三鍵の奏者

春澄蒼

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第六章 追憶の海に花束を浮かべて

81 誰かの願いが

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 ヘイレンが用意した船はこれでもかというほどの最新型で、順調ならば四、五日で大渦の海域に着く。

 ヴェルドットとドワーフが共同開発した蒸気船は、やっと一般にも認知され始めた段階だったが、ヘイレンたち商会はいち早くこれを取り入れ、すでに独自に改良を加えている。

 改良の目玉は、新たな燃料の導入である。
 それは石炭より熱量が高く長時間燃え続け、その上軽い。そのため長距離の運航も可能となったのだ。
 扱いもそれほど難しくはないため、人手を必要としないところも一行には歓迎すべき点だ。

 教会からクウェイルの領地までヘイレンの船を手伝った一行は、すでに経験済みであったが、初めてとなるクウェイルとメイはとにかくその性能に驚くばかりだった。


 ヘイレンの言葉通り、船にはいけすのような海水を貯めておく空間が造られていたが、それは突貫工事らしく、ただ水が海から汲み上がって、溜まって、そして排水するだけの仕組みだった。

 それを見たクウェイルは、「こんな殺風景な部屋にメイを閉じ込めておけない!」と憤り、出発までの短い時間をメイのためだけに使うこととなった。
 そのおかげで、家からこっそりと運ばれたメイの目の前には、白い砂が敷き詰められた床に、寝台用のオオシャコガイの貝殻がドーンと鎮座し、珊瑚や色とりどりの小魚まで泳いでいる、海さながらの光景が広がっていた。


 クウェイルの腕の中からその小さな海へとメイが入ると、船は準備万端と動き出す。

 乗組員は最小限。カイト一行九人、クウェイルとメイ、ヘイレン、そしてクウェイルの従者が一人と、ヘイレンの部下が一人。

 領主であるクウェイルも、商会の最高権力者であるヘイレンも、お供は一人ずつ。
 それはカイトたちへの信頼ゆえでもあったがそれ以上に、この船の目的地で起こるであろう出来事は、多くの目にさらしてはならないと感じていたからであった。

 カイトを船長にして、十四人を乗せた船は出航した。
 空は快晴、海は穏やか、まさに絶好の船出日和のことである。



******
 初日、まだ連携がうまく取れずにバタバタとする。

 誰もクウェイルやヘイレンを特別扱いせずこき使ったが、クウェイルは口では文句を言いつつ、ヘイレンは命令されるのが新鮮なのかニヤニヤとしながらも、一日中動き続けた。

 メイは自分一人だけ何もできないことを申し訳なさそうにしていたが、「メイ様の分までわたくしとクウェイル様が働きますゆえ」と初老の従者ににっこりと笑みを向けられて、少しは気が楽になったらしい。

 この人物はクウェイルの幼少の頃からの教育係でもあって、現在はいわゆる執事バトラーとして公私ともに夫婦を支えている。
 クウェイルがメイとの結婚を告げた時に、反対も忠告もせずに、ただ祝福だけした唯一の人物で、二人から絶大な信頼を得ている。

 老執事とは一行も幾度も顔を合わせてお世話にもなっているから、船上でもすぐに馴染んだ。

 しかしヘイレンの部下の方はというと、貼りつけたようなうさんくさい笑顔と、ヘイレンの手の者だという偏見も相まって、一行は距離を取って接している。

 どこにでもいるような顔の年齢不詳の男は、ユエをヴェルドットのシンシア王女の館に送った人物で、かつ、教会に残ったカイト、ユエ、アイビス、ラークをヘイレンの用意した船でクウェイルの領地まで送ってくれた人物である。
 しかし半月を同じ船で過ごしても、そのうさんくささは拭えなかったのだった。


 とは言え、さすがはヘイレンが選んだお供だけあって、仕事は完璧だ。


 次第にうまく回り始めたところで日が暮れて、初日の航海はまずまず予定通りの場所で錨を下ろした。



***
 全員そろっての夕食後、おもむろにジェイがみんなの視線を集めた。
「ちょっと、いいか?」

 空気が読めるできた老執事と部下が、すっと食器を下げて片づけにまわる。

 そんな二人の動きにも気づかないほどに、ジェイの隣のクレインは顔を真っ赤にして俯いている。頰が染まっていなかったら、怒っていると勘違いされても仕方がないくらいの仏頂面だ。

 その時点でほとんどの者が、これから発表される内容に勘づいていた。


 膝の上で固く握られたクレインの手を取ったジェイは、一度お伺いを立てるようにクレインの顔を覗き込んで、小さな頷きを引き出してから、果たして予想通りに──

「実は、その、みんなに言っておきたいことがあるんだ。わざわざこんな改まって報告することでもないかもしれないが、みんなには聞いてほしいというか、言っておくべきだと思うし、かと言って気を使ってほしいって訳ではないんだが──」
「前置きが長いっ!!」

 もう口が「お」の形になっていたヘロンが待てずに突っ込むと、ジェイは一度深呼吸してから、自分に勢いをつけるようにクレインと握った手を掲げて──


「……俺たち、こ、恋人になった……!ので!その、そういうことで──」「おっめでっとーーー!!!」


 立ち上がって万歳したヘロンを皮切りに、「おうおう、うまくまとまってよかった」とフェザントが感慨深そうに頷き、「まあ、もう知っていたがな」「おめでとう!」とクウェイルとメイが続く。

「はっ?!いや、なに言って──」全く前知識がなかったアイビスが一人で戸惑っている間に、すでにヘロンから聞きかじっていたラークも立ち上がって、「わあ!わあ!二人ともよかったね」と飛び跳ね、それにアスカも加わったことで、空気は一気に祝福に満ちる。

 ユエもラークと同じく、ヘロンから大きな声のうわさ話を聞かされていたから、驚きよりも素直に笑顔になる。

 隣のカイトはというと、微かに眉を上げて驚きを表している。それは二人の関係についての、ではなく、こうしてジェイとクレインが堂々と恋人宣言したことに対する驚きのようであった。

 それから「ふ、」と息をついたカイトは、どこか距離を感じる笑みを浮かべて、「……乾杯するか」と杯を持ち上げた。

「おう、いいな!」「注げ、注げ!」「さあ、お二人さんも!」「はい、かんぱ──」「ちょ、ちょっと待った!」

 そのまま祝杯に雪崩れ込む寸前で、ジェイが慌てて割り込む。「本当に聞いてほしいのは、この後なんだ!」

 掲げた杯を戻してもらって、ジェイとクレインは仕切り直す。
「二人で、その……今後について話し合ったんだが」そこまでジェイが言ってから、後をクレインが引き継いで、その決断は唐突に告げられた。


「俺たちは、今回で旅を終えようと思う」


 そのひと言は、夜の船の静けさを全員に思い出させた。

 ざぁーーー……という海の音をしばらく聴いてから、ジェイはひと言ひと言噛み締めるように語り始める。

「あの闘技場から助けられて、行く当てもない俺たちを仲間に誘ってくれたことは、本当に感謝してる。みんなと旅するのは楽しかった。だが、俺は──俺たちはずっと、自分たちが『やりたいこと』を探してきた気がする」


「……それが見つかったってこと?」
 誘った責任感からか、ヘロンが最初に質問をぶつける。

「そ、う……いや、が『やりたいこと』なのかどうかはちょっとあれだけど……」
 鼻をかいたクレインは、照れくさそうではあったが決意の固さをにじませて、その先をジェイに任せた。

「二人で──どこでもいいから二人で、家を持って、帰る場所を作って、暮らしたい──それが俺たち二人の出した答えだ。そんな、ささやかで当たり前の日常が、俺たちはほしい」

「それって……」泣き出す直前だったラークは、それを聞いて涙も引っ込む。
 二人が言いたいのは、仲間を抜けるだとか別れだとか後ろ暗い感情ではなく、もっと前向きな決断だった。


「『今回で』って言ったよな?それってこの航海が最後ってことか?」
 そう確認を取るフェザントは、すでに二人の決断を受け入れている。自身もアスカ村への里帰りの際に、旅を続けるかどうか悩んだこともあって、二人の気持ちがよく理解できていた。

「いや、今回っていうのは、『鍵』を巡る一連の旅のことだ。俺たちだって結果は気になるから、『妖精の鍵』を探しに行くならそこまでは付き合うつもり」

 クレインの訂正に、「あ、なーんだ、よかった。ほんとにすぐにサヨナラなのかと思ったぜ~」と、一同を代弁してヘロンが胸を撫で下ろす。

 二人がこの段階で話を切り出したのは、旅を終える者・続ける者、双方の心の準備の時間を設けるためだった。


「そこがちょうどいい区切りなんじゃないかと思ってさ。だから、まだ具体的にはなにも決めていないけど、今のうちに言っておこうって……そういうことっ」

 最後、恥ずかしくなったのかつっけんどんになったクレインを見て、これは絶好の機会だと、ヘロンの口角がニヤリと上がる。普段はからかう材料を与えてくれないクレインを、今こそ構い倒す時だと。

「おやおや~?じゃあ、新居はまだ決まってないのかぁ~?!」
「しっ!新居って……!」
「新居だろ?!新婚さんみたいなもんだろっ?!あっ!そう考えると、二人は旅を引退するっていうよりかは、結婚退職だなっ!!」
「ばっ……か!!なに言って……っ!!」

 不本意にもからかわれまくるクレインは、動揺してはいけないと自分を戒めるほどに、どんどんと火照りが強くなっている。

 そんな二人のやり取りが、硬直した空気を和らげて、みんなの口も軽くしていく。

「そっか、結婚かぁ。そう思うと、マイナと同じだねっ!『さよなら』じゃないよね!!」
「ちょっと、ラークまで……!」

「うんうん、家持って一緒に暮らすってのは、そのくらいの覚悟ってこったろう?なっ、ジェイ?」
「フェザント……!」
「なあに?クレインとジェイは結婚するの?男同士でも結婚ってできるの?」
「ア、アスカ……っ」


 アスカの素朴な疑問に大人はこぞって狼狽えたが、そこになぜか自信満々に胸を叩いた人物がひとり──「任せておけ!」クウェイルだ。

「は?クウェイル……?」
「新居は我が領地に建てるとよい!そうしたら二人を領兵として雇ってやるし、さらに──男同士で結婚ができるように法律を変えてやろう!!」

「「は、ああぁぁぁ?!」」
「だからぜひ我が領地に来い!絶対来い!!」

 確かにクウェイルは以前にもジェイを勧誘していたが、それにしてもこの大歓迎っぷりは異様で、クレインは親切だと感激するよりも「なに?なんの罠?」と猜疑心が芽生えている。


 それに対してクウェイルは、「別にお前たち二人だけのためではないから、恩を感じずともよい」と、いかにも理由を説明する。

 クウェイルの行動はいつでも、メイのためなのだ。


「考えたんだがな、まず私の領地で『男同士の結婚を認める』法律を作るのだ。そうすればその後に『人間と人魚の結婚を認める』法律も作りやすくなると思わないか?!」
「っクウェイル、それって……」
「自分のためでなく部下のためにと言えば、領民たちも私に文句は言わんだろう?同性婚というひと呼吸を置いて、領民たちの禁忌感を薄れさせてから、満を辞して!異種間婚を認めさせるのだ!!」


 内容はつまるところ、クレインとジェイをダシにして自分とメイの利益に繋げようという、せこくて自分本位な作戦なのだが──こうして堂々と言ってしまうクウェイルだから、それも笑って許されてしまう。


「ぷっ、ハハハッ!!そりゃいい!そんな法律、一番進んでるヴェルドットでもまだないだろうよ!初だぜ、お初!!」
 それまで一歩引いて見ていたヘイレンも、思わず吹き出して身を乗り出す。

「うっわー……人のためっぽく見せて、全部自分のためかよー!せっこー!!」
「さすがは貴族。使えるもんは使うってか?!」
「クレイン、ジェイ、やめとけよ!クウェイルのとこの領兵になったら、こき使われて、せっかく家があっても全然帰れないってことになりかねねぇぜ!」

「あっ、それならうちに来いよ。勤務時間きっちり決めてやるから」
「うわっ、ヘイレンまだ諦めてなかったのかっ?!」
「隙にはつけ込まねぇとな。ジェイ、お前、人魚救出の時に組んだやつらから、評判よかったぜ。あの時わざわざ一人で潜入させて、実力を試した甲斐があった」
「っ、あれにはそんな意図があったのか……ったく、そういう裏工作は印象が悪くなるだけだ」

「それならうちの村はどうだ?!」
「フェザント、うちのって……」
「アスカ村だ!そうさな、アスカ村に住めばいい!マイナもいるから安心だし、若者が減ってるから喜ばれるぞー」
「それも考えてるんだが、あそこだと俺たちができそうな仕事が少なくて──」



 別れではなく旅立ちだという認識に変わった一同は、和やかな空気で歓談を始めた。晴れやかで軽やかな声がそこかしこから飛び交う。



***


 そんな中──カイトの異変に、ユエだけが気づいていた。


 乾杯を切り出した時点では、祝福を表していたはずのカイトが、ジェイの口から『家』という単語を聞いた途端、隠しようもなく身体を強張らせたのだ。

 いつものようにユエはカイトの左側に陣取って、あぐらをかいたカイトの膝と、正座を崩したユエの膝がほとんど触れる距離で座っていた。
 そのわずかな箇所だけでも伝わるほど、それは顕著だった。


 ユエは「カイト、どうしたの?」とは訊かなかった。──いや、訊けなかった。

 カイトは自分で自分の反応に驚いたように、びくっと肩を揺らしてから、態度を取り繕ったのだ。それは、取り繕っていることがユエにも伝わるほどにあからさまで、とても彼らしくなかった。

 触れられたくないのだと、ユエは了承した。

 話しかけることで周りの注目を集めて、そのカイトの努力を無駄にすることはない。
 カイトもこの祝福の雰囲気に水を差すようなことを望んでいないだろう。

 そう考えたユエは、他が話を進めるに任せて、黙って聞き役に徹していた。


 二人の間に流れる緊張感に他の誰も気づかないで、話題はいつの間にか少しずつズレていっている。


 カイトの身体の強張りが少しずつ弛み、それにつられてユエの気持ちも次第に緩まっていく。
 強い緊張の後に訪れるのは、一瞬の空虚。その瞬間、ユエは自分のことを制御できずに、言うつもりも、誰かに聴かせるつもりもなかった本音が、ポロリと漏れ出る。

 目の前の幸福な光景に感じるそれは、羨望──


「……いいな」


 刹那、後悔する。

 時間を巻き戻せるものなら、その三音を取り消したい──本気でそんなあり得ないことを考えるほどに、それは言ってはいけない言葉だった。

「か、いと……?」
 黒々とした瞳を、闇が侵略していく。

 嫉妬、羨望、葛藤、自嘲、悔恨に憐憫……負の感情が入れ替わり立ち替わり、黒が黒を呑み込んで、黒が黒に塗り替えられて、最後に──絶望が堕ちた。


「カイト、おれ……っ」
 違うんだ……!という言い訳を、ユエは続けることができなかった。


「うん?どうしたの、ユエ?」
「あ……」
 ラークに声をかけられて、カイトの腕を掴んだ状態で固まったユエは、そのやり取りで周囲の注目を集めてしまって、いっそう動けなくなる。

 しかし仲間たちが不審を告げる前に──「……そろそろ乾杯してもいいんじゃないか」右隣からいつも通りのカイトの声が響く。「さっき注いだ酒、いつ飲もうかと待ってたんだが」

「カイト……」
 ユエの目にも、いつも通りのカイトが映る。
 取り繕ったり誤魔化したりしている様子はなく、カイトは自然体だった。

 その不自然さに気づいているのは、ユエだけ。


「おうおう!乾杯、仕切り直すか!」
「そういや、酒注いだままだった!」
「もう『待った』はないだろう?」
「それは……ないけど」
「全員、酒は持ったかー?!そんじゃ、クレインとジェイの結婚を祝して」「フェザントっ!!」「せぇーの!!」

「「「乾杯!!」」」


 勢いよくぶつかる杯を、ユエはひとり、別世界にいるような気分で見ていた。
 自分の手もその輪に入っているのに、どこか遠い。自分だけ違う時間が流れているように、やけにゆっくりと溢れる酒が見えて、同じ場所にいるのに、笑い声に膜がかかってぼやける。


 言葉は時に刃となって、心に突き刺さる。

 しかしそれは、目には見えない傷。本人さえ傷ついたことに気づかない時もあれば、治ったかどうか判然としない時もある。


 ユエには手応えがあった。自分の言葉がカイトを刺した手応えが。

 その傷に、カイトは気づいていないのだろうか?
 それとも見ないフリをしている?もう治ってしまった?

 ──いや、ユエにはこう見える。

 心に開いた大きな傷。それにカイトは気づいている。でも、治そうとはしない。なぜなら治るとは思っていないから。傷から血が流れるまま、流れに身を任せるだけ──。


 カイトの自然体は、絶望のその先まで、彼が辿り着いてしまったが故。


 あの瞬間、カイトはを諦めた。

 その何かをユエが知る日は、もう目前に迫っている。




******
 二日目、この面子での航海に慣れてくる。

 中でも、老執事とうさんくさ部下の適応能力は高く、あっという間に主力に躍り出た。

 どちらも自分たちより年上とあって、働かせっぱなしは申し訳ないと最初はあまり仕事を振らなかったのだが、さすがは執事の鏡・部下の鏡だけあって、「動いている方が身体が楽なので」と細々とした仕事も率先して片づけてくれる。

 おかげで午後からは、交代で休憩が取れるようになっていた。


 ヘロンとラークの仲良し二人組は、休憩時間にメイのところでお茶を楽しむことに決め、昨夜食堂として使った部屋へとやって来た。

 この部屋とそして甲板の二箇所だけが、メイの部屋と繋がる穴が空いている。

 二人が座るやいなや、忙しいはずの老執事がお茶を置いてくれ、恐縮するラークに「お茶を淹れるのは、私にとっては仕事ではありません。むしろ、最高の休息なのです」と言葉を添えて、優雅に去っていった。

 お茶請けは、メイが船に乗る前に作り置きしてくれたジャムと、ビスケット。それを肴に、話題は当然のように昨夜の結婚宣言。


 当人たちが預かり知らぬところで、ひとしきり盛り上がると、「それでさー」おもむろにヘロンが声をひそめる。

は円満、万事解決って感じだけど……それにひきかえはどうなってんの?」

 同じ指示語の『あっち』をラークもメイも正確に理解して、「ああ~……」とため息をつく。


「ラーク、なんなの、あれ」
 ヘロンがラークを指名したのは、彼が自分より事情に明るいと思い込んでいたから。

 しかしラークは「う~~~ん……」と唸ったきり。
「なんだよ、教会でなんか進展があったんじゃねぇの?実はあっちもくっついてる、とか!」
「ん~~~?」
「はっきりしねぇなぁ」
「だって……」


 口を尖らせたラークは、「なんか……聞けない雰囲気だったんだもん」と言い訳する。
 小言を言われるかと身構えたラークだったが、ヘロンもその『なんか』が分かるのか「あー、確かに。なんか……踏み込めねえって感じ?二人の世界、みたいな」と案外あっさり納得した。


「……あの二人、いつからなの?」
 メイの曖昧な質問にも、三人は同じ場面を思い浮かべることができる。


『あの二人』とは、カイトとユエのこと。
『ああ』とは、その二人の距離感について。


「……ユエの告白の後は、カイト、もっとそっけなかったよな」
「うん。避けたりはしないけど……勝手にしろって感じ?」
「そんでその後、ユエが迫ってカイトが落ちたっぽいけど、ユエは『恋人じゃない』つってたし」

「せ、せせ迫った?おお落ちた?!」
 それも初めて知るメイは、うろたえまくりの顔赤らめまくりだったが、子ども二人は気にせず話を進めていく。

「教会で俺たちと別れてからは、ラーク、どうだったんだよ?」
「んっと……カイトがちょっとおかしくて、ユエの方が落ち着いてた、かな。ユエはカイトのこと心配して……それで……っ」
「なんだよ、はっきり言えって!」
「うう~……だからっそのっ!最後の方、ユエはカイトの部屋で一緒に、ね、ねねてたみたい!!俺が知ってるのはそれだけっだから……っ!」

 ラークは真っ赤になってヤケクソ気味に言い放った。


「やっぱり教会で進展があったんじゃん!!そんで?!付き合うことになったって?」
「っだから!聞いてないから、僕は知らないよ!」
「んじゃ、船の上では?!教会からクウェイルの領地までの船旅で、なんかなかったのか?!」
「船では──」

 そこで言葉を詰まらせたラークに、ヘロンはキラリと目を光らせて、「あったんだな?!なんかあったんだろっ?!さあ、吐け!全部言っちまえ!!」追及をますます強める。

 自分は全く関係ないはずなのに、なぜか自供を迫られる犯人の気分になってきたラークは、いつもなら隠しておく他人の秘密を、よりにもよってヘロンに話してしまう。


「僕、見ちゃった……」「見たってなにを!」「二人が……」「二人が?」「……口づけしてるところ……!」

「まじかよ!」
「ほんとうに?!」

 普段なら下世話な話題にいい顔をしないメイも、つい前のめりになって、ヘロンと一緒にラークに詰め寄る。
 悪巧みの相談のように顔を寄せ合って、ラークのひそひそ声に耳を澄ませた。

「船底の貯蔵室でね、僕が先に探し物してて、後から入ってきた二人は気づかなくて、二人きりだと思ってたみたいで、だから僕は別に覗き見するつもりなんて──」
「いいから!で?どっちが先に仕掛けたんだよ!?やっぱユエからかっ?」

「し、かけたって……!ヘロンあなた、そんなませたこと聞かない──」「で?ラーク!」

 メイが咎めるのも制して、ヘロンは続きをせがむ。

「ユエから、かなあ。はっきりは見えなかったけど、ユエから抱きついたみたいだった」
「そんでそんで?!カイトはどんな?!」
「カイトは……カイトも、ユエのこと抱き寄せてた、よ。そのうち、その……カイトの方がユエを壁に押し、つけるみたいにして……っ」
「おお!!」「まあ!」

 わざとらしい二人の歓声がラークに羞らいを取り戻させたのか、少し低くした声で「……ふたりとも、見たことない顔してた」と報告を終わらせた。


「ふーん、つまりユエに絆されたばっかじゃなくて、カイトも積極的だった、と」
「それならやっぱり、二人はもう……?」

 ヘロンとメイが同じ結論を出そうとしたすんでのところで、「でもね」とラークが首をかしげる。

「確かに二人は、そのっ、口づけしてたけど、あの時の船では、まだ今みたいな態度じゃなかったよ」
「どういうこったよ」
「二人とも周りの目がある場所では、気をつけてたもの。たぶん僕以外は、なんとなーく距離近いなーって思ったくらいだと思うよ」


「それじゃあ、二人がなったのは……?」
「この船に乗ってから、じゃないかなあ?」

 ラークの疑問形の語尾に、メイもヘロンも「ううん?」と首をひねって、それ以前を思い出して検討を始めた。


「うちにいた時、二人はあんまり一緒じゃなかったものね。参考になる場面が浮かばないわ」
「昨日はどうだったっけ?みんなバタバタしてたから、二人のことなんか気にしてなかったぜ」
「今日は起きた時から、もう、だったよね。今日から変わったのなら、昨日のクレインとジェイの話が……?」


 真相に近づきかけたが、あの時の異変に気づいていなかった三人にはカイトの変貌が唐突に感じるばかりで、きっかけがはっきりとは見えてこない。


「おっかしいよなー。結婚宣言したクレインとジェイより、どうなってんのか分かんないカイトとユエの方が、恋人っぽく見えるって!」
「まあ、クレインとジェイはらしいって言えばらしいよね。意識しまくって逆によそよそしい」


「二人に触発されたってこと?でもその割にはどうも、ユエもカイトもこう……!ルンルンって感じがしないのよね」
「確かに。浮かれてるとか楽しそうとかじゃなくて……深刻そう?」
「ええー?!そうかあ?俺には甘々に見えるぜ!特に……カイトが!あのカイトが!ユエしか目に入ってねえって感じ!!俺たちの存在忘れてんじゃないかってくらい、ふっつーに抱き締めてたもん!」

「ああ!アレはほんとうにびっくりしたわ!思わず二度見したもの!あの時って、どういう状況だったの?」
「なんかね、ユエがカイトの腕を掴んで呼び止めて、少し話してて、そしたらカイトがユエを引き寄せて……あの体勢になったの。……おでこもくっつけてた、よね?」
「なっ!ちゅーかますのかと思って、ガン見しちゃったぜ」


「そう思うとやっぱり、カイトが変わったってことかしら」
「ユエも、だろ。前より積極的!」
「二人の世界に閉じこもっちゃって、僕たち入っていけないよね……」


 ラークの嘆息には、二人の進展を喜んでいいのか、それとも急激な変化を心配すべきなのか、態度を決めかねる気持ちが含まれていた。


***
 休憩時間の終わりになって、せっかくのお茶もビスケットも減っていなかったことに気づいて慌てる事態になるほどに、三人の口は喋ることに終始したのだった。

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