三鍵の奏者

春澄蒼

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第二章 十字行路に風は吹く

17 教会の酒宴

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「あーーくそっ……力抜けるな……!」
「やっぱり片手じゃ無理か?」
「あんまり無理をしないでくれよ。演出を変えるかい?」
「いやでも……!ここは派手にいかないと!!」
 剣技の練習をしていた役者二人を、カールがハラハラと見守っている。一人は右手に包帯をしていて、撃ち合いの途中で剣を落としてしまった。

「少し貸してみろ」
 傍で自分の剣を研いでいたカイトが、練習用の剣を借りて、相手役をちょいちょいと手招きする。
 さっきより手加減して斬りかかってきた相手を力強く受け止め、代役とは思えない動きで力を流す。
「おっ」と気を引き締めた相手役は、滑らかに次の動作に移るカイトに、遠慮を止めた。
 ガンッガンッと派手な動きが続き、最後にカイトが演出通りにやられて吹っ飛ぶと、「おお~」周りから感嘆が漏れた。

「上手いな~!!なに?俺たちの練習見てただけで、もう覚えちゃったの?」
 手を差し出して引っ張り起こしながら褒められても、カイトは涼しげだ。

「剣術の型はだいたい決まってるからな。これは西国のレイピアの型を参考にしているだろう?」
「へぇ~そんなことも分かるのか?!確かに今回の役は騎士なんでね。あいつが元は騎士団にいてね、参考にさせてもらったんだ」
 カイトと交代した男を指差す。

「へえ、細かいな。そこまで考えて演出しているのか」
「ははっ、まぁお客は素人だから、そんなこと分かりゃしないって思うかもしれないけどさ。やっぱり剣の打ち合い一つにしても、そいつが騎士なのか、傭兵なのか、盗賊なのか、役柄によって立ち振る舞いは変えないと。騎士とゴロツキが同じ動きをしていたら、そりゃあ奇妙だろ?」
 言葉通りに、騎士、傭兵、盗賊と動きを器用に変えてみせる。

 このギリーという男は、この団の言わば看板役者なのだが、それにしては気取ったところもなく、ずいぶんと気さくだった。

「こう、手首を固定して……」
 片手でも受け流せる握り方を、カイトが教えようと実演し始めたところで、
「そうだ!あんた、舞台に出てみないか?」
 さも名案を思いついたというように、ポンッと手を打って、いきなりギリーが言い出す。

「こらこら、彼らに依頼したのは護衛と裏方だけだよ」
 カールは軽く窘めるが、一瞬ギラッと眼光が走った。
「団長、裏方、裏方!顔は隠すし!」
「……ふむ、確かに『雑用』というのは、どこまでなのか定義があいまいだね」
 カールは白々しく考え込むフリをするから、カイトも呆れるより苦笑してしまう。
「どうせ団長だって、『面白い』って思ったくせに!いや~最初に見た時から思ってたんだよなー、舞台映えするって!カイトだけじゃなくて、あんたたちもどうだい?」

 ユエやクレインにも目を向ける。慌てて視線を逸らしたが、二人ともばっちり合ってしまった。
「はは、否定はしないよ。でもまあ、強制はだめだね」
 そう言いながら、カールはすでに計算し始めている。(けが人が多くて演出が限られると思っていたが、二、三人入ってくれるなら……)

「俺は絶っ対にやらない」
 クレインはそれ以上何かを言われる前に、早々にはっきり断って、その場からも姿を消す。

 ユエはチラリとカイトを見たが、自分で「俺も、断る」結論を出した。
「えぇ~?!せめて一回!一回やってみない?結構楽しいんだぜ?!」
 粘るギリーを制してカイトが、
「個人の意思を尊重してくれるなら、俺は構わない」
「いいのかい?!」
「ただし、一回断ったら、それ以上は……」
 ユエに詰め寄るギリーを牽制する。
 ギリーはニヤッとわざとらしくユエの肩に手を回しにいくが、触れるか否かでスルッと逃げ出され、空振った手を見て自分で笑った。

「ははっ、逃げられた!まぁクレインとユエのことは諦めよう。でも、カイトは出てくれるんだな?」
 クレインやユエにまで声をかけたのは、最初からカイトのその言質を取るためだったのか、ギリーはあっさり引き下がった。
「なんだ、案外食えないな」
「演技力はこう使うんだ」
 いかにも正統派の美形のくせに、自分の顔を惜しげもなく使っている。

「俺たちは使えるもんは何でも使うのさ!と言う訳で、他にも『出ていい』ってやつは?」

 自分は関係ないと安心していた他の五人は、ギリーとカールにギラギラと詰め寄られて、後退った。


******
 今日、一団がお世話になる教会は、これまでにも何度も訪れていて、司教や子どもたちとも馴染んでいた。

 部屋に余りがあるということで、自前の天幕ではなく、建物内で寝泊りさせてもらえることになった。中でも子どもたちは、教会の子どもに混じって同じ部屋で寝ることになってはしゃいでいる。

 大人組も女性は大きめの部屋を一つ、男性は食堂を借りて寝具を並べた。少しずつ夜は冷えるようになってきていたから、これはありがたい配慮だ。

 移動が続く時は睡眠は交代だし、教会の敷地でも天幕や馬車で寝る時は、一応外ということもあって見張りを立てる。だからこうして一斉に夜に揃うことは今までなかった。二、三日はここに泊まる予定だったので、誰もがゆっくりと時間を過ごしていた。


******
 日が暮れてロウソクの灯りの元で、幾人かが酒を飲んでいる。

「──マイルズが冷夏だったらしいよ」
「それじゃあ今年は麦が不作かもしれませんね」
「反対に東では果物の出来が良かったとか。砂糖も例年通りだろう」
「ふぅ……商会が上手いこと回してくれるといいですが……」

 布団に潜り込んでいる他に気を使って、カールと教会の司教が声を潜めて情報を交換する。
 この教会は、すでに部屋で休んでいる若者と、ここにいる六十をもう越えているであろう老人の二人で管理していた。

「そう言えば、東の海では今年は魚があまり獲れないとか……」
 アイビスがハオリ島で聞き込んだ情報を明かすと、二人は眉間のしわをさらに深くする。

「そんなに心配しなくても、なんだかんだ毎年、ちゃんと商会が管理してくれてるじゃないですか」

 どれだけ飲んでも全く顔色が変わらないギリーから、「君はお酒の心配しかしないからね」と杯を取り上げて、カールは苦笑いだ。

「君たち世代だと、あまり危機感が感じられないでしょうね。生まれた時から商会があったようなものですから」

 司教のその言葉に、
「商会って確か……そうか、できてまだ二十年そこそこなのか……」
 計算したアイビスが、知っていたはずなのに改めて驚く。

「そうだよ。商会がなかった時代は、今思い返せば、そりゃあ不安だったよ」
 その時代を知るカールと司教はしみじみと思い出す。
「物価の上下が激しくてね。不作の時は悪徳商人ばかりが儲かって、庶民は右往左往するばかり。特に私たちのように国を持たない者は、自由の代わりに誰も守ってはくれないからね」

 当時の苦労を思い出し、カールは自分の手の中の杯に改めて感謝をするように口をつける。

「商会もだけど、ギルドだってここ十年くらいのことだからね、ここまで広まったのは」
「そうですね。それまでは傭兵を雇うのは賭けみたいなものでしたから。いい傭兵に当たればいいけれど、運が悪いと護衛が盗賊と結託していたり……」

 興味深そうに聞くアイビスとギリーを尻目に、カイトは知っていたのか涼しい顔で、水のように酒を減らしている。
 その隣でユエはうとうとと船を漕いでいた。

 ラーク、ヘロンの子ども二人は、子ども部屋で寝ているはずだ。
 クレインはさっさと端の寝具を確保して、壁の方を向いて寝てしまった。その隣でジェイも、クレインの寝顔を守るように壁になって寝ている。
 フェザントはその怪力を見込まれて、色々とこき使われた上、ヘロンが扇動した教会の子どもたちに散々遊ばれて、ヘトヘトになって真っ先にいびきを立て始めた。

 かくん、ととうとう首が落ちたユエを、カイトは「先に寝たらどうだ」と笑ったが、ユエは目をこすりながらも首を振る。
 しょうがないと言うように、カイトが自分の肩にもたれさせると、それを見ていたギリーがニヤニヤと、「お熱いことで」と揶揄う。

 カイトはそれを笑って受け流したが、アイビスはあまり面白くなさそうに、視線を背けた。

「今の世の中の安定は、商会やギルドのおかげでもあるけれど、他にも色々と重なっているね」

 年長二人はそんな若者たちを微笑ましく見守って、再び昔話に戻っていく。

「そうですね。私のような年寄りには、巡るましいほどですよ」
「確かにね。本当にここ……五十年くらいかな、一気に世界が動いた気がするよ」

 カールは年寄りの思い出話などと無粋なつもりはない。ただ──今は、カールが知る中で、いや、先達から聞いた歴史の中でも、最も安定した時代になった。西は相変わらずきな臭いが、十字行路の南北路以東はほとんど戦も終結し、発展の時代を迎えている。

 しかし平和しか知らない若者たちは、それを当たり前と軽く考えがちだ。
 今の『当たり前』を勝ち取るために、どういう歴史が刻まれたのか──カールは自分の知るだけでも語り継ぎたいと考えていた。

「傑物が一時代に会したのかな。商会のヴァンダイン氏に、当代のベレン領主。十字行路はそれこそ私が生まれる前からあったけど、ここまでにしたのは今のベレン領主だね。積極的に介入して、警備態勢を一律にして、ほとんどの通行料を廃止して」

「それからヴェルドット国王陛下。あの国が技術力を押し上げましたね」

「そして……忘れてはいけないのが、教会の大司教様だね」

 カールから名前を出してもらって、司教は照れたような誇らしいような表情になる。
「ふふふっ……私たちの父であり母であるお方です。ですが『大』司教『様』などと呼ぶと、怒られてしまいますね。『私はただの人ですよ』と」

 その人物にピンとこなかったのか、首をひねるアイビスに、
「教会が今の形になったのは、ここ五十年くらいなんですよ」
 司教は教会の子どもたちに教えるように、落ち着いた声で語る。

「元は教会と『聖会』は同じ組織だったのですよ」
「『聖会』って……あの悪名高い……?!」
 アイビスの驚愕に、司教は複雑になる。(それだけ教会が浸透しているのか、それとも歴史が正しく伝わっていないのか……)

「今現在『教会』と呼ばれている所は、大司教様の考えに賛同した元『聖会』が名前を変えた所なんです。腐敗し切った『聖会』から独立して──及ばずながら、我らもこの平和に貢献しているつもりです」

「……『負の連鎖』の反対で、良いことも連鎖してどんどん良くなって来ている最中、という気がするね。教会のおかげで亜種なんかへの差別は少なくなった方だ。そもそもそれまでは一般の人は亜種という存在を知らない人も多かったしね」

 うんうん、とカールの言葉に頷いた司教は一転、「……ですが」と声の調子を落とす。それに合わせたように、風が吹き込んでロウソクの灯がフラッと揺らめいた。
「その功労者の大司教様が、近頃体調を崩されているらしい。また時代が変わるかもしれませんね……」

 ピクッと反応したカイトの肩から、ユエの頭がズリ……と落ちて、半分夢の中だった意識が覚醒する。

「ンー……」
 いつものように無意識に体温を探して、露出している首元に頰を擦り付けにいく。
 カイトもいつもの夜の時間のように、ユエの体を腕の中に囲い込み、ユエの頭に自分の顎を乗せるようにして、思考に沈もうとした。が、

「いや~羨ましい限りだね~!こんだけ愛されるとは!」
 ギリーの冗談めかしながらも、本気で羨ましがっている声に、引き戻される。

 若者には世界の平和より、身近な恋愛の方が一大事なのはしょうがないかと苦笑いしたカールは、小難しい話を切り上げて、ギリーの話題に乗ることにした。

「何だい、ギリー。君にもお相手がいるじゃないか。今度は『誰ちゃん』だったかな?この前まで『やっと会える』って騒いでいたのに……っと……!」

 そこまで言って、ギリーの眉が下がってきていることに気づき、言葉を切る。
「何だい、また上手くいかなかったのか?!」

 ガバッと突っ伏したギリーは、「団長ひどい……『また』……『また』って……!!」
「あぁ、悪かった悪かったよ!……それにしてもどうしてだろうね。君は軽そうに見えて一途だし、外見に似合わず気さくだし、舞台では輝いているはずなのに」
「……団長、いちいち抉ってます……」
「あれ?褒めたつもりなんだけど……」

 さっきよりずーーん……と頭が地面に近づく。
「あーあ!何でって俺が聞きたいですよ!……今度こそ待っててくれると思ってたのに……」

 とうとう突っ伏したギリーの頭をポンポンと慰めたカールは、
「うーむ、ちょっと責任を感じるね……いつも言っているように、『ここだ』という土地や『この人だ』という大切な人ができたなら、団を抜けてもいいんだよ?」
 そんな団長らしからぬことを言う。

「……俺がダメなんですよ……」
 ギリーは話を聞いてもらったことで、少しは立ち直ったのか、幾分か冷静になった。
「俺は旅をやめられない、相手はその土地を捨てられない──結局はどちらかが折れるか……やっぱり待たせるしかないのか……?」

「人生ままならないものですね……」「まあ飲みなさい」
 司教とカールに慰められ、グイッと杯を煽ったギリーを見て、(そろそろお開きか)とアイビスが自分の杯を空にしようとしたところで、

「そう言えば!アイビスは故郷に婚約者がいるとか言ってなかったかっ?!」
「ぅえっ!?」
 思わぬ飛び火に、酒が喉に絡む。

「なぁなぁー!なんか、待っててくれるコツみたいなの、ないのか?!あんたが旅してる間、故郷で待ってくれてるんだろう?!」
「あ、いや……っ」

 視線をウロウロさせるアイビスに、
「あれ?もしかしてあれは方便だったのかい?」
 カールに突っ込まれて「うっ……!」と詰まる。

 助け舟をカイトに求めたが、
「婚約者がいるのは本当だが、アイビスはそれから逃げてきたんだ」
「カイト……っ!!」
 思わぬ方向から槍で突かれることになった。

「へぇ~!なら特に決まったお相手はいないのかい?!」
「それなら!うちの女性陣はどうだっ?!なかなかのべっぴん揃いだろう?!」
「はぁ?!いや団長!依頼の時にあなたが牽制したくせに……!」
「あれ?団長、そんなことしたんですか?」
「あー……はは、一応ね。あんなことがあったばかりだったから……」

 照れ臭そうに頭をポリポリ掻いてから、気を取り直してアイビスに詰め寄る。

「あの時はまだ君たちのことをよく知らなかったからね!でも今なら……!大事な団員を預けられるよ!!」
「いや!預けられても困る!!」
「それなら君がうちに入ってくれてもいいんだよ!」
「はぁぁ?!」

 酒の上の冗談なのか、それとも本気なのか。読めない顔で二人はポンポンと掛け合いを始める。

「うちは別に恋愛禁止じゃないぜ」
「むしろ推奨しているね」
「恋愛は演技の幅を広げるからな!」
「できればみんなにいい相手を見つけてあげたいよ」
「あはは!団長、完全に親目線ですね!」
「ははっ、団員はみんなかわいい子どもだよ」
「よっ!団長!いや、お父さん!!」
「ははは!あ、だがもちろん、相思相愛なら、だよ!弄ぶようなことがあったら……!!」

 顔には全く出ていなかったが、予想以上に酔っていた二人は、他を置いて熱弁を始めてしまった。

 アイビスが変な方向に転がった話に戸惑う傍ら、カイトはさっきギリーに遮られた思考の海に戻っていた。
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