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第6話 駄菓子屋の約束
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ある日の放課後、僕たちの小さな冒険は、潮風の匂いがする、ありふれた通学路から始まった。
七海のお楽しみノートに記された、記念すべき最初のリスト。
『① 潮見ヶ丘の駄菓子屋で、百円玉を握りしめてお菓子を買う』
その、あまりにも可愛らしく、そしてあまりにも純粋な計画は、あっという間にクラス中に広がっていた。
「面白そうじゃん! 俺も行く! 七海ちゃん、案内してやんよ!」
「ずるい、あたしも! 駄菓子だったら、私の方が詳しいし!」
結局、僕と発起人の七海、そして当然のように遠足の仕切り役を買って出た柚希の三人に加え、好奇心旺盛なクラスメイトたちが男女合わせて五人も、このささやかな遠征隊に参加することになった。男子たちは、可愛い転校生のためならという、分かりやすい下心を隠そうともせず、女子たちも「七海ちゃん、一人じゃ心配だから」という、母性的な優しさを口実に目を輝かせている。
僕たちは、潮見ヶ丘の心臓部とも言える潮見商店街のアーケードを目指して、一列になったり、横に広がったりしながら、賑やかに歩いた。少し寂れた、でも、人々の生活の匂いが染みついた僕たちの町。威勢のいい魚屋さんの声、豆腐屋さんのラッパの物悲しい音色、そして、どこかのお惣菜屋さんから漂ってくる、醤油とみりんの甘じょっぱい香り。それが、僕たちの世界だった。
「駄菓子屋さんって、どっち?」
七海が期待に満ちた声で尋ねる。彼女は僕と柚希の間を、小さな蝶のようにあちこちに飛び移りながら、楽しそうに歩いていた。
「もうすぐだよ。あの角曲がったとこにある、『たそがれ堂』って店。あたしらの聖地ね」
柚希が指さした先には、錆びついたトタン屋根のアーケードの入り口が見えた。
たそがれ堂は、僕たちが生まれるずっと前から、時間の流れから取り残されたかのようにひっそりと、そこに存在していた。
色褪せた炭酸飲料の看板。日に焼けて、微笑んでいるのが誰だか判別できなくなってしまった、80年代アイドルのポスター。そして、がた、ぴしと音を立てる、少し傾いたアルミサッシのガラス戸。初めて訪れる者なら、入るのを一瞬ためらってしまうような、独特のオーラを放っていた。
だが、七海はそのオーラに臆するどころか、ゲームで隠された遺跡を発見したかのように、その大きな瞳を、これ以上ないくらいにきらきらと輝かせた。
僕が引き戸に手をかけると、からんころんと、ドアベルの代わりに、気の抜けた、しかしどこまでも懐かしい音が鳴った。
そして、店内に足を踏み入れた。
「うわあ……!」
七海が、感嘆の声を漏らした。それは、驚きというよりも、長年夢見てきた場所にようやくたどり着けたという、純粋な喜びだった。
「……本物だ!」
その呟きに、僕と柚希は顔を見合わせた。本物……何がだろう。
店内は、子供の欲望が所狭しと詰め込まれた魔法の洞窟だった。壁一面に、うまい棒が砦のように積まれ、大きなガラス瓶の中では、色とりどりの飴玉やゼリーが、宝石のようにきらきらと光を放っている。少しカビ臭くて、むせ返るほど甘ったるい匂い。ギシギシと悲鳴をあげる床板。そして、店の奥の薄暗がりでは、年代物のアーケードゲーム機が、電子音を途切れ途切れに響かせている。
七海はその全てを、生まれて初めて見る美術品を鑑賞するかのように、目を丸くして、食い入るように見つめていた。その反応は明らかに、僕たちのものとは異質だった。
「七海、もしかして……本当に、駄菓子屋さん来たことないの?」
柚希が、そのただならぬ様子に少しだけ戸惑ったように尋ねる。
七海は、きょとんとした顔で振り返ると、まるで「今日はいい天気だね」とでも言うかのように、あまりにも、こともなげに言った。
「うん。病院の外にはあんまり出られなかったから。絵本とか、テレビの中でしか見たことなかったんだ。だから、本物に会えてすごく嬉しい」
その一言で、店の賑やかな空気が、僕たちの周りだけ、一瞬だシンと静まり返った。
彼女が背負ってきた、僕たちには想像もできないほどの、無菌室の白い壁と消毒液の匂いに満ちた時間。絵本の中でしか知らなかった当たり前の日常。その重さが、彼女の屈託のない一言に凝縮されていた。柚希は、何かを言いかけたが、どんな言葉も陳腐に響いてしまうことを悟ったかのように、ただ、唇をきゅっと結んだ。僕は、胸の奥が鷲掴みにされたかのように、ずきりと痛んだ。
だが、そんな湿った空気を、まるで太陽の光で蒸発させるかのように吹き飛ばしたのも、また、七海自身だった。
「さあ! 冒険の始まりだ!」
彼女は、右手に握りしめた、ぴかぴかの百円玉を、まるで勇者の紋章のように高く掲げると、宝の地図を広げるかのように、お楽しみノートを開いた。
彼女にとって、これは、単なる買い物ではなかった。失われた時間を取り戻すための、そして、自分の意志で何かを選ぶという、ささやかで、しかし何よりも尊い権利を行使するための切実な儀式なのだ。
十円のヨーグルトゼリーを手に取り、その小さなプラスチックの蓋を、愛おしそうになぞる。二十円のチョコレートの箱を、耳元で振って、カラカラと優しい音を確かめる。三十円のラムネ瓶の、ガラス玉の閉じ込められた仕組みを、不思議そうに何度も何度も見つめる。その一つひとつの行動が、彼女にとっては世界で初めての発見であり、生きていることを実感する感動なのだ。
やがて、彼女の小さな手の中にはいくつかの駄菓子が集まっていた。
「ええと、これで……いくらかな?」
彼女は、自分の手のひらの上の小さな戦利品を前に、本気で首を傾げ悩んでいる。その姿はあまりにも純粋で、あまりにも愛おしく、そして、あまりにも切なかった。
僕は、彼女の隣にそっと立った。他の男子たちが「七海、これうまいぜ!」と強く勧めるのを、「……天野さんが、自分で選びたいんだと思うから」と小さな声で制しながら。これは、僕が、僕の魂を肯定してくれた彼女にできる、精一杯の恩返しだった。
「ええと、ガムが十円で、チョコが二十円、それからラムネが……」
ヒーローになるつもりなんて、微塵もなかった。ただ、彼女の、この選択の時間を、誰にも邪魔させたくなかった。それだけだった。
「……あと、三十円だよ」
僕は、彼女の耳元で、囁くように言った。二人の頭がくっつきそうになるくらい、近い距離。彼女の髪から、シャンプーと、そして、あの日と同じ太陽と風が混じり合った特別な匂いがした。僕の心臓が、また、少しだけ速く、そして温かく音を立てた。
その様子を、柚希は、少しだけ離れた場所から見ていた。
彼女は、他のクラスメイトたちと楽しそうに談笑していた。
「この酢だこ、超すっぱいんだぜ!」
「私はこのヨーグルが好きだなー」
快活に笑い、輪の中心にいる。それが、彼女のいつもの居場所だ。
だが、その大きな瞳は、時折、僕と七海が作り出す、小さな二人だけの世界へと向けられていた。そして僕が、他の男子から七海を庇うようにそっと前に出た瞬間、柚希の笑顔が、ほんのわずかに翳った。彼女は悟ってしまったのだ。僕が、もう彼女だけのハルではなくなってしまったことを。僕が守りたいものが、もう、自分ではない誰かになってしまったことを。
七海は僕の助言を受け、最後の三十円で、大きなハート型のペロペロキャンディを選んだ。
「これで、ぴったり百円!」
彼女は、レジで新聞を読んでいた、腰の曲がった店主のおばあちゃんに、宝物を献上するかのように、そのお菓子たちを差し出した。
「お嬢ちゃん、上手に選んだねえ。楽しそうだ」
おばあちゃんは、ただ「楽しそうだ」と言っているだけではなかった。その奥に、この少女が放つ、あまりにも純粋な生命力の輝きと、その裏側にある消えてしまいそうな儚さの両方を見透かしているような、そんな深みがあった。
「はいっ! ありがとうございます!」
満面の笑みで彼女は答えた。おばあちゃんはゆっくりと頷くと、しわくちゃの手で、カウンターの下から小さなガラスの瓶を取り出した。そして、中に入っていた金平糖を一つ、七海の手のひらにそっと乗せてやった。
「……これは、おまけ。元気でいるんだよ」
その言葉は、誰にでも言うような、ありふれた言葉だったかもしれない。でも僕には、それが、この町の全てをずっと見守ってきた者からの、特別な祈りのように聞こえた。
店の外に出て、七海は買ったお菓子が入った小さなカシャカシャと音を立てるビニール袋を、受賞したトロフィーのように、胸の前でぎゅっと抱きしめた。その姿は、あまりにも幸福に満ちていて、僕たちは、誰もがつられて笑顔になっていた。
そして彼女は、僕たち全員に向き直ると最高の笑顔で言った。
「約束だから、みんなで食べよう!」
彼女は、そのたった百円の、しかし彼女にとっては全世界の何よりも価値がある宝物を、惜しげもなく、僕たちに分け与え始めた。
「春樹くんは、これね」
「柚希ちゃんは、これ!」
「田中くんも、どうぞ!」
彼女にとっての本当の宝物は、お菓子そのものではなく、このみんなで分かち合うという時間そのものなのだと、僕はその時、はっきりと理解した。彼女の無垢な優しさが、僕たちを一つの小さなつながりに変えていく。
駄菓子屋からの帰り道。
僕たちの手には、七海がくれた、少しだけ懐かしい味がする駄菓子が握られている。
隣を歩く七海の横顔は、満足感と、ほんの少しの疲れとで幸せそうに輝いていた。
僕たちの、記念すべきリスト達成。
この日の出来事が、僕たちのあまりにも短く、そしてあまりにも濃密な夏の中で、どれほどきらきらと輝く、かけがえのない一日になったか。
その本当の意味に僕たちが気づくのは、もう少しだけ未来の話だ。
七海のお楽しみノートに記された、記念すべき最初のリスト。
『① 潮見ヶ丘の駄菓子屋で、百円玉を握りしめてお菓子を買う』
その、あまりにも可愛らしく、そしてあまりにも純粋な計画は、あっという間にクラス中に広がっていた。
「面白そうじゃん! 俺も行く! 七海ちゃん、案内してやんよ!」
「ずるい、あたしも! 駄菓子だったら、私の方が詳しいし!」
結局、僕と発起人の七海、そして当然のように遠足の仕切り役を買って出た柚希の三人に加え、好奇心旺盛なクラスメイトたちが男女合わせて五人も、このささやかな遠征隊に参加することになった。男子たちは、可愛い転校生のためならという、分かりやすい下心を隠そうともせず、女子たちも「七海ちゃん、一人じゃ心配だから」という、母性的な優しさを口実に目を輝かせている。
僕たちは、潮見ヶ丘の心臓部とも言える潮見商店街のアーケードを目指して、一列になったり、横に広がったりしながら、賑やかに歩いた。少し寂れた、でも、人々の生活の匂いが染みついた僕たちの町。威勢のいい魚屋さんの声、豆腐屋さんのラッパの物悲しい音色、そして、どこかのお惣菜屋さんから漂ってくる、醤油とみりんの甘じょっぱい香り。それが、僕たちの世界だった。
「駄菓子屋さんって、どっち?」
七海が期待に満ちた声で尋ねる。彼女は僕と柚希の間を、小さな蝶のようにあちこちに飛び移りながら、楽しそうに歩いていた。
「もうすぐだよ。あの角曲がったとこにある、『たそがれ堂』って店。あたしらの聖地ね」
柚希が指さした先には、錆びついたトタン屋根のアーケードの入り口が見えた。
たそがれ堂は、僕たちが生まれるずっと前から、時間の流れから取り残されたかのようにひっそりと、そこに存在していた。
色褪せた炭酸飲料の看板。日に焼けて、微笑んでいるのが誰だか判別できなくなってしまった、80年代アイドルのポスター。そして、がた、ぴしと音を立てる、少し傾いたアルミサッシのガラス戸。初めて訪れる者なら、入るのを一瞬ためらってしまうような、独特のオーラを放っていた。
だが、七海はそのオーラに臆するどころか、ゲームで隠された遺跡を発見したかのように、その大きな瞳を、これ以上ないくらいにきらきらと輝かせた。
僕が引き戸に手をかけると、からんころんと、ドアベルの代わりに、気の抜けた、しかしどこまでも懐かしい音が鳴った。
そして、店内に足を踏み入れた。
「うわあ……!」
七海が、感嘆の声を漏らした。それは、驚きというよりも、長年夢見てきた場所にようやくたどり着けたという、純粋な喜びだった。
「……本物だ!」
その呟きに、僕と柚希は顔を見合わせた。本物……何がだろう。
店内は、子供の欲望が所狭しと詰め込まれた魔法の洞窟だった。壁一面に、うまい棒が砦のように積まれ、大きなガラス瓶の中では、色とりどりの飴玉やゼリーが、宝石のようにきらきらと光を放っている。少しカビ臭くて、むせ返るほど甘ったるい匂い。ギシギシと悲鳴をあげる床板。そして、店の奥の薄暗がりでは、年代物のアーケードゲーム機が、電子音を途切れ途切れに響かせている。
七海はその全てを、生まれて初めて見る美術品を鑑賞するかのように、目を丸くして、食い入るように見つめていた。その反応は明らかに、僕たちのものとは異質だった。
「七海、もしかして……本当に、駄菓子屋さん来たことないの?」
柚希が、そのただならぬ様子に少しだけ戸惑ったように尋ねる。
七海は、きょとんとした顔で振り返ると、まるで「今日はいい天気だね」とでも言うかのように、あまりにも、こともなげに言った。
「うん。病院の外にはあんまり出られなかったから。絵本とか、テレビの中でしか見たことなかったんだ。だから、本物に会えてすごく嬉しい」
その一言で、店の賑やかな空気が、僕たちの周りだけ、一瞬だシンと静まり返った。
彼女が背負ってきた、僕たちには想像もできないほどの、無菌室の白い壁と消毒液の匂いに満ちた時間。絵本の中でしか知らなかった当たり前の日常。その重さが、彼女の屈託のない一言に凝縮されていた。柚希は、何かを言いかけたが、どんな言葉も陳腐に響いてしまうことを悟ったかのように、ただ、唇をきゅっと結んだ。僕は、胸の奥が鷲掴みにされたかのように、ずきりと痛んだ。
だが、そんな湿った空気を、まるで太陽の光で蒸発させるかのように吹き飛ばしたのも、また、七海自身だった。
「さあ! 冒険の始まりだ!」
彼女は、右手に握りしめた、ぴかぴかの百円玉を、まるで勇者の紋章のように高く掲げると、宝の地図を広げるかのように、お楽しみノートを開いた。
彼女にとって、これは、単なる買い物ではなかった。失われた時間を取り戻すための、そして、自分の意志で何かを選ぶという、ささやかで、しかし何よりも尊い権利を行使するための切実な儀式なのだ。
十円のヨーグルトゼリーを手に取り、その小さなプラスチックの蓋を、愛おしそうになぞる。二十円のチョコレートの箱を、耳元で振って、カラカラと優しい音を確かめる。三十円のラムネ瓶の、ガラス玉の閉じ込められた仕組みを、不思議そうに何度も何度も見つめる。その一つひとつの行動が、彼女にとっては世界で初めての発見であり、生きていることを実感する感動なのだ。
やがて、彼女の小さな手の中にはいくつかの駄菓子が集まっていた。
「ええと、これで……いくらかな?」
彼女は、自分の手のひらの上の小さな戦利品を前に、本気で首を傾げ悩んでいる。その姿はあまりにも純粋で、あまりにも愛おしく、そして、あまりにも切なかった。
僕は、彼女の隣にそっと立った。他の男子たちが「七海、これうまいぜ!」と強く勧めるのを、「……天野さんが、自分で選びたいんだと思うから」と小さな声で制しながら。これは、僕が、僕の魂を肯定してくれた彼女にできる、精一杯の恩返しだった。
「ええと、ガムが十円で、チョコが二十円、それからラムネが……」
ヒーローになるつもりなんて、微塵もなかった。ただ、彼女の、この選択の時間を、誰にも邪魔させたくなかった。それだけだった。
「……あと、三十円だよ」
僕は、彼女の耳元で、囁くように言った。二人の頭がくっつきそうになるくらい、近い距離。彼女の髪から、シャンプーと、そして、あの日と同じ太陽と風が混じり合った特別な匂いがした。僕の心臓が、また、少しだけ速く、そして温かく音を立てた。
その様子を、柚希は、少しだけ離れた場所から見ていた。
彼女は、他のクラスメイトたちと楽しそうに談笑していた。
「この酢だこ、超すっぱいんだぜ!」
「私はこのヨーグルが好きだなー」
快活に笑い、輪の中心にいる。それが、彼女のいつもの居場所だ。
だが、その大きな瞳は、時折、僕と七海が作り出す、小さな二人だけの世界へと向けられていた。そして僕が、他の男子から七海を庇うようにそっと前に出た瞬間、柚希の笑顔が、ほんのわずかに翳った。彼女は悟ってしまったのだ。僕が、もう彼女だけのハルではなくなってしまったことを。僕が守りたいものが、もう、自分ではない誰かになってしまったことを。
七海は僕の助言を受け、最後の三十円で、大きなハート型のペロペロキャンディを選んだ。
「これで、ぴったり百円!」
彼女は、レジで新聞を読んでいた、腰の曲がった店主のおばあちゃんに、宝物を献上するかのように、そのお菓子たちを差し出した。
「お嬢ちゃん、上手に選んだねえ。楽しそうだ」
おばあちゃんは、ただ「楽しそうだ」と言っているだけではなかった。その奥に、この少女が放つ、あまりにも純粋な生命力の輝きと、その裏側にある消えてしまいそうな儚さの両方を見透かしているような、そんな深みがあった。
「はいっ! ありがとうございます!」
満面の笑みで彼女は答えた。おばあちゃんはゆっくりと頷くと、しわくちゃの手で、カウンターの下から小さなガラスの瓶を取り出した。そして、中に入っていた金平糖を一つ、七海の手のひらにそっと乗せてやった。
「……これは、おまけ。元気でいるんだよ」
その言葉は、誰にでも言うような、ありふれた言葉だったかもしれない。でも僕には、それが、この町の全てをずっと見守ってきた者からの、特別な祈りのように聞こえた。
店の外に出て、七海は買ったお菓子が入った小さなカシャカシャと音を立てるビニール袋を、受賞したトロフィーのように、胸の前でぎゅっと抱きしめた。その姿は、あまりにも幸福に満ちていて、僕たちは、誰もがつられて笑顔になっていた。
そして彼女は、僕たち全員に向き直ると最高の笑顔で言った。
「約束だから、みんなで食べよう!」
彼女は、そのたった百円の、しかし彼女にとっては全世界の何よりも価値がある宝物を、惜しげもなく、僕たちに分け与え始めた。
「春樹くんは、これね」
「柚希ちゃんは、これ!」
「田中くんも、どうぞ!」
彼女にとっての本当の宝物は、お菓子そのものではなく、このみんなで分かち合うという時間そのものなのだと、僕はその時、はっきりと理解した。彼女の無垢な優しさが、僕たちを一つの小さなつながりに変えていく。
駄菓子屋からの帰り道。
僕たちの手には、七海がくれた、少しだけ懐かしい味がする駄菓子が握られている。
隣を歩く七海の横顔は、満足感と、ほんの少しの疲れとで幸せそうに輝いていた。
僕たちの、記念すべきリスト達成。
この日の出来事が、僕たちのあまりにも短く、そしてあまりにも濃密な夏の中で、どれほどきらきらと輝く、かけがえのない一日になったか。
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