大型犬Subのしつけは射精管理が大事

三谷玲

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第八話

 世間一般的に、月曜は気が滅入ると言うが、俺はこれまで一度も感じたことがなかった。ほとんどんの土日を休日出勤していた俺にしたら、週の始まりという感覚もないし、仕事で叱責されることに歓びを感じていたからだ。
 しかし今日、はじめて、月曜日が憂鬱だと思った。
 断じて俺のミスではないが、客先へ謝罪に向かわなければならない。昨日の日曜日も当たり前のように押し付けられた仕事をこなし、今朝からずっと課長にねちねちと嫌味を言われ続けていた。

「残業代は掛からないが、光熱費だって馬鹿にならないんだ。お前の仕事がトロいせいで、会社が被害こうむってるのがわかってんのか? だいたい、今日の謝罪だってお前が勝手なことしなければ、問題なかったんだよっ! あちらが穏便な対応をしてくれたからよかったものの、これで損害が出ていたらお前の給料から差し引くとこだぞ」

 謝罪を終えた帰り道、駅から繁華街を突き抜ける形で帰社する途中も、課長はずっと文句を言い続けていた。

「なんだよ、その顔。なんか不満があるのか?」

 顔に、出ていたらしい。
 不満? 当たり前だ。俺は課長の指示通りに仕事をしただけだ。顧客との打ち合わせに呼ばれることのない俺に、その指示が間違ってると気付ける要素はどこにもない。
 これまで文句も言わずにやっていたのは、それが俺の欲を満たしていてくれたからだ。服従したいというSubの欲を。でも今は違う。
 俺の欲を本当に満たしてくれるのは、堂本だけだ。
 こんな理不尽な責め苦に耐えてまで、仕事を続けるのが馬鹿らしくなった。

「ははっ! 知ってるんだぞ、お前Subなんだってな? 何言っても口答えはしないわ、うれしそうに残業してるから、知り合いのDomに聞いてみたんだよ。どうすればお前みたいなのをうまく使えるかってな」
「だからなんなんっすか? これまでのこと全部労基に訴えたっていいんっすよ」

 知られているとは思わなかったが、もうどうでもいい。
 俺のはじめての反抗的態度と労基という言葉に課長が少し怯んだ。俺よりも20センチ近く下にあるうすら禿が少し汗ばんだ様子を見せて、留飲が下がる。
 しかし、課長はスマホを取り出すと、下品な笑みを浮かべた。

「ちょうどいい。どうせお前みたいなゴツイ男にDomは見つからないだろう? 知り合いの友人が探してるとこらしいんだよ、体力のあるSubを。わかるだろ? なにされるのか」

 それと俺になんの関係が? というか本当にこんな無能な男にDomの友人なんているんだろうか?
 ビビる様子のない俺に、むしろ課長が焦り始めた。わなわなと震えたかと思えば、突然俺にカバンを投げつけてきた。さすがに課長くらいの力じゃ、痛くもかゆくもないのだけれど、勢いに少したたらを踏んだ。
 何事かと繁華街を歩いていた人たちが、足を止めた。

「だいたいDomとかSubとか気持ち悪いんだよ!」

 課長の金切り声が当たりに響き渡り、なんだなんだと小さな人だかりが出来始めていた。どうしようかと困惑している俺に、なおも課長が迫ってくる。

「虐められて喜ぶ、ただの変態だろっ! お前みたいなドMの変態は、俺たちにこき使われて――痛っ!」

 見下ろしていた課長の身体が、地面に沈んだ。
 その背中には、磨き上げられた見覚えのあるウィングチップの黒い革靴。ぐりぐりと押されているのだろう、安物の課長のスーツのシワが、円を描いている。課長は音にならないうめき声をあげていた。

「僕のサブに何勝手なことをしてるんだ? サブが嫌がってるのが分からないのか? あぁわからないか。ダイナミクスの影響を受けないUsualには。変態だって? あんただって僕のサブを傷付けることで、快感を覚えてた変態じゃないのか? それとも、今、僕に踏まれて興奮してたりして?」

 びりびりと身体が麻痺する。Glareだ。
 俺だけじゃない。周囲にいるUsualの人も、堂本の足元にいる課長もみな、身体が硬直したようにその圧倒的なオーラに痺れていた。

「Subは奴隷でもなければ、お前みたいな能無しのために働く社畜でもないんだ、よっ!」

 最後に一押し、体重をかけた踵が課長の身体を海老ぞりにさせた。
 か、か、かっこいい!
 暴力はよくない、よくないけどそんなのどうでもよくなるカッコよさだ。周囲の人たちも、突然大声でわめきだした課長を見ていたからか、その発言が痛いからか、はたまた堂本の威圧に負けたのか。誰も止める人はいなかった。

「くそっ! こんなことなら出会ったときから、飼っておけばよかった。無能な男に傷付けられずに済んだのに……。いいか? これ以上僕のサブに、危害を与えてみろ。会社ごと、潰してやる」
「あ、それだと、俺……無職に」

 まだGlareをまとったままの堂本に口答えをするのは勇気がいったが、怒りの矛先は俺じゃない。きっと、だいじょうぶ。堂本が俺に危害を加えることは、決してない。これまでだって、これからだって。

「サブ……。お前まだこんな会社に居続けるつもりか?」
「でも、無職はさすがに……」
「僕が飼うって言っても?」

 本気なんだろうか? 本気、なんだろうなぁ……。でも俺もSubとはいえ男で、たとえ女だったとしてもただ養われるだけなのは気が進まない。せめて退職金をもらってから辞めたい。どう伝えれば、わかってもらえるか目を左右に泳がせて考えていたら、堂本は呆れた声をだした。

「欲がないな、サブは。わかった。飼うのは諦める。けど、会社は辞めろ。これは命令」

 言わなくてもわかってくれた。さすが堂本。
 もともと辞めようとは思っていたので、素直に従うと、堂本は満足そうな顔で手招きした。

「いい子だ」

 ようやくGlareの威圧感から解放されたところで、褒め言葉だ。俺はふわふわと天にも昇る気持ちになって、堂本に飛びついた。
 俺たちの足元では、いまだ踏まれたままの課長が、ぐへぇという汚い断末魔をあげていた。
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