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第7話 青年ロマニオの来店
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イーリスが営業中の札を出そうと店先に出ると、すでにお客さんがいた。二十代くらいの青年だ。
「お待たせしてすみません」
そう言いながら営業中の札をかけると、イーリスは青年を観察した。
上質なベージュ色のコートはどこかくたびれていて、頭にのせている帽子の羽根は、くねと曲がっている。肩の上で切りそろえられた茶髪はさらりとしていたけれど。
イーリスにはわかった。生まれ持った商売人の勘が告げている。この人は貴族だと。
花屋の店番をするときにも、人の服装はよく見ている。貴族は上客だ。お金をたくさん落としてくれる。
「ここが噂の闇の薬屋かな? 道に迷って、たどり着くのに時間がかかってしまったよ」
帽子を取って会釈をした彼は、動いた拍子に肩をふらふらさせていた。かなり疲れ切っているようだ。
イーリスも初めて闇の薬屋に来たとき、真っ暗で心細かったことを思い出した。
この青年も同じだ。初めて来店したから、闇通りを迷ってしまったのだ。本当に薬を必要としているか試されているから。薬が本当に必要だったから、闇の薬屋にたどり着いたのだろう。
イーリスは「中へどうぞ」と言って、青年を店内に招き入れる。
「たくさん薬があるんだね。目当ての薬もありそうだ」
青年は興味深そうに店内を見回して、効能の貼られた瓶を見つけては「へえ」と声を出している。
テーブルの席に案内すると、青年は長い足を組んだ。
「飲みものはいかがですか」
「助かるよ。歩き疲れて、のどがカラカラだったんだ」
コーヒーを入れて戻ると、青年はテーブル席にはいなかった。薬品の棚に隠れて、青年の姿も見えない。
「お客さま……?」
「ああ、面白そうな薬がたくさんあったものだから、いろいろと見ていたよ」
呼びかけに応じて、青年が戻ってくる。
「コーヒーができあがりました」
「ありがとう。冷めないうちにいただくよ」
青年はミルクをたっぷり入れてマドラーで混ぜ、優雅に口をつけた。まるで、貴族のお茶会の一幕のようだ。
コーヒーで一息ついた青年は、イーリスの胸元のブローチを指差す。
「君のそのブローチ素敵だね」
「これ……ですか。母からもらったもので、気に入っているんです。店長からはただの石ころと言われちゃいましたけれど」
「そうかな? 大切にされているものは、それだけで価値があるんだよ。人にどう言われようと関係ないさ」
青年は優しく微笑んだ。
自分の宝物をほめてもらえるのは気持ちがいい。イーリスは嬉しくなった。
「紫色なのに、違う角度から見たら緑色にも見える。ちょっとよく見せてもらえないか?」
「いいですよ。はい」
イーリスはブローチを外して青年に渡した。
彼は光に透かして、ブローチの色を確かめる。
「珍しい色に光るね。あ、黄色にも見える」
「宝石みたいにキラキラして、好きなんです」
「ありがとう。ずっと見ていられるね」
返してもらったブローチを、イーリスは胸に付けた。
「ところで、貴族さまはどんな薬をお求めですか?」
「――あれ、僕が貴族だとわかっちゃった?」
「まあ……そうですね」
シャツにズボンという庶民の服装をしているが、上等な生地で、にじみでる高貴なしぐさは、あえて身分を隠しているようには見えない。
そうは見えないが、お忍びで薬を買いに来たのだろうか。
「すばらしい観察眼だね。そのとおり、僕は貴族のはしくれの小金持ちさ」
手をたたかれて、ほめられる。
優しそうに見えるのに、この人はどこか油断ができない。顔は笑っているのに、目は笑っていないからだ。
「そうか。小金持ちといっても、言葉だけじゃあ説得力がないかな」
青年は聞いてもいないのに、ペラペラと話し始める。フレンドリーな人なのだろうか。
「この前のできごとなんだけど……900本の薔薇をポンと買ってしまうくらいには裕福かな。手違いで大量に仕入れたとかいう、花屋のおじさんが困っているのを見過ごせなくてね」
900本の薔薇。薔薇1000本ではなく、100本だった差額の本数。
王国に納入した花の残りを買い取ってくれたという貴族は――。
「あなたが心優しい貴族さまだったんですね! 実はわたし、その花屋の娘で、わたしのお父さんからその貴族さまに助けてもらったと聞いたんです」
「あの花屋の娘さんか。一生懸命な姿は、お父さんによく似ているね」
「そのときはありがとうございました」
「感謝されると照れるな。ああそれと、かわいらしい店員さん。僕のことは貴族さまではなく、ロマニオと呼んでくれないか?」
そう言われても呼び捨てにできるはずがない。イーリスは「ロマニオさま、ですね」と言い直した。
「それで、きみの名前は?」
「イーリスです」
「イーリスちゃんか。かわいらしい名前だね」
かわいらしいを連呼されて、お姫様になったような気分になる。まんざらでもない。シヴァンのお前扱いとは大きな違いだ。
「いえいえ、そんなこと――」
「イーリス、やかんのお湯が沸騰したままだ。止めてきてくれ。ここは俺が代わる」
横からシヴァンが割り込むように入ってきて、イーリスに耳打ちしてくる。
「あ、そうだ、沸かしたまま……!」
火事にでもなったりしたら大変だ。
イーリスはバタバタと調理場へ走る。
それを横目に、シヴァンはロマニオにオーダーを聞く。
「どんな薬が欲しいのか?」
「それは――」
「お待たせしてすみません」
そう言いながら営業中の札をかけると、イーリスは青年を観察した。
上質なベージュ色のコートはどこかくたびれていて、頭にのせている帽子の羽根は、くねと曲がっている。肩の上で切りそろえられた茶髪はさらりとしていたけれど。
イーリスにはわかった。生まれ持った商売人の勘が告げている。この人は貴族だと。
花屋の店番をするときにも、人の服装はよく見ている。貴族は上客だ。お金をたくさん落としてくれる。
「ここが噂の闇の薬屋かな? 道に迷って、たどり着くのに時間がかかってしまったよ」
帽子を取って会釈をした彼は、動いた拍子に肩をふらふらさせていた。かなり疲れ切っているようだ。
イーリスも初めて闇の薬屋に来たとき、真っ暗で心細かったことを思い出した。
この青年も同じだ。初めて来店したから、闇通りを迷ってしまったのだ。本当に薬を必要としているか試されているから。薬が本当に必要だったから、闇の薬屋にたどり着いたのだろう。
イーリスは「中へどうぞ」と言って、青年を店内に招き入れる。
「たくさん薬があるんだね。目当ての薬もありそうだ」
青年は興味深そうに店内を見回して、効能の貼られた瓶を見つけては「へえ」と声を出している。
テーブルの席に案内すると、青年は長い足を組んだ。
「飲みものはいかがですか」
「助かるよ。歩き疲れて、のどがカラカラだったんだ」
コーヒーを入れて戻ると、青年はテーブル席にはいなかった。薬品の棚に隠れて、青年の姿も見えない。
「お客さま……?」
「ああ、面白そうな薬がたくさんあったものだから、いろいろと見ていたよ」
呼びかけに応じて、青年が戻ってくる。
「コーヒーができあがりました」
「ありがとう。冷めないうちにいただくよ」
青年はミルクをたっぷり入れてマドラーで混ぜ、優雅に口をつけた。まるで、貴族のお茶会の一幕のようだ。
コーヒーで一息ついた青年は、イーリスの胸元のブローチを指差す。
「君のそのブローチ素敵だね」
「これ……ですか。母からもらったもので、気に入っているんです。店長からはただの石ころと言われちゃいましたけれど」
「そうかな? 大切にされているものは、それだけで価値があるんだよ。人にどう言われようと関係ないさ」
青年は優しく微笑んだ。
自分の宝物をほめてもらえるのは気持ちがいい。イーリスは嬉しくなった。
「紫色なのに、違う角度から見たら緑色にも見える。ちょっとよく見せてもらえないか?」
「いいですよ。はい」
イーリスはブローチを外して青年に渡した。
彼は光に透かして、ブローチの色を確かめる。
「珍しい色に光るね。あ、黄色にも見える」
「宝石みたいにキラキラして、好きなんです」
「ありがとう。ずっと見ていられるね」
返してもらったブローチを、イーリスは胸に付けた。
「ところで、貴族さまはどんな薬をお求めですか?」
「――あれ、僕が貴族だとわかっちゃった?」
「まあ……そうですね」
シャツにズボンという庶民の服装をしているが、上等な生地で、にじみでる高貴なしぐさは、あえて身分を隠しているようには見えない。
そうは見えないが、お忍びで薬を買いに来たのだろうか。
「すばらしい観察眼だね。そのとおり、僕は貴族のはしくれの小金持ちさ」
手をたたかれて、ほめられる。
優しそうに見えるのに、この人はどこか油断ができない。顔は笑っているのに、目は笑っていないからだ。
「そうか。小金持ちといっても、言葉だけじゃあ説得力がないかな」
青年は聞いてもいないのに、ペラペラと話し始める。フレンドリーな人なのだろうか。
「この前のできごとなんだけど……900本の薔薇をポンと買ってしまうくらいには裕福かな。手違いで大量に仕入れたとかいう、花屋のおじさんが困っているのを見過ごせなくてね」
900本の薔薇。薔薇1000本ではなく、100本だった差額の本数。
王国に納入した花の残りを買い取ってくれたという貴族は――。
「あなたが心優しい貴族さまだったんですね! 実はわたし、その花屋の娘で、わたしのお父さんからその貴族さまに助けてもらったと聞いたんです」
「あの花屋の娘さんか。一生懸命な姿は、お父さんによく似ているね」
「そのときはありがとうございました」
「感謝されると照れるな。ああそれと、かわいらしい店員さん。僕のことは貴族さまではなく、ロマニオと呼んでくれないか?」
そう言われても呼び捨てにできるはずがない。イーリスは「ロマニオさま、ですね」と言い直した。
「それで、きみの名前は?」
「イーリスです」
「イーリスちゃんか。かわいらしい名前だね」
かわいらしいを連呼されて、お姫様になったような気分になる。まんざらでもない。シヴァンのお前扱いとは大きな違いだ。
「いえいえ、そんなこと――」
「イーリス、やかんのお湯が沸騰したままだ。止めてきてくれ。ここは俺が代わる」
横からシヴァンが割り込むように入ってきて、イーリスに耳打ちしてくる。
「あ、そうだ、沸かしたまま……!」
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「どんな薬が欲しいのか?」
「それは――」
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