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第二部 極北の修道院編

50 修道女見習いを救う

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 私と第一王子が旅装束に着替えると、私は転移魔法を発動させる。
 
「……あれ?」
「どうした」
 
 ある異変を感じた私の声に、第一王子が反応する。
 
「修道院の内部が転移場所に指定できない……」

 転移場所の指定はどこでも自由にできるはずなのに、転移魔法が弾かれてしまう。
 魔獣の力を手に入れたソニアの魔力によって、それを阻まれているのだろうか。
 
「では、修道院の外はどうだ?」
「それはできそうです」
「外でいいから行こうか。入り口は行ってから探せばいいだろう」
「はい!」
 
 第一王子の機転に助けられて、極北の修道院へ降り立った。
 
「静かに移動できるんだな。ロウでさえ、もっと風の音が大きくて足の衝撃がかかるのに」
 
 どうやら第一王子は、つっけんどんに見えて、良いところはしっかりと褒めてくれる人らしい。
 それは嬉しい。けれど、照れ隠しで素直に褒め言葉を受け取れなかった。
 
「今さら褒められても何も出てきませんよ?」
「……ああ、そうだったな」
 
 二人で手分けをして入り口を探す。
 修道院の正面玄関は扉で固く閉ざされていた。朝のミサで開館しているはずなのに、明らかに異様な雰囲気だ。
 
「どうする? 扉をぶち破ろうか?」
 
 第一王子がそう提案してきた。
 でも、正面突破するのは、なんとなく危険な気がする。

『あちらで人の気配があります』
 
 妖精リアが私の耳元で囁いた。彼女が指差す方向は修道院の裏側だった。

「他の入り口を見てみましょう。ルイさま、行くところができたので、ちょっと着いてきてください」
「ああ……」
 
 私に何か考えがあると踏んだのか、第一王子は私の提案に従ってくれた。
 
『ここです!』
 
 飛んでいくリアを追いかけていくと、そこには前に夢で見た井戸があった。ソニアが魔獣と出会った井戸だ。
 その井戸の側に、ぐったりと倒れている修道女の少女がいた。

「大変!」

 私は走り寄って、少女の状態を確認する。
 服の上からでも腹部に黒い気が見える。毒に侵されているようだ。

「まだ息はあるようだな」

 第一王子は口元に手をあてて呼吸を確認した。

「治癒魔法をかけます」
「ああ」

 少女の腹部に手をかざして、治癒魔法を発動した。
 光が広がり、毒を消していく。
 やがて、彼女の体から黒い気が完全に消えた。

「これで、治療は終わったわ」

 少女はまつ毛を震わせて、目を開けた。
 こうしてよく見ると、顔立ちは童顔と言われる私と同じくらい幼い。修道女の見習いだろうか。

「…………あれ? 私、どうしてここに」
「気がついた? あなた、ここに倒れていたのよ」

 少女は状況を理解して飛び起きた。

「あっ! 急に起きると……」

 私の不安は的中してしまって、少女はクラリとめまいを起こした。
 それを見た第一王子は、素早く手を伸ばした。

「大丈夫か」
「は、はい……」

 第一王子が肩を支えてやると、少女は顔を赤くした。王子なだけあって顔はいいからなぁ……。
 
「私、今まで何をしていたんでしょう! 助けてくださり、ありがとうございます」
 
 私と第一王子の両方にお礼を言う少女。
 第一王子は付け加えて言う。
 
「この人が治癒魔法をかけて意識を取り戻したんだ。俺は見ていただけだ」
「治癒魔法をかけてくださったんですね……助けてくださってありがとうございます」
 
 彼女から手をギュッと握り締められた。
 修道院の内部の手がかりがほしい。今が話を聞ける良い機会だ。
 
「あなたに教えてほしいんだけど、最近変わったことはなかった?」

 私の問いに、少女は少し考えてから、とつとつと話し始めた。

「そういえば、ソニアさまがいらっしゃってから、他の人たちの様子がおかしくなって……感情のない目といいますか……反応が薄い感じで……」
 
 やはり、邪悪な力を手に入れたソニアは、この修道院で人を操っているのだ。
 しかし、周囲の変化に気づいたこの少女は、体調を崩しつつもソニアの力の影響をそこまで受けなかったらしい。

「この井戸で汲んだバケツの水、黒く濁っているのわかる?」
 
 私はバケツを指差しながら少女に話しかける。
 
「ええ……」
 
 やはり、邪気が見えるとは、私が見込んだ通り邪気祓いの才能があるわ! ふふふ。原石を見つけると嬉しくなっちゃうのよね。
 
「悠長にしている暇はないぞ」
「すぐに終わるから黙ってて!」
 
 話に横槍を入れてきた第一王子を退けて、大事な話を続けさせてもらう。
 私の勢いに押されて、第一王子は「まったく……」と腕組みする。少しの間だけ 待ってくれるようだ。
 
「あなたなら、この水の穢れを祓うことができるわ。さあ、手を広げてみて」
「は、はい」
 
 半信半疑ながらも、少女は私の言った通りに、バケツへ手を広げた。
 
「目を瞑って、手のひらに意識を向けて。そう、上手よ。そのまま透明な水があふれる様子を想像して。」
「はい」
「――ほら、できた」
 
 澄み渡った透明な水となった。聖水の効果も付与されているのか、キラキラと輝いている。
 
「邪気まみれの水を飲んでいれば具合も悪くなるわ。しばらくはこの水を飲むようにしてね」
「わかりました」
 
 聖水の効果もあるので、体の毒素も排出してくれるし、肌ツヤにも効くし、良いことだらけ!
 
「あなたは訓練を積めば、国の唯一の聖女にはなれなくても立派な神官になれるわ」
「ありがとうございます、聖女さま」
「私は聖女ではないわ」
 
 間違いはしっかりと訂正しておく。
 
「――私はロザリー。ただの冒険者よ。あなたの名前は?」
「ライザです」
「ライザね。覚えておくわ」
 
 それを聞いた第一王子が口を挟んでくる。
 
「ライザだな。もし、神官庁に来ることがあれば俺の名で話を通しておこう」
 
 何やら違和感に気づいたライザ。
 そういえば、正体を言っていなかったわよね。
 
「恐れながら、あなたさまのお名前は……?」
「俺か? 俺は第一王子のルイだ」
 
 それを聞いた途端に、ライザは床に額を擦り付ける勢いで、深々と頭を下げた。
 
「あああああ、ルイさま! ご、ご無礼を申し訳ございません。そして、ロザリーさまは、あの英雄のロザリーさまでは!?」
「一応、そう言われているわね」
「やややや、やっぱり! ロザリーさまにもご無礼を!」
 
 本当のことなので、肯定しておく。
 すると、ライザは恐れ多いとばかりに卒倒しそうになった。
 
 ライザにこの修道院に大魔法使いさまが幽閉されていることと、私と第一王子が救出に来たことを話すと、協力を申し出てくれた。
 修道院の中に入れてほしい旨をお願いすると「もちろんです」と言ってくれた。
 誰一人よそ者を入れぬようにと通達があったらしいが、内緒で中へ入れてもらえることとなった。

 扉には修道女でなければ開けられない魔術が施してあったが、ライザであれば問題なく開けられた。
 
「どうぞこちらから中へお入りください」
「ありがとうね」
「感謝する」
 
 ライザは私たちに深々と頭を下げた。
 
「お二方のご幸運を祈ります」
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