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30 素直な気持ち
しおりを挟む「そういえば、ずっと聞きそびれていたけど。ゆりは福留と、どうなりたいのよ」
杏はワイングラスを回しながら聞いてくる。私のアパートで宅飲みの最中に、こうして本題を突っ込んできてくれる親友の存在は、ありがたくて、そして時々怖い。
「どうなりたいって……。福留くんがよければ、料理のコツを聞きたいと思っているよ」
私が福留くんの告白を断ってから、料理講座は自然消滅している。
でも、料理のコツだけを聞きたいというのは虫がいい話なのだろうか。
「違う! ゆりは福留のことをどう思っているのよ」
杏が即座に否定する。杏の視線が徐々に鋭くなっていて、私は思わず身を引いた。
「どうって……。尊敬できる後輩かな? 四つも年下だから恋愛感情はないけれど」
「四つも年下。……年下、ね。私には言い訳に聞こえるよ。素敵な年下の男の子。好きにならなければ、失恋したときに傷つかなくて済む。自分で最初からガードして、気持ちを隠しているんじゃないの!?」
ビシッと指を差してくる。言い逃れは許さないぞ、と。
私も、観念して話し始める。
「杏に言ってなかったんだけどさ。……実は福留くんに告白されたの」
「福留から告白された⁉︎ なんでそんな面白い話、先に教えてくれないの!」
「面白いって、他人事だと思って……」
「他人じゃない。親友だよ! ……え、それでどう返事したのよ」
杏はびっくりするくらい慌てふためいていた。一人の親友の進退にここまで感情移入できるとは、やっぱり杏はいい子だ。私にはもったいないくらいかもしれない。
「私をからかっていないで、税理士試験を頑張るようにとハッパをかけちゃった」
「あんたって子は……。せっかくのチャンスをふいにして」
もったいない、と言わんばかりにゴニョゴニョと呟いている。
頭を抱えんばかりの杏は、顔を上げてまた聞いてくる。
「中学生みたいな質問だけどいい?」
「うん……」
「もしさ、福留が他の子の告白をOKしたとして、福留と二人で歩いている姿を見かけたら、ゆりはどう思う?」
「お似合いだなって思うんじゃないかな」
若くて可愛い彼女がきっとお似合いだ。
あんなにいい子なんだから、引く手あまただろう。
「それならさ、ゆりとの料理講座が自然消滅に向かっているって話だけど、他の可愛い子と料理講座するって福留から言われたらどうなのよ」
杏のまぶたは細められ、私の反応の小さなところまですべて見落とさないようにしている。
実は私は、福留くんが料理を教えてくれるのは、どこかで自分が特別だと思っていた。
でも、杏の言う通りだ。他の子を教える可能性もあったのだ。
『……料理講座、これで最後にしてもらってもいいですか? マンツーマンで教えたい子ができちゃいました』
福留くんからそう言われたら、私はどうするのだろう。
私は、「そっか。よかったね。頑張って!」と気軽に言えるのだろうか。
俯いていると、杏はニヤリと笑った。
「もう、気持ちは決まっているはずなのにね。……本当に世話が焼ける」
杏は肩の力を抜いて、残ったワインを飲み干した。
次の日、私は福留くんに気持ちを伝えるつもりでいた。
好きだ、とか言うわけじゃない。
でも、転職も含めて色々なことをハッキリさせなきゃいけないと思った。
会社の休み時間、私は化粧室で口紅を引きながら、ヨシッとガッツポーズを取った。
自分を励ますために。これで言いに行ける……と思った時に、後輩の杉原琴音にバッタリと会った。
「真島先輩、仕事の話じゃないんですけれど、ちょっといいですか」
「私は構わないわよ」
嫌です、とは言えないだろう。気楽に答えると、杉原さんは思いつめた顔で告げた。
「仕事帰りに福留さんとカフェで料理しているって聞いたんですけど」
ハッとして、一瞬言葉を失った。
事実なので、今更否定もできない。料理講座の場所は、外からでも中の様子がよく見えるカフェだ。会社の人に見られていても不思議ではないじゃないか。
「そうね……。栄養失調で倒れたことがきっかけで料理を教えてもらっていたけれど……」
「今もやっているんですか?」
「ううん。もう終わったの」
「終わったというのは、料理講座がなくなったということでしょうか」
「そうよ」
私が俯いてそう告げると、杉原さんはホッとしたように表情を緩めた。
「……福留さんが取られたかと思っちゃった」
冗談のように言って、その場を去る。
杉原さんも、悩みに悩んだ末に私に聞きに来たのだろう。
「秋山課長、先日作った資料はあれでよかったでしょうか」
「あぁ。真島くんか。よくまとまっていたよ。次も頼む」
「ありがとうございます」
秋山課長と話しながら、それとなく福留くんを見る。後輩にだけではなく、他の事務員にも仕事のフォローをしており、そのまめさに数多好かれていることに気付く。
「福留さん」
杉原さんが、勇気を振り絞って、給湯室に入った福留くんを呼び止めた。通りかかった私は杉原さんと目が合ったけれど、視線を反らされた。
杉原さんは福留くんに、精いっぱいの笑顔を向ける。
「私、料理を覚えたくて……。福留さんさえよかったら、料理、教えてもらえませんか」
顔を赤くして、福留くんにお願いをしている。
今日の日を迎えるまでに、杉原さんは何日も眠れない夜を過ごしたのだろう。
今だって、杉原さんの手足は緊張で震えていた。
「杉原さんに料理ですか……」
可愛い子にお願いされて、福留くんも満更でもないように見える。
私はその場から逃げるように早足で歩く。
(福留くんが……他の子の料理を指導している姿なんて想像したくない)
その時初めて、嫉妬している自分がいることを知った。
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