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第24話 打ち上げ花火
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柚希が事前に見つけておいてくれた、川辺の土手。そこは、少しだけ祭りの中心地から離れているせいで、嘘のように人が少なかった。この夜のために、誰かが僕たち三人のためだけに用意してくれた、特別な舞台のようだった。
僕たちは土手の、温かい柔らかな草の上に、レジャーシートを広げた。七海を車椅子から、そっとシートの上に移してあげる。
川の向こう岸。祭りの喧騒と提灯の赤い光が、まるで、夢の中の景色のように揺らめいて見えた。
川を渡る夜風が心地よく、僕たちの火照った頬を撫でていく。
七海は膝の上に、大切そうに赤い金魚が入ったビニール袋を抱えていた。彼女は時々、その小さな袋に、何かを優しく囁きかけているようだった。、その小さなビニール袋が遠くの提灯の光を反射して、彼女が一つの、小さな赤い魂を抱いているかのように見えた。
僕と柚希は、そんな彼女を守るように、その両脇に座った。
誰も、何も話さなかった。
ただ、これから始まる奇跡の時間を、固唾をのんで、祈るように待っていた。僕たちの周りだけ、祭りの喧騒から切り離されたかのような、不思議な、どこまでも澄み切った静寂が満ちていた。
その瞬間は、唐突に訪れた。
ヒュルルルルル……。
静寂を切り裂いて、細い、笛のような、魂を焦がすような音が空へと駆け上っていく。
僕たちは、はっと息をのんで夜空を見上げた。
漆黒の、どこまでも深い闇。それは、これから描かれる、最高の絵のための、壮大なキャンバスだった。
その闇の一点に、小さなオレンジ色の光の点が昇っていく。
その光が、空の一番高い場所で、ぴたりと静止した。
世界が呼吸を止めたかのような、完全な静寂。
そして。
ドンッ!!
空が、爆発した。
腹の底を、直接巨大な手で殴りつけられたかのような衝撃。
そして、僕たちの目の前の夜空に、巨大な真紅の菊の花が、荘厳に咲き誇った。
あまりにも美しく、そして、あまりにも圧倒的な光景に、僕たちはただ、息をのむことしかできなかった。
花は一瞬の輝きを放った後、きらきらと、光の粒子となって、その短すぎた命を惜しむかのように、静かに地上へと散っていく。
「……きれい……」
七海が、うっとりとした声を漏らした。
それが、合図となったかのように。
ドン! ドン! ドドン!
次から次へと、色とりどりの光の花々が、僕たちの頭上で狂おしいほどに咲き乱れ始めた。
黄金のしだれ柳が、空から光の涙をこぼす。
瑠璃色の牡丹が、夜の闇を深く染め上げる。
緑と紫の千輪菊が、小さなたくさんの命を一度に咲かせる。
夜空は、今や、巨大なパレットになっていた。
「見て!」
突然、七海が歓声を上げた。
彼女は、狂喜乱舞するように空を指さしていた。その瞳は、無邪気な、生まれたての子供のように、きらきらと輝いていた。
「金魚! 金魚が空を泳いでる!」
その一言。
その、あまりにも懐かしい、彼女との思い出の、一番深い場所に刻みつけられた言葉。
僕の脳裏に、あの日の光景が鮮明に蘇った。
病院の屋上。
初めて、彼女と出会った日。
白いワンピースを着た、不思議な少女が、空を指さして言ったのだ。
――「見て。あの雲、金魚みたいじゃない? ふわふわ、空を泳いでる」
そうだ。
そうだったんだ。
僕が書こうとしている、この物語のタイトルは。
僕が考え出した言葉なんかじゃなかった。
最初から、君が僕に与えてくれた、かけがえのない宝物だったんだ。
君には、ずっと見えていたんだ。
この退屈で残酷な世界の裏側にある、本当の、美しくて、少しだけ悲しいその姿が。
彼女は、世界をそのまま見ていたんじゃない。世界を、物語として見ていたんだ。僕が、物語の書き手になるずっと前から、彼女こそが、この世界の本当の読み手であり、作者だったんだ。僕はただ、その物語を書き留めるための、ペンに選ばれただけだったのだ。
次々と打ち上がる、花火のめまぐるしい光に照らし出された七海の横顔。
その顔には、病気の影など一片たりともなかった。
少しだけこけた頬は薔薇色に染まり、その瞳は、夜空の星々を全て閉じ込めたかのように、きらきらと輝いている。
力強く生命力を宿し輝いていた。
今、この瞬間、天野七海という一人の少女の命は、この夜空に咲き誇るどの花火よりも、ずっと、ずっと眩しく、そして、力強く燃え上がっている。
僕と柚希は、もう空の花火なんて見ていなかった。
ただ、僕たちの目の前にある、奇跡のような尊い、尊い命の輝きを、眩しそうに、祈るように見つめていた。柚希の頬を、一筋、光るものが伝っていくのが、花火の光に照らされて見えた。
この瞬間が、永遠に続けばいい。
神様、お願いします。
奇跡なんていらないなんて、嘘でした。
どうか、どうかこの時間を、この一秒を、永遠にしてください。僕の全てを、この命さえも捧げますから。
僕は、心の底からそう願っていた。
でも、分かっていた。
花火がいつか、その輝きを終えてしまうように。
この、奇跡の時間も有限なのだということを。
そして花火が、最も美しい、最も激しい、最後の輝きを見せようとしていることも。
ドン、ドドドンッ!
黄金の巨大な光のシャワーが、僕たちの頭上を、そして、全世界を覆い尽くす。
今だ。今しかない。この光の嵐が止んでしまう前に。
だから。
だから、僕は伝えなければならない。
これが、最後のチャンスかもしれないのだから。
僕は、覚悟を決めた。
震える右手を、ゆっくりと伸ばす。
そして、僕の隣で空を見上げて無邪気に笑っている、彼女の左手にそっと触れた。
その手は、僕が想像していたよりも、ずっと小さくて、そしてひんやりとしていた。
七海は、驚いたように僕の顔を見た。
大きな瞳に、色とりどりの美しい花火が、いくつも、いくつも映り込んで燃えていた。
その小さな手を二度と失ってしまわないように、強く、優しく握りしめた。
そして、僕のありったけの、全ての想いを込めて、彼女を見つめた。
僕たちは土手の、温かい柔らかな草の上に、レジャーシートを広げた。七海を車椅子から、そっとシートの上に移してあげる。
川の向こう岸。祭りの喧騒と提灯の赤い光が、まるで、夢の中の景色のように揺らめいて見えた。
川を渡る夜風が心地よく、僕たちの火照った頬を撫でていく。
七海は膝の上に、大切そうに赤い金魚が入ったビニール袋を抱えていた。彼女は時々、その小さな袋に、何かを優しく囁きかけているようだった。、その小さなビニール袋が遠くの提灯の光を反射して、彼女が一つの、小さな赤い魂を抱いているかのように見えた。
僕と柚希は、そんな彼女を守るように、その両脇に座った。
誰も、何も話さなかった。
ただ、これから始まる奇跡の時間を、固唾をのんで、祈るように待っていた。僕たちの周りだけ、祭りの喧騒から切り離されたかのような、不思議な、どこまでも澄み切った静寂が満ちていた。
その瞬間は、唐突に訪れた。
ヒュルルルルル……。
静寂を切り裂いて、細い、笛のような、魂を焦がすような音が空へと駆け上っていく。
僕たちは、はっと息をのんで夜空を見上げた。
漆黒の、どこまでも深い闇。それは、これから描かれる、最高の絵のための、壮大なキャンバスだった。
その闇の一点に、小さなオレンジ色の光の点が昇っていく。
その光が、空の一番高い場所で、ぴたりと静止した。
世界が呼吸を止めたかのような、完全な静寂。
そして。
ドンッ!!
空が、爆発した。
腹の底を、直接巨大な手で殴りつけられたかのような衝撃。
そして、僕たちの目の前の夜空に、巨大な真紅の菊の花が、荘厳に咲き誇った。
あまりにも美しく、そして、あまりにも圧倒的な光景に、僕たちはただ、息をのむことしかできなかった。
花は一瞬の輝きを放った後、きらきらと、光の粒子となって、その短すぎた命を惜しむかのように、静かに地上へと散っていく。
「……きれい……」
七海が、うっとりとした声を漏らした。
それが、合図となったかのように。
ドン! ドン! ドドン!
次から次へと、色とりどりの光の花々が、僕たちの頭上で狂おしいほどに咲き乱れ始めた。
黄金のしだれ柳が、空から光の涙をこぼす。
瑠璃色の牡丹が、夜の闇を深く染め上げる。
緑と紫の千輪菊が、小さなたくさんの命を一度に咲かせる。
夜空は、今や、巨大なパレットになっていた。
「見て!」
突然、七海が歓声を上げた。
彼女は、狂喜乱舞するように空を指さしていた。その瞳は、無邪気な、生まれたての子供のように、きらきらと輝いていた。
「金魚! 金魚が空を泳いでる!」
その一言。
その、あまりにも懐かしい、彼女との思い出の、一番深い場所に刻みつけられた言葉。
僕の脳裏に、あの日の光景が鮮明に蘇った。
病院の屋上。
初めて、彼女と出会った日。
白いワンピースを着た、不思議な少女が、空を指さして言ったのだ。
――「見て。あの雲、金魚みたいじゃない? ふわふわ、空を泳いでる」
そうだ。
そうだったんだ。
僕が書こうとしている、この物語のタイトルは。
僕が考え出した言葉なんかじゃなかった。
最初から、君が僕に与えてくれた、かけがえのない宝物だったんだ。
君には、ずっと見えていたんだ。
この退屈で残酷な世界の裏側にある、本当の、美しくて、少しだけ悲しいその姿が。
彼女は、世界をそのまま見ていたんじゃない。世界を、物語として見ていたんだ。僕が、物語の書き手になるずっと前から、彼女こそが、この世界の本当の読み手であり、作者だったんだ。僕はただ、その物語を書き留めるための、ペンに選ばれただけだったのだ。
次々と打ち上がる、花火のめまぐるしい光に照らし出された七海の横顔。
その顔には、病気の影など一片たりともなかった。
少しだけこけた頬は薔薇色に染まり、その瞳は、夜空の星々を全て閉じ込めたかのように、きらきらと輝いている。
力強く生命力を宿し輝いていた。
今、この瞬間、天野七海という一人の少女の命は、この夜空に咲き誇るどの花火よりも、ずっと、ずっと眩しく、そして、力強く燃え上がっている。
僕と柚希は、もう空の花火なんて見ていなかった。
ただ、僕たちの目の前にある、奇跡のような尊い、尊い命の輝きを、眩しそうに、祈るように見つめていた。柚希の頬を、一筋、光るものが伝っていくのが、花火の光に照らされて見えた。
この瞬間が、永遠に続けばいい。
神様、お願いします。
奇跡なんていらないなんて、嘘でした。
どうか、どうかこの時間を、この一秒を、永遠にしてください。僕の全てを、この命さえも捧げますから。
僕は、心の底からそう願っていた。
でも、分かっていた。
花火がいつか、その輝きを終えてしまうように。
この、奇跡の時間も有限なのだということを。
そして花火が、最も美しい、最も激しい、最後の輝きを見せようとしていることも。
ドン、ドドドンッ!
黄金の巨大な光のシャワーが、僕たちの頭上を、そして、全世界を覆い尽くす。
今だ。今しかない。この光の嵐が止んでしまう前に。
だから。
だから、僕は伝えなければならない。
これが、最後のチャンスかもしれないのだから。
僕は、覚悟を決めた。
震える右手を、ゆっくりと伸ばす。
そして、僕の隣で空を見上げて無邪気に笑っている、彼女の左手にそっと触れた。
その手は、僕が想像していたよりも、ずっと小さくて、そしてひんやりとしていた。
七海は、驚いたように僕の顔を見た。
大きな瞳に、色とりどりの美しい花火が、いくつも、いくつも映り込んで燃えていた。
その小さな手を二度と失ってしまわないように、強く、優しく握りしめた。
そして、僕のありったけの、全ての想いを込めて、彼女を見つめた。
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