンが割り込む、
「ヘイレンは確かに白蛇っぽいけどさー、俺も頭二つってのが妙だなーって!それにさ!部下の人もヘイレンのこと『双頭』って呼んでたよなっ?!」
カイトはヘロンに「よく気づいたな」と感心して、白蛇を手の中で弄びながら、初めてヘイレンについて自ら口を開く。
「この蛇は、ヘイレンとその兄弟を表している。双子の兄弟の象徴だな」
「へぇ!?あいつって双子なの?!」
「ああ、らしい」
「『らしい』って、カイトももう一人には会ったことないの?」
「と言うか、ヘイレン本人は双子だと言うが、誰も二人揃ったところを見たことがない」
「……なにそれ?」
クレインの困惑した声に、カイトも苦笑を返す。
「見た目も性格もそっくりなんだ。基本的に盗賊団は弟が、商会は兄が仕切っていると言うが……二人が一緒にいるところは見たことがない」
「じゃあ、今アイビスと一緒にいるのは、弟の方?」
「たぶんな」
「カイトでも見分けつかないの?」
ユエの質問に、カイトは「無理だ。毎日隣にいる側近でさえもう諦めているんだからな」と両肩を上げる。
「側近の間でも、二重人格説や一人二役説が未だに噂されているらしいが……まぁ、話を聞けば、どう考えても二人いなければ説明できないことがあるからな」
いつの間にか緊張は消え、いつもの空気に戻っている。
「俺は双子説に納得。二人いるから、一人はこんなところで好き勝手できるって訳だ」
「確かに。一人で商会も盗賊団もギルドもまとめるなんて、さすがに不可能だろう」
クレインとジェイはあっさりと双子説を受け入れて、頷き合う。
「頭が二つの蛇は、二人で一人って意味なのかな」
「一心同体!みたいな?!そういえばさ、ヘイレンってよく自分のこと『俺たち』って言うじゃん?商会は『俺たちが経営してる』とか、盗賊団は『俺たちの趣味だ』とか……アレって兄貴のことだったんだなー」
ヘロンの観察眼に、フェザントとラークは、
「そうだったか?俺は気づかなかったなぁ」
「僕も……ヘロンって変なとこ目ざとい」
呆れの混じった感心の声を上げた。
***
七人はいったん鍵のことは忘れて、謎めいたヘイレンの話題で盛り上がった。
アイビスがいないと、誰も軌道修正しないものだから、話があちらこちらに散らばって戻って来ない。
そのうちクレインやフェザントさえも、『鍵』のことを考えるのはアイビスやカイトに任せておけばいいと、小難しい議論を放棄してしまった。
その後、外で買い求めた食事を隠れ家で食べ、湯で体を清めて、早めに寝る準備に取りかかるまでは、そのたわいもないやり取りが続いた。
だが寝る間際になって、再び、妙な緊張感が芽生える。
「……えーと、ユエ?今日もそこでいいの?」
「え、うん。ここがいい」
「……そう……?ユエがいいなら……」
昨日と同じクレインからの質問に、ユエはあれ?だめなの?という顔を返すから、他もそれ以上何も言えなくなってしまう。
ヘイレンが用意した隠れ家は、木造の一軒家だ。必要最低限の部屋と家具しかないから、寝る時は一番広い部屋に雑魚寝なのだが、ユエは昨日と同じく、カイトの隣に陣取っている。
それはある意味、これまで通り『普通』なのだが──フった者とフラれた者が隣り合って寝ることは果たして『普通』なのだろうか、と周りはハラハラしている。
「…………」
カイトは何も反応しないことに決めているのか、眉ひとつ動かさずに、さっさとふとんに身を隠した。
その隣にユエも身を潜らせて、向けられた背に寄り添うように──
「……っ」
周りで見ていた五人が息を呑む。
その声なき声に、ピクッと肩が動いたカイトだが──反応してしまった自分を誤魔化すように、平静を装った。
五人はそんな二人をチラチラと視界の端に捉えながらも、無言でそれぞれ定位置のふとんへと横たわっていく。
******
ユエの告白以来、こんな調子が続いている。
ユエは普通なのだ。
いや、『普通』ならば、フラれた相手とも、その現場を見られた仲間ともギクシャクするはずなのだが……ユエはとにかく、何も変わらない。
だがその『いつも通り』に周りが反応してしまい、その空気をカイトが察して、さらにカイトが察したことを周りが察して──相乗効果で、緊張がまん延していく。
カイトも、特別態度を変えた訳ではない。
しかしユエの普通に対して、カイトは自然を装っている。
皆が告白を盗み聞きしていたことを、カイトも知っている。だから、ユエに対してというよりも、周りの目に対しての装いなのだ。
これまで通りを心がけるのなら、ユエが何をしようと、カイトは受け入れるだけでいいはずなのだが……カイトにも何が自然で、何がいつも通りなのか、分からなくなっている。
果たして、フった相手に普通に接することが、自然なのだろうか……?と。
カイトはこれまでの旅で、ユエの体温に慣れきってしまっていた。それは自分でも気づかないうちに刷り込まれたものだ。
カイトは反射的にユエを受け入れようとする。だが周りの目によってそれにブレーキがかかる。だが拒否するのも不自然になり──結局は自然を装って受け入れる、という流れになっている。
仲間たちは二人のことを心配はしても、基本的には見守るという態度を保っている。
だからこそ、彼らも「普通にしよう」「自然にしよう」と身構えすぎてしまって、緊張を生むことになっている。
しかしながらその緊張も、ユエのいつも通りに引きずられて、いつの間にか忘れてしまって──そしてまた思い出す、といった繰り返しだ。
今も、ユエの寝息が聞こえてくると、緊張を忘れた順から眠りが訪れて、朝には寝る前のやり取りなど忘れてしまっていることだろう。
***
ただ──カイトだけは、ユエの息がかかる背中に意識が集中して、なかなか寝つけなかった。
そして誰よりも早く目覚めた彼に、動揺が襲うことになる。
背中を向けていたはずの、自分の腕の中に、柔らかく温かな肢体が収まっていることに──。
ユエが移動したのではない。己の手が、彼を引き寄せていたことに──。
カイトは誰にも知られないように、寝返りをうつ。
「んん……」
背中に、ユエの抗議の寝息がかかる。それとほとんど同時に、背骨に額が擦りつけられ、腰のあたりの服を引っ張られる。
ざわっと、背筋に走るものを、カイトは見ないように目を閉じた。
自分の躰が自分を裏切るようなことばかりすることに、カイトは苛立ちを覚えている。
仲間たちの盗み聞きに、途中から気づいていたカイトは、なるべく後を引かないように、あの告白を納めるつもりだった。
ましてや、あれほど強い言葉を、ぶつけるつもりはなかったのだ。
ユエに告白をされてしまったことも、その返事も、そしてそれからの態度も、その全てが失敗だと、カイトは感じている。
それでも──失敗と分かっていても、躰は勝手に動いてしまう。
動揺を、苛立ちを、カイトは完璧に隠し切ることができるだろう。他人に対しては、息をするより簡単に──だが、自分自身を誤魔化すことは、何よりも難しい。
『ドワーフの鍵』が──求め続けていたものが、すぐ手の届くところまで来ている。
カイトの頭の中は、それだけでいっぱいのはずなのに──ユエが近くにいると、動揺や苛立ちで簡単に塗り替えられてしまう。
『俺は、お前を好きじゃない』
あの返事は、ユエに向けられたものだったのか、それとも──自分に言い聞かせたのか──。
カイトは答えを知っていながら、そして、無駄だと分かっていながら、自分自身を誤魔化す。
仲間たちが目覚める時には、何食わぬ顔で相対することができるように。
******
早朝、ヘイレンとアイビスが戻った。
手紙を出したのが前日の夕刻であるから、ヘイレンの部下の有能っぷりに驚かされる。
「ラサージェに絵を描かせた!」
まだ目も頭もハッキリ醒めていない仲間たちにもお構いなしに、アイビスは興奮を隠さずに声を響かせる。
「間違いない!これだ!!海で見たものと同じ形だ!」
アイビスが掲げた絵を見て、一気に全員の目が見開く。
そこには確かに、紅い鍵の絵が描かれている。
持ち手は三つの輪、華奢な円柱の先には凹凸の板──シンプルで飾り気のない、鍵らしい鍵。
それは絵で見ると、何の変哲もないよくある鍵に見える。
アイビスはもちろん、ラサージェに何の誘導もせずに、ただ「アスカの首にある鍵を」と描かせたが、それでも奇跡のような偶然で、ただの家の鍵だということもあり得なくはない。
カイトは慎重に慎重を期して、
「……どうやってこれがアスカの手に渡った?」
鍵の出自を確かめる。
「アスカが産まれた時から、首にかかっていた、と」
ヘイレンからの返答で、カイトはようやく、確信を持って頷いた。
「ドワーフと共に岩から産まれた鍵、か」
そんなものが、『よくある鍵』であるはずがない。
「間違いない。俺たちが探している『ドワーフの鍵』だ」
カイトの結論に、感嘆とも感動とも安堵とも言える息が漏れ出る。
「……すげぇ」
「本当に、あったんだ……」
「こんなところで見つかるなんて……!」
急展開に、すぐには信じられない一行だったが、口々に呟いていると、徐々に現実味が増してくる。
「……っやったぁぁーー!!」
そしてヘロンの雄叫びを皮切りに、次々と押し寄せる波のように、興奮が襲ってきた。
「すっげぇ!すっげぇ!!すっげぇーー!!」
「ちょ、ヘロン!痛いよ!!」
ヘロンに無理やり手を取られて、グルグルと回らさせたラークが抗議する。だがそれも笑いながらだ。
もう鍵を手に入れたかのようなはしゃぎっぷりに、周りもつられて笑顔が広がっていく。
「それにしてもラサージェは、どうして鍵のこと黙ってたんだ?アスカの産まれた時の話には、出てこなかったよな?」
もっと早く言ってよ、と口を尖らせるクレインに、アイビスが答える。
「忘れてたんだと。鍵はずっとアスカに持たせてたからって」
「おいおい……ヘロンが気づかなかったら、どうなってたか……」
ジェイも呆れた声だ。
だが『鍵』の重要性を知らないラサージェたちにとっては、そんな程度の認識なのかもしれない。
「これで俄然、目的が定まった」
「ああ、アスカを手に入れれば、自動的に『鍵』もついてくるってワケだ」
興奮を抑え声を低くするカイトに、ヘイレンは軽口を叩く。
「ニセモノの鍵と取引で、ドワーフ国王にホンモノを探させようかと思ってたが……かはっ!そんな小細工も必要なくなったな」
「お、お前さん……!そんなこと考えていたのか……?!」
さらに続いた不遜な態度に、フェザントが慄く。
「だが確かに、国宝を奪うことになるよりは、ずっと……」
カイトはすでに『鍵』を手に入れる算段をつけ始めている。
「おい!まさか、子どもから無理に奪ったりなんか……!」
フェザントからすれば、国宝を奪うよりも子どもから宝物を取り上げる方が、ずっと罪悪感がある。
ヒクヒクと顔をひきつらせるフェザントに、カイトは読めない笑みを向ける。
「……流石の俺も、そんな人でなしじゃあないさ」
そうは言うカイトだが、フェザントは全く安心できない。
確かにカイトは、アスカから無理やり『鍵』を奪うつもりはなかった。
カイトはアスカごと、『鍵』を手に入れるつもりだったのだ。
0
あなたにおすすめの小説
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
過保護な父の歪んだ愛着。旅立ちを控えた俺の身体は、夜ごとに父の形で塗り潰される
中山(ほ)
BL
「パックの中、僕の形になっちゃったね」
夢か現か。耳元で囁かれる甘い声と、内側を執拗に掻き回す熱。翌朝、自室で目覚めたパックに、昨夜の記憶はない。ただ、疼くような下腹部の熱だけが残っていた。
相談しようと向かった相手こそが、自分を侵食している張本人だとも知らずに、パックは父の部屋の扉を開く。
このお話はムーンライトでも投稿してます〜
【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】
彩華
BL
俺の名前は水野圭。年は25。
自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで)
だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。
凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!
凄い! 店員もイケメン!
と、実は穴場? な店を見つけたわけで。
(今度からこの店で弁当を買おう)
浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……?
「胃袋掴みたいなぁ」
その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。
******
そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています
お気軽にコメント頂けると嬉しいです
■表紙お借りしました
君に望むは僕の弔辞
爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。
全9話
匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意
表紙はあいえだ様!!
小説家になろうにも投稿
番に見つからない街で、子供を育てている
はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。
異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。
現世の記憶は失われているが、
この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。
街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、
ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。
だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*本編完結しました
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜
レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」
魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。
彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。
悪役令嬢の兄でしたが、追放後は参謀として騎士たちに囲まれています。- 第1巻 - 婚約破棄と一族追放
大の字だい
BL
王国にその名を轟かせる名門・ブラックウッド公爵家。
嫡男レイモンドは比類なき才知と冷徹な眼差しを持つ若き天才であった。
だが妹リディアナが王太子の許嫁でありながら、王太子が心奪われたのは庶民の少女リーシャ・グレイヴェル。
嫉妬と憎悪が社交界を揺るがす愚行へと繋がり、王宮での婚約破棄、王の御前での一族追放へと至る。
混乱の只中、妹を庇おうとするレイモンドの前に立ちはだかったのは、王国騎士団副団長にしてリーシャの異母兄、ヴィンセント・グレイヴェル。
琥珀の瞳に嗜虐を宿した彼は言う――
「この才を捨てるは惜しい。ゆえに、我が手で飼い馴らそう」
知略と支配欲を秘めた騎士と、没落した宰相家の天才青年。
耽美と背徳の物語が、冷たい鎖と熱い口づけの中で幕を開ける。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる