三鍵の奏者

春澄蒼

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第四章 地下に眠る太陽のカケラ

番外編 シンシア・ヴェルドット監修『君影草の恋』前編

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【注意※作中作。本編64話に登場する、シンシアが作らせたローランド王と謎の人物の恋物語という設定です。前後編】




 ヴェルドット家は元々、小さな国の地方領主に過ぎなかった。

 王家も国境線も一日で変わる時代──それは、誰もが覇権を狙える時代でもあった。

 だがローランド──ヴェルドット家の次期当主──のもっぱらの関心は、自国でも領地でもなく、世界に向いていた。


***
「お兄様!」
 凛とした声に呼び止められた男は、ビクッと大きく肩を跳ね上げ、しまったという顔で振り返る。

「ローサ……!どうしてここに?」
「どうしてって……お兄様の行動などお見通しです!」
 祝宴で着飾ったまま仁王立ちし、腰に手を当てて呆れ顔を見せる妹に、ローランドは苦笑いを返すだけだ。

「お兄様がこんな退屈な宴会に耐えられるとは、最初から思っていません!どうせ城下の酒場にでも繰り出すおつもりなのでしょう?」

 完璧に言い当てられたローランドは、お手上げと見逃してくれ、両方の意味を込めて両手を挙げる。
「お世辞の応酬と自慢話ばかり聞かされるより、民たちの生活を見聞きする方が、よほど有意義だろう?」

 ローサはため息と共に、つり上げていたまなじりを戻して、「……くれぐれも騒ぎなど起こさぬように。いいですね!」と、どちらが年上なのか分からないことを言って、兄を送り出した。

 二十歳になったばかりのローランドは、年よりも幼く見える無邪気な笑顔を残して、夜の城下へと駆け出した。


***
 城下町といっても、ヴェルドット領の町ともそれほど変わらない。すきま風が吹き込むような木の家が並んで、行き交う人々も汚れた仕事着だ。

 羽振りがいいのは、兵士ばかり。

 ローランドが選んだ酒場も、兵士や傭兵といった帯剣したむさ苦しい男で溢れていた。

「おやじさん、ヴォートカ」
 無愛想な店主に、この地方では一般的な強い酒を注文すると、ローランドは隣の三人組に気安く声をかける。

「よお、どこで戦ってきたんだ?」
「あん?何だ、お前」
「俺は北から帰って来たばかりだ。お前さんたちも傭兵だろう?」
「ん?ああ、まあな。俺たちゃあ、東の海岸戦帰りさ」
「東か?!あっちはかなり激しかったって聞いたぞ。五体満足ってことは、よほど腕が立つんだな」

 ローランドは同業のフリをして、上手く話を引き出していく。

 五分後には、その三人と戦友のように馴染み、そして十分後には、店中の男たちが旧知の友のように肩を組み歌を歌うようになっていた。

 陽気に酔う店の中でただ一人、静かに杯を傾ける男が目につき、ローランドは輪を外れてその隣に腰掛ける。

「悪いな、うるさくしちまって」
「……いや」

 言葉少ななその男は、驚くほど深い黒い瞳をしていた。髪も黒く外套も黒い。黒ずくめだったが陰気には見えず、むしろ高潔な印象を与えた。

 年は分かりにくいが、二十代の後半くらいだろうか、自分よりは年上だろうな、とローランドは予想する。

「……おたくも傭兵か?」
「……まあ、な」
「どこから来たんだい?」
「……西だ」

 会話を広げるつもりが感じられない端的な応えだったが、ローランドはくじけず質問を繰り返していく。

「一人なのか?仲間は?」
「……一人の方が気楽だ」
「出身は?黒髪に黒目なら、この辺りか?」
「……いや」
「この国には何をしに?傭兵は募集していないはずだ」
「……休暇、のようなものだ」

 誰の懐にもするりと入り込むことができるローランドでも、この男の胸襟を開くことには苦戦していた。


「……なにが聞きたい?」
「えっ?」
 男からの初めての質問は、心を開いたのではなく、絡んでくる酔客をけん制するためのもの。

「同じ傭兵のフリして、何か情報を集めているんだろう?」

 意図を見透かされたローランドだが、そんな程度で引き下がる男ではない。
 むしろさらに興味をそそられて、「へぇ!俺、傭兵には見えないか?」男の方へ身を乗り出す。

 そこでやっと、二人の目がまともに合う。

 男の黒の瞳に、ローランドの琥珀の瞳と同じ好奇心が浮かんだ。

「……見えない、な」
「う~ん、初めて言われた……どうしてだ?強そうに見えないからか?」

 自分が平均的な体格をしている自覚があるローランドは、周囲と比べたら細い自分の腕に目をやるが、男は「いや」と予想外に否定する。

「腕も経験もありそうだ。……見た目よりよほど、な。だがどうも一兵卒には見えん」
「それじゃあ、どう見える?」
「……指揮官が似合いそうだ」

 男のその言葉に目を見開いたローランドは、一拍置いて「はははっ!」楽しそうに笑い出す。
「ははっ!うん、いい勘してるな。それに……お前も相当強い」

 剣も抜いていないのに、二人の間には間違いなく戦いの緊張感が流れていた。仕草で視線で存在感で、互いの技量を探り合う。
 酒場の喧騒が、二人の周りだけ遠ざかる。
 短くも長い一瞬────

「「ふっ……」」

 同時に息を吐いた時には、互いを認め合っていた。


「……それで?なにが聞きたい?」
 男は何事もなかったかのように、再び同じ質問を繰り返す。

「なんでも。知らないことなら、なんでも知りたい。お前が知る世界の全てを、教えてくれ」
 子どものようなローランドの応えに、男は薄く笑って杯に口をつけた。


***
 それから二人の間には、酒場が店仕舞いをするまで、話題が尽きることがなかった。

 すっかり宵も深まり、灯りが消えていく店の前で、ローランドは「……これからの予定は決まっているのか?」と世間話の続きのように聞く。

「……いや、特には」
「そうか、それならば……──いや、」
 ローランドは言いかけた言葉を仕舞った。
 そしてわざと軽い調子で、「一度、手合わせしないか?」と、己の剣に手をやる。

「……ここで、か?」
「いや、こんなところではもったいない。──もしその気があるなら、いつでもいい、ここから北にあるヴェルドット領まで来てくれ」
「…………」
「『ローランド』という名を出せば、誰かが俺のところまで案内してくれる」

 探るような目を向ける男に、ローランドは「今日の話の続きも、ゆっくりとしたい」と付け加える。

「……気が向いたら、な」
 素っ気ないばかりの返事に、ローランドはもうひと押ししようかとも思ったが、逆効果になる気がして、ぐっと堪えた。

 そしてなんの含みも感じさせないように、「っと、そうだ。まだお前の名を聞いていなかった」去り際に聞く。

「そうだな……ジャック、とでも名乗っておく」

「ジャック……」口の中で呟いたローランドは、内心は後ろ髪を引かれながらも、あっさりと手を振って背を向けた。

 偶然のこの出会いが、自分にとって大切なものになることを、ローランドはこの時すでに感じ取っていたのかもしれない。




******
「お客様?お兄様に?」
 女中と一緒になって食事の下ごしらえをしていたローサに、困り顔の兵士が頷く。

「ローランド様とお約束をされている、と。しかし……」
「お兄様は隣の国へお出かけしているはずです。約束は今日なのですか?」
「それが……」

 言葉に詰まった兵士と一緒に、ローサはため息をつく。
「はぁ……どうせお兄様のことだから、いい加減な約束をなさったのでしょう……分かりました。わたくしが向かいます」

 ローサも兵士もいつものことだと、諦め半分だ。ヴェルドットの『若様』は、しょっ中こんなことをしでかしている。
 気に入った傭兵を、戦場からそのまま連れて来て領兵にしてしまったり、盗賊と意気投合して食事に招待したり、いつの間にか仲良くなった他国の領主が訪ねて来たり──。

 そして彼らを招いた本人はというと、この領主の館にはじっとしていないものだから、必然的に、ローサがお客様をもてなす役に回らなければならないのだ。


「お待たせしました。ローランドはあいにく不在なもので、用件はわたくしが伺います」

 一目で客人の検分を済ませたローサは、おそらく領兵志願者だろうと当たりをつける。鍛えられた体躯に、雨風にさらされた外套、使い込まれた長剣──兄がどこぞで声をかけた傭兵だろう、と。

 ただ、彼女がいつもより少しだけ気を引き締めたのは、(この男……かなりできる)そう感じ取ったからだ。

 兄ローランドも、近隣では剣の腕を知られているが、妹ローサもそこらの男には負けないほどの腕前を誇り、戦場にも出たこともある。
 その経験と勘が、警戒心を呼び起こす。

 だが訪問者は、そんな警戒心を軽やかにかわした。
「……領主の息子だったとは、な」
「え……?」
「ローランド・ヴェルドットといえば、俺も噂で聞いたことがある。剣の腕も立つが、それよりも、変わり者として有名だ、と」
「……あの、あなたは兄を訪ねていらっしゃったのでは……?」

 なんだかローランドの素性を知らなかったように聞こえるのですが、とローサが指摘すると、男は城下町の酒場での出会いを話して、肯定する。

「……まったく、お兄様ときたら……!」
 城下町から帰ったローランドの様子がいつもと違った理由が、今やっと分かった。ローサはさらにため息を深くする。

 色々と破天荒な兄ではあるが、こんな事態はさすがに初めてのことである。
 この客をどうすべきか、ローサは頭が痛くなった。


 ローサの困惑を受けて、男はあっさりと「不在なら……」と踵を返そうとする。

「えっ、あ、お待ちください!」
 思わず引き止めたのは、ローサも興味が湧いたからだ。この男のどこを、兄が気に入ったのか、ということに。

 確かに腕は立ちそうだし、不思議な雰囲気もある。だが、たった一晩酒を飲み交わしただけで、自分の許へと招くほどの価値を、どうやって見出したのか。

 自分の素性も名乗らず、相手に選択を委ねたことが、逆にローランドの本気をうかがわせた。
 本気でこの男を欲しがっている。


「……ローランドは夕方には戻るはずです。よろしければそれまでお待ちください」
 ローサを見つめた宵闇の瞳は、少し考えてから、その言葉に従った。


 ローランドの帰りを待つ間、ローサが客人──ジャックと名乗った──の相手を務めた。

 そしてその短い時間で、ローサは納得させられることとなった。
 どうして兄がこの男を気に入ったのかという理由を、身を持って。




******
 その夕方、館に戻ったローランドは、普段と違う家の様子にすぐに気がついた。
 男たちはざわざわと落ち着かず、女たちは浮き足立っている。

 何事かと怪訝に思うローランドを、使用人は中庭へと連れて行く。

 人集りの中心から、カンッ!ギンッ!と剣を打ち合う音が響いている。
 観衆から「おお~!!」ひと際大きな声が漏れると、少し緩んだ人の輪から「お兄様!」声が飛んだ。

 領兵、使用人、そして妹──視線が一気に集中する。
 だが見返すローランドの目は、大勢の中のひとりだけに釘づけになっていた。

 輪の中心で、剣を鞘に仕舞う男──あの酒場の別れからずっと、ローランドの心を占めていた男が、前触れもなく現れたのだ。


「ジャック……」
「……なんだ、幽霊を見るような目だぞ。……もしかしてあれは社交辞令だったのか?」
「あ、いや!!」

 ローランドがそんな目をするのも無理はない。自分でもまるで、夢の中の住人に会ったような心地なのだ。

「いや……まさか本当に訪ねてくれるとは……」
「迷惑だったか?」
「まさか!むしろ……待っていた」

 ローランドは近づくと、現実であることを確かめるように、ジャックの腕をポンポンと叩いた。
 先ほどまで剣を振るっていたからか、熱が伝わってきて、そのことにどきりとする。

「っ兵たちと手合わせを?」
 それを誤魔化すようにした質問に、ジャックではなくローサが答える。

「お兄様が手合わせを申し込んだと聞いたので、どれほどの腕かと思ったら……想像以上でしたわ!」
 頰を上気させる妹の手には、細身の剣が握られている。

「……お前も?」
「ええ!最初にわたくしがお願いしたのです。それを見ていた兵たちが、次々に試合を申し込んで……でも誰も勝てませんでしたわ!」
 同意する声が周囲からも上がり、ジャックの剣を讃える言葉が兵たちから浴びせらせる。

 そんな中、ローランドだけはそれを複雑な顔で聞いた。

 ジャックを自慢する気持ちもあるし、早くも皆に受け入れられていることに安堵もある。
 だが一方で、自分がジャックを見つけたのだという思いや、自分より早く彼と剣を交えた面々に、嫉妬のようなものも沸き起こる。

 それはローランドにとって、初めての感情──。


 もやもやを吹き飛ばすために、「ジャック!」ローランドは名前を呼んで、腰の剣を抜く。

 騒がしかった周囲が、一瞬で押し黙る。

 緊張と期待に満ちた空気に囲まれても、ジャックは悠然とした態度を崩さない。
 互いに間合いをはかって、円を描くように足を運ぶと、自然と観客の輪も広がっていき、二人だけの舞台ができあがる。

 周囲に気兼ねがなくなったところで、ジャックも剣を抜いた。

 正眼に構えたローランドに対して、ジャックは片手に剣をだらりと垂らしたまま、睨み合って────ダンッ!!と打ち込んだローランドを、ジャックは軽々と受け止める。

 隙を作り出すように手数を重ねるローランドだが、ジャックはその全てを読み切って受け流している。

 何度も何度も、剣と剣がぶつかり弾ける。

 ギンッ!とつばぜり合いになって押し合うと、至近距離で互いの表情がよく見えた。

 力を認め合った者同士が、全力をぶつけ合うことができる充実感──「楽しい」と二人の表情は如実に語っている。
 相手が高揚するほど、己も引っ張られるように気持ちが昂ぶっていくのだ。


 黄昏に横顔が染められるまで、二人は剣戟の音を響かせた。


***
「お前の剣は不思議だな」
 観客の去った舞台で、二人は静かに向かい合う。中庭には、まだ先ほどまでの興奮が残り香のように漂っているが、それも太陽と共に次第に薄れていっている。

「ここまで手玉に取られたのは、初めてだ。老獪、とでも言うべきか……時には力押しで、時には技巧的──翻弄されっぱなしだった」

 ローランドのその評価を、ジャックは薄く笑って受け止める。そして「……名乗らなかったのは、わざと、か?」と全く違う話題を出してきた。

「うん?」
「城下町の酒場ではっきり名乗らなかったのは、わざとなのか?」
「……ああ」
「どうしてだ?」
「……あそこで貴族だとか領主の息子だとか言えば、お前は俺への興味をなくすと思ったからだ」

 今までのように、傭兵を領兵として勧誘するだけならば、あそこで名乗った方が早かった。だがそれをしなかったのは、ローランドがジャックにそれ以上を望んでいたからだ。

 ただの主従関係ではなく、それ以上を。

 だからジャックに選ばせた。ここへ来るかどうか、『ローランド』を探すかどうか、そしてローランドの素性を知っても訪ねてくるかどうか──。

「ははっ!正解だ。お前がもし権力を前面に押し出していたら、俺はここへは来なかった」
 まんまと罠に嵌ったはずのジャックは、だがそう言って楽しそうに笑う。

「それで?俺をここへおびき寄せて、手合わせをして、それからどうする?話をして情報を聞き出して、それで終わりか?」

 煽るようなジャックの言葉に、ローランドは考える前に返事をしていた。

「お前が欲しい」
「……俺になにをさせたい?」
「ジャック、お前の腕も知識も、全て俺にくれ。俺は……世界を変えたい」

 これこそが、ローランドの夢の欠片の一つ目が、形を成した瞬間だった。ジャックという人物の登場が、とうてい叶うまいと思われていたローランドの夢を、現実へと繋げていくこととなる。

「……いいだろう、ローランド」
 初めて呼ばれた名前は、約束となった。

 二人は同じ景色を求めて、きつい握手を交わす。
 まだ二度目の会合──だが、ローランドの中にはすでに、友情には収まらない感情が芽生えていた。

 だがこの感情の成就が、自分の夢の実現とは相反するということを、ローランドはいつしか思い知ることになる。




******
 ローランドはジャックを、ただの領兵ではなく、自分の右腕のように扱った。
 もちろん、「そんな得体の知れない者など……!」という批判も多かったが、それを黙らせたのは、剣の腕ともう一つ──彼の知識だった。

 大陸中を旅してきたジャックは、誰よりも世界の情勢に詳しかったのだ。
 しかもそれだけでなく、各国の歴史や文化にも造詣が深く、思わぬ人々との繋がりも持ち、その上、人間全般に排他的なはずのドワーフとも、交流があったのだ。

 それはまさに、ローランドが求めていた、世界を知る人物──ローランドとローサが一瞬で魅了されたのも、無理からぬことであった。


 ジャックを特別扱いをしたのは、ローランドだけでなくローサも同じだった。
 いつもならば兄の無茶を止めるはずのローサが、同じようにジャックを優遇したのだ。兄妹二人が結託しては、ヴェルドット家に止められる者はいない。


 そして、さらに三人を強く結びつけたのは、夢を共有したことだった。

 ローランドが目指したのは、平和で平等な世界──すでにこの時ローランドは、後のヴェルドット国の礎となる、二つの計画を表明していた。

 亜種の能力を活用すること。
 ドワーフと協力すること。

 それこそが、この地方が豊かになるために、ひいては世界のために、必要だと。

 ジャックはローランドのこの志を、誰よりも理解してくれた。世界を知るジャックから理解を得て、ローランドはより自信が深まることになったし、ますます行動が精力的になっていった。


 ジャックと出会う前から、ローランドはすでに、近隣の領主や他国の者、遊牧民や無法者に至るまで、様々な繋がりを作っていた。

 ローランドがこれほど好き勝手に動けたのは、二人の父ヴェルドット家の現当主が、ほとんど領地にはおらず、城の権力争いに忙しかったからだ。

 実質、領地の統治はローランドが担っていて、領民たちにも認められ慕われている。
 そしてヴェルドット領では先んじて、亜種に対する差別を撤廃していた。

 法には定められていないが、家の恥として暗黙の了解のうちに隠されてきた亜種を、ローランドは積極的に自分の元へ雇い入れた。

 なによりも優先したのは、民たちの意識を変えること──亜種は恥ではない。自分たちとなんら変わらない、誰かの子であり、親であり、友である。
 そのことを少しずつ、根気強く、浸透させていった。

 これまで見て見ぬ振りを続けてきた亜種という存在を、認めてしまえば、民たちの気持ちは楽になっていた。
 ああ……これで、産まれてくる子が亜種かどうかなど悩まなくて済む、と。


 そして亜種たちが様々な分野でその能力を活かし始めると、領内が少しずつ豊かになっていくことに気づく。
 考えれば当然のことだ。

 三人で持ち上げる荷物を、一人で運ぶことができる者がいる。
 流れが早い川を簡単に泳いで、魚を大量に獲ることができる者がいる。
 遠くの音を聴いて、敵の侵入を報せることができる者がいる。

 亜種は『人間の成りそこない』などではない。むしろ、突出した能力を持っているのだ。


 最初は『亜種も役に立つ』くらいの意識でいい。
 人は結局、自分と全く関わりがないことには、心を砕けないものだ。まずは亜種と人々に接点を作ること。そして『亜種』と『人間』という枠を、少しずつ取り払っていくこと。

 ローランドはこうして領民たちに、『亜種』は特殊な存在ではないと、理解させていったのだ。



 ヴェルドットが豊かになると、他の領地でもやり方を真似るところが出てくる。それはそのうち、他国へも広がっていき──やがて一つの大きなうねりとなっていった。


***
 ローランド、二十三──ジャックと出会って三年──この年、ついにヴェルドット王国が誕生する。



【後編へ続く】
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