三鍵の奏者

春澄蒼

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第四章 地下に眠る太陽のカケラ

60 三種族と人間

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 カイトが戻ったのは、それから十二日後のことである。

 まだ陽のある内に、ヘイレンがマイナを連れて先着し、日が暮れてから、カイトはアスカと共に戻って来た。


「こんなに待たせて……!いったい何をしていたんだっ!!」
 という非難は、カイトの様子を見て誰もが飲み込んだ。

 カイトの顔にはそれこそ、十二日間ずっと不眠不休だったのではないかと思えるほどの、疲労が滲んでいたのだ。

「カイト……!お前──」
 言いかけるアイビスを制して、全員を座らせる。

「……待たせて悪かったな。古代文字が多くて解読に時間がかかった」

 前置きだけで、これからされる話の壮大さが伝わり、聴衆はゴクリとつばを飲む。

 一度お茶で喉を潤してから、さてと、とカイトは改まる。

「ドワーフ国内の情勢を見ると、急がねばならんからな」

 王側も王弟側も今は均衡を保っているが、純血の少女の病気が長引いているという噂に、そろそろ信奉者たちが騒ぎ始めている。

 そんな情報を待機組も聞いていたから、これほどカイトの帰還を待ちわびていたのだ。

「簡潔に、といきたいところだが……どうしても長くなるのは覚悟してくれ。なにせ……話は古代まで遡ることになる」

 カイトはそう、皆の期待を膨らませてから、語り始めた。




「結論から言う。遺跡から『鍵』についての記録が見つかった」

 聴衆からは歓喜のため息が漏れる。

 いつもならはしゃぐヘロンも、これがまだ序章であることを悟り、張り詰めた空気を保っている。


「そして、『鍵』の使い方も分かった」
「っ!つまり!『鍵』にはやはり、種を変えるほどの力があった、ということかっ?!」

 アイビスも、黙って聞いた方が話が進むことは分かっていながら、気が急いて思わず言葉を挟んでしまった。


「いや、正確には三種──人魚、ドワーフ、妖精──を、人間に変える力、だな。つまり人魚からドワーフにはなれない。そして反対……人間を三種にすることもできん」

 カイトはそう訂正したのは、その違いがとても重要な意味を持つからである。


「まずは遺跡のことから話そう。アスカが発見した遺跡は、『太陽の間』と呼ばれていた地下聖堂だった」

「……はぁ?!『太陽の間』!?」

 一拍置いてフェザントが聞き返したが、カイトはそのまま先を続ける。


「地下の太陽への祈りの場、そしておそらく重要な式典なども、過去そこで行われていただろう。さらにもう一つ、そこに祀られている四つの棺があった。そのうちの一つから、『鍵』の記録は見つかった。その人物は、約千年前のドワーフの族長の一人……──アスカ」

 呼ばれたアスカが、大事そうに布で包んであった一冊の本を、皆の輪の中心に置く。


「これがその人物の、言わば一代記だ」


 革の表紙は深い赤色。留め具は太陽を象った宝石。縁取りは金色に輝き、装飾された鳥、草花などが優雅に舞っている。

 触れることもはばかられるような、豪華絢爛な一冊だ。


 緊張の糸が張り詰める中、最初にフェザントが震える手を伸ばした。
 下に敷いてあった布ごと取って、おっかなびっくりと中をめくる。


 白銀色の紙は不思議な手触りだ。少しひんやりとしている上に、柔軟性はあるが、植物から作られるものや羊皮紙よりも硬質──金属だ、とフェザントは直感する。


 すずが薄く伸ばされたようでもあるが、鍛金を生業としていたフェザントでも見たことがないほど、薄さと頑丈さを併せ持ち、なおかつ美しい。


 さらに文字は、その金属の紙を彫ってから金が嵌め込まれていて、一枚一枚が芸術品だった。


象嵌ぞうがん……一流の仕事だ。それに紙も……こんなもん見たことねぇ……」


 おそらく現代にも、これほどの神業ができる職人など存在しない。

 フェザントは全身にじっとりと汗が滲んでいることを自覚し、震える手を叱咤して、慎重に本を元の場所に戻した。

 この本がそれこそ一国の威信をかけて造られたものであると、装丁だけで伝わってくる。


 フェザントの緊張を目の当たりにして、他に手を伸ばす者はいない。


「内容は個人の日記のような手記のような形だが、書かれた主旨としては……アスカへ向けた手紙、だな」

「手紙……?」

 カイトは本を膝に置いて、迷いなくめくった。
 そして前書きを読み上げる。

「『我、クリストバル・トリエンテ  後の世に産まれる大地の子の為  我が半生を綴るなり』──つまり、自分の死後に産まれるドワーフのために、この本を遺したということだ」


 さらにカイトは頁をめくり、流麗な金文字をなぞる。
「……ここに、『鍵』の詳しい使い方が書いてある」


 ごくり、と誰かの喉が鳴った。

「せっかくだ。最初に証明を済ませてしまおうか」
 カイトは気負いを見せずにそう言って、アスカを中央に座らせる。


「……初めて、試すのか……?」
 かすれ声のアイビスに、「ああ。マイナがいる場で試す方がいいと思ってな」とカイトはマイナを呼び寄せた理由を話した。


 そう、アスカが『変わった』ということを確かめるには、女性が必要なのだ。


 緊張がみなぎる周囲よりも、本人の方がずっと落ち着いているようだ。アスカはすでに『鍵』を取り出して、準備も万端だった。


「『必要なのは、想像だ──』」カイトは文字に触れながら、暗示をかけるように抑揚のない声で読み上げ始めた。

「『己の変化した姿を思い浮かべること。そして強い意志を持て。信じるだけでは足りない。結果を微塵も疑わないことだ。──『鍵』を己の胸に差し込め!』」


 アスカが紅い鍵を心臓のあたりに突き立てると──触れ合った一点から、眩いばかりの光が生まれる。


「『回せ!!鍵を開けるのだ!己の内から抜け出る大地の力の代わりに、新しき力を受け取るがよい!!』」


 光の中で、アスカは手応えを感じていた。
(……『鍵』が、……)


 自分の体に鍵穴ができたように、ぴったりと『鍵』が差し込まれ、そして────


「カチャ」いう音が、アスカには確かに聴こえた気がした。

『鍵』を鍵穴に差し込み、そして回す。

 それはアスカにとっては馴染み深い行動で、この『ドワーフの鍵』であっても、自宅の鍵と同じように、自然に体は動いていた。

(ああ……

 鍵を開けたのなら、後は


 アスカが『鍵』を抜くと、光は胸の中に吸い込まれるようにして、一気に消えていった。



******
 地下室から階段を上って来るアスカとマイナを、仲間たちは期待と不安を半分ずつ持って迎えた。

 だがそんな曇り空のような空気も──マイナの力強い頷きによって、スカッとした晴天に早変わりだ。

「……すげぇ……すげぇ……!すっげぇよっ!!」
 飛び跳ねたヘロンを筆頭にして、全員が自分なりの形で感情を表していく。


「アスカ!なぁ!どんな感じ?人間になった実感、あんのっ?!」
 一気に馴れ馴れしくなったヘロンが聞くと、「あんまり……よく分からない、かも」アスカは腕をさすったり顔をペタペタと触ったりしながらも、首を傾げる。


 アスカの言葉通り、尾ビレが脚になったユエとは違い、見た目には大きな変化は見られない。

 だが──確実にアスカは変わっていた。



 アスカが特別であること──純血のドワーフであるという証明は、その能力や体質、話に聞くことしかできない産まれでは、不十分だった。

 ラサージェが嘘をついているかもしれない。飛び抜けて力が強いだけかも。太陽の光で焼け爛れるのは、単にそういう病気なのかもしれない──。


 だがラサージェの話の中に、一つだけ、証明になり得るものがあったのだ。

 アスカが他とは違うという、目に見える確実な証拠が──。

 それは純血のドワーフが、岩から産まれるということを、間接的に証明している。


 岩から産まれる──つまり、親を持たない。そして──子を産むこともない。
 大地の化身たる所以。

『生殖機能がないこと。それが純血のドワーフである』
 ──そう、カイトは結論づけた。


 アスカの体には、性別を表す特徴がなかった。生殖器が、存在しなかったのだ。


 それはつまり、子孫を残せないということ。
 それを知っていたラサージェはだから、「ドワーフ王国民はドワーフの子孫ではない」と断じたのだ。


 しかしそれも、『ドワーフの鍵』によって覆される。


 人間になったアスカには、性が芽生えていた。それをマイナに確認してもらったのだ。

 アスカは無性のドワーフから、人間の女の子へと変化を遂げていた。




***
「……『鍵』はドワーフを人間にしたのか?それとも──ドワーフに生殖機能を持たせた、のか?」
 カイトだけに聞こえたヘイレンの疑問に、カイトは沈黙を守って答えを先延ばしにした。


 アスカへの質問責めがひと段落すると、視線は彼女の胸に揺れる『鍵』へと集まる。

「……普通に、ある、な。無くなってない」
 クレインが呟くと、次はユエへと注目は移る。

 ユエは困ったように眉を下げて、自分の胸のあたりをさすってみた。
「……どうして俺のは、吸い込まれちゃったんだろう……?」

 アスカに聞いてみるが、二人して首を捻り合うだけだ。

「アスカは、どうやったの?」
「どうって……鍵は差し込んで回したら、後はんだよ」
「抜く……」

 アスカの説明は感覚的で、あまりユエには伝わっていない。


「その本に、同じような事例は書かれていないのか?」
 アイビスがカイトの手にある本を指差すが、「いや」カイトは即座に否定した。
「この本にも遺跡の記録にも、ユエのこの状態については何も言及はなかった」

「ってことは、ユエの方は、全く進展なしかよーー!!」
 突っ伏して残念がるヘロンに比べて、ユエ本人は困惑はあるがどこかホッとしていた。

 そのことにユエは罪悪感が芽生えて、思わず顔を伏せる。
(……俺は、人魚に戻りたくない、のかもしれない……だって戻ってしまったら──)


 ──カイトは俺を、海へ帰してしまう。


 カイトに置いていかれるという恐怖が、メイとクウェイルの館で感じた時よりも、もっともっと大きくなって、ユエを襲う。

 カイトと離れることを想像するだけで、胸を掻きむしられるような痛みが沸き起こる。
 今度はその痛みを抑えるために、胸に両手を重ねた。


 そんなユエの行動は、周りからすると頑張って『鍵』を取り出そうとしているように見えていた。


「『鍵』によって三種が人間になることは証明された。つまりユエが人間になったことと、『鍵』の消失は別の問題って訳だ」
「ユエが人間になった後に、何か別の要因があって、『鍵』はユエの中に吸い込まれた、と?」

「別の要因?」
「今は推測の域を出ないな……」

 真面目な議論はそこで一旦途切れ、わずかな沈黙がほとんどの者を油断させた。

 ひとまずは、これで最大の謎が解かれたのだ、と──。



「ふぅ……だがこれで、結論は出たな。『鍵』には三種を人間にする力がある。その力を使って、過去、三種は人間と血を交えた。だから亜種という存在が──」「それは、少し違う」


 アイビスが話をまとめようとしたところを、カイトがやんわりと遮った。

「……は?」
 皆が油断したところに、カイトは最大級の爆弾を用意していた。


「……そもそも、『ドワーフ』と『人間』の違いは、何だと思う?」
「なん、だ、いきなり……?」
「何を持って『人間』と判断する?『ドワーフ』の定義は何だ?」
「だから、なにを……?」

 周囲を全て置いてけぼりにして、カイトは一人質問を繰り返す。

 からかっているのか?と怒気を強めようとしたアイビスは──カイトの表情に気圧されて言葉を忘れた。

 アイビスは場違いにも、カイトが剣を振るっている光景を思い出していた。

 人の命を奪う瞬間の、あの酷薄な表情──それと同じものが、今の彼の顔に浮かんでいる。

 神が、運命を語るような────。


「以前、ヘイレンが言ったんだったか?『今の状態のユエが子どもを作ったとして、それは人間なのか?』──」

 それは決して、答えを求めて発した疑問ではなかった。そのはず、だったのに──カイトは答えを見つけてしまったのだ。

「答えはあった。──遺跡にはこの本の他にもう一つ、重大な真実が眠っていた」

 彼は本を閉じて、持ち帰った荷物の中から、何枚もの紙の束を取り出した。

「……遺跡に祀られていた、あと三つの棺──そこに刻まれた銘がこれだ」

 広げられた紙には、彼が書き写したであろう古代文字が並んでいる。
 読めない者たちのために、カイトは一文字一文字解読していった。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
 最初の  人間  アスカ

 アスカの父──最初の父──ドワーフのフェリックス
 アスカの母──最初の母──のシィラン

 ここに眠るは  海の子  大地の子  空の子  三の種の架け橋なり
 人と人の間に産まれしは  愛の子
 愛の子の誕生が  新しき世界への扉を開かん
 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 カイトの声は、まるで天啓の如く響き、皆の頭を痺れさせた。

 知らない人が見れば、さぞ異様な光景に写ることだろう。時が止まったかのように、全員がカイトを見つめたまま動けないでいるこの空間は──。



「そう、か……」ヘイレンが最初に点と点を繋ぎ終わった。

「まさか……?」次にアイビスが、おぼろげながらその形を捕らえた。

 それ以外には、その銘がとても重要なことを語っていることは分かるのだが、決定的な言葉がないために、すぐには結論に辿り着けない。
 頭の中を整理しようと、思いついたままに全員が好き勝手話し始める。


「まって……アスカって、……?」
「アスカ村の由来になった、アスカ?」
「それって確か『ドワーフの男と人間の女の間に産まれた子ども』だって……」

「ドワーフの父と人魚の母……」
「最初の?なにそれどういう意味……?」
「最初?最初って?」

「ドワーフと人魚の間に子ども……?」
「っ!そうか、『鍵』だな!『鍵』を使って人間になって──」
「アスカは『鍵』の力によって三種から産まれた人間ってこと?」

「な、なんかおかしくない?ドワーフが人間との間に子どもを作るために、自分が人間になるのは分かるよ!でもさ、に、人魚と子どもを作るために、どっちもが人間になるの?」

「だって『鍵』を使っても、ドワーフが人魚にはなれないんだろ?それなら、異種間に子どもを作るには人間に──」
「そっか!違和感はそれだよ!『鍵』がそもそも三種を人間にするためのモノならさ──」
「待ってよ!ドワーフと人魚の間に産まれた子どもを人間って呼んでいいの?あれ……?」


 収拾がつかなくなってきたところで、カイトが粛然と新たな紙を広げる。
 そしてもう一度、同じ質問を繰り返した。


「『人間』とは何だ?『ドワーフ』とは?──『人魚』とは、『妖精』とは…………遺跡にはその明確な答えが示されていた」


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
 人魚とは  海から産まれし  水の御子

 ドワーフとは  大地から産まれし  炎の御子

 妖精とは  空から産まれし  風の御子


 海と大地と空

 水と炎と風

 人魚とドワーフと妖精


 平和への願いにより  三の種  和するなり
 和して  環になり  輪を廻り  産まれしは愛の子


 人間とは  三の和により産まれし  愛の御子


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「つまり?」

 謎かけのような詩に、自分で考えることを早々に放棄したヘロンが、カイトに詰め寄る。

「俺でも分かるように説明しろよっ!!」


 カイトはその場にいる全員、一人一人と目を合わせてから、あえて無感情に、素っ気なく真実を明かした。


「人間は三種を祖として産まれた」


 夜が明ければ朝が来る。
 冬が過ぎれば春になる。
 大地があって、海があって、空がある。


 ──それと同じように、誰もが信じて疑わなかった常識が、今、崩れていく。


「『鍵』を使って、三種族と人間が血を交えた、などという次元じゃない。そもそも人間全てが、三種族の血を引いているんだ」

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