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第六章 追憶の海に花束を浮かべて
93 救い※
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ユエが示した希望は、実際には何の解決にもなっていない。
カイトの呪いを解くこともできていないし、不死を否定できてもいないし、狂気を完全に払拭もできていない。
それでも──闇一色だったカイトの心に、わずかな光が射し込んだ。
ユエの考えが呪いを解く方向に向かっていたら、カイトはおそらく心を動かされなかった。
なぜならその道は、誰よりカイト自身が求めて、それでも未だ見つけられていないのだから。今のカイトにはどんな言葉も、気休めに聞こえてしまったことだろう。
カイトの不死という呪いを解いて、一緒に年を取る──のではなく、不死が現実になっても、ユエが一緒に不死になる。
──そんな道があるとは、カイトをもってしても想像できなかったこと。
その上ユエはさらに踏み込んで、不死になる方法まで考えていた。
そのことが、机上の空論だとカイトに思わせない説得力となると同時に、ユエの本気を伝えることに繋がった。
──『一緒に呪いにかかればいい』
ユエは不死を呪いだと感じるまともな感性を持っていて、それでもなお、カイトのためになら世の理を外れてもいい覚悟があるのだと。
それでいてユエの思いついた方法は、ジャン・ノーという前例のおかげで、呪いを解くこともできるという証明がされている。
『期間限定の不死』は、カイトに想像する隙を与えたのだ。
──この方法なら、あるいは、と。
望みが見えると、欲が生まれる。
ユエと共に過ごす未来を、望んでもいいのだろうか。
ユエを幸せにすることは、自分にもできるだろうか。
幸せを、望んでもいいのだろうか。
ユエを手放したくない。
自分以外の誰かに、触れさせたくない。
自分の手で、ユエを守りたい。
しかし、絶望に慣れきったカイトは、手放しで希望に飛びつけない。期待しただけ、裏切られることになったら辛いことを知っているから。
希望と絶望の間で揺れ動く。
プツン、と糸が切れたような浮遊感があって、その瞬間、カイトは考えることをやめた。
どちらがいいか比べることをやめ、こうしなければいけないという義務感を捨て、どうなるか分からない未来への不安を放り投げる。
心のままに動けば、この手に掴むものは決まっている。
カイトを救ったのは、ユエの決意だ。
『自分も不死になる』という決意は、カイトのために他の全てを捨てるという、ユエの捨て身の愛によって到達した。
それはユエ以外には成し得なかったこと。
これまでカイトに影響を与えてきた人たちには、ガレノスには家族、ローランドとローサには国、ユランには一族、アディーンには教会、とカイトと同等、もしくはカイトより大切なものがあった。
しかしユエには、カイトが唯一。
故郷も、仲間も、倫理すらも、カイトひとりのために手放せる。
それは客観的に見れば、ただ薄情にも思われるが、カイトの救いになるためには、ここまで一途さが必要だったのだ。
カイトは傲慢でなく思う。──ユエには自分が必要だ、と。
ユエのためだと用意した『別れ』は、ユエのためにはならない──間違いに気づいたことで、頑なだったカイトの心が和らぎ始めていた。
******
どちらが先に仕掛けたのかは分からないが、口づけはごく自然に始まっていた。
始まってしまえば、こうするのに何の問題があったのか不思議になるほど、触れ合うことが当たり前だと思える。
むしろ──離れていることに違和感を感じて、少しの隙間も許せなくなる。
性感を高めるような巧みさは鳴りを潜め、カイトにしては幼稚で、がむしゃらな口づけ。
肌を弄る手も力加減を忘れていて、時折ユエから悲鳴のような高い声が上がる。
首筋に舌を這わせると、さっき感じた血液の流動が思い出されて、カイトは衝動のまま歯を立てた。肉食獣が獲物のとどめを刺す時のような、支配者の気分に酔わされる。
血は出ていないが、かなりの痛みがあったはず。しかしユエはカイトを引き剥がすのではなく、受け入れて──抱き寄せる。
その行動が、歯が肌を食い破るのを思いとどまらせた。
くっきり並んだ紅い跡を、カイトは癒すようにぺろぺろと舐める。
そして、甘えるように鼻筋を擦りつけて、傷をつけた許しを請う。
かぷ、とカイトの鼻に噛みつくことで、ユエからのお仕置きは終わり。
再び、口づけの波が押し寄せる。
言葉では伝えられない想いを、ぶつけ合う。会話らしい会話はないのに、互いの感情は手に取るように分かる。
──早く繋がりたい。
──熱を実感したい。
──求められたい。
ユエはカイトから借りたシャツを着たまま、カイトは下衣を寛げただけ。
一度、手で達した二人分の白濁を潤滑剤にして、濡れもほぐれも足りないユエの後孔を、カイトは性急に貫いた。
溺れる者が空気を求めるような、切羽詰まった抽送が始まる。
性的快感を得るためではなく、互いの存在を確かめるための、身体と心を繋げる結合。
救い、救われる。
癒し、癒される。
初めて、カイトはユエの中に精を放った。
それは、カイトが戒めていた一線を、ついに越えたことを意味する。
もちろん、一度では終われない。
溢れるほどに注ぎ、ユエの中に印を刻む。
どちらも終わりを覚えていなかった。
朦朧とするユエにその言葉を伝えたところで、カイトの意識も途切れる。
──「好きだ」
******
「んー……」
ドンドンと扉を叩く音がして、ユエは目が覚めた。
身体を起こそうとして、腰に鈍痛と重みがのしかかる。鈍痛は激しい交合の名残で、重みは眠るカイト。
ユエのお腹を枕にして、ぎゅうっと抱きついたまま、カイトはすやすやと眠っている。そうしていれば悪夢を見ないと信じているような、安心しきった寝顔だ。
弛んだ口許としわのない眉間に、ユエは指を辿らせる。
そこでもう一度、ドンッドンッとさっきよりも大きな音が聞こえてきたが、カイトはそれでも目覚める気配はなく、くすぐったそうに身をよじっただけだった。
「ユエー、カイトー?」
我慢できなくなった訪問者が、一応配慮しましたという抑えた声音で、二人の名前を呼ぶ。
「クレインだ」
訪問者の正体と、窓の外の明るさに気づいたユエは、慎重にカイトの腕を外して抜け出し、ゆっくりと壁を伝って扉へ向かう。
その間にも、せっかちなクレインはドンドンをやめない。
まだカイトを寝かせてあげたいユエは、静けさを取り戻すべく、現状できるだけの精一杯で、急いで扉を開けた。
「クレイン、しーー!!」
開けるなり人差し指を唇の前で立てるユエに、クレインは振り上げた拳を気まずげに下ろして、「……食べ物と水!持ってきたから」と大きな籠を差し出した。
「あ、ありがとう」
反射的に受け取ろうとしたユエは、壁から手を離してしまってとたんによろける。
「ちょ……!大丈夫?」
クレインが支えてくれようと慌てて手を伸ばしたが、その拍子に籠を落としかけて、一緒になってよろけたところを、後ろにいたジェイに自分が支えられるという、おかしな格好になってしまった。
醜態を見せたという恥ずかしさもあったのか、いっそうぶっきらぼうになったクレインが「なんだ……心配して損した」と呟く。
「心配……?」
「なんか、昨日遅くになってヘイレンが、『もしかしたらカイトはもう戻ってこないかも』とか言い出して」
ヘイレンにはその可能性を示唆していたことを、ユエはカイト本人から聞いていたから、そのことには驚かない。
ユエが驚いたのは、その後に続いた言葉と、それを言った人物。
「そしたら、アイビスまで……『カイト、死ぬつもりじゃないよな?』とか言い出して」
「そ、う……アイビスが」
「なにそれ」と笑い飛ばされることを予想していたクレインは、ユエの重たい受け止め方に、ぎょっと目を見開いた。
「ちょ、ちょっとなに?本当に大丈夫なの?カイト、いるんでしょ」
クレイン自身は、ヘイレンとアイビスの考えを杞憂だと思っていて、そして出迎えたユエを見てそれが「やっぱり」に変わったところだった。
ユエの、「しー!」という仕草と落ち着き、そして彼の格好を見て、カイトは確かにこのコテージ内にいると確信を持ったのだ。
身につけているのは大きめのシャツだけで、首元のボタンは一つ二つ外れているし、露出した首元と太ももにこれでもかというくらいの紅い跡が残っている、どう見ても『事後』という雰囲気。
つまり二人は、他の仲間たちが心配している間に『お楽しみ』だったのだと思うと、心配損な気分にもなろうというもの。
杞憂に終わったのだと安心していたクレインは、ユエが必死になって止めた結果だということも、そして──説得が現在進行形なことも知らない。
ヘイレンとアイビスの心配が現実になりかけたことを、仲間たちにも伝えるべきかどうか、ユエは迷う。
不安そうに次の言葉を待つ二人に、ユエが選んだのは曖昧な言い方。
「まだ……ちょっと不安定で……もう少しの間、二人だけにしてくれないかな」
「不安定って──」「クレイン」
はっきり知りたいと深掘りしかけたクレインを、ジェイが優しく、だがきっぱりと止める。
クレインはジェイと顔を合わせると、「なんだよ」と文句を言おうとして、それでもジェイに無言で首を横に振られてしまって、渋々と引き下がった。
「……分かった。東の族長との約束まで時間あるし、それまでは放っておくよ。食料と水だけ、頃合いを見計らって扉の前に差し入れにくるから」
「うん、ありがと」
「……ユエは?」
「え?」
「ユエは大丈夫なんだな?」
クレインはそれだけは聞いておかなければと、目を見て探るように問いかけた。
「うん、大丈夫」
ユエのはっきりとした宣言と笑顔に、クレインもやっと表情を緩める。
クレインが持ってきた食べ物が詰まった籠と、ジェイが持ってきた水が入った瓶は、二人の手によって玄関を入ってすぐの場所に置かれた。
二人はそれ以上踏み込むことも長居することもなく帰っていった。
***
扉の外まで出て二人を見送っていたユエは、背中から影が落ちるまで、カイトが起き出したことに気づいていなかった。
「っ!!」
気配を察するや否や、後ろから抱きすくめられる。
「びっ……くりした」
「……誰が来ていた?」
「クレインとジェイだよ。水と食べ物、持ってきてくれて」
ばたんと扉が閉まって、二人きりの空間が戻ってくる。
籠から甘い匂いが漂ってきて、そういえばお腹が空いていたことを、ユエは思い出す。
しかし背中に覆い被さるカイトが、それに手を伸ばすことを許してくれない。
ほんの少しそばを離れ、自分以外の誰かと話をしたことを咎めるように、カイトは無理な体勢での口づけを強要する。
「んっ……んぅ」
首を後ろに捻らされたユエが、楽な体勢を取ろうと身じろぎすると、「あっ……!」太ももを何かが伝っていく感触に、ざわっと肌が粟立つ。
「待って、カイト……」
もじ、と脚を擦りつけると、さらにつとーっと流れ出て、ぽと、と床に白い雫が落ちる。
「ナカの、出てきちゃった」
ユエは恥ずかしいとか気持ち悪いよりも、床を汚して悪いな、掃除しなきゃな、と思いながら、その白濁に目を落とす。
ユエがそれを行動に移すより早く、カイトの手が太ももに這う。
「カイト?……あっ、んん……っ」
太ももの裏を拭うように撫で上げたカイトの指は、溢れ出た雫を元の場所へと戻すように、そのままあわいへと潜っていく。
自分が出したものを確認するように、指でぐちゅぐちゅと中をかき混ぜてから──「え、やっ、カイト……!」カイトはいきなり後ろから貫いた。
和らいでいた後ろは、乱暴な挿入も難なく受け入れてくれたが、心構えができていなかったユエは驚いて、ぐらっと傾いた身体を壁に手を当ててとっさに支える。
その拍子に突き出た腰を、カイトは両手でがしっと掴むと、「あっ……んン!」立ったまま抽送を始めてしまう。
「やっ、待って……!これっ」
初めての体位に、ユエは混乱して制止しようとしたが、「あっ、あっ……んあ……っ」すぐに立っているのが精一杯な状態になる。
ズルズルとしゃがみ込みそうになるユエの身体を、カイトは腰を持ち上げるようにして、ぱん、ぱん、と肌と肌が打ち合う音を何度も響かせる。
カイトのものが大きく抜かれる度に、ナカから掻き出された白濁が入り口に溜まり、またそれをナカへと押し込むように、カイトのものは潜っていく。
「ん、あっ……ンんっ!カイト、だめぇ……!」
プルプルと足が震え出したところで、さすがに限界を訴える。
「だめ、も、立ってられない……っ」
腰を支えるカイトの手がふ、と緩む。
ユエの身体は崩れ落ちそうになって、貫いていたものもずるっと抜け出て──完全に抜ける前に、カイトはユエの身体を抱え直した。
「え……あっ!あ、あーーっ!!」
そしてそのまま、ぐるんとひっくり返される。
ぐぐっと奥まで届いた剛直に、身体は勝手に仰け反って、とうとう足が床から浮いてしまう。
「やっん、あぅンっ、ああっ……!」
ユエの腕はカイトの首に回り、ユエの脚はカイトの腰に回る。ユエの体重のほとんどは、繋がった一点へと集まっていた。
「あ、んン……!ふ、かい……っ」
自重でいつもより深まる交合に、目の奥にチカチカと光が舞う。
カイトは立て続けに奥を抉ると、焦らすことなく達する。
「んん……っ!」一番奥へと放たれる感触に、ユエのナカは飲み干すようにしゅん動した。
嵐のように駆け抜け、その後に訪れた静けさ。しかしそれは一瞬のこと。
「えっ?うそ、待って……!」
ユエの制止を聞かず、カイトは繋がったまま歩き出す。「えっ、あっ!あん!うぁ……!」歩を進める度、ずん、と突き刺さる衝動に、ユエは声を上げて耐える。
「っ、あ、あっあーー!」
繋がったまま二人して寝台へと倒れ込むと、カイトは続きの律動を再開した。
***
「ん、ふぁ……んー……」
もう一度カイトが中へ放つまでに、ユエは数え切れないほどの絶頂を味合わされ、息も絶え絶えに四肢をシーツへと投げ出すことしかできない。
出し尽くしたユエの中心は力を失っていて、絶頂の回数に比べ、お腹に溜まった白濁は少ない。
その代わりのように、繋がったところからカイトが放った粘液が溢れ出ている。
カイトは初めてそれに気づいたように、泡立った精液を指でこそぎ取り、まじまじと見てから、ゆっくり自分のものを引き抜いていく。
「ん~……」
ちゅぽ、と栓が抜かれると、せき止められていた白濁がこぷっと流れ出してくる。
さっきと同じようにカイトの指がそこへ潜ったが、今度は塞ぐのではなく、指を広げて隘路を拡げ、掻き出す動きをとった。
「うー……やだ、なんか、出てくるのきもちわるい」
「……入ったままだと、腹を壊す」
「そ、なの?」
「……だから本当は、中には出さない方がいい」
「んん?んー……」
絶頂後のぼんやりとした表情で、ユエは考えるそぶりを見せると、
「でも、ナカでどくどくなるのはすき。だから、これはがまんする」
ユエにとっては後始末の面倒よりも、中で出される気持ちよさが優ったらしい。
「次も、ナカでだして。ね?」
そんな妖艶な誘い文句でカイトをうろたえさせておきながら、ユエはすぐに雰囲気を変えて、「……おなかすいた」と色気より食い気になって呟く。
「のども渇いた。水飲みたい」
寝転がったユエに見つめられて、カイトは操られたように立ち上がると、扉のそばに置き去りになっていた籠と瓶を取りに行ってくれる。
戻ってきた時には、さっきまでの何かに追われるような焦りが、カイトの表情から薄らいでいた。
「……起き上がれるか?」
「むり、腕も上がらない」
くたびれているのは本当だが、ユエは少し大げさに言ってみる。起きてからの強引な行為に、抗議の意味を込めてじと、と目を向けると、カイトはバツが悪そうにふい、と目をそらす。
「だから、カイトが飲ませてよ」
動けなくした責任は取ってね、と言外に込めるユエに、カイトは全面的に非を認めて頷くしかない。
ユエの思い描いた、カイトに水を飲ませてもらう絵というのは、背中を支えて起き上がらせて、瓶を口元へ運んでくれて──だったから、カイトがまず瓶に自分の口をつけたことに、「自分だけ先に、ずるい!」という文句が口から出かかったのも、当然だ。
しかしそれを言う前に「んん!」口を塞がれて──こんなに素晴らしい水の飲ませ方があったのかと、ユエは一瞬で機嫌が急上昇する。
「んっ、く、ん、んっ」
少しずつ、口移しで流し込まれるぬるい水。それがどんな甘露より甘く感じる。
「……もっと、飲ませて」
すするように飲み干すと、すぐに次を要求する。
「もっと」「も、いっかい」「まだ、たりない」と、瞬く間に瓶は空になる。
上がらないと言っていた腕は、しっかりとカイトの首に絡んで離れない。
最初の目的を忘れて、唾液をすすって、舌を絡めているうちに、ユエの機嫌はすっかり直っていた。
そんな単純な自分が、ユエは嫌いではない。
むしろ、カイトの思い詰める性格を思えば、自分がこれくらい切り替えが早い方が、付き合っていくのにちょうどいいのではないかとも思う。
現に、ユエにつられるように、カイトからも険が消え去っている。
水を飲むカイトに安心しながら、ユエはいそいそと籠の中からパンを取り出す。
揚げたパンには切れ込みが入っていて、チーズとハムが挟んであるものと、甘く煮たリンゴが挟んであるものの、二種類がある。
まず口に入れたリンゴのパンには、表面に砂糖とシナモンも振りかけてあって、じゅわっと甘さが沁み出した。
「ん~!お~いしい!!カイトも食べてみて、すっごくおいしいよ!」
夢中で頬張るユエに比べて、カイトは「……あんまり腹減ってないんだ」と反応が薄い。
「ん!それ、よくないよ!昨日、船で軽く食べたきりなんだから、絶対お腹空いてるはずだもの」
食欲がなくとも、とりあえず口に入れてみてと、ユエは自分の食べかけをぐいっとカイトの口に近づける。
「ほら、ひと口でもいいから」
カイトはパンとユエの顔を見比べると、根負けしたように口を開ける。
「美味しいでしょ?」
「……甘すぎる」
文句を言いながらもカイトは食べかけを片づけると、ユエの指についた砂糖とシナモンまでペロリと舐め取った。
「んっ、ふふ、俺の指まで食べちゃダメだからね」
「……こっちの方が美味い」
指の後は、唇についた粉までべろりと舐めて、さらに口の中まで舌を伸ばし、甘さを奪っていく。
「んぅ……んっ、」
シャツの中に潜り込んだカイトの手がいかがわしい動きになる前に、ユエは「ん、だめ、食べてから」と身体を引き剥がす。
「こっちが甘すぎるなら、こっちにしよ」
にっこりと笑って、チーズとハムのパンを差し出すと、カイトも今度は大人しくかぶりついた。
どう猛な狼を餌づけしているような気分になって、ユエは「ふふっ」と楽しくなる。
ひとつを交互に食べる形で、カイトは結局、自分で持つことなくパンを食べ終わった。
そこで選手交代となり、今度はカイトがナイフで果物を剥いて、ユエの口まで持ってきてくれる。
カイトの腕を滴っていく果汁を、ユエが舌で拭って、べとべとになったユエの口元には、カイトの舌が這う。清めているのか、汚しているのか分からない行為を、二人は愉しんだ。
「……なんか、悪いことしてる気分。寝るところで食べたり、食べ物で遊んだり」
お腹が満たされたふわふわとした口調で、ユエはこの怠惰で行儀の悪い時間を振り返る。
「悪いこと、か」
「でも、いけないことでも、カイトと一緒だと楽しくなっちゃう」
ユエは、カイトがまだ思い切れていないことに気づいている。
カイトの中では、別れは既定路線だったのだ。それを覆すとなると、それ相応の葛藤があって然るべき。
ユエはカイトが自分で選んだと納得できるまで、とことん付き合うつもりだった。
ここでユエが無理やり押し切ったり、迷いが吹っ切れないままでは、後々に憂いを残すことになるだろう。
「ね、カイト、外へ出ない?風に当たって、それから海で身体を洗おう」
不安定なカイトが性行為を求めたがる気持ちを分かっていて、ユエはあえて一時休止を提案する。
ユエだって嫌ではないし、むしろ望んでいる触れ合いだが、このまま立て続けではさすがに身がもたない。
ユエが体調を崩せば、カイトが自分を責める。だからこそ、手綱はユエが握らなければならない。
「海まで連れて行って。……やってみたいこともあるんだ」
「やってみたいこと?」
「うん。だから、お願い」
ユエは当然のように、抱き上げて運んでもらうつもりで、カイトの首にぶら下がる。
そこまで言われたカイトは、乳首を弄っていた手を中断させて、お願いを叶えるために動き出した。
***
ウッドデッキに出ると、すでに昇りきった太陽がキラキラと海を輝かせている。
一度自分の足で立ったユエは、ほとんど肩で着ていたシャツをする、と床に落とすと──思い切りよく海へと飛び込んだ。
水音を水中で聞き、少し冷たい海に頭まで潜る。
ぷは、と顔を出すと、「カイトも、きて」とウッドデッキに佇む影を呼ぶ。
手招きに誘われるままふらっとしゃがんだカイトを、ユエの手がぐいっと引っ張って、バシャン!と二度目の水音。
それほど水深はなく、すぐに足が砂に触れる。きめの細かい砂の中に貝が埋まっていたのか、足の裏に異物感があったユエは、カイトの手を引いて、もっと深い場所へと海の中を進む。
透き通った海は、宝石よりの中に入り込んだように美しい。
十分な深さまで来ると、ユエは大人しくついてきたカイトを振り返って、得意げに『人魚の鍵』を掲げて見せる。
「うん?」と首をかしげるカイトの前で、ユエはもう慣れたものと、簡単に人間から人魚の姿に戻る。
そして、やってみたかったことを実践した。
カイトの裸の上半身を、すり、と広げた手で撫で上げる。腹筋から胸元、肩を過ぎて首、頰に辿り着くまでに、いつもより高い体温を堪能する。
顔を引き寄せて、表面だけ合わせる接吻。
海中で触れる唇は、確かにいつもより熱く感じる。しかし残念なことに、海の味しかしない。
期待通りにならなくてむむ、と眉根を寄せるユエを、今度はカイトが引っ張って宝石の中から連れ出した。
水から顔が出るや否や、貪るように口づけられる。
期待していた熱さがやってきて、ユエも恍惚とそれに応える。
人魚の姿でする接吻は、唇も口の中も喉も焦げるよう。
それだけではない。首にすがりつく腕にも体温が伝わって肌を焦がし、鱗と肌の境界を撫でるカイトの手が、全身の熱をジリジリと上げていく。
「は、ふぁ……やけどしそう」
息継ぎの合間にユエがささやくと、カッとカイトの体温が上がる。
何度も唾液を交換していると、次第にその体温差は埋まっていき、熱が馴染んで一体感に到達した。
こくり、と喉が動いて、ユエが溜まった唾液を飲み干すと、身体の中まで熱が焦がしていく。
「ん……すごい。ここ、落ちていくの、はっきり感じる」
外側からその熱を手で追いかける。喉を真っ直ぐ降りたユエの手は、ゆったりとお腹をさする。
その仕草に、カイトの手も重なる。お腹に当てた手とは反対の手が裏に回って、背骨から続くはずの場所を目指して降りていく。
しかし、目指していたものとは違う硬い感触に、ピタリと手は止まった。
人間の姿ならば双丘に当たるであろう場所を、カイトの手がもどかしげにさまよう。
主導権は完全にユエが握っていた。
「おれ、人魚の姿でカイトと口づけするの、楽しみにしてたんだ」
「……つまり、『海でやってみたいこと』というのが、コレだったと?」
「うん。……想像通り熱くって、想像以上に気持ちいい、ね」
えん然と微笑むユエは、ただの鈍感なのか、気づいていて翻弄しているのか読めないが、焦れるカイトをかわして「う~ん」と考え込んでいる。
「う~ん……もしかして、やっぱりそうなのかなぁ」
「ユエ?」
「ん~……?うん」
大きな独り言を言っておいて、ユエはこの場での説明は避けることにしたらしい。
「ちょっと、もしかしてって思ったことがあったんだけど、やっぱりちゃんと確認してから話すね」とひとりで決めて、カイトを置いてけぼりにする。
いつもならユエの思わせぶりを追及するところのカイトも、今は本能に支配されるばかり。
「ユエ、中へ戻ろう」
熱い吐息が耳の中に吹き込まれるが、ユエは「まだ」と焦らして、カイトを引っ張って浅瀬へと移動していく。
お預けさせられても、カイトはユエに逆らえない。なぜなら今のカイトは、ユエに懇願する立場なのだ。
ユエにはカイトを手玉に取っているという自覚はないし、焦らして楽しんでいるつもりもない。そんな高度な駆け引きが、できるはずもない。
ただユエは、そろそろ快楽の耽溺から抜け出す頃合いだと感じていただけだ。
***
波打ち際まで来ると、砂浜に座らせたカイトの胸を背もたれに、自分も腰を下ろす。
ざざ、ざざ、と波が定期的に下半身を濡らしてくれ、人魚の姿でも落ち着いて話ができる態勢を取った。
「ユエ……」
どこかが繋がっていないと不安なのか、カイトは執拗に口づけを繰り返す。
「ん、カイト、あのね、ンン……っ」
ユエが話し始めてもカイトはやめる気配がないので、話し難くはあったが、まあいいかと口づけの合間に言葉を挟んでいく。
「このまま、ふたりで、どこか、遠くへ、行ってもいいよ」
「ふたりで?」
「そ、う。誰も俺たちのことを知らない土地で、ふたりで暮らすんだ」
「……言っただろう、俺には無理だ」
「ううん、カイトにもできるよ。別に一箇所に留まらなくってもいいんだよ。五、六年ごとに場所が変わって、建物が変わっても──『家』は変わらない。二人で一緒に住めば、そこが家になるんだから」
カイトにはなかった発想だったのか、ピタリと口づけが止む。
「それか、どこか他の人が来ない──無人島とかすっごい山奥とかで、ふたりっきりで暮らすのは?」
「ふたりっきり、で……?」
「そう。カイトの不老に気づく人がいなければ、場所を移す必要もないよ」
「俺と、お前だけで?」
「そう」
「……寂しく、ないか?」
「えっ、寂しい?」
ユエが驚いたことに、カイトが驚いて、二人は顔を見合わせる。
「寂しい訳ないよ!だって毎日……そう!今みたいな生活が続くんだよ」
ユエは手を広げて、コテージを、海を、空を指してから、「そんなの、楽しいに決まってる」と笑う。
カイトは「そ、うか……楽しい、のか」と噛み締めるように呟くと──「く、くくっ」と笑い声を上げる。
それは昨夜よりも、軽くてすっきりした笑い。
「お前は……すごいな。俺には思いつかない発想で、俺を救ってくれる」
カイトはユエの頭を抱えると、愛おしげに髪を撫で、敬意のこもった瞳で見つめる。
一度頭をカラにしてから、放り出したものを整理して、今度は綺麗に並べて詰め込むと、考える余裕が生まれてくるもの。
カイトがその状態になったことを感じて、ユエは説得の続きを始める。
「カイト、もしかして……自分は幸せになっちゃいけない──なんて、考えてない?」
ユエが知るカイトの死生観や生き方からは、因果応報や報いは必ずあるという考えが見えてくる。多くを傷つけ、命を奪ってきたというカイトの罪には、それに見合う罰があるはずだと。
「そこまでは……いや、そう、かもしれん。幸せになってはいけないというより……」
「『幸せになれるはずがない』?」
苦笑いで肯定するカイトに、ユエは「それなら──」と自分の胸をトントンと叩いて、
「カイトが『自分のため』だけに幸せを求められないのなら、俺のために幸せを求めてよ。──『俺のせい』にしても、いいから」
「ユエの、せい……?」
ユエの笑顔は、何とも得意げだ。
「カイトは本当は幸せになりたくないのに、俺がどうしてもって言うから、仕方なく付き合ってくれるの」
「仕方なく、幸せになる……?」
「ふふ、そう。カイトが幸せになるのは、俺のせいだよ」
「……どういう屁理屈だ」と脱力したカイトだったが──「そうか、ユエのせい、か」と笑った時には、その目に確かに未来を映していた。
「俺の責任なんだから、カイトが幸せになって文句言う人がいたら、俺が一緒に謝ってあげるよ」
「ふっ、頼もしい限りだな」
共犯者の笑みを交わしてから、カイトはユエの気楽な調子につられたように、するっと未来を言葉にした。
「そうだな。あとしばらく──生きてみようか。ユエ、お前のために」
カイトの呪いを解くこともできていないし、不死を否定できてもいないし、狂気を完全に払拭もできていない。
それでも──闇一色だったカイトの心に、わずかな光が射し込んだ。
ユエの考えが呪いを解く方向に向かっていたら、カイトはおそらく心を動かされなかった。
なぜならその道は、誰よりカイト自身が求めて、それでも未だ見つけられていないのだから。今のカイトにはどんな言葉も、気休めに聞こえてしまったことだろう。
カイトの不死という呪いを解いて、一緒に年を取る──のではなく、不死が現実になっても、ユエが一緒に不死になる。
──そんな道があるとは、カイトをもってしても想像できなかったこと。
その上ユエはさらに踏み込んで、不死になる方法まで考えていた。
そのことが、机上の空論だとカイトに思わせない説得力となると同時に、ユエの本気を伝えることに繋がった。
──『一緒に呪いにかかればいい』
ユエは不死を呪いだと感じるまともな感性を持っていて、それでもなお、カイトのためになら世の理を外れてもいい覚悟があるのだと。
それでいてユエの思いついた方法は、ジャン・ノーという前例のおかげで、呪いを解くこともできるという証明がされている。
『期間限定の不死』は、カイトに想像する隙を与えたのだ。
──この方法なら、あるいは、と。
望みが見えると、欲が生まれる。
ユエと共に過ごす未来を、望んでもいいのだろうか。
ユエを幸せにすることは、自分にもできるだろうか。
幸せを、望んでもいいのだろうか。
ユエを手放したくない。
自分以外の誰かに、触れさせたくない。
自分の手で、ユエを守りたい。
しかし、絶望に慣れきったカイトは、手放しで希望に飛びつけない。期待しただけ、裏切られることになったら辛いことを知っているから。
希望と絶望の間で揺れ動く。
プツン、と糸が切れたような浮遊感があって、その瞬間、カイトは考えることをやめた。
どちらがいいか比べることをやめ、こうしなければいけないという義務感を捨て、どうなるか分からない未来への不安を放り投げる。
心のままに動けば、この手に掴むものは決まっている。
カイトを救ったのは、ユエの決意だ。
『自分も不死になる』という決意は、カイトのために他の全てを捨てるという、ユエの捨て身の愛によって到達した。
それはユエ以外には成し得なかったこと。
これまでカイトに影響を与えてきた人たちには、ガレノスには家族、ローランドとローサには国、ユランには一族、アディーンには教会、とカイトと同等、もしくはカイトより大切なものがあった。
しかしユエには、カイトが唯一。
故郷も、仲間も、倫理すらも、カイトひとりのために手放せる。
それは客観的に見れば、ただ薄情にも思われるが、カイトの救いになるためには、ここまで一途さが必要だったのだ。
カイトは傲慢でなく思う。──ユエには自分が必要だ、と。
ユエのためだと用意した『別れ』は、ユエのためにはならない──間違いに気づいたことで、頑なだったカイトの心が和らぎ始めていた。
******
どちらが先に仕掛けたのかは分からないが、口づけはごく自然に始まっていた。
始まってしまえば、こうするのに何の問題があったのか不思議になるほど、触れ合うことが当たり前だと思える。
むしろ──離れていることに違和感を感じて、少しの隙間も許せなくなる。
性感を高めるような巧みさは鳴りを潜め、カイトにしては幼稚で、がむしゃらな口づけ。
肌を弄る手も力加減を忘れていて、時折ユエから悲鳴のような高い声が上がる。
首筋に舌を這わせると、さっき感じた血液の流動が思い出されて、カイトは衝動のまま歯を立てた。肉食獣が獲物のとどめを刺す時のような、支配者の気分に酔わされる。
血は出ていないが、かなりの痛みがあったはず。しかしユエはカイトを引き剥がすのではなく、受け入れて──抱き寄せる。
その行動が、歯が肌を食い破るのを思いとどまらせた。
くっきり並んだ紅い跡を、カイトは癒すようにぺろぺろと舐める。
そして、甘えるように鼻筋を擦りつけて、傷をつけた許しを請う。
かぷ、とカイトの鼻に噛みつくことで、ユエからのお仕置きは終わり。
再び、口づけの波が押し寄せる。
言葉では伝えられない想いを、ぶつけ合う。会話らしい会話はないのに、互いの感情は手に取るように分かる。
──早く繋がりたい。
──熱を実感したい。
──求められたい。
ユエはカイトから借りたシャツを着たまま、カイトは下衣を寛げただけ。
一度、手で達した二人分の白濁を潤滑剤にして、濡れもほぐれも足りないユエの後孔を、カイトは性急に貫いた。
溺れる者が空気を求めるような、切羽詰まった抽送が始まる。
性的快感を得るためではなく、互いの存在を確かめるための、身体と心を繋げる結合。
救い、救われる。
癒し、癒される。
初めて、カイトはユエの中に精を放った。
それは、カイトが戒めていた一線を、ついに越えたことを意味する。
もちろん、一度では終われない。
溢れるほどに注ぎ、ユエの中に印を刻む。
どちらも終わりを覚えていなかった。
朦朧とするユエにその言葉を伝えたところで、カイトの意識も途切れる。
──「好きだ」
******
「んー……」
ドンドンと扉を叩く音がして、ユエは目が覚めた。
身体を起こそうとして、腰に鈍痛と重みがのしかかる。鈍痛は激しい交合の名残で、重みは眠るカイト。
ユエのお腹を枕にして、ぎゅうっと抱きついたまま、カイトはすやすやと眠っている。そうしていれば悪夢を見ないと信じているような、安心しきった寝顔だ。
弛んだ口許としわのない眉間に、ユエは指を辿らせる。
そこでもう一度、ドンッドンッとさっきよりも大きな音が聞こえてきたが、カイトはそれでも目覚める気配はなく、くすぐったそうに身をよじっただけだった。
「ユエー、カイトー?」
我慢できなくなった訪問者が、一応配慮しましたという抑えた声音で、二人の名前を呼ぶ。
「クレインだ」
訪問者の正体と、窓の外の明るさに気づいたユエは、慎重にカイトの腕を外して抜け出し、ゆっくりと壁を伝って扉へ向かう。
その間にも、せっかちなクレインはドンドンをやめない。
まだカイトを寝かせてあげたいユエは、静けさを取り戻すべく、現状できるだけの精一杯で、急いで扉を開けた。
「クレイン、しーー!!」
開けるなり人差し指を唇の前で立てるユエに、クレインは振り上げた拳を気まずげに下ろして、「……食べ物と水!持ってきたから」と大きな籠を差し出した。
「あ、ありがとう」
反射的に受け取ろうとしたユエは、壁から手を離してしまってとたんによろける。
「ちょ……!大丈夫?」
クレインが支えてくれようと慌てて手を伸ばしたが、その拍子に籠を落としかけて、一緒になってよろけたところを、後ろにいたジェイに自分が支えられるという、おかしな格好になってしまった。
醜態を見せたという恥ずかしさもあったのか、いっそうぶっきらぼうになったクレインが「なんだ……心配して損した」と呟く。
「心配……?」
「なんか、昨日遅くになってヘイレンが、『もしかしたらカイトはもう戻ってこないかも』とか言い出して」
ヘイレンにはその可能性を示唆していたことを、ユエはカイト本人から聞いていたから、そのことには驚かない。
ユエが驚いたのは、その後に続いた言葉と、それを言った人物。
「そしたら、アイビスまで……『カイト、死ぬつもりじゃないよな?』とか言い出して」
「そ、う……アイビスが」
「なにそれ」と笑い飛ばされることを予想していたクレインは、ユエの重たい受け止め方に、ぎょっと目を見開いた。
「ちょ、ちょっとなに?本当に大丈夫なの?カイト、いるんでしょ」
クレイン自身は、ヘイレンとアイビスの考えを杞憂だと思っていて、そして出迎えたユエを見てそれが「やっぱり」に変わったところだった。
ユエの、「しー!」という仕草と落ち着き、そして彼の格好を見て、カイトは確かにこのコテージ内にいると確信を持ったのだ。
身につけているのは大きめのシャツだけで、首元のボタンは一つ二つ外れているし、露出した首元と太ももにこれでもかというくらいの紅い跡が残っている、どう見ても『事後』という雰囲気。
つまり二人は、他の仲間たちが心配している間に『お楽しみ』だったのだと思うと、心配損な気分にもなろうというもの。
杞憂に終わったのだと安心していたクレインは、ユエが必死になって止めた結果だということも、そして──説得が現在進行形なことも知らない。
ヘイレンとアイビスの心配が現実になりかけたことを、仲間たちにも伝えるべきかどうか、ユエは迷う。
不安そうに次の言葉を待つ二人に、ユエが選んだのは曖昧な言い方。
「まだ……ちょっと不安定で……もう少しの間、二人だけにしてくれないかな」
「不安定って──」「クレイン」
はっきり知りたいと深掘りしかけたクレインを、ジェイが優しく、だがきっぱりと止める。
クレインはジェイと顔を合わせると、「なんだよ」と文句を言おうとして、それでもジェイに無言で首を横に振られてしまって、渋々と引き下がった。
「……分かった。東の族長との約束まで時間あるし、それまでは放っておくよ。食料と水だけ、頃合いを見計らって扉の前に差し入れにくるから」
「うん、ありがと」
「……ユエは?」
「え?」
「ユエは大丈夫なんだな?」
クレインはそれだけは聞いておかなければと、目を見て探るように問いかけた。
「うん、大丈夫」
ユエのはっきりとした宣言と笑顔に、クレインもやっと表情を緩める。
クレインが持ってきた食べ物が詰まった籠と、ジェイが持ってきた水が入った瓶は、二人の手によって玄関を入ってすぐの場所に置かれた。
二人はそれ以上踏み込むことも長居することもなく帰っていった。
***
扉の外まで出て二人を見送っていたユエは、背中から影が落ちるまで、カイトが起き出したことに気づいていなかった。
「っ!!」
気配を察するや否や、後ろから抱きすくめられる。
「びっ……くりした」
「……誰が来ていた?」
「クレインとジェイだよ。水と食べ物、持ってきてくれて」
ばたんと扉が閉まって、二人きりの空間が戻ってくる。
籠から甘い匂いが漂ってきて、そういえばお腹が空いていたことを、ユエは思い出す。
しかし背中に覆い被さるカイトが、それに手を伸ばすことを許してくれない。
ほんの少しそばを離れ、自分以外の誰かと話をしたことを咎めるように、カイトは無理な体勢での口づけを強要する。
「んっ……んぅ」
首を後ろに捻らされたユエが、楽な体勢を取ろうと身じろぎすると、「あっ……!」太ももを何かが伝っていく感触に、ざわっと肌が粟立つ。
「待って、カイト……」
もじ、と脚を擦りつけると、さらにつとーっと流れ出て、ぽと、と床に白い雫が落ちる。
「ナカの、出てきちゃった」
ユエは恥ずかしいとか気持ち悪いよりも、床を汚して悪いな、掃除しなきゃな、と思いながら、その白濁に目を落とす。
ユエがそれを行動に移すより早く、カイトの手が太ももに這う。
「カイト?……あっ、んん……っ」
太ももの裏を拭うように撫で上げたカイトの指は、溢れ出た雫を元の場所へと戻すように、そのままあわいへと潜っていく。
自分が出したものを確認するように、指でぐちゅぐちゅと中をかき混ぜてから──「え、やっ、カイト……!」カイトはいきなり後ろから貫いた。
和らいでいた後ろは、乱暴な挿入も難なく受け入れてくれたが、心構えができていなかったユエは驚いて、ぐらっと傾いた身体を壁に手を当ててとっさに支える。
その拍子に突き出た腰を、カイトは両手でがしっと掴むと、「あっ……んン!」立ったまま抽送を始めてしまう。
「やっ、待って……!これっ」
初めての体位に、ユエは混乱して制止しようとしたが、「あっ、あっ……んあ……っ」すぐに立っているのが精一杯な状態になる。
ズルズルとしゃがみ込みそうになるユエの身体を、カイトは腰を持ち上げるようにして、ぱん、ぱん、と肌と肌が打ち合う音を何度も響かせる。
カイトのものが大きく抜かれる度に、ナカから掻き出された白濁が入り口に溜まり、またそれをナカへと押し込むように、カイトのものは潜っていく。
「ん、あっ……ンんっ!カイト、だめぇ……!」
プルプルと足が震え出したところで、さすがに限界を訴える。
「だめ、も、立ってられない……っ」
腰を支えるカイトの手がふ、と緩む。
ユエの身体は崩れ落ちそうになって、貫いていたものもずるっと抜け出て──完全に抜ける前に、カイトはユエの身体を抱え直した。
「え……あっ!あ、あーーっ!!」
そしてそのまま、ぐるんとひっくり返される。
ぐぐっと奥まで届いた剛直に、身体は勝手に仰け反って、とうとう足が床から浮いてしまう。
「やっん、あぅンっ、ああっ……!」
ユエの腕はカイトの首に回り、ユエの脚はカイトの腰に回る。ユエの体重のほとんどは、繋がった一点へと集まっていた。
「あ、んン……!ふ、かい……っ」
自重でいつもより深まる交合に、目の奥にチカチカと光が舞う。
カイトは立て続けに奥を抉ると、焦らすことなく達する。
「んん……っ!」一番奥へと放たれる感触に、ユエのナカは飲み干すようにしゅん動した。
嵐のように駆け抜け、その後に訪れた静けさ。しかしそれは一瞬のこと。
「えっ?うそ、待って……!」
ユエの制止を聞かず、カイトは繋がったまま歩き出す。「えっ、あっ!あん!うぁ……!」歩を進める度、ずん、と突き刺さる衝動に、ユエは声を上げて耐える。
「っ、あ、あっあーー!」
繋がったまま二人して寝台へと倒れ込むと、カイトは続きの律動を再開した。
***
「ん、ふぁ……んー……」
もう一度カイトが中へ放つまでに、ユエは数え切れないほどの絶頂を味合わされ、息も絶え絶えに四肢をシーツへと投げ出すことしかできない。
出し尽くしたユエの中心は力を失っていて、絶頂の回数に比べ、お腹に溜まった白濁は少ない。
その代わりのように、繋がったところからカイトが放った粘液が溢れ出ている。
カイトは初めてそれに気づいたように、泡立った精液を指でこそぎ取り、まじまじと見てから、ゆっくり自分のものを引き抜いていく。
「ん~……」
ちゅぽ、と栓が抜かれると、せき止められていた白濁がこぷっと流れ出してくる。
さっきと同じようにカイトの指がそこへ潜ったが、今度は塞ぐのではなく、指を広げて隘路を拡げ、掻き出す動きをとった。
「うー……やだ、なんか、出てくるのきもちわるい」
「……入ったままだと、腹を壊す」
「そ、なの?」
「……だから本当は、中には出さない方がいい」
「んん?んー……」
絶頂後のぼんやりとした表情で、ユエは考えるそぶりを見せると、
「でも、ナカでどくどくなるのはすき。だから、これはがまんする」
ユエにとっては後始末の面倒よりも、中で出される気持ちよさが優ったらしい。
「次も、ナカでだして。ね?」
そんな妖艶な誘い文句でカイトをうろたえさせておきながら、ユエはすぐに雰囲気を変えて、「……おなかすいた」と色気より食い気になって呟く。
「のども渇いた。水飲みたい」
寝転がったユエに見つめられて、カイトは操られたように立ち上がると、扉のそばに置き去りになっていた籠と瓶を取りに行ってくれる。
戻ってきた時には、さっきまでの何かに追われるような焦りが、カイトの表情から薄らいでいた。
「……起き上がれるか?」
「むり、腕も上がらない」
くたびれているのは本当だが、ユエは少し大げさに言ってみる。起きてからの強引な行為に、抗議の意味を込めてじと、と目を向けると、カイトはバツが悪そうにふい、と目をそらす。
「だから、カイトが飲ませてよ」
動けなくした責任は取ってね、と言外に込めるユエに、カイトは全面的に非を認めて頷くしかない。
ユエの思い描いた、カイトに水を飲ませてもらう絵というのは、背中を支えて起き上がらせて、瓶を口元へ運んでくれて──だったから、カイトがまず瓶に自分の口をつけたことに、「自分だけ先に、ずるい!」という文句が口から出かかったのも、当然だ。
しかしそれを言う前に「んん!」口を塞がれて──こんなに素晴らしい水の飲ませ方があったのかと、ユエは一瞬で機嫌が急上昇する。
「んっ、く、ん、んっ」
少しずつ、口移しで流し込まれるぬるい水。それがどんな甘露より甘く感じる。
「……もっと、飲ませて」
すするように飲み干すと、すぐに次を要求する。
「もっと」「も、いっかい」「まだ、たりない」と、瞬く間に瓶は空になる。
上がらないと言っていた腕は、しっかりとカイトの首に絡んで離れない。
最初の目的を忘れて、唾液をすすって、舌を絡めているうちに、ユエの機嫌はすっかり直っていた。
そんな単純な自分が、ユエは嫌いではない。
むしろ、カイトの思い詰める性格を思えば、自分がこれくらい切り替えが早い方が、付き合っていくのにちょうどいいのではないかとも思う。
現に、ユエにつられるように、カイトからも険が消え去っている。
水を飲むカイトに安心しながら、ユエはいそいそと籠の中からパンを取り出す。
揚げたパンには切れ込みが入っていて、チーズとハムが挟んであるものと、甘く煮たリンゴが挟んであるものの、二種類がある。
まず口に入れたリンゴのパンには、表面に砂糖とシナモンも振りかけてあって、じゅわっと甘さが沁み出した。
「ん~!お~いしい!!カイトも食べてみて、すっごくおいしいよ!」
夢中で頬張るユエに比べて、カイトは「……あんまり腹減ってないんだ」と反応が薄い。
「ん!それ、よくないよ!昨日、船で軽く食べたきりなんだから、絶対お腹空いてるはずだもの」
食欲がなくとも、とりあえず口に入れてみてと、ユエは自分の食べかけをぐいっとカイトの口に近づける。
「ほら、ひと口でもいいから」
カイトはパンとユエの顔を見比べると、根負けしたように口を開ける。
「美味しいでしょ?」
「……甘すぎる」
文句を言いながらもカイトは食べかけを片づけると、ユエの指についた砂糖とシナモンまでペロリと舐め取った。
「んっ、ふふ、俺の指まで食べちゃダメだからね」
「……こっちの方が美味い」
指の後は、唇についた粉までべろりと舐めて、さらに口の中まで舌を伸ばし、甘さを奪っていく。
「んぅ……んっ、」
シャツの中に潜り込んだカイトの手がいかがわしい動きになる前に、ユエは「ん、だめ、食べてから」と身体を引き剥がす。
「こっちが甘すぎるなら、こっちにしよ」
にっこりと笑って、チーズとハムのパンを差し出すと、カイトも今度は大人しくかぶりついた。
どう猛な狼を餌づけしているような気分になって、ユエは「ふふっ」と楽しくなる。
ひとつを交互に食べる形で、カイトは結局、自分で持つことなくパンを食べ終わった。
そこで選手交代となり、今度はカイトがナイフで果物を剥いて、ユエの口まで持ってきてくれる。
カイトの腕を滴っていく果汁を、ユエが舌で拭って、べとべとになったユエの口元には、カイトの舌が這う。清めているのか、汚しているのか分からない行為を、二人は愉しんだ。
「……なんか、悪いことしてる気分。寝るところで食べたり、食べ物で遊んだり」
お腹が満たされたふわふわとした口調で、ユエはこの怠惰で行儀の悪い時間を振り返る。
「悪いこと、か」
「でも、いけないことでも、カイトと一緒だと楽しくなっちゃう」
ユエは、カイトがまだ思い切れていないことに気づいている。
カイトの中では、別れは既定路線だったのだ。それを覆すとなると、それ相応の葛藤があって然るべき。
ユエはカイトが自分で選んだと納得できるまで、とことん付き合うつもりだった。
ここでユエが無理やり押し切ったり、迷いが吹っ切れないままでは、後々に憂いを残すことになるだろう。
「ね、カイト、外へ出ない?風に当たって、それから海で身体を洗おう」
不安定なカイトが性行為を求めたがる気持ちを分かっていて、ユエはあえて一時休止を提案する。
ユエだって嫌ではないし、むしろ望んでいる触れ合いだが、このまま立て続けではさすがに身がもたない。
ユエが体調を崩せば、カイトが自分を責める。だからこそ、手綱はユエが握らなければならない。
「海まで連れて行って。……やってみたいこともあるんだ」
「やってみたいこと?」
「うん。だから、お願い」
ユエは当然のように、抱き上げて運んでもらうつもりで、カイトの首にぶら下がる。
そこまで言われたカイトは、乳首を弄っていた手を中断させて、お願いを叶えるために動き出した。
***
ウッドデッキに出ると、すでに昇りきった太陽がキラキラと海を輝かせている。
一度自分の足で立ったユエは、ほとんど肩で着ていたシャツをする、と床に落とすと──思い切りよく海へと飛び込んだ。
水音を水中で聞き、少し冷たい海に頭まで潜る。
ぷは、と顔を出すと、「カイトも、きて」とウッドデッキに佇む影を呼ぶ。
手招きに誘われるままふらっとしゃがんだカイトを、ユエの手がぐいっと引っ張って、バシャン!と二度目の水音。
それほど水深はなく、すぐに足が砂に触れる。きめの細かい砂の中に貝が埋まっていたのか、足の裏に異物感があったユエは、カイトの手を引いて、もっと深い場所へと海の中を進む。
透き通った海は、宝石よりの中に入り込んだように美しい。
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そして、やってみたかったことを実践した。
カイトの裸の上半身を、すり、と広げた手で撫で上げる。腹筋から胸元、肩を過ぎて首、頰に辿り着くまでに、いつもより高い体温を堪能する。
顔を引き寄せて、表面だけ合わせる接吻。
海中で触れる唇は、確かにいつもより熱く感じる。しかし残念なことに、海の味しかしない。
期待通りにならなくてむむ、と眉根を寄せるユエを、今度はカイトが引っ張って宝石の中から連れ出した。
水から顔が出るや否や、貪るように口づけられる。
期待していた熱さがやってきて、ユエも恍惚とそれに応える。
人魚の姿でする接吻は、唇も口の中も喉も焦げるよう。
それだけではない。首にすがりつく腕にも体温が伝わって肌を焦がし、鱗と肌の境界を撫でるカイトの手が、全身の熱をジリジリと上げていく。
「は、ふぁ……やけどしそう」
息継ぎの合間にユエがささやくと、カッとカイトの体温が上がる。
何度も唾液を交換していると、次第にその体温差は埋まっていき、熱が馴染んで一体感に到達した。
こくり、と喉が動いて、ユエが溜まった唾液を飲み干すと、身体の中まで熱が焦がしていく。
「ん……すごい。ここ、落ちていくの、はっきり感じる」
外側からその熱を手で追いかける。喉を真っ直ぐ降りたユエの手は、ゆったりとお腹をさする。
その仕草に、カイトの手も重なる。お腹に当てた手とは反対の手が裏に回って、背骨から続くはずの場所を目指して降りていく。
しかし、目指していたものとは違う硬い感触に、ピタリと手は止まった。
人間の姿ならば双丘に当たるであろう場所を、カイトの手がもどかしげにさまよう。
主導権は完全にユエが握っていた。
「おれ、人魚の姿でカイトと口づけするの、楽しみにしてたんだ」
「……つまり、『海でやってみたいこと』というのが、コレだったと?」
「うん。……想像通り熱くって、想像以上に気持ちいい、ね」
えん然と微笑むユエは、ただの鈍感なのか、気づいていて翻弄しているのか読めないが、焦れるカイトをかわして「う~ん」と考え込んでいる。
「う~ん……もしかして、やっぱりそうなのかなぁ」
「ユエ?」
「ん~……?うん」
大きな独り言を言っておいて、ユエはこの場での説明は避けることにしたらしい。
「ちょっと、もしかしてって思ったことがあったんだけど、やっぱりちゃんと確認してから話すね」とひとりで決めて、カイトを置いてけぼりにする。
いつもならユエの思わせぶりを追及するところのカイトも、今は本能に支配されるばかり。
「ユエ、中へ戻ろう」
熱い吐息が耳の中に吹き込まれるが、ユエは「まだ」と焦らして、カイトを引っ張って浅瀬へと移動していく。
お預けさせられても、カイトはユエに逆らえない。なぜなら今のカイトは、ユエに懇願する立場なのだ。
ユエにはカイトを手玉に取っているという自覚はないし、焦らして楽しんでいるつもりもない。そんな高度な駆け引きが、できるはずもない。
ただユエは、そろそろ快楽の耽溺から抜け出す頃合いだと感じていただけだ。
***
波打ち際まで来ると、砂浜に座らせたカイトの胸を背もたれに、自分も腰を下ろす。
ざざ、ざざ、と波が定期的に下半身を濡らしてくれ、人魚の姿でも落ち着いて話ができる態勢を取った。
「ユエ……」
どこかが繋がっていないと不安なのか、カイトは執拗に口づけを繰り返す。
「ん、カイト、あのね、ンン……っ」
ユエが話し始めてもカイトはやめる気配がないので、話し難くはあったが、まあいいかと口づけの合間に言葉を挟んでいく。
「このまま、ふたりで、どこか、遠くへ、行ってもいいよ」
「ふたりで?」
「そ、う。誰も俺たちのことを知らない土地で、ふたりで暮らすんだ」
「……言っただろう、俺には無理だ」
「ううん、カイトにもできるよ。別に一箇所に留まらなくってもいいんだよ。五、六年ごとに場所が変わって、建物が変わっても──『家』は変わらない。二人で一緒に住めば、そこが家になるんだから」
カイトにはなかった発想だったのか、ピタリと口づけが止む。
「それか、どこか他の人が来ない──無人島とかすっごい山奥とかで、ふたりっきりで暮らすのは?」
「ふたりっきり、で……?」
「そう。カイトの不老に気づく人がいなければ、場所を移す必要もないよ」
「俺と、お前だけで?」
「そう」
「……寂しく、ないか?」
「えっ、寂しい?」
ユエが驚いたことに、カイトが驚いて、二人は顔を見合わせる。
「寂しい訳ないよ!だって毎日……そう!今みたいな生活が続くんだよ」
ユエは手を広げて、コテージを、海を、空を指してから、「そんなの、楽しいに決まってる」と笑う。
カイトは「そ、うか……楽しい、のか」と噛み締めるように呟くと──「く、くくっ」と笑い声を上げる。
それは昨夜よりも、軽くてすっきりした笑い。
「お前は……すごいな。俺には思いつかない発想で、俺を救ってくれる」
カイトはユエの頭を抱えると、愛おしげに髪を撫で、敬意のこもった瞳で見つめる。
一度頭をカラにしてから、放り出したものを整理して、今度は綺麗に並べて詰め込むと、考える余裕が生まれてくるもの。
カイトがその状態になったことを感じて、ユエは説得の続きを始める。
「カイト、もしかして……自分は幸せになっちゃいけない──なんて、考えてない?」
ユエが知るカイトの死生観や生き方からは、因果応報や報いは必ずあるという考えが見えてくる。多くを傷つけ、命を奪ってきたというカイトの罪には、それに見合う罰があるはずだと。
「そこまでは……いや、そう、かもしれん。幸せになってはいけないというより……」
「『幸せになれるはずがない』?」
苦笑いで肯定するカイトに、ユエは「それなら──」と自分の胸をトントンと叩いて、
「カイトが『自分のため』だけに幸せを求められないのなら、俺のために幸せを求めてよ。──『俺のせい』にしても、いいから」
「ユエの、せい……?」
ユエの笑顔は、何とも得意げだ。
「カイトは本当は幸せになりたくないのに、俺がどうしてもって言うから、仕方なく付き合ってくれるの」
「仕方なく、幸せになる……?」
「ふふ、そう。カイトが幸せになるのは、俺のせいだよ」
「……どういう屁理屈だ」と脱力したカイトだったが──「そうか、ユエのせい、か」と笑った時には、その目に確かに未来を映していた。
「俺の責任なんだから、カイトが幸せになって文句言う人がいたら、俺が一緒に謝ってあげるよ」
「ふっ、頼もしい限りだな」
共犯者の笑みを交わしてから、カイトはユエの気楽な調子につられたように、するっと未来を言葉にした。
「そうだな。あとしばらく──生きてみようか。ユエ、お前のために」
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