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第三部 竜の棲む村編

78 ロウの師匠

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 水面から顔を出すと、私はまばゆい光に目をパチパチとさせた。
 湖の美味しい空気を腹に吸い込む。

 ああ……水中より、呼吸がずっとしやすい。
 まぶしかった景色は次第に目に慣れてきた。
 
「やっと、出てこられたわ……!」
「そうだな。ロザリーは水中の生活が少し長かったから、地面を歩くのは慣れないだろう。無理はするな」
 
 ロウに手を貸してもらいながら水面から上がると、ロウが衣類乾燥の魔法をかけてくれる。
 水分を含んで重たくなった服が一気に軽くなった。
 
 湖を出たから、手を繋げる口実がなくなっちゃったなぁ。
 ロウと繋いだ手はそのままだったけれど、自分から離すのも寂しくて、どうしようかなと思っていたら……。

「ちょっとこのままでいてくれないか」
「……? いいわよ」

 ロウも名残惜しいと思ってくれたのか、手を見つめながら言ってくれた。
 手を繋いだままでいられるのは、嬉しい。
 
 このまま歩いて村長宅へ行くのかと思いきや、ロウは立ち止まったままだった。

 ん……? 何か考えごと?
 私はロウの顔を見上げて、口を開ける。

「……ロウ、どうしたの?」
「体が重く感じたり、具合が悪くなったら遠慮なく言ってくれ」
「わかったわ。不調を感じたらすぐに言うね」
「そうしてほしい」

 私の体調を気遣ってくれたようだ。
 それでもロウはその場から動かない。

 どうして? まさか、ロウが具合でも悪いの……?

「ロウ……?」
「ロザリー。どうかこのまま聞いてほしい」

 どうやら具合が悪いわけではないみたい。
 何をためらっているのかと疑問に思いつつも、ロウが話し始めるのを待った。
 
「村長の家のバルコニーで、ロザリーから『どんな女性を好きになったことがあるの?』と聞かれただろう?」
 
「うん。……だけど、聞くべきことじゃなかったと思う。今さら言葉を撤回できないけれど、言わなくていいわ、ロウ」

 私は教えてくれなくていいと説得した。
 知りたくないかと聞かれたら嘘になる。
 知りたい。全部知りたい。
 でも、その好奇心は抑えられる。ロウのためを思えば。
 
「つまらない虚勢を張った。強がって、ロザリーに申し訳ないことをした。すまなかった」

 ロウは私の正面に立って、まっすぐに私を見た。
 お互いの片方の手は握手したまま。
 緑色のロウの瞳が私を映す。
 
「……過去に好きになったのは魔法の師匠だけだ。今、思えば憧れていたんだと思う。……その方は俺を庇って死んだ」
 
 私は手を取ったまま、もう一方の片手をロウの背中に回した。そして、そのままぎゅっと抱きつく。
 ロウのそのときの悲しみが少しでも癒えることを願いながら。
 
「ありがとう、言ってくれて。言うのも辛いはずなのに……なんだか申し訳ないわ」
 
「俺もやっと言えてスッキリしているから気にするな」
 
 ロウに師匠がいたとは初耳だわ。ロウが認めるくらいなんだから、かなりの腕前の方のはず。
 どんな人だったんだろう。知りたいようで知りたくない。
 
 長い時間抱き合ったので、私から抱擁を外そうとすると……。
 
「もうちょっとこのままで」

 ロウは繋いだ手を外して、両手で背中をぎゅっとされた。
 私も両手で背中のぎゅっを返す。
 ふとした瞬間に、顔を上げてロウと視線が合うとふふっと笑い合う。ロウはほんの少し恥ずかしそうな顔で。
 
「……ロウのお師匠さまは有名な人だったの?」

 私の質問に対して、ロウの返事は鈍いものだった。
 
「いや……評判は知らない。名前も教えてもらえなかった。「師匠と呼んで」と言われてたから」
 
「え⁉︎ そんな正体不明なお師匠さまっている⁉︎」

 名前も評判も知らないロウのお師匠さま。
 「師匠と呼んで」と言われたからって、弟子入りしちゃうロウも面白いと思うけどさ。
 
「謎が多かったからな。そんなもんだと思っていた」
 
 真剣な表情のロウが嘘を言っているようには見えない。でも……。

「全然お師匠さまの情報がないなんて……。ロウがまぼろしでも見てたんじゃない?」

 ロウには失礼だけど、そうとしか思えなかった。
 
「……ああ。今思えば、そうだったのかもしれないな」

 ロウがそう納得してしまうくらい、謎に包まれた人物だったらしい。
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