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第六章 追憶の海に花束を浮かべて
番外編 発情誘発薬 後編※
しおりを挟む船室で二人きりになると、ユエはさっそく鍵を使って人間の姿になった。カイトの腕の中から床へ降り立つと、長めのシャツが太ももをくすぐる。
ユエはつま先から手の指まで自分のからだを点検したが、たっぷり十秒待っても変化はない。
「……大丈夫そうだな」
カイトのホッとした声に「うん」と答えようとしたその時──「え……」ストン、といきなり膝から崩れ落ちた。
「う、あ……っ」
「おい、ユエ……?」
「あ、あっ……!」
ぺたんと座り込んだユエはカイトの腕にすがりながら、まったく腰の立たない自分の下半身に恐怖すら感じている。
下腹部から下がどろどろに溶けてなくなってしまったのかと思うほど、感覚がかい離していく。
「え、なに、立てない?やだ、カイト……っ、たすけて……!」
溜まりに溜まっていた『発情誘発薬』の効果が、やっと発揮する場所を見つけて一気に爆発したのだ。
ゼロからいきなり百に振り切れた快楽は、薬などという生易しいものではなく、毒のように全身を攻撃する。
「あっ、あっ、あっ……!」
おこりのように震えながら、ユエは絶頂し続けている。
カイトの判断は素早かった。
「……ちょっと待ってろ」
そばを離れたのは一瞬。仲間たちへの報告から戻るとすぐに、震えるからだをそっと抱きかかえてくれる。
「っ、カイト、これっどうしたらいいの……?」
「大丈夫だ。薬が抜ければ楽になる」
「っ、うん、ぅ、んん……っ」
頼もしいカイトに、ユエはすべてを委ねた。
******
場所を変えようとくったりとした肢体を横抱きにしたカイトは、ユエがへたりこんでいた床に、水たまりができていることに気づく。
もちろん水から上がったばかりだったから、からだや服から滴り落ちた川の水がほとんどだろうが、それだけではないことはユエを見ればわかる。
(これは……大丈夫なのか)
媚薬のあまりの効き目に少し不安になるカイトだが、それがユエに伝わらないように顔には出さない。
船室に好き勝手散らばっていたクッションを足で蹴って隅に集めると、自分は柔らかなそれに背中と尻を預けて、ユエは自分のひざの上に乗せる。
そのいちいちの動作の振動に、ユエは「んっ」「んんっ」と小さく身をよじっていた。
「ユエ、触るぞ」
前置きをしてから、カイトはシャツの裾から手を入れる。
分厚く色の濃い藍染のシャツに隠れていたそこは、予想通りべっとりと濡れていた。
「ふっ、うぅ……んっ」
「痛いか?」
「っ、わ、かんない……っ、なんか、じんじん?びりびり?するっ……」
陰茎はくったりと力を持っていないのに、精液はとろとろとあふれてくる。まとまって吐き出されるのではなく、閉じる栓を失ったようにだらだらと止まらない射精によって、カイトの指は雫がしたたるほどに濡れていく。
刺激を与えなくても勝手に吐精するのなら、こちらはむしろ触れないほうがいいと判断したカイトは、なだめるように髪を撫でて涙で濡れた頰をぬぐう。
「カイト、からだ、へんだよ……っ、こわい……」
「大丈夫、大丈夫だから、いい子だな、もう少しがんばれ」
小さな子を寝かしつけるような声で、ちゅ、ちゅ、とひたいや髪に唇を落とすと、ユエは健気に「うん」とうなずいて、カイトだけが頼りというように胸にすがる。
「ふ、あ……ンんっ、んっんっ……!」
ひざからずり落ちそうになったからだを抱え直すと、その刺激だけで鼻にかかった声があがる。
「カイト……っ」
「うん」
「だめ、なんか……っ」
「うん、」
「ね、」
「うん?」
「もっと、なでて」
要求に応えて髪や耳、頰をまとめて大きな手で撫でてやると、「ん、んん……っ、カイトの手、きもちい」ユエは猫のように自分からもすり寄ってくる。
「カイト、もっと……からだ、ぜんぶなでて」
ユエの手に導かれて、重なった二つの手は首から肩、腕を通って腰へ行き着く。
「ふ、うぅン……っ!」
腰がひくんと跳ねて、ユエは息を詰まらせた。
「やっ……肌、ざわざわする……っ」
「落ち着け、大丈夫だから」
皮膚感覚が過敏になりすぎて、空気すら刺激になり得るのだろう。鳥肌がおさまらないユエの肌を、カイトはあえてさっきより強くこする。
「ほら、俺の手だけに集中しろ」
シャツの上から背中を何度も撫でてユエを少し落ち着かせると、カイトの手はからだの輪郭を取り戻させるように、ユエの肌の上を滑っていく。
背中から腰、腰から太ももにかけては、シャツと肌の感触の違いを確かめるように何度も行ったり来たりし、それからひざ頭を丸く円を描くように撫でて、足の指までたどり着くと、また来た道を戻る。
ユエは言われた通りカイトの手の感触だけを拾い、触れられる場所だけに集中している。そしてしばらく繰り返すうちに、触覚が自分のからだの外に広がっているような怖さはなくなり、通常の皮膚感覚が戻ってきたらしい。
そろそろ落ち着いたか、とカイトが油断しかけた時──熱い吐息がおもむろに口の中へ吹き込まれた。
「は、あ……っカイト、こんどはクチのなか、あつい……!」
申告通り、ユエの口内はとろけるように熱い。熱を発散しようと、ユエは口づけをせがむ。
ここまでは薬を抜くことを優先していたから、自分の劣情は抑え込んでいたカイトだったが、恋人のあられもない姿を見せられてまったく平然というわけにはいかない。
だからユエから口づけを求められるのなら、もちろんカイトに断る理由はなかった。
最初は様子を見ながら慎重に始めたが、ユエの熱に押されて、すぐに息も継げないほどにのめり込んでいく。
いつもはカイトが握っている主導権を、ユエが奪い取る勢いで前のめりになっている。どうやらさっきまで肌の外側で過剰になっていた感覚が、今度は内側に場所を移したらしい。
口の中がざわざわと過敏になっているのをどうにかしてもらおうと、ユエは必死になってカイトの舌を招き入れる。唾液がこぼれるのも、鼻先がこすれるのも気にせず、どうやったらなるべくたくさんカイトの舌を感じられるか、それだけを考えて。
「は、ふっ、ど、しよぅ、カイト……っ、ずっと、んん、ムズムズおさまんない……っ」
ただれたように熱を持った粘膜に、薬を塗り込むように二人の唾液をすりつけて、ぐちゅぐちゅと水音が立つ。唾液腺も栓を失っているのか、飲み込むのが追いつかないほど次から次へと溢れてくる。
ぢゅうっとユエの舌を絞るように唾液をすすって、カイトはユエが溺れないように助けてやる。
逃げ出そうともがく舌を何度も捕らえ、暴れた罰に軽く歯を食い込ませると、怯んだところをすぼめた口で吸い上げて拘束し、自分の口内へと引きずり込む。
ぢゅっ、ぢゅうっと吸われ何度も甘い拷問を加えられるうちに、ユエの舌は感覚がマヒしていき、狂うようなかゆみの後には甘いしびれだけが残った。
「ん……だめ、もっと……」
少し様子を見ようと身体を離しかけたカイトだったが、ユエはそれを許してくれない。
口づけだけに向けられていた集中が途切れたユエは、ちゅ、ちゅ、と軽い触れ合いの合間に、硬い髪に指を絡ませたり、たくましい肩を撫でたり、むき出しの脚をすり合わせたり、控えめな仕草でその先を誘う。
しかし媚薬の危なさを知っているカイトとしては、どうしても慎重にならざるを得ない。
「ユエ、からだは大丈夫か?」
「ん、最初みたいな怖いのは、もうなくなったよ。まだちょっといつもとは違うけど……」
「いつもと、どう違う?」
確かに口調もしっかりしてきたし、落ち着いてきたようには見えるが──そんな安堵もつかの間。
「いつもより、からだの中、あつい」
「……うん、そうか」
「なんか、自分じゃ触れないところが、うずうず……?むずむず?して、もどかしいんだ。何かで、こう……引っかいてほしい感じ?」
「…………ああ」
目を見つめてくるユエは、全幅の信頼を寄せている。カイトならどうにかしてくれるよね?と。
負け戦を覚悟した上で、カイトは最後にひとあがきをする。
「あのな、ユエ」
「うん」
「媚薬──そういう薬を使ってする性交渉は、かなり危険なんだ」
「危険……?」
「そうだ。クセになって普通にイけなくなったり、その時の強烈な快楽が忘れられずに何度も薬を求めたり、それで結果、薬漬けになって廃人になったり」
「……よく、わからないけど」ユエの考えははっきりしていた。「カイトと一緒なら、なんでも大丈夫だよ」
まったく論理的でもないのに論破された気分になるのは、実のところカイトも我慢の限界だったと、そういうことである。
***
「……もう、柔らかいな」
ユエの後ろは触れただけで指を飲み込んで、そのとろけ具合に驚く。ここだけ重力が狂っているのかと勘違いするほど、力を入れなくても勝手に埋まっていく。
「ユエ、脚をこっちに動かせるか」
「ンんっ……むり、みたい」
まだ腰が立たないユエをなるべくそっと抱え上げて、自分のひざをまたがせる格好へと誘導する。
ユエの前は出すものはほとんど放出し終わったのか、今はもうじわっと色の薄いものがにじむ程度だ。
しかしそれまでに滴った粘液は後ろまで伝わって、解さなくてもいいほどに蕾をぬかるませている。
カイトはゆっくりと、まず一本だけ指を潜り込ませる。
「ん……」
「平気か?」
「う、ん……なんか、感覚が遠いっていうか」
痛みはなさそうだと判断して、指を二本に増やす。ほとんど抵抗なく付け根まで埋まってしまって、その初めての感覚にカイトも戸惑ってしまう。
発情誘発薬の影響だろう。下半身に力が入らないのと同じで、ユエの中も弛緩し、筋や神経がマヒ状態なのだ。
痛みを感じないことも怖いが、これでは快楽も拾えないのでは──というカイトの心配は、完全に杞憂だった。
「ふ、うぅンっ、カイト……!それじゃあ足りないっ……」
「……っ」
「もっと……っもっと……ほしいっ!」
二本はそのままに、もう片方の手でさらにもう一本。三本目も簡単に引きずり込まれ、ぐっと広げれば指の間を雫が流れていく。
お互いが感じているもどかしさをあと少しの時間ごまかすために、カイトは華奢な首筋に唇を付ける。
唇で食んで、広げた舌をはわせ、歯を立てて──耳までたどり着いてそこをべとべとにすると、あごの線をなぞって反対の耳朶へ。二人の顔の位置は何度も入れ替わり、右へ左へ行ったり来たり。
途中で何度か口づけも挟んで、気持ちも身体もじわじわと昂ぶっていく。
先に我慢の限界に達したのは、意外にもカイトのほうだった。
「っ、ユエ、いいか?」
「うんっ、うん……っ、はやく、きて……」
ふやけるほどユエの中に浸かっていた指を引き抜くと、自身の剛直を蕾へと押し当てた。当てただけで、待っていたとばかりに正しい重力が勝手に二人を繋いでいく。
「あっ、あっ、あっ……!」
ユエがカイトの肩を支えにして一気に腰が落ちないように踏ん張って、カイトはカイトでユエのお尻を支えていなければ、本当に一気に貫いていたかもしれない。
「はっ、あぁ……っ」
ゆっくり、少しずつ、時間をかけて隘路を進んだが、最後はどうしても気が急いてしまい、ずん、と突き上げてユエの背中を震わせた。
「あ……すご、おく……っ」
「は、……なか、すごいな。とろけて……」
「んんっ、おなか、いっぱい……あ、奥まできてる……」
息を整える時間のはずが、どちらからともなく口づけを求めてしまったから、いつまで経っても息は整わない。
「これ、この格好、すごいね」
「う、ん?」
「いっぱい口づけできる。カイトにぎゅーってくっつけるし」
対面座位がお気に召したユエは、「んーっ、カイト、だいすき」と言葉通りにぎゅーっと抱きつきて、すりすりとほっぺたをカイトの髪にすりつける。
その可愛い仕草にたまらなくなって、愛撫をほどこすカイトの手にも熱が入っていく。
「カイト、脱いで。服、じゃま」
ユエにすそをぐいぐいとまくり上げられて上衣を脱ぐと、ついでにユエのシャツのボタンも外して、もっと素肌を合わせられるようにする。
はらり、とシャツがはだけると、食べごろに熟した果実がカイトを誘う。
「ここ、」「んっ!」舌で押しつぶしても芯を持った乳首は舌を押し返してくる。ぐっとつぶして、ぴんっと弾いて、べろりと舐め上げてから、「んうっ!」乳輪ごと強く吸う。
繋がったままの中がカイトをきゅんっと締めつけ、二人同時に息を呑む。
「悩むな……」「ふぁ……ん、カイト?」「痕をつけたいような、つけたくないような」
まだ明日からも族長との話し合いがあると思えば、大勢の前で肌をさらすことになるのだから、情事の痕跡など厳禁だろう。
しかし大勢に見せなければならないと思えばこそ、自分のものだという証を残しておきたいような、そんな青臭い所有欲もある。
カイトは結局のところ自分が常識を取るという自覚があるから、悩むと言いながらも苦笑いだったのだが、ユエはそれを真に受けて真剣に悩んでいた。
「つけてほしいけど……ほんとはダメ?」
「……東の一族みんなに、俺に抱かれたと宣伝してもいいなら、な」
「え、いいよ」
むしろダメなのかと言いたげなユエ。
カイトは一瞬常識がぐらついたが、「……まあ、あえて見せつけることもないだろう」なんとか立て直して、「またの楽しみにとっておこう」とユエをなだめた。
そんな会話の間も、馴染ませるためにゆらゆらと腰を揺らしていたが、すでに出すものを出し尽くして疲れてしまったユエにとって、その動きは心地よすぎたらしい。
目がとろんとして動きも緩慢になって、どこか眠たそうだ。
あまり長引かせてはかわいそうかと、カイトはユエの耳元で「しっかり首につかまってろ。このまま揺らすぞ」と警告すると、はだけたまままだ腕から抜かれていないシャツごとユエを抱え直して、終わりへ向けて動き出す。
奥まで挿入したまま円を描くように中を拡げてから、前後に揺らす速度を早めていく。
「んー……んっ、ん、あっん……っ」
時折、突き上げる動きを入れると、ユエはのどをさらして小さく仰け反る。さらけ出された急所にカイトが歯を食い込ませると、びくんっ、と腰が跳ねた。
そこからは上下の動きが増えていく。
カイトが突き上げると、ユエの腰が跳ねる。跳ねた腰が落ちてきて、さっきより深く剛直を飲み込んでいく。
「あぁ……っ!だめ、おく……っが、うンンっ、じゅくじゅくなってる……っ」
次第にカイトとユエの動きが重なっていき、腰が落ちる瞬間に奥への突き上げがかっちりとはまって、そこから悦楽が押し出されて、とめどなくあふれ出す。
「ああっ、あっ、あんっ……!今日、だめぇ……っ、きもちいぃ……!もう、ぜんぶっ、や、んっ、おく、奥までぜんぶきもちい……っ」
「っ……ユエ、わかるか?ナカ、ずっとけいれんしてる。もう、イきっぱなしだな」
二人の顔の間で吐息が絡む。目には見えないそれを味わうように、どちらも唇がゆるく開く。互いに赤い粘膜に目が釘付けになる。
「ンんぅーー……っ!!」
そこから始まった烈しい口づけが、ただでさえ限界だったユエの息をさらに奪っていく。
「ふあっ、あっ、すき!」「ユエ……っ」「カイト、好き……!」「……っかわいいな」「あっん、くるっ……きちゃう……っ」「っ、う……と、そんなに締めるな」「あ、だって……ぇ」
唇をくっつけたまま声を出して、相手の息を奪うように舌を絡ませて──終わる時が来るのか不安になるほど、永遠にも感じる絶頂が長く長く続いていた。
******
「ア、あ、あ……」
カイトがものすごい自制心でもって己のものを引き抜くと、栓を失った入り口から精液がトロトロと流れてくる。
ユエはクッションにくたりと横になると、がくがくと余韻に震える脚を持て余している。
カイトも隣にどさりと身を投げ出してから、それをなだめるように撫でてやった。
ユエの意識が完全に戻る前にと、刺激を与えないよう慎重に白濁をかき出していたカイトだったが、「……んぅ」途中でぐずるようにユエが身じろぎする。
「疲れただろう。このまま寝てもいいぞ」
「ん~……」
「からだ拭いといてやるから」
「ん?んー……カイト、」
「なんだ?」
「すっごく、きもちよかった」
「……そうか」
「うん。それに、おれ、すごいしあわせだなあって」
「なんだ、大げさだな」
思わず髪を撫でていた手が止まってしまったカイトだが、口調も表情もとろんとしたユエはそのまま会話を続ける。
「だって、カイトと抱き合えるんだもの。カイトは人間で、おれは人魚なのに──」
「ユエ……」
「これって当たり前じゃないよ。すごく恵まれてて、すっごく幸せなことだ。鍵のおかげだね」
カイトの胸に顔を乗せたユエは、少しだけ眉を下げて見上げてくる。
「メイともね、話したことあるんだ。おれはカイトを好きになった時もう人間になってたから、異種間の恋愛で悩んだり、人魚と人間のからだの違いで困ったりすることなかった。カイトと抱き合いたいって思った時、鍵を使えばすぐに繋がれる」
「そう、だな。……そう、確かに色んな幸運が重なっているな」
ユエの首にかかった鍵を手の中でもてあそびながらカイトは続ける。
「お前が選んだ性が『男』だったことは、俺にとっての幸運だな」
「ん、え……?」
「まあ、お前は自分が純血──無性だとわかっていて、その上で性を選んだわけではないがな」
かつてのドワーフ最後の純血クリストバル・トリエンテの手記には、純血が鍵を使って性を得る時、自然と自分で男か女かを選んでいることが記されていた。アスカが自分のことを女の子と自覚していたように。
しかしユエの場合は自分で選んだというよりも、周りとの比較で男だと思い込まされていたようなもの。人魚の無性と男性が、見た目に同じだったからだ。
「お前がもし女性になることを選んでいたら、俺たちはこんな関係に絶対にならなかっただろうからな」
「……絶対、なの?」
「……たぶん。ほら、俺は子どもができない体質だろう?だから女性に対しては、こう……申し訳ないような気持ちが先に立つんだ」
そこでふとカイトは、その罪悪感は今のユエにも持ち得るものだと、唐突に閃いた。
純血であるユエは鍵を使えば人間との間に子どもはできるが、人魚とは決して子を成すことができないのだ。
もしユエが純血ではなく人魚との間にも子どもが作れたならば、希少な男性の人魚で、かつ東の一族にとって英雄的な存在のユランに似ているということで、お相手は引く手数多だっただろう。
そう考えると、純血であることが、ユエを東の一族──いや、人魚の世界から奪って自分のものだけにする行為を正当化してくれるような気がして、カイトは利己的な自分に口の中が苦くなる。
「でも不思議だよね」
しかしユエはそんなカイトの考えすぎをよそに、何の憂いもなくほわっと笑う。
「おれは男のカイトを好きになったのに、別に女の人になりたいとは思わないんだもの」
「……そう、なのか」
「うん。おれはやっぱりね、男のままで男のカイトが好きなんだよ」
迷いなく自分を受け入れるユエを見ていると、カイトの頭も単純になる。
種族や立場、性別──そんなもの関係ない。
ただユエを好きで、ユエも自分を選んでくれている──その理由ひとつだけで、ユエを独り占めするには十分だ、と。
******
後日談がふたつ。
『発情誘発薬』の後遺症というよりも、明らかに激しい性交渉のせいで脚ががくがくのユエと、開き直ってそのユエを横抱きにするカイトに、ヘロンから鋭い指摘が刺さった。
「ていうかさ、ユエを人魚に戻しちまえば話は早かったんじゃねえの?だって人魚の時は薬が効いてなくて、人間になったから効いちゃったんだろ。だったらまた人魚に戻っちゃえば薬の効果も切れたんじゃね?」
***
そしてもうひとつ。
人魚だけでなく人間にも効果バツグンだと判明した『発情誘発薬』は、人魚とヴァンダイン商会の取引が始まるはるかはるか前に、『輸出禁止』の一覧表に一番最初に記されることとなった。
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