三鍵の奏者

春澄蒼

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第七章 孤独な鳶は月に抱かれて眠る

113 空へ還る

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「あー……アスカ、寝ちゃったよ」
 静かだと思っていたら、フェザントの膝ですぴすぴと寝息を立てていた最年少を見て、年上たちも眠気を思い出しあくびが出る。


 白み始めた東の空が、夜明けを知らせている。


 結局、丸一夜かけても全てを語ることはできず、ウィノがここで中断を申し出る。
「君たちにもだが、わたしにも睡眠が必要」

 妖精の特性に加えて、これほど疲れた顔を見せられては一同が反対できる訳もない。まだスッキリしない箇所はあったけれど、大筋はだいたい聞き終えたという安堵の方が強かった。


 一度気を抜きかけたところで、ウィノから「では睡眠の前に、先ほどの約束を果たそう」と提案がある。

「約束?」
「我ら妖精がどうやって記憶を引き継ぐのか、それを見せよう」
「それって……」
「今日の夜明けなら、兄弟たちも真っ直ぐに空へ還れるだろう」

 キリリと引き締まった冬の空気に、ウィノの小さな口から漏れた白い息がふわっと浮かんだ。


******



 妖精たちが眠る天幕は広くないため、全員は入れない。ウィノと共に最終確認に入ったのは、聖会の資料を読み解いた四人だ。

 再生の水に浸かった仲間を前に、ウィノは「……もう、助からないんだな」と独り言のように念押しする。

「……彼らは再生の水をつくるために、血液を抜かれてる。抜け殻だ。その液体から出せば、肉体は崩れる」
 聖会の一員だったこともあって、責任を感じているガレノス医師は口が重い。

「それについては聖会が実験済みだから、確かだ」
 非情な決断を下すのは自分の仕事だとばかりに、カイトが全ての責任をさらっていく。
「もう、助からない」


「『再生の水』なんてたいそうな名前があっても、それほどの奇跡を起こせる代物じゃないのさ」
 ヘイレンは聖会や元法王のお花畑思考を嘲笑う。
「実験結果だけ見れば、再生してるなんて言えねぇよ。修復と生命維持がせいぜいだ」

「けれど……実際に、あの元法王とやらは他人のからだに脳を移していたのでは?」

 ウィノの質問に答えるのは、ガレノス医師。
「脳みそのない肉体と、からだのない脳みそを無理やりくっつけて、死なないようにしてただけだ。例えば……俺の右腕が千切れたとするだろ?」
「……うん?剣で断ち切られたとか、そういう認識で合ってる?」
「おう、それで合ってる。で、腕のないからだだけを再生の水に浸けても、千切れた腕が生えてくる訳じゃねぇ」
「うん、それはそうだろう」
「だが、千切れた右腕も一緒に浸けておくと、時間が経てば元に戻る。そんで驚くべきは、それが他人の腕でもくっつくことがあるってこった。もちろん全部が全部成功はしないけどな」


 カイトが天幕の外で聞いている仲間たちへも向けて補足する。
「それが『合う』『合わない』の言葉の意味だな。他人の臓器やらを移す場合、事前に二方の血液を再生の水の中で混ぜてみるそうだ。その反応如何で、成功するか否かを見極めていたらしい」


「つまり、失った血液は勝手に再生されない」
 アイビスは怒りを通り越して、失望で声に張りがない。
「やつらが妖精たちのからだをバラバラにしたのには、多量に血を流させる目的もあったようだ」


 猟奇的な聖会のやり方に、ぞわっと嫌悪感が伝播する。


 それを吹き飛ばすのは、天幕の外から飛んできたヘロンの質問だ。
「あれっ?てことは、不老不死なんて夢のまた夢だったってこと?!」

「再生の水の中で生き続けることを不老不死と呼ぶなら、そうかもな。俺からすりゃあそれは死んでないってだけで、生きてるとはとても言えねぇけどな」
 ヘイレンの口元は皮肉で歪んでいる。

「そんなんどこにも行けねーし、なんもできねーじゃん!そんなんで長生きしてもぜんっぜん面白くないじゃん!!」
 ヘロンも理解できないという呆れ声を隠さない。


「不老不死に比べれば物足りないかもしれんが、千切れた腕がくっつくだけでも、十分奇跡だと思うがな」
 カイトは研究者の顔になって、客観的に意見する。

「それに、脳以外の臓器の移し替えに関しては一定の成果は出てる。聖会のやり方で問題なのは、妖精の犠牲の上に再生の水がつくられていることと、他人を殺してまで臓器を奪おうとした点だ。アルケーに三元素を後入れすればいいのなら、なにも妖精の血でなくともいいのかもしれない。他に代用できるものを見つけて新たな『再生の水』をつくることができれば……──」


 周囲がぽかんと口を開けていることに気づき、自分ひとりだけで突っ走ってしまったと、カイトはバツの悪さにほおをかく。
 しかし仲間たちは「……目から鱗」というウィノの発言に完全に同意で、呆れていたのではなく感心していたのだ。

「悪の元凶のように思っていたが、使い方次第ではヒトを救うこともできるのか……」
 新たな可能性に気づかされて、ウィノは少しだけ前向きになれたよう。





「それじゃあ……」
 お伺いを立てたヘイレンに、ウィノは無言でうなずく。それを合図に、四人は瓶が詰まった木箱を天幕の外へと運び出す。

 朝靄の中を一列になって進む。そこには葬儀らしい厳粛さがある。

 谷の始まり──もう一方から見れば、終わり──まで来ると、なるべく平らな場所を探して木箱を降ろし、みんなで輪になって囲む。


「……これ、お花」
 ラークがポケットから取り出したのは、小さな白い花弁。
「さっきヘロンとふたりで採ってきたの。これだけしかなかったけど……」

 それは謙遜ではなく、本当に子どもひとりの片手で事足りる量だ。この季節では咲いている花を見つけるだけでも大変だということはウィノも知っているから、ふたりの子どもの心遣いに「ありがとう」と柔らかい声で返す。


「妖精の葬儀とは、普段はどのように?」
 できることは限られるが、なるべく意に添える形にしたくてカイトが訊く。

 ウィノは少し考えてから、「それじゃあ、協力して」とカイトとラークに頼み事をした。





 段取りが整ったところで、空を見上げたウィノがひとりごちる。それは懺悔のようでもあり、祝福のようでもある。

「我ら妖精は、死期を悟るとこの谷へ帰る。記憶の譲渡はここでなくとも、受け継いでくれる兄弟がいればどこでもいいのだけど……やっぱりここへ帰りたくなる。それは信仰と呼ぶべきもの。ここから空へ還れば、安らかに眠ることができると信じている」


 ふわりと浮かび上がった小さな体躯が、ひらりと軽やかに飛んでいく。ウィノは真っ直ぐ崖の上へと向かい、すぐに下からは姿が見えなくなる。


 カイトとラークは妖精の笛を用意して待っていた。
「……っ、合図だよ」
 ウィノの羽音が耳に届き、ラークはカイトと目を合わせる。笛をくわえてから、他の仲間たちにも目配せを送る。

「いくぞ……」
 最初にアイビスが、ひとつの瓶を手に取った。再生の水に浸かった妖精のからだの一部を、慎重に指でつまんで持ち上げていく。

 外気に触れた小さな、小さな左腕は、アイビスの手の平に乗せられて、いち、に、さん──三秒を数えた後、ほろっと形を崩して灰のような粒子になる。
 その瞬間を逃さず、カイトとラークは笛を吹いた。

 ラークが主導して呼び起こした風は、温かみすら感じるような優しさで、粒子を天へと舞い上げる。


 空の上で待つ、ウィノへと届けるために。


 次はヘイレンが、右脚を。その次はガレノス医師が頭部を。次はジェイが。続いてクレインも。
 ふたりが起こす風によって朝霧が割れ、空から光が降ってくる。その中を粒子が連なって昇っていく様は、まるで龍が滝登りをしているような神々しさがあった。


 全ての妖精を弔うと、一行は誰ともなく自然と目を閉じていた。


 黙祷が終わる頃に、ふらふらと危なっかしいでウィノが戻ってくる。

「だ、だいじょうぶ?」
 ユエが手を伸ばすと指先にすがりついて、「ふぅ……」と満腹を堪えるようなため息をつく。

「こんなに……一度に、たくさんの、記憶を、受け継いだのは……初めてで……さすがに頭がいっぱい」
 ウィノは息も絶え絶えに現状報告するが、手伝ってくれた仲間たちへのお礼は忘れない。
「ふたりが風を起こしてくれたおかげで、兄弟たちは真っ直ぐ昇っていけた。みんなも、見送ってくれて、ありがとう」


「……ウィノの羽、キラキラが増えてる」
 ユエの手の中を覗き込んでラークが言ったように、光を透過するほど薄かったウィノの羽が、今は鱗粉が何重にも重なって分厚く見える。

「これが……?」
 興味深そうに、カイトも覗き込む。

「そう。死した妖精のからだは、鱗粉のような状態になる。それをこうして羽で受け取ると、兄弟の鱗粉がわたしの羽と……一体化して、そのうち吸収されて、記憶の引き継ぎが、完了、する……」

 憚ることなく大きなあくびをしたウィノは、もう限界だと訴える。

「眠る……覚醒がいつになるかは、わからない……もしかしたら、にさんにち、かかる、かも……」
 言い終わると同時に、小さなからだはさらに小さく丸まって、羽を踏んでしまわない体勢をとって動かなくなった。


「……寝て、る?」
 耳を近づけても寝息すら聞こえないからユエは不安そうだが、それ以外は何だか妙に感動していた。

「おお……これは俺たちを信用してくれた証拠だな」
「これまでは絶対に寝姿、見せてくれなかったもんね」
「ゆっくり寝かせてやろう。起き続けでからだも疲れているだろうが、色々あったんだ、心も休ませてやらないと」


 そして自分たちも休むために、来た道を戻り始める。

 手の中で眠るウィノを起こしてはいけないと、おっかなびっくり歩くユエに、カイトが大丈夫だと笑ってくれる。
「妖精の睡眠は俺たちより深いと言っていただろう。お前が揺らしたくらいじゃ起きないはずだ」


 その言葉通りウィノはこの後、何も知らせていなかったベレン卿に大声で嘆かれても、舞い上がる光を遠くから見ていた傭兵や兵士たちに取り囲まれて騒がれても、ユエの手の中から天幕に用意した寝床に移動させても、全く起きる気配はなかった。


「……すごい器用に寝てるね。僕だったらからだ痛くなっちゃいそう」
「寝返りとかしねぇのかな。羽、自分で踏んづけてぐしゃぐしゃになったりして」

 ひそひそ話していたラークとヘロンも、ひとり、またひとりと眠りにつく仲間たちの気配につられて、アスカと並んでフェザントを枕に寝転がる。

 いくつかの天幕に分かれて、一行はつかの間の休息を享受した。



******



 ユエが目覚めた時、隣で寝ていたカイトはもう天幕の中にいなかった。もぞもぞと眠い目をこすりながら起き出してみると、太陽がまだ頭上にあり、睡眠時間はせいぜい五、六時間といったところだろう。

 もちろん普段ならそれでも十分だが、ユエはともかく、聖会の研究資料を読み解くためにも徹夜したカイトにはとても足りないはず。


 どこへ行ったのだろうと、ユエはメーディセイン内を探し回る。
 まず向かったのは、仲間たちが寝ている他の天幕。覗いてみるがみんなまだぐっすりと眠っていて、「カイトが来なかった?」と聞くこともできない。

 次に、道ですれ違う兵士たちに行方を尋ねてみるが、「知らない」「見てない」「どこかへ行った」の三重奏。


 カイトを探すついでに見渡してみると、メーディセイン内からは順調に人が減っていた。
 二方向の脱出ルートは安全に機能し、商会からの物資も届き始めている。そうなると考えるのは、自分たちの今後のことだ。


 とりあえず、メーディセインからは脱出した方がいいのかな。
 ウィノやアルケーに封印された妖精たちも一緒に、もっと安全な場所に避難しないと。
 あ、でも、再生の水はどうしよう。あれがないと妖精たちの傷が治らないかもってガレノス先生が……。
 それに……どこに行けばいい?ヘイレンに頼んで船をもらう?ベレン卿と一緒に領地に?
 あ……ちがう。おれたちは妖精の鍵を探さないと。
 や、でも、探すにしてもいったんどこかに落ち着かないと──。


 ぐるぐると考えているうちに、ユエはベレン卿を見つけた。今朝の葬儀を知らせなかったことをまだ恨んでいるらしく、カイトの行方を尋ねると不機嫌そうに返される。

「……山に仕掛けたらしい罠を見に行った」
「わな?」
「いつの間に仕掛けたのやら」
「じゃあ、山に?」
「……獲物を持って帰ってきて、それから今度は魚も欲しいとか言い出して」
「さかな?」
「湖へ釣りにでも行ったのではないか。まったく、暇ならこちらを手伝えばいいものを……そもそも、なぜ私に知らせない。ずるいではないか、お前たちばかりウィノと──」


 これ以上卿の不興を買う前に、ユエはさっさと湖へ向かうことにした。



 湖周りで聞き込みをしてやっと見つけたカイトは、人気のない場所でぼーっと釣り糸を垂らしていた。
 これは本当に魚を釣る気はないな、とユエは勘づく。

「カイト」
 考え事をしているだろうカイトを、邪魔しないようひとりにしてあげようと思うのではなく、ユエはあえて邪魔するために近づく。

「……起きたのか」
「まだ眠かったけど、カイトがいなかったから」

 当たり前のように膝の上に座る。もうここは自分の定位置だと、ユエは思っている。


「さかな、食べたいなら、おれが獲ってくるから」
「……ん」
「釣り竿は置いて」
「ん……」
「カイトの手はここ」


 後ろから抱き締められる格好を自分で作って、ユエは満足げに目を閉じる。このまま二度寝したいくらい心地いい。
 けれど、無意識なのだろうがカイトの手がゆるゆるとお腹を撫でるから、寝るよりももっと有意義なことに時間を使いたくなる。

 カイトの手にユエの手が重なる。


「そういえば……」珍しく察しが悪いカイトは、ユエに宿った熱に気づかずに話し始める。「鍵はどうだ?なにか変化はあったか?」

「んー……まだぜんぜん」
 人魚の鍵が封印されているはずの場所に、ユエはカイトの手を移動させる。指が胸の敏感な部分をかすり「んっ」と小さく声が出たが、カイトの頭は性欲よりも研究欲へ結びついたらしい。


「……純血は性的快感を感じないはずだよな」
「うん?」
「生殖器官がないんだから当然といえば当然だが……でもユエ、お前は時々人魚の姿での口づけをねだるよな」
「うん」
「それは……快感ではないものを求めてるってことなのか?」
「えっ?ふつうに気持ちいいからだよ」
「そう……だよな。つまりどういうことだ。純血のからだでは快感を感じないはずじゃあ……」
「ん~……でもさ、人魚でも人間でも、くすぐったいのは同じだよ」
「……どういう意味だ」

「えっとね……『気持ちいい』にもいろいろあるんじゃないかなって。くすぐったいのも気持ちいいになったりするし、こうやってぎゅうってしてるだけでも気持ちいいよ?」
「つまり純血でも、性的快感以外の快感なら感じると?」
「そう、そういうこと!それとね、頭が覚えてるっていうのもあると思う。人間の時に気持ちよかったことを。だから……ウィノが言ったこと、よくわかる」
「一度人間の姿で性的快感を知ると、元には戻りたくなくなる?」
「うん。もし自由に鍵を使えないのに、人魚の姿でカイトと口づけなんてしたら大変だよ。もっと気持ちいいこと知ってるのに、それ以上できないなんて……!もどかしくておかしくなるかも」
「……生殺しは確かにつらいな」


 他人事みたいに言うカイトに、今は考えることで頭がいっぱいなんだな、とユエは性欲を引っ込める。
 そしてカイトの研究欲に付き合うことにして、ウィノの話を聞いてからひとつ思いついた可能性について、カイトの意見を聞いてみようと思い立つ。


「ね、カイト」
「ああ」
「やっぱりアルケーが関係してるのかな」
「うん?」
「だから、カイトのからだのことにも、アルケーが関係してるんじゃないかなって」
「……どう、だろうな」

 歯切れの悪い返事に、ユエは少しムキになって理由を説明する。

「だってアルケーって、鍵の素になったり再生の水になったりする、すごいものなんでしょう?そんなすごいものだったら、ヒトを不老にすることもできるんじゃ──っていうか、そんなすごいものじゃなきゃ、できないんじゃないかな」

 カイトの返事はまたしても「そう、かもな」というどっちつかず。


 議論もしてくれないでのらりくらりのカイトに、ユエはさらにムキになった。そしてまだ言うつもりのなかったとっておきを、ここで披露してやろうという気になる。


「……『妖精の鍵』だったり、して?」
「……なにが」
「だから……カイトが長生きなのは、カイトのからだの中に妖精の鍵があるから、とか」


 ユエが期待していた反応は、驚きか、もしくは納得だった。『なるほど、そういう可能性もあるな』とか、『そんな突拍子もない……』とか。

 しかしカイトはビクッとからだを揺らして──「それは有り得ない」と一刀両断、完全否定した。


「え……?」あまりに容赦なく否定されて、ユエは戸惑う。
 カイトも自分自身の物言いに驚いたような顔になって、それから取り繕うように「いや、だって……ありえないだろう」と口調を和らげる。

「え、どうして?」
「それだと俺は、妖精ってことになる。妖精にしか妖精の鍵は使えないんだから」
「ほんとは妖精ってことはないの?」
「……俺がか?」
「例えばね、カイトが覚えてないような小さい時に人間になって、それからずっと鍵を……今のおれとかアスカみたいにからだの中に封印してた、とか」


 話しているうちに自信が出てきたユエは、うんうんと自論にうなずく。
「ウィノが言ってたでしょう、妖精のからだをひとつのエネルギーと考えてアルケーに封印したって。それで寿命を延ばしたって。それと一緒で……ん?反対に、かな?ヒトのからだに鍵を封印すると、からだは鍵と一体化して、だから……こう……なんかそう言う感じ?になるんじゃないかな、とか……」


 自信満々に話し始めたものの、言いたいことをうまく言語化できずに、最後はグダグダになってしまう。

 それでやっとカイトの目元が少し弛む。
「そういう感じって、どんなだ」

「う~……でもさ、妖精の鍵がなくなったのは、水害の時でしょう?ってことは、カイトもメーディセインにいて……ん?でもカイトが妖精だったら、ウィノが知らないはずないよね」
「そりゃそうだ」
「……あっ!そうだ、こういうのは?!アスカみたいに後から生まれた妖精で、ちょうど水害の時に生まれたとか!それならウィノは知らないかも!」


 得意げに振り返るユエに、カイトが見せるのは苦笑いだ。
「あれ?けっこう筋が通ってると思ったんだけどなぁ……だめ?」

「まあ、荒唐無稽ってことでもないが……」
「でしょう?」
「……ちがうって、もう確かめた」
「え……?」


 カイトはユエの胸に置いていた手を、自分の胸へと移動させる。
「……俺が妖精で、ここに鍵があるなら──」何も起こらない自分のからだにカイトが何を思ったのか、ユエには読み取れない。「──取り出せるはずだろう」


「いつ確かめたの、カイト」
「……もう、何度か」
「何度も?最初はいつ?」
「最初は……ウィノから妖精の鍵が紛失したことを聞いた、少し後くらいか。でもその時はほとんど思いつきで、だからどちらかというと『ない』ことを確かめたんだがな」

 今度の苦笑いは、カイト自身へ向けたもの。

「けどその後も何度もってことは、もしかしてって思うようになったってことだよね?」
「論理的に導き出したんではなく……お前と同じように思っただけだ」
「おれ?」
「『鍵でなくては、こんな奇跡のような悪夢のようなことは起こせないのでは』ってな」


 もしこれが正解だったなら、ユエも(周回遅れであっても)カイトと同じ考えにたどり着いたと胸を張れるのだが、一緒に間違えたとなればできることは苦笑いだけだ。


「ちがうのかぁ……」
 ユエは肩を落としたが、未練がましく『もしも』を考えることをやめられない。
「妖精の鍵のせいだったなら、取り出せば全部解決するかもって思ったのに。それにカイトが持ってたら、探す手間も省けて一石二鳥だし」

「うん、そうだな」
「じゃあ、鍵はどこ行っちゃったのかな。やっぱりこの湖の底に沈んでるとか?」
「うん、そうかもな」
「いっぱい探したってウィノは言ってたけど、妖精は泳げないんだから、ちゃんと探せてないのかも」
「うん、ありえるな」
「おれなら探せると思うけど、この広さをひとりで、あんな小さな鍵を見つけるのはちょっと大変だ」
「うん、大変だな」


 カイトの返事はまた、ぼんやりしたものに戻ってしまった。
 ユエは『もう!ちゃんと聞いて!』と怒るよりも、ちょっと楽しくなってきて、「ねぇ、カイト」「うん」「ちょっと聞きたいことがあるんだけど」「うん」「おれのこと、すき?」どさくさ紛れにこんな質問をしてみる。

「ああ」
「いちばん?」
「ああ」
「どこがすき?ぜんぶ?」

『ああ』の流れを期待して、ユエはキラキラした瞳で待っていた。ところが──

「……お前、それ」
「あれ?」
「自分から聞くの、ずるいだろ」

 意外とちゃんと聞いていたカイトに笑われて、結局返事はうやむやにされてしまった。
 それから、起きたクレインとジェイが迎えに来るまで何度か挑戦を繰り返したが、カイトは一度たりとも引っかかってはくれなかった。


******



 ウィノは三日眠り続けた。
 その間にメーディセイン内は順調に整理され、外からの情報も集まりつつあった。

 そのためウィノが目覚めた時には、その意見次第でどうにでも動けるように準備できていて、クレインやヘロンのせっかち組などは待ちくたびれたとそわそわしていたほど。


 しかし長い睡眠の後とは、すぐにパッと動けるものではないらしい。ウィノはまぶたが開いた後もぼんやりと座り込んだまま、生返事を繰り返すばかりでとても頭が働いているようには見えない。

 急いで集まってきた仲間たちも、これはもう少し時間がかかるなと判断して仕事に戻っていく。



 この時ウィノの頭の中では、目まぐるしい勢いで情報が整理されていた。
 仲間から受け継いだ記憶は、睡眠の間に整理されている。それを今度は思い出し、断片と断片をつなぎ合わせ、そしてひとつの結論を導き出す。

 それはある意味予想通りで、けれど──そうでなければいいと望むようになっていた残酷な結論。


 ウィノは項垂れた。
 自分の無力さに打ちひしがれ、世界の優しさと残酷さに打ちのめされる。
 考えて、悩んで、もっとも犠牲が少ない道を選ぼうとして、惑い、せめて自分の責任からは逃げてはならぬと心を決める。


 ウィノはこっそりと天幕を抜け出した。
 誰にも見つからないように舞い上がり、上空から人影を見極める。

 お目当ての人物はすぐに見つかった。
 まるで探されることを待っていたように、それも、ふたりだけで話がしたいことまで見透かしているように、崖の上にひとりで座っている。


 ウィノがひらりと目の前に降りると、やはり待っていたかのように「情報収集は終わったか」と気負いなく話しかけられる。

「情報収集?」
「お前が言ったんだろう。鍵を探すために、ここへ戻って情報収集をする、と。調べ尽くしたと言いながらどうするつもりだと思っていたが、あれは仲間の記憶を当て込んだ発言だったんだな」

 何もかも承知という瞳に見つめられて、ウィノは決めたはずの決意が揺らぐ。けれどどうにか「話がある」と切り出した。「先に、君にだけ話しておきたい」


「……俺も聞きたいことがある」
 しかし先手を取られて見せられたのは、手の平の上の粉々になった赤いカケラ。

「これは……?」
「ユエの血で砕けたものじゃない。俺の血で試したものだ」
「……っ!」
「『亜種を見分ける水晶』という触れ書きのアルケー。ひとつだけ余ってたんでな」


 この男は──ウィノは空恐ろしくなる。全てを見透かされていることよりも、その上でこれだけ冷静に振る舞えることに、だ。


「わからないことがある」
 どうして空は青いんだ、とでも続きそうな、とても純粋に答えを求める声。
「どう考えても矛盾しているのに、考えれば考えるほど、この結論に行き着くんだ」


 ヒュルっと吹き抜けた風が、赤く染まったカケラを巻き上げていった。ふたりで見送って、また、見つめ合う。


「俺は人間だ。妖精じゃない」
 それを証明するように、黒の虹彩が艶めく。

「俺のからだの中に『妖精の鍵』が封印されている」
 黒とはそうか、三種が混じり合った色なのだと今さらながらウィノは気づく。



「人間のからだの中に『妖精の鍵』が封印されている──この矛盾が成り立つことを、俺に納得させてみせてくれ」



 この時ウィノが思い浮かべたのは、あるひとりの兄弟のこと。彼──いや、は自分よりも妖精らしい妖精で、無感情で、合理的で、むしろを止める側だと思っていた。

 それがまさか──ヒトの心の複雑さに驚くとともに、ウィノはどこかうらやましいとも感じている。
 彼女は見つけたのだろう。全てを捨ててもいいと思えるほどの、愛を。


 自分の目尻が情けなく下がるのを、ウィノは止められない。
 裁判官になったような気分だ。誰にも裁く権利などないのに。


 それでもウィノは語り始めた。
 語り終わるまで、相手は一度も口を挟まなかった。最後に「そうか」とひと言、吐息のように漏らしただけ。


「すまない」と謝ると、「ウィノが謝ることはないだろう」と気遣われる。
 それも心苦しくて「いいや、謝らなければならない」と強い口調になる。「私から言い出さなければならなかった。君たちに言わせてはいけなかった。『鍵を開けよう』などと」

 ウィノが言いたいことを正確に読み取って、ふたりは共犯者の顔になる。


「『鍵を開けてほしい』」
「『わかった』」


 だからこのやり取りは、台本に書かれていた台詞を言い合っただけの茶番だ。
 ウィノ自身の言葉で、もう一度頼む。
 自分の命と世界の命運を天秤にかけて、どちらが重いかを本人に決めさせるなんて、それは責任の押し付けだ。せめてウィノは世界の一員として、責任の一端を担うつもりだった。





「カイト、すまない。世界のために、死んでほしい」





 そうしてウィノは天秤を傾けた。

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王国にその名を轟かせる名門・ブラックウッド公爵家。 嫡男レイモンドは比類なき才知と冷徹な眼差しを持つ若き天才であった。 だが妹リディアナが王太子の許嫁でありながら、王太子が心奪われたのは庶民の少女リーシャ・グレイヴェル。 嫉妬と憎悪が社交界を揺るがす愚行へと繋がり、王宮での婚約破棄、王の御前での一族追放へと至る。 混乱の只中、妹を庇おうとするレイモンドの前に立ちはだかったのは、王国騎士団副団長にしてリーシャの異母兄、ヴィンセント・グレイヴェル。 琥珀の瞳に嗜虐を宿した彼は言う―― 「この才を捨てるは惜しい。ゆえに、我が手で飼い馴らそう」 知略と支配欲を秘めた騎士と、没落した宰相家の天才青年。 耽美と背徳の物語が、冷たい鎖と熱い口づけの中で幕を開ける。

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