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喜劇
悪役の休息
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『で、アレの調子はどうだ? いや、聞かなくてもわかるが』
「そうねぇ……やっと伯爵、いや子爵……ううーん。どれもうちの令嬢達に失礼になりそう」
進捗具合を聞かれたけれど、ファネットゥ王女の礼儀作法や歴史については国内で知りうる貴族令嬢と比べるには彼女たちに申し訳ない気持ちになった。
商家のお嬢さんだってもっとしっかりしている。
「三才の子供だってもう少し出来ると思うわ」
これが正直な感想だった。
『そうか……。あとはアシュリー次第か』
「アシュリーも苦労してるみたい。覚えが悪いというよりはやる気がない? なんならアシュリーにしなだれかかってきたりと……。アシュリー大丈夫かしら」
そう、この頃にはすでにファネットゥ王女はアシュリーに夢中だった。
いや、夢中というわけじゃないかもしれない。彼女は無意識に男性に媚を売る人だった。
侍従であるフィンも料理人のトーレスも被害者だ。
フィンはもともと兄のイーノックに付く予定だったが、そのイーノックが失踪したため、わたしの侍従となった。
かわいらしい容貌とは異なり、言うことは辛辣だ。
「お嬢様、しばらく家出してもいいですか? 鼻がもげそう、臭い、死ぬ、むしろ、殺る、殺らせて?」
最後の方は目が据わっていたので、フィンには要塞に戻ってもらった。
料理人のトーレスは大人なので上手いこと躱していた。
少し白髪のまじりだした短髪に褐色の肌は、クラメール王国とはまた別の国からの移民出身だからだ。
「お嬢が食べてくれないので代わりにあの女にはたっぷり食べさせることにした」
世界各地の料理に精通しているトーレスはファネットゥ王女の好みを早々に把握した。好みの味付けに気を良くした彼女はたしかに来たときよりも太ったかも知れない。
フィンとトーレスは彼女から逃げられたが、アシュリーは家庭教師という役目があって侍女がいるとはいえ二人きりの空間で過ごさなければならない。
逃げ場のないアシュリーが彼女を好きになることが万に一つもあればこの同盟に罅がはいる可能性もあった。
『アシュリーは何があってもお前を裏切ることはないから安心しろ』
「貴男は?」
『俺がお前を裏切ったことなんてあったか?』
膝に載せていた頭を起こした狼がわたしの身体にのしかかる。大きな狼に襲われたわたしは四阿のベンチに押し倒された。
目の前にはあの金色の瞳がわたしを射抜く。
大きな舌がわたしの頬を舐めた。
子供の頃からこうして狼から与えられた愛情はわたしの宝物だ。
くすぐったさを感じながらも、狼に笑顔を向けた。
「疑ったことなんてないよ」
『……服を持ってくるべきだったか。いや、別に服はなくても……、しかし……』
ぶつぶつと呟く身体を抱き寄せてそのもふりとした毛並みに顔をうずめた。
彼のおひさまの匂いとわたしの石鹸の匂いが混ざり合った。
せめてこれくらい自然な香りなら、ファネットゥ王女を宮殿に連れていくこともできるのに。
嫌がる彼の背を撫でると観念した彼がおとなしくなった。
そうして二人で寝転んでいたらあくびが漏れた。
『少し、寝たらいい。起こしてやるから』
「ん、……でも……ちょっとだけ、ね」
『あぁおやすみ、俺のアビー』
まるで身体の底から震えさせられるような、そんな熱いキスをされる夢を見た。
目を閉じたままに塞がれて、熱い吐息が入り込む。
息苦しさに口を開けばその隙間に長い大きな舌が触れる。
頬を舐めるように何度も往復して、わたしの舌がおずおずと伸びる。
あまりにも恥ずかしい夢のおかげで、目覚めたときには彼の顔を見ることが出来なかった。
「そうねぇ……やっと伯爵、いや子爵……ううーん。どれもうちの令嬢達に失礼になりそう」
進捗具合を聞かれたけれど、ファネットゥ王女の礼儀作法や歴史については国内で知りうる貴族令嬢と比べるには彼女たちに申し訳ない気持ちになった。
商家のお嬢さんだってもっとしっかりしている。
「三才の子供だってもう少し出来ると思うわ」
これが正直な感想だった。
『そうか……。あとはアシュリー次第か』
「アシュリーも苦労してるみたい。覚えが悪いというよりはやる気がない? なんならアシュリーにしなだれかかってきたりと……。アシュリー大丈夫かしら」
そう、この頃にはすでにファネットゥ王女はアシュリーに夢中だった。
いや、夢中というわけじゃないかもしれない。彼女は無意識に男性に媚を売る人だった。
侍従であるフィンも料理人のトーレスも被害者だ。
フィンはもともと兄のイーノックに付く予定だったが、そのイーノックが失踪したため、わたしの侍従となった。
かわいらしい容貌とは異なり、言うことは辛辣だ。
「お嬢様、しばらく家出してもいいですか? 鼻がもげそう、臭い、死ぬ、むしろ、殺る、殺らせて?」
最後の方は目が据わっていたので、フィンには要塞に戻ってもらった。
料理人のトーレスは大人なので上手いこと躱していた。
少し白髪のまじりだした短髪に褐色の肌は、クラメール王国とはまた別の国からの移民出身だからだ。
「お嬢が食べてくれないので代わりにあの女にはたっぷり食べさせることにした」
世界各地の料理に精通しているトーレスはファネットゥ王女の好みを早々に把握した。好みの味付けに気を良くした彼女はたしかに来たときよりも太ったかも知れない。
フィンとトーレスは彼女から逃げられたが、アシュリーは家庭教師という役目があって侍女がいるとはいえ二人きりの空間で過ごさなければならない。
逃げ場のないアシュリーが彼女を好きになることが万に一つもあればこの同盟に罅がはいる可能性もあった。
『アシュリーは何があってもお前を裏切ることはないから安心しろ』
「貴男は?」
『俺がお前を裏切ったことなんてあったか?』
膝に載せていた頭を起こした狼がわたしの身体にのしかかる。大きな狼に襲われたわたしは四阿のベンチに押し倒された。
目の前にはあの金色の瞳がわたしを射抜く。
大きな舌がわたしの頬を舐めた。
子供の頃からこうして狼から与えられた愛情はわたしの宝物だ。
くすぐったさを感じながらも、狼に笑顔を向けた。
「疑ったことなんてないよ」
『……服を持ってくるべきだったか。いや、別に服はなくても……、しかし……』
ぶつぶつと呟く身体を抱き寄せてそのもふりとした毛並みに顔をうずめた。
彼のおひさまの匂いとわたしの石鹸の匂いが混ざり合った。
せめてこれくらい自然な香りなら、ファネットゥ王女を宮殿に連れていくこともできるのに。
嫌がる彼の背を撫でると観念した彼がおとなしくなった。
そうして二人で寝転んでいたらあくびが漏れた。
『少し、寝たらいい。起こしてやるから』
「ん、……でも……ちょっとだけ、ね」
『あぁおやすみ、俺のアビー』
まるで身体の底から震えさせられるような、そんな熱いキスをされる夢を見た。
目を閉じたままに塞がれて、熱い吐息が入り込む。
息苦しさに口を開けばその隙間に長い大きな舌が触れる。
頬を舐めるように何度も往復して、わたしの舌がおずおずと伸びる。
あまりにも恥ずかしい夢のおかげで、目覚めたときには彼の顔を見ることが出来なかった。
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