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第四章 地下に眠る太陽のカケラ
58 脱出
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「……ほんとう?」
初めて発せられたアスカの声に、「本当」ユエがキッパリと答える。
階段の下ではアイビスとヘロンが合流し、全員が固唾を飲んで見守っている。
「……鍵、見せて」
アスカの要求に、「それが……」ユエは少し詰まってから、
「『人魚の鍵』は俺の中に吸い込まれちゃって……どうすれば取り出せるのか、分からないんだ」
何とも馬鹿正直に答えた。
「…………」
信じていいのか……?とアスカが警戒心をもたげる前に、さらにユエは全てのカードをさらけ出す。
「だから、助けてほしい」
「……え?」
「きっと、アスカが持ってる鍵は、俺の中の鍵と仲間だと思うんだ。俺たちはまだ鍵のことを、全部分かってない。だから……アスカとその鍵のことが分かれば、俺の中の鍵も取り出せるかもしれない」
「……アスカが、助けるの?」
「うん。でもその代わり、俺たちもアスカを助けるよ」
無償の善意と言われると、ありもしない裏側を疑いたくなることを、ユエは自身の経験から知っていた。
だからあえて、「助け合おう」と対等な関係を示す。
アスカはラサージェが評した通り、頭のいい子だった。
「でも……」
だからこそ、簡単に助けに飛びつけない。
「……でも、お父さんとお母さんが……」
「……言うことを聞かなければ、両親をどうにかすると、脅されたか?」
カイトの問いに、ビクッと体が大きく揺れる。
「大丈夫だ。両親は国外の安全な場所にいる。手紙を、預かってきた」
差し出した手紙を受け取る手が、おそるおそるマントから出てくる。焦れったくなるほどの時間をかけて、アスカは手紙を読み終えると──
「……どうすればいいの?」
芯の強さが感じられる声で、顔を上げた。
アスカはマントを脱ぎ捨てて、燃えるような瞳で真っ直ぐに一行を見据えて、階段を降りて来た。
闇に紛れるような褐色の肌に、緩くウェーブのかかった赤髪、そして印象的な紅い瞳──ひと目見たら忘れられない容姿だ。
その素顔に、一行は既視感を覚える。
だがそれも、手を繋いだユエとアスカを見比べた時にはどこかへ消えていた。
「おいおい!今日は偵察だけの予定じゃなかったのかっ?!」
兵士の鎧を着たアイビスが、ユエと繋いだ手を指して、小声で詰る。
その怒気が混じった声に、アスカがびくりと肩を揺らすのを、ユエの手が大丈夫と伝えるように強く握られた。
「予定変更だ。このままアスカを連れて行く」
カイトは簡単に難題を突きつけて、アイビスに毎度のため息をつかせた。
脱出の作戦としては、招かれた芸人として正面から帰るか、兵士と給仕に化けて裏口から逃げるか、その二つを考えていた。
しかし前者はすでに使えそうにない。
そろそろ控え室から消えた芸人たちに気づき、騒ぎになる頃合いだ。
そして後者にしても──
「どうやってその子を見咎められずに、外へ出る?顔を全く知られてないってことはないだろう?」
アイビスのもっともな疑問に、カイトがあっさりと答える。
「大丈夫だ。アスカが案内してくれる。地下の迷宮を、な」
「……ここ」
アスカが示したのは、錆びた鎖で封じられている、闇へと続く横穴だ。
目立ち過ぎるあのマントは、天幕に置いてきた。少しでも時間稼ぎになるように、マントの中に布を詰めて、アスカが座っているように見せかけて。
そのおかげか、追っ手はまだ現れない。
この場所に辿り着くまでは、料理を運ぶワゴンに子ども三人が隠れ、それを給仕の格好のユエとクレインが押すことで、周りに紛れることができた。
ヘロンの機転だ。
(本当に大丈夫なのか?)というアイビスの視線を受けて、カイトがもう一度確かめる。
「ヴェルドット側……東の国まで抜けているんだな?」
「うん」
「俺たちでも通れる道か?」
「うん」
少女と言うには大人びた表情で、カイトに対しても物怖じしない。
それでいて、ユエの手を握って離さない様子は、年相応の子どもの不安が隠しきれないでいる。
並んだ紅い瞳と蒼い瞳──カイトは何かを確かめるように、交互に目を合わせた。
それでも結局は、確かめたそれを胸に秘めて、ふい、と洞窟へ目を向ける。
「……行くぞ」
カイトの号令で、一行は暗闇へ足を踏み入れた。
だんだんと大きくなっていくざわめきを、背中で聴きながら、光の檻に別れを告げて──。
******
アスカを先頭に地下迷宮を東へ行くと、ヴェルドット領内の大山脈の洞窟へと抜けた。
そして夜の間に、地下室のある隠れ家まで辿り着くことができた。
ドワーフ国の中央ではなく、ヴェルドット側を目指したのは、カイトの二つの考えによるものだ。
一つは、アスカを目立たないように保護するため。
ドワーフ国内よりは、アスカの容姿を知っている者は少ないし、ヘイレンとアイビスの根回しもあって、何をするにしても動きやすい。
二つ目は、追っ手を撒くため。
アスカを奪われたと知った王弟は、その犯人を王だと決めつけるはずだ。捜索は中央に向かうだろう。逃げるにしても、大山脈にも海にも面しているこの国の方が逃げやすい。
その後、ドワーフ国内の隠れ家で待機していたフェザントに、村に残っていたマイナを迎えに行ってもらい、そして今朝二人が到着したところだった。
***
「ったく、連れて来ちまって、本当によかったのか?今回は、アスカの意思を確認するだけの予定だったじゃねぇか」
たった今、詳しい事情を知ったフェザントは、勝手な予定変更にまだ納得がいかないらしい。
「……残して行くと、アスカの身に危険が及ぶと判断した」
「どういうこった……?」
カイトの不穏な言葉に、フェザントが息を飲む。
「もっと丁重に扱われていると思っていたが……『次』はないと思ってな」
「つまり……今回を逃すと、次の接触は難しい、と?」
「それもある。が……王弟は手段を選ばないようだ。アスカが外部と接触したことが分かれば、脅して口を割らせることも、監禁して人との接触を一切断つことも考えられる。アスカの身がもたない」
子どもにそんなこと……と言いかけた口は、アスカのやけどを思い出して閉じられた。
そしてみんなの視線は、自然と一ヶ所に集まる。
フェザントと同じく、ここに到着したばかりのマイナが、アスカの様子を看ている地下室へと。
一行を案内して無事に脱出させたアスカは、それまでの疲れが一気に吹き出したのか、高熱を出して寝込んでしまったのだ。
マイナが地下室から上がって来ると、カイトが「どうだ?」とアスカの容態を確かめる。
「……よっぽど気を張っていたみたいね。疲れと……やけどもあって、熱が出たのね。食事も取れるようになったし、もう大丈夫」
「そうか……今は寝てるのか?」
「ええ。起きたら、そろそろ話もできると思うわ」
ホッとした空気が広がり、一行もやっと口が軽くなる。
「それにしても、ユエには驚かされたよ」
「えっ?」
クレインの言葉はみんなを代弁していたが、ユエ本人は何のことだか分からず聞き返す。
「だって、いきなりあんな熱心に説得し始めるんだもん。鍵のことも、あそこまでぶっちゃけちゃって、よかったの?」
まだ鍵のことは、何も確かなことなどない。
確かにユエは、実際に起こったことを話したのだが……クレインとすれば、どこか騙したような居心地の悪さが消えない。
「そうそう!それにさー、人魚だってことまで、さらっと言っちゃって!」
ヘロンも続く。
二人がそう言うのももっともで、ユエは今回の作戦に、消極的とまでは言えないが、あまり乗り気には見えなかったのだ。
それが一転、カイトを押し退けるようにしてまで、アスカの説得に回ったことを、周りは不思議に感じていた。
ユエは自分ではそんな自覚がなかったのか、首を捻りながら考え考え、
「なんか……似てる、気がして……」
「『似てる』……?」
予期しない答えに皆がキョトンとする中、カイトだけが一人静かに目を見張った。
だがそれも──
「似てるって……まさかフェザントにかっ?!」
ヘロンのわざとらしい大声に隠され、誰にも気づかれることはない。
「ああ?!」
「もしやフェザントの隠し子──いてっ!!」
「ばっかろう!そういう冗談は笑えねぇぞ!!」
スパン!といい音をさせて、フェザントがヘロンの頭を叩くと、笑いが起こる。
「そうじゃなくて……フェザントじゃなくて、俺に」
そのくだけた空気の中で、ユエも笑いながら説明する。
「ユエに?えぇ?!そうかなー?」
「どこがぁ?どっちかと言えば、正反対っぽいけど……」
皆はアスカの紅い瞳を思い出しながら、目の前のユエと比べるが、賛成できる点は見つけられない。
「う~ん、見た目じゃなくって……境遇が、かな……?」
ユエ自身も感覚的なことなのか、語尾が疑問形ではっきりはしない。
「とらわれの身!みたいなとこ?」
「俺たちに助けられたところ、とか?」
「見世物になってたから……?」
「ああ、そう考えると、似てるっちゃ似てる、か?」
結局その場では、それ以上掘り下げることなく、世間話のような気軽さでその話題は終えた。
アスカの顔を初めて見た時に、一同が感じた既視感──実はそれが、ユエが感じたものと同じだったとは、誰も思い出すことのないまま。
皆が無意識に感じ取った『似ている』『どこかで会ったような』という感覚──それが重大な意味を持つことに、カイトだけが思い至っていた。
******
──「それじゃあ、アスカ、お前は地下の遺跡で見つけた宝石を、王弟に渡していたんだな?」
カイトの確認に、アスカはこくりと頷く。
「両親の命を盾に、脅されてもいた?」
もう一度、こくり。
そして抑揚の少ない声で、
「それにアスカは他の人と違うから、逃げても、外に居場所なんかない、お父さんとお母さんにも迷惑がかかる、って」
と語る。
それほど広くない、元々は貯蔵庫の地下室に集まった一行は、二人のやり取りを静かに聞いている。
夜であっても、日によっては体調が悪くなるというアスカは、熱が下がってもその部屋から出ようとはしなかった。
その後も続くカイトの確認に、アスカは冷静に答えていくが、その落ち着いた様子がフェザントには痛々しく映る。
「許せねぇな……」
無意識に、喪った己の娘と重ねながら、フェザントは拳を握った。
***
アスカを王弟から奪うことに、当初、フェザントとマイナは全面的に賛成できなかった。
ヘイレンもカイトも、政権争いに加担する気など全くなく、あくまで、騒動が起きる前の状態に戻すことを目指していたが、それはつまり、図らずも王側に有利な状況を作り出すことになる。
ドワーフ王国民の二人としては、純血主義の王側に手を貸すことになることが、どうも納得いかなかったのだ。
だがそれも、ラサージェの話を聞き、アスカの境遇をその目で見て、吹っ切れた。
王弟がアスカにさせていた『奇跡のお披露目』、あれは虐待だ、と。
日光に弱いアスカを、民衆を惹きつけるための見世物にし、さらに脅して言うことを聞かせていた。
その上、遺跡からの宝石の横流しだ。
宝石はそのほとんどを、ヴェルドットの貴族が買い取っていて、アイビスとヘイレンがその裏を取った。
その資金を、革命に役立てるならともかく、王弟たちは自分たちの宴会などの贅沢に使っていたのだ。
アスカの証言に、ヘイレンの調査──それから浮かび上がるのは、民衆のために立ち上がった革命者などではなく、権力を握って私利私欲を満たしたいだけの、王弟の姿である。
***
「……これだけの証拠で、王弟を失脚させられるか?」
「できなくはない、が……」
「そこまでいかなくとも、民からの信頼を失わせることにはなる、か」
ひと通りアスカから話を聞くと、「とりあえず第一段階達成、だな」とアイビスがヘイレンに話を振る。
「でもさ、王弟がアスカを失って大人しくなればいいけど……反対に、王と王弟の対立が激しくなったりして……?」
クレインの懸念は、もちろん考えられることだ。
今はまだ、王弟側に目立った動きはない。
『純血の少女』が体調を崩したとして、お披露目を中止しているが、長く隠せるものではない。
そのうち、『純血の少女』がさらわれたと、騒ぎ出してもおかしくない。
そしてその犯人は?となると、国王一派だと誰もが考えるだろう。
アスカの存在が内乱の火種となっていたが、アスカがいなくなっても、今さらその流れは止まらないのではないかという気が、クレインにはしてきていた。
「いや……思っていたより、ドワーフ国王は思慮深いようだ。血を流すのは、本当に最終手段だろう」
まだ何か握っている情報があるのか、ヘイレンがその懸念を、ひとまずは否定する。
『ドワーフの鍵』の発見、そしてそれをアスカが持っていたということ、早まった奪還──すでに当初の計画からは、想定外のことばかりが起きている。
それでも一行にとっては、そんな出たとこ勝負は通常運転だ。
いつものように、カイトに判断は委ねられる。
「今後の予定を立てる前に──アスカ、『鍵』を見せてくれないか」
一行にとっての本題に、カイトがいよいよ切り込んだ。
緊張感漂う中、アスカは服の中からゆっくりと鎖を手繰り寄せ、その小さな手の平に、それが載せられる。
話に聞いて、絵で見て、予想はできていたはずなのに、実際に目にすると、その存在感に感動が生まれるほどだった。
紅の鍵を手に取って、カイトは指先で滑らせるようにして、その感触を確かめる。
そんなカイトに周囲からは熱い視線が集まるが、カイトの瞳はそれでも溶けないほどに醒めているように見える。
「これでアスカも、人間になれる?」
無邪気なようでいて、とても重い質問が、アスカから寄せられた。
ドキッとさせられた大人たちは、カイトがどう返すのかハラハラと見守ることしかできない。
「……それを確かめる前に、もう少しお前に聞きたいことがある」
カイトは鍵をアスカの手に戻すと、少し改まってから、質問を紡ぐ。
「遺跡から宝石を持ち出したと言ったな?その遺跡に、宝石以外──何か文字が書いてあるものはなかったか?例えば本や石版──」
「あったよ」
アスカはすんなりと答えたが、周りで聴いているほとんどは、(いきなり何の話だ?)と訝しむ。
この時点でカイトの意図に気づいたのは、ヘイレンだけだ。
「……それも、王弟に……?」
「ううん。そういうのは、遺跡に残した。『持って来い』って言われなかった。それにお父さんも、宝石よりもそういうのの方が大事だから、勝手に触っちゃだめって」
「そう、か……」
カイトははやる心を抑えるように目を閉じて、安堵を見せる。
それから開かれた瞳には、場違いなほどキラキラとした好奇心が宿っていた。
「その地下の遺跡まで、俺を連れて行ってほしい」
初めて発せられたアスカの声に、「本当」ユエがキッパリと答える。
階段の下ではアイビスとヘロンが合流し、全員が固唾を飲んで見守っている。
「……鍵、見せて」
アスカの要求に、「それが……」ユエは少し詰まってから、
「『人魚の鍵』は俺の中に吸い込まれちゃって……どうすれば取り出せるのか、分からないんだ」
何とも馬鹿正直に答えた。
「…………」
信じていいのか……?とアスカが警戒心をもたげる前に、さらにユエは全てのカードをさらけ出す。
「だから、助けてほしい」
「……え?」
「きっと、アスカが持ってる鍵は、俺の中の鍵と仲間だと思うんだ。俺たちはまだ鍵のことを、全部分かってない。だから……アスカとその鍵のことが分かれば、俺の中の鍵も取り出せるかもしれない」
「……アスカが、助けるの?」
「うん。でもその代わり、俺たちもアスカを助けるよ」
無償の善意と言われると、ありもしない裏側を疑いたくなることを、ユエは自身の経験から知っていた。
だからあえて、「助け合おう」と対等な関係を示す。
アスカはラサージェが評した通り、頭のいい子だった。
「でも……」
だからこそ、簡単に助けに飛びつけない。
「……でも、お父さんとお母さんが……」
「……言うことを聞かなければ、両親をどうにかすると、脅されたか?」
カイトの問いに、ビクッと体が大きく揺れる。
「大丈夫だ。両親は国外の安全な場所にいる。手紙を、預かってきた」
差し出した手紙を受け取る手が、おそるおそるマントから出てくる。焦れったくなるほどの時間をかけて、アスカは手紙を読み終えると──
「……どうすればいいの?」
芯の強さが感じられる声で、顔を上げた。
アスカはマントを脱ぎ捨てて、燃えるような瞳で真っ直ぐに一行を見据えて、階段を降りて来た。
闇に紛れるような褐色の肌に、緩くウェーブのかかった赤髪、そして印象的な紅い瞳──ひと目見たら忘れられない容姿だ。
その素顔に、一行は既視感を覚える。
だがそれも、手を繋いだユエとアスカを見比べた時にはどこかへ消えていた。
「おいおい!今日は偵察だけの予定じゃなかったのかっ?!」
兵士の鎧を着たアイビスが、ユエと繋いだ手を指して、小声で詰る。
その怒気が混じった声に、アスカがびくりと肩を揺らすのを、ユエの手が大丈夫と伝えるように強く握られた。
「予定変更だ。このままアスカを連れて行く」
カイトは簡単に難題を突きつけて、アイビスに毎度のため息をつかせた。
脱出の作戦としては、招かれた芸人として正面から帰るか、兵士と給仕に化けて裏口から逃げるか、その二つを考えていた。
しかし前者はすでに使えそうにない。
そろそろ控え室から消えた芸人たちに気づき、騒ぎになる頃合いだ。
そして後者にしても──
「どうやってその子を見咎められずに、外へ出る?顔を全く知られてないってことはないだろう?」
アイビスのもっともな疑問に、カイトがあっさりと答える。
「大丈夫だ。アスカが案内してくれる。地下の迷宮を、な」
「……ここ」
アスカが示したのは、錆びた鎖で封じられている、闇へと続く横穴だ。
目立ち過ぎるあのマントは、天幕に置いてきた。少しでも時間稼ぎになるように、マントの中に布を詰めて、アスカが座っているように見せかけて。
そのおかげか、追っ手はまだ現れない。
この場所に辿り着くまでは、料理を運ぶワゴンに子ども三人が隠れ、それを給仕の格好のユエとクレインが押すことで、周りに紛れることができた。
ヘロンの機転だ。
(本当に大丈夫なのか?)というアイビスの視線を受けて、カイトがもう一度確かめる。
「ヴェルドット側……東の国まで抜けているんだな?」
「うん」
「俺たちでも通れる道か?」
「うん」
少女と言うには大人びた表情で、カイトに対しても物怖じしない。
それでいて、ユエの手を握って離さない様子は、年相応の子どもの不安が隠しきれないでいる。
並んだ紅い瞳と蒼い瞳──カイトは何かを確かめるように、交互に目を合わせた。
それでも結局は、確かめたそれを胸に秘めて、ふい、と洞窟へ目を向ける。
「……行くぞ」
カイトの号令で、一行は暗闇へ足を踏み入れた。
だんだんと大きくなっていくざわめきを、背中で聴きながら、光の檻に別れを告げて──。
******
アスカを先頭に地下迷宮を東へ行くと、ヴェルドット領内の大山脈の洞窟へと抜けた。
そして夜の間に、地下室のある隠れ家まで辿り着くことができた。
ドワーフ国の中央ではなく、ヴェルドット側を目指したのは、カイトの二つの考えによるものだ。
一つは、アスカを目立たないように保護するため。
ドワーフ国内よりは、アスカの容姿を知っている者は少ないし、ヘイレンとアイビスの根回しもあって、何をするにしても動きやすい。
二つ目は、追っ手を撒くため。
アスカを奪われたと知った王弟は、その犯人を王だと決めつけるはずだ。捜索は中央に向かうだろう。逃げるにしても、大山脈にも海にも面しているこの国の方が逃げやすい。
その後、ドワーフ国内の隠れ家で待機していたフェザントに、村に残っていたマイナを迎えに行ってもらい、そして今朝二人が到着したところだった。
***
「ったく、連れて来ちまって、本当によかったのか?今回は、アスカの意思を確認するだけの予定だったじゃねぇか」
たった今、詳しい事情を知ったフェザントは、勝手な予定変更にまだ納得がいかないらしい。
「……残して行くと、アスカの身に危険が及ぶと判断した」
「どういうこった……?」
カイトの不穏な言葉に、フェザントが息を飲む。
「もっと丁重に扱われていると思っていたが……『次』はないと思ってな」
「つまり……今回を逃すと、次の接触は難しい、と?」
「それもある。が……王弟は手段を選ばないようだ。アスカが外部と接触したことが分かれば、脅して口を割らせることも、監禁して人との接触を一切断つことも考えられる。アスカの身がもたない」
子どもにそんなこと……と言いかけた口は、アスカのやけどを思い出して閉じられた。
そしてみんなの視線は、自然と一ヶ所に集まる。
フェザントと同じく、ここに到着したばかりのマイナが、アスカの様子を看ている地下室へと。
一行を案内して無事に脱出させたアスカは、それまでの疲れが一気に吹き出したのか、高熱を出して寝込んでしまったのだ。
マイナが地下室から上がって来ると、カイトが「どうだ?」とアスカの容態を確かめる。
「……よっぽど気を張っていたみたいね。疲れと……やけどもあって、熱が出たのね。食事も取れるようになったし、もう大丈夫」
「そうか……今は寝てるのか?」
「ええ。起きたら、そろそろ話もできると思うわ」
ホッとした空気が広がり、一行もやっと口が軽くなる。
「それにしても、ユエには驚かされたよ」
「えっ?」
クレインの言葉はみんなを代弁していたが、ユエ本人は何のことだか分からず聞き返す。
「だって、いきなりあんな熱心に説得し始めるんだもん。鍵のことも、あそこまでぶっちゃけちゃって、よかったの?」
まだ鍵のことは、何も確かなことなどない。
確かにユエは、実際に起こったことを話したのだが……クレインとすれば、どこか騙したような居心地の悪さが消えない。
「そうそう!それにさー、人魚だってことまで、さらっと言っちゃって!」
ヘロンも続く。
二人がそう言うのももっともで、ユエは今回の作戦に、消極的とまでは言えないが、あまり乗り気には見えなかったのだ。
それが一転、カイトを押し退けるようにしてまで、アスカの説得に回ったことを、周りは不思議に感じていた。
ユエは自分ではそんな自覚がなかったのか、首を捻りながら考え考え、
「なんか……似てる、気がして……」
「『似てる』……?」
予期しない答えに皆がキョトンとする中、カイトだけが一人静かに目を見張った。
だがそれも──
「似てるって……まさかフェザントにかっ?!」
ヘロンのわざとらしい大声に隠され、誰にも気づかれることはない。
「ああ?!」
「もしやフェザントの隠し子──いてっ!!」
「ばっかろう!そういう冗談は笑えねぇぞ!!」
スパン!といい音をさせて、フェザントがヘロンの頭を叩くと、笑いが起こる。
「そうじゃなくて……フェザントじゃなくて、俺に」
そのくだけた空気の中で、ユエも笑いながら説明する。
「ユエに?えぇ?!そうかなー?」
「どこがぁ?どっちかと言えば、正反対っぽいけど……」
皆はアスカの紅い瞳を思い出しながら、目の前のユエと比べるが、賛成できる点は見つけられない。
「う~ん、見た目じゃなくって……境遇が、かな……?」
ユエ自身も感覚的なことなのか、語尾が疑問形ではっきりはしない。
「とらわれの身!みたいなとこ?」
「俺たちに助けられたところ、とか?」
「見世物になってたから……?」
「ああ、そう考えると、似てるっちゃ似てる、か?」
結局その場では、それ以上掘り下げることなく、世間話のような気軽さでその話題は終えた。
アスカの顔を初めて見た時に、一同が感じた既視感──実はそれが、ユエが感じたものと同じだったとは、誰も思い出すことのないまま。
皆が無意識に感じ取った『似ている』『どこかで会ったような』という感覚──それが重大な意味を持つことに、カイトだけが思い至っていた。
******
──「それじゃあ、アスカ、お前は地下の遺跡で見つけた宝石を、王弟に渡していたんだな?」
カイトの確認に、アスカはこくりと頷く。
「両親の命を盾に、脅されてもいた?」
もう一度、こくり。
そして抑揚の少ない声で、
「それにアスカは他の人と違うから、逃げても、外に居場所なんかない、お父さんとお母さんにも迷惑がかかる、って」
と語る。
それほど広くない、元々は貯蔵庫の地下室に集まった一行は、二人のやり取りを静かに聞いている。
夜であっても、日によっては体調が悪くなるというアスカは、熱が下がってもその部屋から出ようとはしなかった。
その後も続くカイトの確認に、アスカは冷静に答えていくが、その落ち着いた様子がフェザントには痛々しく映る。
「許せねぇな……」
無意識に、喪った己の娘と重ねながら、フェザントは拳を握った。
***
アスカを王弟から奪うことに、当初、フェザントとマイナは全面的に賛成できなかった。
ヘイレンもカイトも、政権争いに加担する気など全くなく、あくまで、騒動が起きる前の状態に戻すことを目指していたが、それはつまり、図らずも王側に有利な状況を作り出すことになる。
ドワーフ王国民の二人としては、純血主義の王側に手を貸すことになることが、どうも納得いかなかったのだ。
だがそれも、ラサージェの話を聞き、アスカの境遇をその目で見て、吹っ切れた。
王弟がアスカにさせていた『奇跡のお披露目』、あれは虐待だ、と。
日光に弱いアスカを、民衆を惹きつけるための見世物にし、さらに脅して言うことを聞かせていた。
その上、遺跡からの宝石の横流しだ。
宝石はそのほとんどを、ヴェルドットの貴族が買い取っていて、アイビスとヘイレンがその裏を取った。
その資金を、革命に役立てるならともかく、王弟たちは自分たちの宴会などの贅沢に使っていたのだ。
アスカの証言に、ヘイレンの調査──それから浮かび上がるのは、民衆のために立ち上がった革命者などではなく、権力を握って私利私欲を満たしたいだけの、王弟の姿である。
***
「……これだけの証拠で、王弟を失脚させられるか?」
「できなくはない、が……」
「そこまでいかなくとも、民からの信頼を失わせることにはなる、か」
ひと通りアスカから話を聞くと、「とりあえず第一段階達成、だな」とアイビスがヘイレンに話を振る。
「でもさ、王弟がアスカを失って大人しくなればいいけど……反対に、王と王弟の対立が激しくなったりして……?」
クレインの懸念は、もちろん考えられることだ。
今はまだ、王弟側に目立った動きはない。
『純血の少女』が体調を崩したとして、お披露目を中止しているが、長く隠せるものではない。
そのうち、『純血の少女』がさらわれたと、騒ぎ出してもおかしくない。
そしてその犯人は?となると、国王一派だと誰もが考えるだろう。
アスカの存在が内乱の火種となっていたが、アスカがいなくなっても、今さらその流れは止まらないのではないかという気が、クレインにはしてきていた。
「いや……思っていたより、ドワーフ国王は思慮深いようだ。血を流すのは、本当に最終手段だろう」
まだ何か握っている情報があるのか、ヘイレンがその懸念を、ひとまずは否定する。
『ドワーフの鍵』の発見、そしてそれをアスカが持っていたということ、早まった奪還──すでに当初の計画からは、想定外のことばかりが起きている。
それでも一行にとっては、そんな出たとこ勝負は通常運転だ。
いつものように、カイトに判断は委ねられる。
「今後の予定を立てる前に──アスカ、『鍵』を見せてくれないか」
一行にとっての本題に、カイトがいよいよ切り込んだ。
緊張感漂う中、アスカは服の中からゆっくりと鎖を手繰り寄せ、その小さな手の平に、それが載せられる。
話に聞いて、絵で見て、予想はできていたはずなのに、実際に目にすると、その存在感に感動が生まれるほどだった。
紅の鍵を手に取って、カイトは指先で滑らせるようにして、その感触を確かめる。
そんなカイトに周囲からは熱い視線が集まるが、カイトの瞳はそれでも溶けないほどに醒めているように見える。
「これでアスカも、人間になれる?」
無邪気なようでいて、とても重い質問が、アスカから寄せられた。
ドキッとさせられた大人たちは、カイトがどう返すのかハラハラと見守ることしかできない。
「……それを確かめる前に、もう少しお前に聞きたいことがある」
カイトは鍵をアスカの手に戻すと、少し改まってから、質問を紡ぐ。
「遺跡から宝石を持ち出したと言ったな?その遺跡に、宝石以外──何か文字が書いてあるものはなかったか?例えば本や石版──」
「あったよ」
アスカはすんなりと答えたが、周りで聴いているほとんどは、(いきなり何の話だ?)と訝しむ。
この時点でカイトの意図に気づいたのは、ヘイレンだけだ。
「……それも、王弟に……?」
「ううん。そういうのは、遺跡に残した。『持って来い』って言われなかった。それにお父さんも、宝石よりもそういうのの方が大事だから、勝手に触っちゃだめって」
「そう、か……」
カイトははやる心を抑えるように目を閉じて、安堵を見せる。
それから開かれた瞳には、場違いなほどキラキラとした好奇心が宿っていた。
「その地下の遺跡まで、俺を連れて行ってほしい」
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俺の名前は水野圭。年は25。
自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで)
だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。
凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!
凄い! 店員もイケメン!
と、実は穴場? な店を見つけたわけで。
(今度からこの店で弁当を買おう)
浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……?
「胃袋掴みたいなぁ」
その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。
******
そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています
お気軽にコメント頂けると嬉しいです
■表紙お借りしました
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*本編完結しました
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