わたしの愛する黒い狼

三谷玲

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エンディング

ヒロインにはなれない

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 穏やかな南風に誘われて、わたしは石造りのバルコニーの手すりに座った。
 ドレスだったら絶対に出来ないだろう。確実にフィンに怒られる。

 凪いだ海のその先にある彼女の国で流行しているというおとぎ話と、実際の喜劇。
 結局のところ結果は同じだ。
 
 彼女はアシュリーと北の辺境であるノースフレイルへ。
 わたしとリーレイは互いの婚約者を失った。

 もし、わたしがおとぎ話の主人公だったなら、リーレイとまた婚約していたかもしれない。

 しかし現実はそうはいかない。
 放蕩息子である兄イーノックは、結局法で定められた期限の五年で帰還しなかった。
 次期辺境伯が空位であることは、この国にとっては公太子の婚約者がいないことよりも問題なのだ。

 風が髪をさらう。
 わたしの長い赤い髪を結っていたリボンがその風に乗って、するりと解けるとそれはそのまま流されていく。
 わたしはそれを目で追った。

 あのリボンもリーレイからの贈り物の一つ。

 西の養蚕が盛んな地トラウェストで作られた臙脂の絹に金の糸で刺繍が施されていた。
 複雑な刺繍には魔術が込められている。
 わたしの健康と安寧を願った幾何学模様が空を舞っていた。

 わたしの大事な宝物が飛んでいってしまった。

 無造作に伸ばした長い赤い髪は風に揺れ飛んでいくリボンを惜しむように空を舞った。
 
 そこにいくつもの光の粒が集まっていく。

「リボンにいたずらしたのはだあれ?」

 答える声はないけれど光の粒は楽しそうに瞬いた。
 解けたわたしの髪はいくつもの束を作り、器用に編み込まれていく。
 小さなみつあみをいくつも作られると、それをまたみつあみにして大きなみつあみが三本出来上がっていた。

 これがコースティ家の血筋を保つための最大の目的。

 わたしたちは精霊に愛されていた。
 公家に狼の獣人が生まれやすいように、コースティ家には精霊に愛される者が必ず誕生していた。
 わたしも、兄のイーノックもまた精霊に愛されている。
 イーノックを守護する土の精霊と、わたしを守護する風の精霊。
 父もまた火の精霊に愛されていた。

 わたしが子供の頃に病弱だった理由の一つが父だった。
 父の火の精霊とわたしの風の精霊は、相性が良すぎた。
 側にいるとどうしても体温が上がり、熱を発していた。
 成長するにつれ、風の精霊を制御出来るようになってやっと、父と対面しても熱を出すことはなくなったが、今でも発熱するのではないかと怖がる父とはもっぱら魔術によるデータ送信で会話している。

 三本のみつあみがさらに一本へと編み込まれた。
 最後にふわりと落ちてきたわたしのリボンをその先端に結んだ。

「ありがとう。そうね、これくらいはめかしこんでも構わないわよね」

 ドレスもハイヒールも要らないと、しまいこんではみたものの、このサウスラーザンを、ファンデラント公国を守るために少し気負い過ぎていたみたいだ。
 まさかそれをシルフたちに教えられるとは。

 明日、わたしは叙爵される。次期辺境伯となるために父の爵位の一つセミラーザン伯爵だ。
 これでわたしは女伯爵である。
 それはわたしが公太子妃にはなれないことを意味していた。

 わたしの大事な宝物はやはり飛んでいってしまったようだ。
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