三鍵の奏者

春澄蒼

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第四章 地下に眠る太陽のカケラ

58 脱出

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「……ほんとう?」

 初めて発せられたアスカの声に、「本当」ユエがキッパリと答える。

 階段の下ではアイビスとヘロンが合流し、全員が固唾を飲んで見守っている。

「……鍵、見せて」

 アスカの要求に、「それが……」ユエは少し詰まってから、

「『人魚の鍵』は俺の中に吸い込まれちゃって……どうすれば取り出せるのか、分からないんだ」
 何とも馬鹿正直に答えた。

「…………」
 信じていいのか……?とアスカが警戒心をもたげる前に、さらにユエは全てのカードをさらけ出す。

「だから、助けてほしい」
「……え?」
「きっと、アスカが持ってる鍵は、俺の中の鍵と仲間だと思うんだ。俺たちはまだ鍵のことを、全部分かってない。だから……アスカとその鍵のことが分かれば、俺の中の鍵も取り出せるかもしれない」

「……アスカが、助けるの?」
「うん。でもその代わり、俺たちもアスカを助けるよ」

 無償の善意と言われると、ありもしない裏側を疑いたくなることを、ユエは自身の経験から知っていた。

 だからあえて、「助け合おう」と対等な関係を示す。

 アスカはラサージェが評した通り、頭のいい子だった。
「でも……」
 だからこそ、簡単に助けに飛びつけない。
「……でも、お父さんとお母さんが……」

「……言うことを聞かなければ、両親をどうにかすると、脅されたか?」
 カイトの問いに、ビクッと体が大きく揺れる。

「大丈夫だ。両親は国外の安全な場所にいる。手紙を、預かってきた」

 差し出した手紙を受け取る手が、おそるおそるマントから出てくる。焦れったくなるほどの時間をかけて、アスカは手紙を読み終えると──

「……どうすればいいの?」
 芯の強さが感じられる声で、顔を上げた。




 アスカはマントを脱ぎ捨てて、燃えるような瞳で真っ直ぐに一行を見据えて、階段を降りて来た。

 闇に紛れるような褐色の肌に、緩くウェーブのかかった赤髪、そして印象的な紅い瞳──ひと目見たら忘れられない容姿だ。

 その素顔に、一行は既視感デジャヴを覚える。

 だがそれも、手を繋いだユエとアスカを見比べた時にはどこかへ消えていた。


「おいおい!今日は偵察だけの予定じゃなかったのかっ?!」

 兵士の鎧を着たアイビスが、ユエと繋いだ手を指して、小声で詰る。

 その怒気が混じった声に、アスカがびくりと肩を揺らすのを、ユエの手が大丈夫と伝えるように強く握られた。


「予定変更だ。このままアスカを連れて行く」
 カイトは簡単に難題を突きつけて、アイビスに毎度のため息をつかせた。


 脱出の作戦としては、招かれた芸人として正面から帰るか、兵士と給仕に化けて裏口から逃げるか、その二つを考えていた。

 しかし前者はすでに使えそうにない。
 そろそろ控え室から消えた芸人たちに気づき、騒ぎになる頃合いだ。

 そして後者にしても──
「どうやってその子を見咎められずに、外へ出る?顔を全く知られてないってことはないだろう?」

 アイビスのもっともな疑問に、カイトがあっさりと答える。

「大丈夫だ。アスカが案内してくれる。地下の迷宮を、な」




「……ここ」
 アスカが示したのは、錆びた鎖で封じられている、闇へと続く横穴だ。

 目立ち過ぎるあのマントは、天幕に置いてきた。少しでも時間稼ぎになるように、マントの中に布を詰めて、アスカが座っているように見せかけて。

 そのおかげか、追っ手はまだ現れない。

 この場所に辿り着くまでは、料理を運ぶワゴンに子ども三人が隠れ、それを給仕の格好のユエとクレインが押すことで、周りに紛れることができた。
 ヘロンの機転だ。

(本当に大丈夫なのか?)というアイビスの視線を受けて、カイトがもう一度確かめる。
「ヴェルドット側……東の国まで抜けているんだな?」
「うん」
「俺たちでも通れる道か?」
「うん」


 少女と言うには大人びた表情で、カイトに対しても物怖じしない。

 それでいて、ユエの手を握って離さない様子は、年相応の子どもの不安が隠しきれないでいる。

 並んだ紅い瞳と蒼い瞳──カイトは何かを確かめるように、交互に目を合わせた。
 それでも結局は、確かめたそれを胸に秘めて、ふい、と洞窟へ目を向ける。


「……行くぞ」
 カイトの号令で、一行は暗闇へ足を踏み入れた。

 だんだんと大きくなっていくざわめきを、背中で聴きながら、光の檻に別れを告げて──。



******
 アスカを先頭に地下迷宮を東へ行くと、ヴェルドット領内の大山脈の洞窟へと抜けた。

 そして夜の間に、地下室のある隠れ家まで辿り着くことができた。

 ドワーフ国の中央ではなく、ヴェルドット側を目指したのは、カイトの二つの考えによるものだ。

 一つは、アスカを目立たないように保護するため。
 ドワーフ国内よりは、アスカの容姿を知っている者は少ないし、ヘイレンとアイビスの根回しもあって、何をするにしても動きやすい。


 二つ目は、追っ手を撒くため。
 アスカを奪われたと知った王弟は、その犯人を王だと決めつけるはずだ。捜索は中央に向かうだろう。逃げるにしても、大山脈にも海にも面しているこの国の方が逃げやすい。


 その後、ドワーフ国内の隠れ家で待機していたフェザントに、村に残っていたマイナを迎えに行ってもらい、そして今朝二人が到着したところだった。


***
「ったく、連れて来ちまって、本当によかったのか?今回は、アスカの意思を確認するだけの予定だったじゃねぇか」

 たった今、詳しい事情を知ったフェザントは、勝手な予定変更にまだ納得がいかないらしい。


「……残して行くと、アスカの身に危険が及ぶと判断した」
「どういうこった……?」
 カイトの不穏な言葉に、フェザントが息を飲む。


「もっと丁重に扱われていると思っていたが……『次』はないと思ってな」
「つまり……今回を逃すと、次の接触は難しい、と?」
「それもある。が……王弟は手段を選ばないようだ。アスカが外部と接触したことが分かれば、脅して口を割らせることも、監禁して人との接触を一切断つことも考えられる。アスカの身がもたない」


 子どもにそんなこと……と言いかけた口は、アスカのやけどを思い出して閉じられた。

 そしてみんなの視線は、自然と一ヶ所に集まる。

 フェザントと同じく、ここに到着したばかりのマイナが、アスカの様子を看ている地下室へと。


 一行を案内して無事に脱出させたアスカは、それまでの疲れが一気に吹き出したのか、高熱を出して寝込んでしまったのだ。


 マイナが地下室から上がって来ると、カイトが「どうだ?」とアスカの容態を確かめる。

「……よっぽど気を張っていたみたいね。疲れと……やけどもあって、熱が出たのね。食事も取れるようになったし、もう大丈夫」
「そうか……今は寝てるのか?」
「ええ。起きたら、そろそろ話もできると思うわ」


 ホッとした空気が広がり、一行もやっと口が軽くなる。

「それにしても、ユエには驚かされたよ」
「えっ?」
 クレインの言葉はみんなを代弁していたが、ユエ本人は何のことだか分からず聞き返す。

「だって、いきなりあんな熱心に説得し始めるんだもん。鍵のことも、あそこまでぶっちゃけちゃって、よかったの?」

 まだ鍵のことは、何も確かなことなどない。
 確かにユエは、実際に起こったことを話したのだが……クレインとすれば、どこか騙したような居心地の悪さが消えない。


「そうそう!それにさー、人魚だってことまで、さらっと言っちゃって!」
 ヘロンも続く。

 二人がそう言うのももっともで、ユエは今回の作戦に、消極的とまでは言えないが、あまり乗り気には見えなかったのだ。

 それが一転、カイトを押し退けるようにしてまで、アスカの説得に回ったことを、周りは不思議に感じていた。


 ユエは自分ではそんな自覚がなかったのか、首を捻りながら考え考え、
「なんか……似てる、気がして……」

「『似てる』……?」
 予期しない答えに皆がキョトンとする中、カイトだけが一人静かに目を見張った。

 だがそれも──
「似てるって……まさかフェザントにかっ?!」
 ヘロンのわざとらしい大声に隠され、誰にも気づかれることはない。

「ああ?!」
「もしやフェザントの隠し子──いてっ!!」
「ばっかろう!そういう冗談は笑えねぇぞ!!」
 スパン!といい音をさせて、フェザントがヘロンの頭を叩くと、笑いが起こる。


「そうじゃなくて……フェザントじゃなくて、俺に」
 そのくだけた空気の中で、ユエも笑いながら説明する。

「ユエに?えぇ?!そうかなー?」
「どこがぁ?どっちかと言えば、正反対っぽいけど……」
 皆はアスカの紅い瞳を思い出しながら、目の前のユエと比べるが、賛成できる点は見つけられない。


「う~ん、見た目じゃなくって……境遇が、かな……?」
 ユエ自身も感覚的なことなのか、語尾が疑問形ではっきりはしない。

「とらわれの身!みたいなとこ?」
「俺たちに助けられたところ、とか?」
「見世物になってたから……?」

「ああ、そう考えると、似てるっちゃ似てる、か?」

 結局その場では、それ以上掘り下げることなく、世間話のような気軽さでその話題は終えた。

 アスカの顔を初めて見た時に、一同が感じた既視感──実はそれが、ユエが感じたものと同じだったとは、誰も思い出すことのないまま。


 皆が無意識に感じ取った『似ている』『どこかで会ったような』という感覚──それが重大な意味を持つことに、カイトだけが思い至っていた。




******
 ──「それじゃあ、アスカ、お前は地下の遺跡で見つけた宝石を、王弟に渡していたんだな?」

 カイトの確認に、アスカはこくりと頷く。

「両親の命を盾に、脅されてもいた?」
 もう一度、こくり。

 そして抑揚の少ない声で、
「それにアスカは他の人と違うから、逃げても、外に居場所なんかない、お父さんとお母さんにも迷惑がかかる、って」
 と語る。


 それほど広くない、元々は貯蔵庫の地下室に集まった一行は、二人のやり取りを静かに聞いている。

 夜であっても、日によっては体調が悪くなるというアスカは、熱が下がってもその部屋から出ようとはしなかった。



 その後も続くカイトの確認に、アスカは冷静に答えていくが、その落ち着いた様子がフェザントには痛々しく映る。

「許せねぇな……」
 無意識に、喪った己の娘と重ねながら、フェザントは拳を握った。


***
 アスカを王弟から奪うことに、当初、フェザントとマイナは全面的に賛成できなかった。

 ヘイレンもカイトも、政権争いに加担する気など全くなく、あくまで、騒動が起きる前の状態に戻すことを目指していたが、それはつまり、図らずも王側に有利な状況を作り出すことになる。


 ドワーフ王国民の二人としては、純血主義の王側に手を貸すことになることが、どうも納得いかなかったのだ。


 だがそれも、ラサージェの話を聞き、アスカの境遇をその目で見て、吹っ切れた。


 王弟がアスカにさせていた『奇跡のお披露目』、あれは虐待だ、と。

 日光に弱いアスカを、民衆を惹きつけるための見世物にし、さらに脅して言うことを聞かせていた。


 その上、遺跡からの宝石の横流しだ。

 宝石はそのほとんどを、ヴェルドットの貴族が買い取っていて、アイビスとヘイレンがその裏を取った。

 その資金を、革命に役立てるならともかく、王弟たちは自分たちの宴会などの贅沢に使っていたのだ。


 アスカの証言に、ヘイレンの調査──それから浮かび上がるのは、民衆のために立ち上がった革命者などではなく、権力を握って私利私欲を満たしたいだけの、王弟の姿である。


***
「……これだけの証拠で、王弟を失脚させられるか?」
「できなくはない、が……」
「そこまでいかなくとも、民からの信頼を失わせることにはなる、か」

 ひと通りアスカから話を聞くと、「とりあえず第一段階達成、だな」とアイビスがヘイレンに話を振る。


「でもさ、王弟がアスカを失って大人しくなればいいけど……反対に、王と王弟の対立が激しくなったりして……?」

 クレインの懸念は、もちろん考えられることだ。

 今はまだ、王弟側に目立った動きはない。
『純血の少女』が体調を崩したとして、お披露目を中止しているが、長く隠せるものではない。

 そのうち、『純血の少女』がさらわれたと、騒ぎ出してもおかしくない。
 そしてその犯人は?となると、国王一派だと誰もが考えるだろう。

 アスカの存在が内乱の火種となっていたが、アスカがいなくなっても、今さらその流れは止まらないのではないかという気が、クレインにはしてきていた。


「いや……思っていたより、ドワーフ国王は思慮深いようだ。血を流すのは、本当に最終手段だろう」

 まだ何か握っている情報があるのか、ヘイレンがその懸念を、ひとまずは否定する。


『ドワーフの鍵』の発見、そしてそれをアスカが持っていたということ、早まった奪還──すでに当初の計画からは、想定外のことばかりが起きている。

 それでも一行にとっては、そんな出たとこ勝負は通常運転だ。

 いつものように、カイトに判断は委ねられる。



「今後の予定を立てる前に──アスカ、『鍵』を見せてくれないか」

 一行にとっての本題に、カイトがいよいよ切り込んだ。


 緊張感漂う中、アスカは服の中からゆっくりと鎖を手繰り寄せ、その小さな手の平に、が載せられる。

 話に聞いて、絵で見て、予想はできていたはずなのに、実際に目にすると、その存在感に感動が生まれるほどだった。


 紅の鍵を手に取って、カイトは指先で滑らせるようにして、その感触を確かめる。

 そんなカイトに周囲からは熱い視線が集まるが、カイトの瞳はそれでも溶けないほどに醒めているように見える。


「これでアスカも、人間になれる?」
 無邪気なようでいて、とても重い質問が、アスカから寄せられた。

 ドキッとさせられた大人たちは、カイトがどう返すのかハラハラと見守ることしかできない。


「……それを確かめる前に、もう少しお前に聞きたいことがある」

 カイトは鍵をアスカの手に戻すと、少し改まってから、質問を紡ぐ。

「遺跡から宝石を持ち出したと言ったな?その遺跡に、宝石以外──何か文字が書いてあるものはなかったか?例えば本や石版──」
「あったよ」

 アスカはすんなりと答えたが、周りで聴いているほとんどは、(いきなり何の話だ?)と訝しむ。

 この時点でカイトの意図に気づいたのは、ヘイレンだけだ。

「……それも、王弟に……?」

「ううん。そういうのは、遺跡に残した。『持って来い』って言われなかった。それにお父さんも、宝石よりもそういうのの方が大事だから、勝手に触っちゃだめって」

「そう、か……」
 カイトははやる心を抑えるように目を閉じて、安堵を見せる。

 それから開かれた瞳には、場違いなほどキラキラとした好奇心が宿っていた。

「その地下の遺跡まで、俺を連れて行ってほしい」

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