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第二章 十字行路に風は吹く
18 逢引
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「違う!ちがーう!!もっと周りと合わせて!!」
腕組みをしたギリーが声を張り上げる。
ふぅふぅ息を整えながら、フェザントは情けない顔で、誰にともなく溢す。
「……俺たち、必要か?」
ギリーの無茶振りに結局、押しに弱いアイビスとフェザントが捕まって、剣技の練習に組み込まれていた。
さらにフェザントはその怪力を見込まれて、裏方としても色々と使われている。
目立ちたがりのヘロンが自分から志願して、楽しそうに演じている姿を、フェザントは奇怪なモノを見るような目で見た。
「うちは公演ごとに脚本を変えるし、主役も変えるのよ。やる気があれば、誰でも主役を張らせてくれるわ。前回の公演はサラが主役で、次はリアーナ。子ども向けなら子どもが主役をやるし」
カールの方針で、なるべく誰もが主役、脇役、裏方と、それぞれの仕事を理解するためにもやるようにしている。
公演はいくつかに分けられる。
一つは貴族や権力者、金持ちの個人的な催しだ。その場合は、脚本も過激なものは避け、無難な恋愛ものや喜劇を選ぶ。
一つは町の祭などからの依頼だ。その場合は、その土地の歴史に沿ったものや、祭りの趣旨に沿った脚本にする。収穫祭なら農夫が、戦の鎮魂祭なら騎士や犠牲者が主役だ。
一つは教会やもっと小さな祭りでの公演だ。その時は子どもでも楽しめるような題材を選ぶ。
カルメリアの秋祭りではリアーナが妖精役の公演を予定している。
その前にもう一つ大きな公演が控えていて、一行が出演させられるのは、そちらの予定だ。
「俺なんかよりユエやクレインの方が向いてるんじゃないか?」
「いやいや!あの二人こそ、やらないだろ」
フェザントの泣き言に、ギリーは驚いた声を上げた。そして得意げに三本の指を立てて、語り始める。
「人は三種類に分けられる。一つは『舞台に出たい人』、俺だな。そして次は『舞台に出てもいい人』、積極的ではないが、絶対に嫌というほとではない。ここに当てはまる人が一番多いだろうな。で、最後は『絶対に舞台に出たくない人』、ユエとクレインはこれだ。決定的に向いてない!!」
「それじゃあ俺もその『絶対』だ!!」と逃げ出そうとするフェザントを、「いやいや、あんたはやればできる!!」などと根拠のない拳を振り上げて、ギリーは容赦なく練習を再開させた。
******
一方、出演を拒止した四人は、それぞれ日常の仕事をこなしている。
天幕や衣類を洗って干し、馬の世話をし、壊れた馬具や馬車を直し、食事の下準備をする。
今は、クレインとジェイはケガで練習ができない男連中と舞台の大道具を作っている。
ユエとラークは女性たちの子物作りを手伝い、実験台として遊ばれていた。
「本当に綺麗な髪ね」
腰まで届く長い髪を結われて、さらに作ったばかりの花飾りや髪飾りを好き放題付けられたユエは、とにかく言われた通りにじっとしている。
どんどん重くなっていく頭と、色々な方向から伸びてくる腕に、少し恐怖を覚えながら。
「遊ばれてるな」
「っカイト……!」
練習がひと段落したのか、さっきまで集まっていた役者たちが休憩に散っていく。
がっくり項垂れるフェザントはその場から動けないのか、アイビスに付き添われ慰められていた。
ヘロンはカイトより先に一目散に女性陣とラークに近づいて、「ぷっはぁーっ!はーぁはっ!!何それ!!」花まみれのラークを指差して大笑いだ。
「頭が重そうだな」
ユエがずっと思っていたことを、カイトも最初に思ったのか、そんな情緒もないことを言う。
せっかくの力作に対する感想がそれでは、時間をかけた甲斐がないと、髪をいじっていた一人が口を尖らせる。
「他に言うこと、ないの?『似合ってる』とか」
「『似合ってる』」
表情も変えず言うから、周りの方が照れてしまう。
ユエの何とも言えない顔に応えて、
「……俺は髪より瞳の方がお気に入りなんだ」
視線を外して誤魔化す様子が、周りからは照れているように見えた。
女性たちの手が離れた隙に、ユエはするっとその輪を離れた。そして捲り上げて露出したカイトの腕に、自分の腕を絡めにいく。
さわさわと、女性たちの手の感触と比べるように確かめる。
(やっぱりカイトだけ、違う)
女性たちや他の人に触れられると、身構えてしまうし、肌がざわっと粟立つ気がするのだ。
だがカイトには自分から触れに行ってしまう。
(どうして……?)
「ホント妬けちゃう」
耳元に口を寄せて、ユエがカイトに質問しようとすると、周りからそんな声が聞こえてきた。
ユエなりに気を使って、周りに聞こえないよう質問をしているだけなのだが、はたから見るといちゃついているようにしか見えない。
カイトからすれば雛鳥が懐いているようなこの様子も、ユエの容姿と雰囲気からか、どことなく意味深に見えてしまうらしい。
カイトはそんな周りの視線を内心で苦笑する。
そうこうするうちに、散っていた役者たちや大道具を作っていた連中も集まり始め、「おぉ!!」「きれいだなー」と口々に賛辞する。
しかしユエはそれから逃げるようにカイトの背に隠れ、飾りを取ろうと自分の髪に手を伸ばす。だが自分では見ることもできないため、上手く外せない。
縋るような目を受けて、カイトは苦笑しながら取り外すのを手伝った。
「もったいない」という声を浴びながら全てを取り払って、最後にカイトが指で髪を梳くと、ざわっとまた沸く。
そんな視線を振り払うように、周りの目から逃れるように、ユエはカイトを引っ張って、人目が届かない所へ連れて行った。
それがまたおかしな憶測を呼ぶのだった──。
******
教会の裏手に回って、久しぶりに二人きりになって、ユエはカイトを質問責めにする。
「教会って?」
「どうして子どもがたくさんいるんだ?」
「なぜ?」「どうして?」────。
ユエ自身思っていたより何倍も周囲に気を遣っていたのか、夜の見張りの時間のような、この静かな空間がとても居心地よく感じられた。
「……人がいっぱいで、少し疲れる」
「ふっ、同感だな」
ユエの愚痴にカイトが同意して、そのまま地面に座って、木に背を預ける。
「……お前は意外とたくましいな」
「え……?」
ユエも習って隣に腰を落とした。
「もっと狼狽えたり、自暴自棄になったりすると思っていたが……『こんなこと覚えても意味がない』なんて言わずに、順応しようとしている」
「……だって……嘆いてもしょうがない、し。色々覚えるのは、結構、楽しい、し」
ユエとしては当たり前だと思っていたことを褒められて、気恥ずかしく顔を隠すと、それをカイトは、ふっ、と笑った。
その後はしばらく沈黙が続く。
サラサラと葉が擦れる音、鳥の鳴き声、遠くから響く笑い声──カイトから教えてもらった一つ一つの音に、ユエは確かめるよう耳を澄ませた。
と、その中に異音が混じる。
茂みから押し殺した言い合いをするような声が届いた。
「……ってくれ!」
「や──……さいっ!」
「お……いだ、少し……──!!」
「ンっ……!」
その後は意味のある言葉は聞こえず、ガサガサという葉音と、吐息、そして水音──。
何が起こっているか予想したカイトは、ユエの口を塞いでその場を離れようとした。が、ユエが踏んだ木の枝が「ぽき」とその配慮を破る。
一瞬、音が消える。
ガサッッ!!
繁みを飛び出した一人は、肌蹴た肩も露わに、転がるように走り去って行く。二人の視界には、聖職者の証である裾の長い白の祭服が翻った。
「あー……ハハッ、ぁーっと……見られ、ちゃったよな……?」
警戒した兎のように首を伸ばしたギリーは、そこにいるのがカイトとユエだと気づき、明から様にホッとして声を漏らした。
シャツのボタンがいくつか外れ、頭に葉っぱを付けたまま顔を覆う。
「……はぁ……まだあんたたちでよかったよ、見られたのが」
「……昨日言っていた『お相手』は、彼だったのか。意外な組み合わせだな」
カイトは昨日あいさつをした司教の顔を思い出す。二十代前半くらいの、眼鏡をかけた穏やかな印象。
彼にしてはかなり驚いていたのだが、淡々とした口調はとてもそうは見えない。
「……?なにしてたんだ?」
一方のユエは本気で聞いているのだが、ギリーには分かりきったことを白々しく聞いているように思えて、「うっ」と詰まるしかない。
「……後で教えてやるから」
こそっとユエに耳打ちして、
「邪魔して悪かったな」
カイトがユエの腕を取って立ち去ろうとすると、
「あーっ!ちょい待った!!」
ギリーがあたふたと引き止める。
「うー……うぅ~……」
引き止めておきながら、言葉につまり一人で唸って、ようやく諦めたように、
「ちょっと話、聞いてくれよ」
情けない声を落とした。
******
「団のやつらには話せないもんだから」
ギリーはポツリポツリと話し始めた。
この教会の若手の司教、名前はミカエルと言う彼とギリーが出会ったのは三年前のことだ。
他の教会にいたミカエルが、老齢の司教の手伝いとしてやって来た。
最初の年は、そういう関係にはならなかった。教会しか知らないミカエルに、ギリーがこれまでの旅の話を聞かせ、年の近い友人としてただ別れた。
次の年、リーリア団が教会に滞在した一週間で、一気に関係が変わったのだ。
「……なんっつーか、ミカは今まで周りにいなかった系統で、穏やかで素直で優しくて、でもちょっと抜けてて……旅の間、ずっと思い出してたんだ。『今何してるかな?』とか『あいつに見せたいな』とか……」
ギリー自身もどうしてこんなに気になるのか、ずっと不思議だった。
だが二年目に顔を合わせた瞬間──「ああ、俺、この人のこと好きだって……いきなり気づいたんだよな」
そしてとにかく押しまくった。毎年、この教会には何日か滞在するとはいえ、時間は限られている。だからとにかくその間に気持ちを伝えなければ──と。
「……最後の日に、受け入れてくれたんだ。それで肌も合わせて……なのに……!なのに!!」
たっぷり間を溜めて、吐き出す。
「昨日が一年ぶりの再会だったのに!!……『もう忘れました』なんて……っ!!」
顔を見合わせたカイトとユエは、残念ながら、恋愛相談に向いているとはお世辞にも言えない二人だ。
だがギリーはこの二人が恋人だと思っているから、その様子が余裕に感じられてしまった。
「……いいよな、あんたたちは。一緒に旅して、ずっと一緒にいられて……不安なんかないって感じだ……俺なんか男と付き合うのだって初めてで、明日か明後日にはまた離れ離れ……!!」
泣き言が始まったギリーを扱いかねて、
「あー……それよりも、彼を追いかけた方がよかったんじゃないか?あんなところを見られて、不安になっているんじゃないか?」
カイトが矛先を変えると、急に心配になったのかばっと勢いよく立ち上がって、少し躊躇した後「また今度聞いてくれよ!!」と言い置いて、後を追って走り去った。
******
再び二人になったところで、ユエはもう一度同じ質問を繰り返す。
「さっき何していたんだ?」
「……まぁ、いわゆる、交尾、だな」
「……?男同士で?」
「ああ……」
「人間は男同士でも子どもができるのか?」
ため息をついたカイトは、子どもに性教育をする気分で、無垢な瞳に向き合う。
「人間も男同士では子どもはできない。だが人間は子作りのためだけにする訳じゃないからな。性行為がそのまま目的になっている」
きょとんとするユエに、カイトは人魚と人間の体の違いから性行為の違いに至るまで、淡々と説明していく。
だが一通り説明し終えても、ユエはまだ首を傾げたままで、今度はカイトが戸惑う。
「……子どもを作らないなら、何のために交尾するんだ?」
「……一般的には愛情を確かめ合うんじゃないか?それ以外なら快楽を追う。または支配欲を満たす」
「快楽?……気持ちいいのか?」
その言葉にやっと違和感を見つけ、もしやと問う。
「……もしかしてお前、人魚の性交についてもよく知らない、のか?」
図星を突かれたユエは顔に朱を浮かべて、
「…………だって、したこと、ない……」
消え入りそうな声にカイトは、『したことはなくても話に聞いたりして知識はあるものだろう?』という当然の疑問を発することはできなかった。
「……いつか自分で経験すれば、分かる」
そう返すのが精一杯だったが、最後に忠告も忘れない。
「……いいか、分からないことがあったら俺に聞け。他の奴に、こういうことを聞くなよ」
変な誤解を生まないためにも、念を押しておく。
『そんなの当たり前だ』という顔で頷くユエに、カイトは柄にもなく心配になる。
ユエのこの瞳に見つめられて、『性交って気持ちいいのか?』とでも聞かれた男は、間違いなく道を踏み外すことになるだろう、と。
腕組みをしたギリーが声を張り上げる。
ふぅふぅ息を整えながら、フェザントは情けない顔で、誰にともなく溢す。
「……俺たち、必要か?」
ギリーの無茶振りに結局、押しに弱いアイビスとフェザントが捕まって、剣技の練習に組み込まれていた。
さらにフェザントはその怪力を見込まれて、裏方としても色々と使われている。
目立ちたがりのヘロンが自分から志願して、楽しそうに演じている姿を、フェザントは奇怪なモノを見るような目で見た。
「うちは公演ごとに脚本を変えるし、主役も変えるのよ。やる気があれば、誰でも主役を張らせてくれるわ。前回の公演はサラが主役で、次はリアーナ。子ども向けなら子どもが主役をやるし」
カールの方針で、なるべく誰もが主役、脇役、裏方と、それぞれの仕事を理解するためにもやるようにしている。
公演はいくつかに分けられる。
一つは貴族や権力者、金持ちの個人的な催しだ。その場合は、脚本も過激なものは避け、無難な恋愛ものや喜劇を選ぶ。
一つは町の祭などからの依頼だ。その場合は、その土地の歴史に沿ったものや、祭りの趣旨に沿った脚本にする。収穫祭なら農夫が、戦の鎮魂祭なら騎士や犠牲者が主役だ。
一つは教会やもっと小さな祭りでの公演だ。その時は子どもでも楽しめるような題材を選ぶ。
カルメリアの秋祭りではリアーナが妖精役の公演を予定している。
その前にもう一つ大きな公演が控えていて、一行が出演させられるのは、そちらの予定だ。
「俺なんかよりユエやクレインの方が向いてるんじゃないか?」
「いやいや!あの二人こそ、やらないだろ」
フェザントの泣き言に、ギリーは驚いた声を上げた。そして得意げに三本の指を立てて、語り始める。
「人は三種類に分けられる。一つは『舞台に出たい人』、俺だな。そして次は『舞台に出てもいい人』、積極的ではないが、絶対に嫌というほとではない。ここに当てはまる人が一番多いだろうな。で、最後は『絶対に舞台に出たくない人』、ユエとクレインはこれだ。決定的に向いてない!!」
「それじゃあ俺もその『絶対』だ!!」と逃げ出そうとするフェザントを、「いやいや、あんたはやればできる!!」などと根拠のない拳を振り上げて、ギリーは容赦なく練習を再開させた。
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一方、出演を拒止した四人は、それぞれ日常の仕事をこなしている。
天幕や衣類を洗って干し、馬の世話をし、壊れた馬具や馬車を直し、食事の下準備をする。
今は、クレインとジェイはケガで練習ができない男連中と舞台の大道具を作っている。
ユエとラークは女性たちの子物作りを手伝い、実験台として遊ばれていた。
「本当に綺麗な髪ね」
腰まで届く長い髪を結われて、さらに作ったばかりの花飾りや髪飾りを好き放題付けられたユエは、とにかく言われた通りにじっとしている。
どんどん重くなっていく頭と、色々な方向から伸びてくる腕に、少し恐怖を覚えながら。
「遊ばれてるな」
「っカイト……!」
練習がひと段落したのか、さっきまで集まっていた役者たちが休憩に散っていく。
がっくり項垂れるフェザントはその場から動けないのか、アイビスに付き添われ慰められていた。
ヘロンはカイトより先に一目散に女性陣とラークに近づいて、「ぷっはぁーっ!はーぁはっ!!何それ!!」花まみれのラークを指差して大笑いだ。
「頭が重そうだな」
ユエがずっと思っていたことを、カイトも最初に思ったのか、そんな情緒もないことを言う。
せっかくの力作に対する感想がそれでは、時間をかけた甲斐がないと、髪をいじっていた一人が口を尖らせる。
「他に言うこと、ないの?『似合ってる』とか」
「『似合ってる』」
表情も変えず言うから、周りの方が照れてしまう。
ユエの何とも言えない顔に応えて、
「……俺は髪より瞳の方がお気に入りなんだ」
視線を外して誤魔化す様子が、周りからは照れているように見えた。
女性たちの手が離れた隙に、ユエはするっとその輪を離れた。そして捲り上げて露出したカイトの腕に、自分の腕を絡めにいく。
さわさわと、女性たちの手の感触と比べるように確かめる。
(やっぱりカイトだけ、違う)
女性たちや他の人に触れられると、身構えてしまうし、肌がざわっと粟立つ気がするのだ。
だがカイトには自分から触れに行ってしまう。
(どうして……?)
「ホント妬けちゃう」
耳元に口を寄せて、ユエがカイトに質問しようとすると、周りからそんな声が聞こえてきた。
ユエなりに気を使って、周りに聞こえないよう質問をしているだけなのだが、はたから見るといちゃついているようにしか見えない。
カイトからすれば雛鳥が懐いているようなこの様子も、ユエの容姿と雰囲気からか、どことなく意味深に見えてしまうらしい。
カイトはそんな周りの視線を内心で苦笑する。
そうこうするうちに、散っていた役者たちや大道具を作っていた連中も集まり始め、「おぉ!!」「きれいだなー」と口々に賛辞する。
しかしユエはそれから逃げるようにカイトの背に隠れ、飾りを取ろうと自分の髪に手を伸ばす。だが自分では見ることもできないため、上手く外せない。
縋るような目を受けて、カイトは苦笑しながら取り外すのを手伝った。
「もったいない」という声を浴びながら全てを取り払って、最後にカイトが指で髪を梳くと、ざわっとまた沸く。
そんな視線を振り払うように、周りの目から逃れるように、ユエはカイトを引っ張って、人目が届かない所へ連れて行った。
それがまたおかしな憶測を呼ぶのだった──。
******
教会の裏手に回って、久しぶりに二人きりになって、ユエはカイトを質問責めにする。
「教会って?」
「どうして子どもがたくさんいるんだ?」
「なぜ?」「どうして?」────。
ユエ自身思っていたより何倍も周囲に気を遣っていたのか、夜の見張りの時間のような、この静かな空間がとても居心地よく感じられた。
「……人がいっぱいで、少し疲れる」
「ふっ、同感だな」
ユエの愚痴にカイトが同意して、そのまま地面に座って、木に背を預ける。
「……お前は意外とたくましいな」
「え……?」
ユエも習って隣に腰を落とした。
「もっと狼狽えたり、自暴自棄になったりすると思っていたが……『こんなこと覚えても意味がない』なんて言わずに、順応しようとしている」
「……だって……嘆いてもしょうがない、し。色々覚えるのは、結構、楽しい、し」
ユエとしては当たり前だと思っていたことを褒められて、気恥ずかしく顔を隠すと、それをカイトは、ふっ、と笑った。
その後はしばらく沈黙が続く。
サラサラと葉が擦れる音、鳥の鳴き声、遠くから響く笑い声──カイトから教えてもらった一つ一つの音に、ユエは確かめるよう耳を澄ませた。
と、その中に異音が混じる。
茂みから押し殺した言い合いをするような声が届いた。
「……ってくれ!」
「や──……さいっ!」
「お……いだ、少し……──!!」
「ンっ……!」
その後は意味のある言葉は聞こえず、ガサガサという葉音と、吐息、そして水音──。
何が起こっているか予想したカイトは、ユエの口を塞いでその場を離れようとした。が、ユエが踏んだ木の枝が「ぽき」とその配慮を破る。
一瞬、音が消える。
ガサッッ!!
繁みを飛び出した一人は、肌蹴た肩も露わに、転がるように走り去って行く。二人の視界には、聖職者の証である裾の長い白の祭服が翻った。
「あー……ハハッ、ぁーっと……見られ、ちゃったよな……?」
警戒した兎のように首を伸ばしたギリーは、そこにいるのがカイトとユエだと気づき、明から様にホッとして声を漏らした。
シャツのボタンがいくつか外れ、頭に葉っぱを付けたまま顔を覆う。
「……はぁ……まだあんたたちでよかったよ、見られたのが」
「……昨日言っていた『お相手』は、彼だったのか。意外な組み合わせだな」
カイトは昨日あいさつをした司教の顔を思い出す。二十代前半くらいの、眼鏡をかけた穏やかな印象。
彼にしてはかなり驚いていたのだが、淡々とした口調はとてもそうは見えない。
「……?なにしてたんだ?」
一方のユエは本気で聞いているのだが、ギリーには分かりきったことを白々しく聞いているように思えて、「うっ」と詰まるしかない。
「……後で教えてやるから」
こそっとユエに耳打ちして、
「邪魔して悪かったな」
カイトがユエの腕を取って立ち去ろうとすると、
「あーっ!ちょい待った!!」
ギリーがあたふたと引き止める。
「うー……うぅ~……」
引き止めておきながら、言葉につまり一人で唸って、ようやく諦めたように、
「ちょっと話、聞いてくれよ」
情けない声を落とした。
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「団のやつらには話せないもんだから」
ギリーはポツリポツリと話し始めた。
この教会の若手の司教、名前はミカエルと言う彼とギリーが出会ったのは三年前のことだ。
他の教会にいたミカエルが、老齢の司教の手伝いとしてやって来た。
最初の年は、そういう関係にはならなかった。教会しか知らないミカエルに、ギリーがこれまでの旅の話を聞かせ、年の近い友人としてただ別れた。
次の年、リーリア団が教会に滞在した一週間で、一気に関係が変わったのだ。
「……なんっつーか、ミカは今まで周りにいなかった系統で、穏やかで素直で優しくて、でもちょっと抜けてて……旅の間、ずっと思い出してたんだ。『今何してるかな?』とか『あいつに見せたいな』とか……」
ギリー自身もどうしてこんなに気になるのか、ずっと不思議だった。
だが二年目に顔を合わせた瞬間──「ああ、俺、この人のこと好きだって……いきなり気づいたんだよな」
そしてとにかく押しまくった。毎年、この教会には何日か滞在するとはいえ、時間は限られている。だからとにかくその間に気持ちを伝えなければ──と。
「……最後の日に、受け入れてくれたんだ。それで肌も合わせて……なのに……!なのに!!」
たっぷり間を溜めて、吐き出す。
「昨日が一年ぶりの再会だったのに!!……『もう忘れました』なんて……っ!!」
顔を見合わせたカイトとユエは、残念ながら、恋愛相談に向いているとはお世辞にも言えない二人だ。
だがギリーはこの二人が恋人だと思っているから、その様子が余裕に感じられてしまった。
「……いいよな、あんたたちは。一緒に旅して、ずっと一緒にいられて……不安なんかないって感じだ……俺なんか男と付き合うのだって初めてで、明日か明後日にはまた離れ離れ……!!」
泣き言が始まったギリーを扱いかねて、
「あー……それよりも、彼を追いかけた方がよかったんじゃないか?あんなところを見られて、不安になっているんじゃないか?」
カイトが矛先を変えると、急に心配になったのかばっと勢いよく立ち上がって、少し躊躇した後「また今度聞いてくれよ!!」と言い置いて、後を追って走り去った。
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再び二人になったところで、ユエはもう一度同じ質問を繰り返す。
「さっき何していたんだ?」
「……まぁ、いわゆる、交尾、だな」
「……?男同士で?」
「ああ……」
「人間は男同士でも子どもができるのか?」
ため息をついたカイトは、子どもに性教育をする気分で、無垢な瞳に向き合う。
「人間も男同士では子どもはできない。だが人間は子作りのためだけにする訳じゃないからな。性行為がそのまま目的になっている」
きょとんとするユエに、カイトは人魚と人間の体の違いから性行為の違いに至るまで、淡々と説明していく。
だが一通り説明し終えても、ユエはまだ首を傾げたままで、今度はカイトが戸惑う。
「……子どもを作らないなら、何のために交尾するんだ?」
「……一般的には愛情を確かめ合うんじゃないか?それ以外なら快楽を追う。または支配欲を満たす」
「快楽?……気持ちいいのか?」
その言葉にやっと違和感を見つけ、もしやと問う。
「……もしかしてお前、人魚の性交についてもよく知らない、のか?」
図星を突かれたユエは顔に朱を浮かべて、
「…………だって、したこと、ない……」
消え入りそうな声にカイトは、『したことはなくても話に聞いたりして知識はあるものだろう?』という当然の疑問を発することはできなかった。
「……いつか自分で経験すれば、分かる」
そう返すのが精一杯だったが、最後に忠告も忘れない。
「……いいか、分からないことがあったら俺に聞け。他の奴に、こういうことを聞くなよ」
変な誤解を生まないためにも、念を押しておく。
『そんなの当たり前だ』という顔で頷くユエに、カイトは柄にもなく心配になる。
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混乱の只中、妹を庇おうとするレイモンドの前に立ちはだかったのは、王国騎士団副団長にしてリーシャの異母兄、ヴィンセント・グレイヴェル。
琥珀の瞳に嗜虐を宿した彼は言う――
「この才を捨てるは惜しい。ゆえに、我が手で飼い馴らそう」
知略と支配欲を秘めた騎士と、没落した宰相家の天才青年。
耽美と背徳の物語が、冷たい鎖と熱い口づけの中で幕を開ける。
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