野良猫Subは餌付けされてることに気付かない

三谷玲

文字の大きさ
11 / 17

第十一話

しおりを挟む
 伊織に逢えば自分の気持ちもわかる、そう思っていたのに当の伊織がぱたりと消えた。
 二日、三日。社食で逢えると思っていた理は次第にいらだち始めていた。週末に電話をしようか、どうしようかと迷っているときだった。

「ご一緒していいっすか?」

 伊織かと思って期待して顔をあげると、そこには外出から戻ったばかりの若杉がいた。

「あぁ、もちろん」
「課長、食欲ないんっすか? それだけで足ります?」
「昼はあまり食わないんだ」

 ざるそばだけのトレイを見て驚く若杉を笑っていなす。さほど気にしていなかったのだろう、若杉は大きな口を開けてカレーを頬張りはじめた。
 そういえば、若杉は伊織の同期だったはず。なにか知らないだろうかと探りを入れてみることにした。

「若杉、同期は何人残ってる?」

 理たちの勤めるEDGEはブラック企業というわけではないが、同期入社が全員残っていることは珍しい。会話としても不自然はないだろう。
 理の同期も十人ほどいたがいまはふたりだけ。ひとりは製造部で主任をしていて、もうひとりは経理部だ。顔を合わすことはない。

「製造に三人いますね。営業は俺と一課にふたり、あと情シスにひとり。そうだ、この間来た外山ってやつです」
「そう……。外山さんとは親しいのか?」
「よく飲みに行きますよ。あいつきまぐれなんで突然呼び出すんで困るんっすけどね。この間も月曜に飲みに行くぞって連絡来て。まぁ俺も独り身なんで構わないっすけど」

 きまぐれ。では、ここ数日顔を出さないのもそのきまぐれのせいなのだろうか?

「へぇ……。月曜から飲むなんて若いな」
「若いって、課長だって三十二歳でしょ? そんな変わりませんよ」
「アラサーとオーバーサーティーは全然違うよ」
「そういうもんですかね? そういえばあいつほんときまぐれで、そんときの飲みも突然いなくなって驚きましたよ。ほんとどこ行ったんだか。翌日わざわざ営業部うちまで来て謝ってくれましたけどね。そういや、次の日も来たもんだから三日連続あいつの顔見ることになったんだっけ」

 胸がざわつく。

「……それって、俺のパソコンが壊れた日か?」
「そうですよ。あいつ、一時間も掛るって言ったけどすぐ直し終わったから、やっぱり情シスって違うなって思いましたね。その後俺が外出するまでだべってたから……ってすいません。遊んでたわけじゃないっすけど」

 理を倉庫に呼びに来たのは一時間以上経ってからだ。では、その間伊織はなにをしていた?
 途中で居なくなった月曜日の飲み会、それは理が倒れた日と同じだ。

「そう……。なぁ、若いやつらはどこで飲むんだ? 参考までに聞かせてくれよ」
「俺らだと池袋が多いですね。安い店多いですし」

 カレーを食べ終わった若杉は、今度はデザートにドーナッツまで食べ始めた。よく食べられるもんだと、思いつつ、理は若杉に聞いたことを考えていた。
 理が倒れたのも池袋だ。
 リサーチのためにいくつかの商業施設を回ったあとで……。

 これは偶然、なんだろうか?

 ダイナミクスを持つのは人口の一割ほどと言われている。ただし判明しているだけで知らずに過ごしている人も多い。理もそのひとりだった。
 人口密度の高い東京ではもっと多いだろうが、それでも同じ街中に、Domが何人もいるだろうか。
 もしかしたら理が倒れた原因Glareは、伊織ではないだろうか。

 伊織が犯人なんだろうか?
 だから、伊織の言うことに従ってしまうんだろうか?
 それなら、これは恋でもなんでもなく……ただの従属関係だ。あの時のGlare威圧のせいで、従わされてるだけの……。
 いやだ。それは、それだけはいやだ。
 ただDomに従うだけの犬になんか、なりたくない。
 操り人形にはなりたくない。



 倒れてから一か月、ようやく再診の日が来た。

「順調そうですね」
「ええ、まぁ」

 体調は問題ない。SubDropの後遺症と呼ばれる精神疾患も見当たらない。

「パートナーは見つかりました?」
「……いえ」

 伊織とのプレイはあっても、パートナーではない。もしかしたら、その伊織が原因かもしれないと疑う理は、医師の言葉を否定した。

「前回、カウンセラーから話があったと思いますが、Subの精神安定のためにはDomのパートナーは必要不可欠です。どなたか心当たりがなければ、病院からあっせんすることもできますが……」
「結構です。これまでなにもありませんでしたし、誰かに支配されたいなんて思ってませんから」
「支配? まぁ確かにダイナミクスは支配したいDomと支配されたいSubといわれてますが、それは言葉通りとは限らないんですよ。支配って言葉が独り歩きしてますが共存関係というんですかね。お互いの信頼で成り立つ関係性ですから、強制ではないんです」
「ですが、うちの両親はっ! ……何でもありません。とにかく、俺には必要ないです」
「でも本当にいないんですか? パートナー。SubDropした後の割にはとても落ち着いてるからてっきり誰かいらっしゃるんだと」

 当然、伊織の顔が思い浮かんだ。流されて始まった最初のプレイ。理が求めた二度目のプレイ。でもそれだけだ。
 今度はもっと強く否定した。

「いませんっ! それより、Glareについて教えてもらえませんか? あれはSubをコントロールするために発するものですよね? それこそ強制的に。あれを受けたSubはそのDomに対して服従したくなるとか、そういう副作用みたいなものは」
「残念なことに、そういった使い方をするDomがいることは確かです。強いGlareを浴びて廃人のように自分を無くし、ただDomに従うだけのSubも多く見てきました。しかし――」
「それだけ分かれば十分です」

 理が倒れた現場にいたかもしれない伊織。そしてその後すぐ理の目の前に現れた。これは偶然なのだろうか?
 伊織はゆっくり理に植え付けていたのではないか? DomのCommandに従うように、じわじわと……。でなければ、これまで誰からも受けた覚えのないCommandをあんなに簡単に理が受け入れられるわけがない。
 そうだ、最初のときっだていきなりGlareを浴びせられて、床に座らされたではないか。
 最初から計画的に、理を支配しようとして……。

 くそっ! 理はぞくぞくとした寒気を感じて身震いした。
 もう、伊織とは関わららないほうがいい。
 若杉も言ってたではないか、伊織はきまぐれだと。
 きっと理に声を掛けてきたものもそのきまぐれだ。

 そう結論付けたとき、電話がなった。伊織だ。

『中林さん、体調どうですか?』
「……特に問題はない」

 きっとこれもきまぐれだ。電話でとはいえあんなことをしておいて、放置したくせにまた理を揺さぶるのだ。
 たかが数日会えないだけで、ただこうして電話がかかってくるだけで、理の心をざわつかせる。

『でも――』
「悪いが、いま出先で忙しいんだ。それと、もう外山さんとは逢わない。俺にあんたは必要ないっ!」

 なにか言いかけた伊織を無視して電話を切った。
 伊織に、誰かに振り回されるなんて、まっぴらごめんだ。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ネガティブなΩがスパダリαから逃げる

ミカン
BL
オメガバース

貧乏Ωが御曹司αの将来のために逃げた話。

ミカン
BL
オメガバース

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

甘々彼氏

すずかけあおい
BL
15歳の年の差のせいか、敦朗さんは俺をやたら甘やかす。 攻めに甘やかされる受けの話です。 〔攻め〕敦朗(あつろう)34歳・社会人 〔受け〕多希(たき)19歳・大学一年

守り守られ

ほたる
BL
主治医 望月診療所の双子医師 患者 瀬咲朔 腸疾患・排泄障害・下肢不自由 看護師 ベテラン山添さん 準主人公 成海真幌 腸疾患・排泄障害・てんかん 木島 尚久 真幌の恋人同棲中

敵国の将軍×見捨てられた王子

モカ
BL
敵国の将軍×見捨てられた王子

人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました

よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、 前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。 獣人が支配する貴族社会。 魔力こそが価値とされ、 「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、 レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。 そんな彼を拾ったのは、 辺境を治める獣人公爵アルト。 寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。 溺愛され、守られ、育てられる日々。 だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。 学院での出会い。 貴族社会に潜む差別と陰謀。 そして「番」という、深く重い絆。 レオンは学び、考え、 自分にしかできない魔法理論を武器に、 少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。 獣人と人族。 価値観も、立場も、すべてが違う二人が、 それでも選び合い、家族になるまでの物語。 溺愛×成長×異世界BL。 読後に残るのは、 「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。

処理中です...