1000本の薔薇と闇の薬屋

八木愛里

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第6話 薬屋の日常

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 イーリスは髪の毛を一つにまとめて、若草色のリボンを後ろ手でキュッとちょうちょ結びにした。髪を結ぶと、これから仕事を始めるぞと気持ちが引き締まるのだ。

 薬屋にはいくつかルールがあるらしい。というのは、シヴァンと付き合いの長いスレーから、アドバイスをもらった。

「昼過ぎまで、店長に話しかけないほうがいいですよ」

 薬品の整理を手伝っていたとき、スレーからこっそり言われた。
 どうして……と言いそうになって、薬屋が夕方からオープンすることを思い出した。

 きっと寝るのが夜遅いから、起きるのも昼過ぎになってしまうのだ。

「寝起きは機嫌が悪いですね。ただでさえ誤解されやすいのに、相手を怖がらせてしまうんです」

 イーリスは「寝起きのシヴァンには注意しよう」と頭に刻み込む。だけど、ルールはこれだけではないはず。今のうちに聞けることは聞いて、覚えてしまいたい。
 与えられた薬屋の仕事をしっかりとこなしたいのだ。

「他に気をつけることはありますか?」
「そうですね……。そう、奥の倉庫です」

 イーリスからの質問に、スレーは少し考えて言った。

「あの倉庫は、薬の中でも効用の高い薬が納められているんです。店長以外は入ってはいけない部屋で」
「スレーさんも、入ったことがないんですか?」
「もちろんです」

 入ってはいけないと言われると、逆に好奇心がわいてしまう。でも、厳しそうなシヴァンのことだ、ただでは済まされないだろう。とにかく、奥の倉庫にはよく気をつけよう。

 あとは――。トンネルだ。
 トンネルから外に出てはいけない。

 スレーの本来の姿が黒猫と知っていると、トンネルの中は魔法で守られているが、トンネルの外に出てしまうと危険があるらしい。はたして、どんな危険があるのか。
 それはまだ知る必要がない、とシヴァンに言われて、それきりになっている。

 ――スレーが回復したら、お前の記憶を消してから外の世界に帰してやる。

 そう約束した。
 記憶を消されるのは怖い。でも、外の世界に戻れないのはもっと怖い。
 今はその言葉を信じて、目の前の仕事をこなすしかない。

「薬屋さんは独自のルールが多いのね」
「イーリスさんのお家にはルールはありませんか?」

 家のルール。家に帰ったらうがい、手洗いとか。門限六時とか。その家によって決められたルール。
 イーリスの家にはルールがあまりない。というのは、父親が楽天的な性格をしているからだとイーリスは思う。ルールは一つだ。

「父親を悲しませることはしないこと。これしか言われていないの」

 それだけなんですか、とスレーは驚いた顔をした。

「ルールを作らないと、あとでけんかになったりしませんか?」

「大丈夫よ。たとえば、門限六時のルールがあったとしても必要がないの。だって、六時に夕ご飯を食べるときにわたしがいないとお父さんが悲しむから」

「すみません。お父さんは今ごろ悲しんでいるでしょうね」

「悲しんでいるかも。……でも、こればっかりはしょうがないわ」

 イーリスはスレーから薬について説明を受ける。

「訳ありの薬ばかりなので、取り扱いに注意してくださいね。買う商品が決まっているお客さんの薬は用意しておきますから。袋に入れてある薬を渡すだけです」
「はい……」

 カウンター下には、いくつか紙袋がならんでいる。メモがクリップでくっつけてあった。
 イーリスが困らないように用意してくれたのだろう。
 それでも、少し不安だ。

「もし、困ったときにはいつでも店長に声をかけてください。こんな姿なので、僕は助けることができなくて心苦しいですが」
「わかりました」

 イーリスの返事を聞くと、黒猫はピョンとはねて、どこかへと姿を消した。

 開店の時間が近づいてきて、イーリスはそわそわした気分になった。
 カウンターにはシヴァンと二人きりだ。

 彼のことは寝起きに機嫌が悪いことくらいしかわからない。話しやすい人ならいいのに、とイーリスは思った。相手が無口だと、こちらが色々と話しかけて反応を引き出さなくては。そうしないとその場が持たない。

 隣にいるのがスレーだったら、沈黙は怖くないのに。シヴァンといると、どうも緊張してしまう。

「訳ありな薬って、どんな薬なんですか……」
「薬には何らかの代償がある。一日幸福な気分になる薬があるが、その代わりに次の日は不幸な気分になる」

 シヴァンは淡々と言った。だんまりになる。それが嫌で、イーリスは他の質問をする。

「何でも願いを叶える薬は、極端な話、死者も蘇らせることができるんですか?」
「なんだ、まだその薬に興味があるのか?」

 イーリスの問いかけにシヴァンが意地悪な顔をする。

(……もう、ほんとこの人ヤダ!)

 心の中ではそう思いつつ、平然を装う。

「いえ、そういうわけではなく、もしその薬を欲しい人が来たときの心構えというか……」

「死者の世界は制限があって、死者の肉体を蘇らせることができても肝心な中身はその人が降りてくるとは限らない。見た目がその人でも心が他人では困るだろう?」

「困るというか、そんなことあっちゃいけないですね」

 口がひきつりそうになる。恐ろしい。死んだ人が蘇っても怖いし、違う人の魂が入っていても怖い。自然界の生物のことわりに反していると思う。
 死者を蘇らせてはいけないことがよくわかった。


 まもなく六時の時計が鳴る。開店の時間だ。いよいよお客さんが来る――と意気込んでいたが、人がやってくる気配はなかった。
 壁がけ時計の針が進む音。ちっとも時間が進んでいる気がしない。

 はっきり言って暇だ。
 イーリスはカウンターの椅子に座って足をぶらぶらと動かした。

「客が来るときはバタバタと来ることもあるが、まあ、だいたいは暇だな」

 と、シヴァンから言われた。
 暇なんて耐えられない。花屋で手伝いをしていたときは、花の水をかえたり、売れ残った花でポプリを作ったり。やれることを見つけていた。

「それじゃあ、本棚の整理をしてもいいかな?」

 机の上はもちろん、薬の棚のすき間、床にも、本が散らばっている。一ヶ所にまとめれば、すっきりするだろう。

「それはいいが――」
「やらせていただきます」

 許可はもらった。開店する前のお客さんの来ない時間を有効活用しよう。
 何冊か本を抱えて、目当ての棚を目指す。

「あれだあれだ――……えっ」

 床に積んであった本に足を取られて、ぐらりと体が前に傾いた。

(嘘でしょ! 本を持ったまま、床に顔をぶつけちゃう!)

 と思ったら、後ろから手が伸びてきて腕を捕まえられた。

「いっぱい持って、危ないと見ていたら……そら見たことか。どうして君はいつもおっちょこちょいなんだ」

 頭上から声がして、イーリスが斜め後ろに顔を上げる。シヴァンに後ろから抱きとめられていた。

「え、あ……」

 思考停止。一歩遅れて状況を理解して、みるみるうちに顔に熱が集まってくる。
 しっかりと腰を抱えられて、転ばずにすんだ。

「手を離すぞ」

 解放されて、イーリスは肩で息をしてしまう。

「ありがとう……ございました」

 物に足を引っかけて転ぶなんて、マヌケで恥ずかしい。しかも、危なっかしいと思われていたのは、親に見守られる子どもみたいだ。

「とっさで申し訳ないが、つかんでなかったら、転んでいただろう。足元をよく見ろ。注意が足りないんだよ」

「少し抜けてるのは事実だけど……一つ言わせて。薬屋には物が多すぎるわ」

「それはない。君の不注意が悪い」

「わたしの、不注意……!」

 どこからともなく、黒猫が戻ってきた。さっきはあっという間に姿を消したのに、ふらりとまた現れる。

「……まあまあ。イーリスさんにお怪我がなくてよかったです」

 と、二人がヒートアップしかかったのを、スレーに止められた。
 スレーに優しく言われて、イーリスの気持ちは少し落ち着いた。

「心配してくれてありがとう。スレーは優しいのね」

「店長と同じく、僕も片付けが下手なもので、歩きづらい店内になってしまったんです。僕たちにも原因があります」

「そんなことないわ。わたしがよく見て歩かなかったのが悪いのよ」

 シヴァンの前では素直になれないのに、スレーに言われると納得できた。

「――やっぱり、自分の不注意だとわかってるんじゃないか」

 シヴァンに図星をつかれる。
 イーリスは顔を真っ赤にして、「シヴァンには言ってないもん!」と言い返した。
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