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第4話 春樹の詩
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放課後の図書室は、僕、神谷春樹にとって、世界で唯一、本当の自分になれる場所でだった。同時に、本当の自分を隠せる場所でもあった。
高い天井まで続く本の森が、僕という臆病な生き物を、現実の厳しい目から優しく匿ってくれる。漂うのは、古い紙の乾いた匂いと、インクの微かな香り。そして、西の窓から差し込む夕陽が、空気中を舞う無数の埃を、きらきらと光る雪の結晶のように照らし出している。その光景は、琥珀の中に閉じ込められた化石のようで、どこまでも静かで、永遠を感じられた。
一番奥にある窓際の大きな机の隅に座り、一冊のノートを開いた。何の変哲もない、ごく普通の大学ノート。だが、それは僕そのものであり、誰にも見せてはならない秘密のノートだった。
僕にとって、詩作とは呼吸によく似ていた。
言葉にできない感情が、胸の奥に澱のように溜まっていく。嬉しいとか、悲しいとか、そんな単純な言葉では到底呼び表せない、名もなき心の揺らぎ。それを僕は、ノートの上で、一つひとつ慎重につまみ上げていく。並べ、入れ替え、響きを確かめ、その感情に最も近い形を探し当てる。それは、息苦しい水中で、必死に水面を探すような、苦しく、孤独な作業だった。だが、ぴったりの言葉が見つかった瞬間、僕はほんの少しだけ、呼吸が楽になるのだ。
――雨粒が、窓ガラスに見たことのない地図を描いていく。
僕が、どこへも行けないことを見透かすように。
書き留めたばかりの一節を、指でそっとなぞる。このノートは、僕の魂を映したものだ。僕の内側の脆く不格好な骨格が、全て詰まっている。このページを誰かに見られるくらいなら、この身を焼かれた方がまだましだった。
だから、その声が聞こえた時、僕の全身の血が一瞬で凍りついた。
「春樹くん、見つけちゃった」
一枚の薄い氷を素足で踏み割るかのように、何の悪意もなく、あまりにも軽やかに、彼女は僕の聖域に侵入してきた。
天野七海。
彼女は僕を探すことを、まるで宝探しでも楽しむかのように、屈託のない笑顔で言った。その声は、この静かな図書室という空間には、あまりに明るく、あまりに生命力に満ち溢れすぎていた。
「やっぱりここにいたんだ。春樹くんって、静かで、ちょっとだけ寂しい匂いがするから」
「……匂い?」
「うん。雨の日の、誰もいない図書室みたいな匂い。インクと、古い紙と、少しだけ湿った土の匂い」
彼女は僕の戸惑いなど気にもせず、楽しそうに室内を見渡した。そして、本棚と本棚の隙間から、床に長く伸びるオレンジ色の光を見つけると、「あっ!」と天使のような歓声を上げた。
「あった。今日の、最後のひとかけら」
彼女はその光の帯に駆け寄ると、まるで水面に触れるかのように、その光の中にそっと指先を差し入れた。きらきらと光る埃の粒子が、彼女の指の周りで、惑星のように楽しそうに舞い踊る。
「お楽しみノートのね、『放課後の図書室で、夕日のかけらを探す』っていうのを叶えに来たの」
そう言って、彼女は僕を振り返り、悪戯っぽく笑った。彼女の世界は、いつだってあのノートを中心に回っているらしかった。
七海は、僕の座る机に近づいてくると、その手元にあるものに、純粋な好奇心の光を宿した瞳を向けた。
僕の、魂のノートに。
「きれいな言葉、書いてたでしょ。……風の匂いがしたもん」
僕が何か美しいものを生み出していることを、彼女は、獣のような鋭い直感で見抜いていた。
血の気がさあっと引いていく音がした。僕は反射的に、ノートの上に両腕を被せてそれを守る。それは、僕がこの世界で生き抜くために体に染み付いてしまった、臆病な自己防衛の本能だった。
「ダメだ。絶対、見せられない」
脳裏に灼けつくような痛みを伴って、遠い日の記憶が蘇る。
――「男の子のくせに、メソメソした詩なんて書いて。気持ち悪い」
母親が言い放つ冷たい声。
びり、びり、びりという、僕の心が引き裂かれる音。床に散らばった、僕の言葉のかけらたち。それを、掃除機が無慈悲に吸い込んでいく、あの絶望的な光景。
もう二度と、誰にも、僕の心を壊させはしない。
僕の全身から発せられる、針のような拒絶のオーラ。普通なら誰もがそこで凍りつき、引き下がるはずだった。
だが、天野七海は普通ではなかった。
「お願い、少しだけ見せて?」
彼女の声には、わがままや強引さのかけらはどこにもなかった。ただ、本当に美しいものを、喉が渇いている人間が水を求めるように、必死に、そして純粋に求めているだけだった。その汚れのない光の前では、僕が必死に築き上げた心の壁など、まるで意味をなさなかった。彼女は、その壁を力ずくで壊すのではなく、純粋さで、光の粒子のように、するりと通り抜けてきてしまったのだ。
「……やだ」
「どうして?」
「……笑うだろ。気持ち悪いって、思うだろ」
「思わないよ」
彼女はきっぱりと言った。その瞳には、一点の曇りもなかった。
「春樹くんの言葉は、笑ったりするようなものじゃないって、私、知ってるもん。だって、同じ匂いがするから」
同じ……匂い。
その言葉の意味を理解できなかった。だが、その絶対的な肯定の言葉に、僕の頑なな抵抗は、少しずつ溶かされていく。
まるで処刑台に上る罪人のように、ゆっくりと自分の腕をノートからどかした。震える指先で、ページを一枚だけめくる。そして、無言でそのページを彼女の方へと押しやった。
沈黙が落ちる。
それは、ただの沈黙ではない。僕の魂が、天野七海の裁きを待つ時間だった。
ほんの数十秒だったのかもしれない。だが、僕には永遠よりも長く感じられた。心臓の音が、どくん、どくんと僕の頭蓋骨の中で、耳障りなほど大きく響く。彼女がその詩を、僕の魂のかけらをどう思うのか。軽蔑するだろうか。やっぱり、気持ち悪いと笑うだろうか。
やがて、彼女はゆっくりと顔を上げた。
その瞳は、潤んでいた。驚くほどに潤んで、西日の光を弾いて、まるで夕焼けの海のようにきらめいていた。そして、その瞳の奥には、僕が今まで見たことのない、深い、深い共感と、そして、彼女自身の痛みを映したかのような哀しみが見えた気がした。
彼女は至上の喜びと、そして至上の悲しみを同時に表現するように、今までに見たことのないくらい美しく、そして儚い笑顔でこう言った。
「……優しい言葉だね」
その一言で、僕の心臓をずっと縛りつけていた冷たい氷の鎖が、音を立てて砕け散った。
僕が、ずっと誰かに言ってほしかった言葉。
彼女は続けた。その言葉の一つひとつが、乾ききった僕の心の大地に、最初に降る雨のように、染み渡っていく。
「やっぱり、雨上がりの土の匂いがする。……ずっと降ってた冷たい雨がやんで、もう大丈夫だよって、雲の隙間から空が少しだけ笑ってる。そんな日の匂い。すごく静かで、優しくて、でも、ちょっとだけ泣きたくなる匂い」
それは、単なる「上手だね」という感想ではなかった。彼女は僕の詩を、僕の言葉にならない心を、寸分の狂いもなく理解したのだ。そして、彼女自身の美しい言葉で、その世界をもう一度僕の目の前に描き出してくれたのだ。
「……私も、こんな風に自分の気持ちを、ちゃんと言葉にできたらよかったのにな」
ぽつりと彼女は呟いた。その声には僕への称賛だけでなく、彼女自身のどうしようもない渇望が滲んでいた。
「ありがとう」
七海は心からの声で言った。
「素敵なかけらを見つけちゃった」
僕の詩を。僕の、誰にも見せたくなかった魂を。彼女は、自分が探していた夕日のかけらと同じ、きらきらした、かけがえのない宝物だと言ってくれたのだ。
もう、ダメだった。胸の奥から熱い何かが、どうしようもなく込み上げてくる。視界が、滲んでいく。色褪せていたはずの世界に、あまりにも鮮やかな夕焼けの色が戻ってくる。
「……あの詩は」
僕の口から、勝手に言葉がこぼれていた。
「ずっとやまない雨の日の、学校の帰り道の気持ちで……書いたんだ」
「うん。わかってたよ」
七海は、すべてを知っていたかのように優しく微笑んだ。
「そのノート、また見せてね」
七海は、僕の心の動揺に気づいているのかいないのか、無邪気に続けた。
「春樹くんの言葉、私、好きだな」
それは、一度きりの奇跡ではない。これからの関係性の始まりを約束する言葉だった。
「だから、約束」
そう言って彼女は、すっと、自分の右手の小指を差し出した。夕日に照らされた、細く、白い指。
僕はためらった。その指に触れることが、もう後戻りのできない、僕自身の世界の法則を変えてしまう行為であるような気がして。
でも僕は、震える自分の小指を、ゆっくりと持ち上げ、彼女の指にそっと絡めた。
指先が触れ合った瞬間、彼女の温かい体温が、僕の凍り付いた心をさらに溶かしていった。
「指切りげんまん」
彼女が楽しそうに歌う。
「嘘ついたら、針千本飲ーます。……指、切った」
ぱちんと、僕たちの指が離れる。たった数秒の儀式。でも、それは僕たちの魂を固く、固く結びつけた。
彼女が図書室を去った後も、僕はしばらく動けなかった。
自分のノートを見つめる。それはもう、自分の心を隠すためのノートではなかった。誰かと、たった一人のかけがえのない誰かと、心を繋ぐための大切な架け橋に変わっていた。
右手の小指に、まだ、彼女の微かな温もりが宿っている。
この日、この瞬間、天野七海は、僕にとって特別な存在ではなくなった。
僕の魂の孤独を、その痛みを、初めて理解し肯定してくれた、世界でたった一人の運命の人になったのだ。
高い天井まで続く本の森が、僕という臆病な生き物を、現実の厳しい目から優しく匿ってくれる。漂うのは、古い紙の乾いた匂いと、インクの微かな香り。そして、西の窓から差し込む夕陽が、空気中を舞う無数の埃を、きらきらと光る雪の結晶のように照らし出している。その光景は、琥珀の中に閉じ込められた化石のようで、どこまでも静かで、永遠を感じられた。
一番奥にある窓際の大きな机の隅に座り、一冊のノートを開いた。何の変哲もない、ごく普通の大学ノート。だが、それは僕そのものであり、誰にも見せてはならない秘密のノートだった。
僕にとって、詩作とは呼吸によく似ていた。
言葉にできない感情が、胸の奥に澱のように溜まっていく。嬉しいとか、悲しいとか、そんな単純な言葉では到底呼び表せない、名もなき心の揺らぎ。それを僕は、ノートの上で、一つひとつ慎重につまみ上げていく。並べ、入れ替え、響きを確かめ、その感情に最も近い形を探し当てる。それは、息苦しい水中で、必死に水面を探すような、苦しく、孤独な作業だった。だが、ぴったりの言葉が見つかった瞬間、僕はほんの少しだけ、呼吸が楽になるのだ。
――雨粒が、窓ガラスに見たことのない地図を描いていく。
僕が、どこへも行けないことを見透かすように。
書き留めたばかりの一節を、指でそっとなぞる。このノートは、僕の魂を映したものだ。僕の内側の脆く不格好な骨格が、全て詰まっている。このページを誰かに見られるくらいなら、この身を焼かれた方がまだましだった。
だから、その声が聞こえた時、僕の全身の血が一瞬で凍りついた。
「春樹くん、見つけちゃった」
一枚の薄い氷を素足で踏み割るかのように、何の悪意もなく、あまりにも軽やかに、彼女は僕の聖域に侵入してきた。
天野七海。
彼女は僕を探すことを、まるで宝探しでも楽しむかのように、屈託のない笑顔で言った。その声は、この静かな図書室という空間には、あまりに明るく、あまりに生命力に満ち溢れすぎていた。
「やっぱりここにいたんだ。春樹くんって、静かで、ちょっとだけ寂しい匂いがするから」
「……匂い?」
「うん。雨の日の、誰もいない図書室みたいな匂い。インクと、古い紙と、少しだけ湿った土の匂い」
彼女は僕の戸惑いなど気にもせず、楽しそうに室内を見渡した。そして、本棚と本棚の隙間から、床に長く伸びるオレンジ色の光を見つけると、「あっ!」と天使のような歓声を上げた。
「あった。今日の、最後のひとかけら」
彼女はその光の帯に駆け寄ると、まるで水面に触れるかのように、その光の中にそっと指先を差し入れた。きらきらと光る埃の粒子が、彼女の指の周りで、惑星のように楽しそうに舞い踊る。
「お楽しみノートのね、『放課後の図書室で、夕日のかけらを探す』っていうのを叶えに来たの」
そう言って、彼女は僕を振り返り、悪戯っぽく笑った。彼女の世界は、いつだってあのノートを中心に回っているらしかった。
七海は、僕の座る机に近づいてくると、その手元にあるものに、純粋な好奇心の光を宿した瞳を向けた。
僕の、魂のノートに。
「きれいな言葉、書いてたでしょ。……風の匂いがしたもん」
僕が何か美しいものを生み出していることを、彼女は、獣のような鋭い直感で見抜いていた。
血の気がさあっと引いていく音がした。僕は反射的に、ノートの上に両腕を被せてそれを守る。それは、僕がこの世界で生き抜くために体に染み付いてしまった、臆病な自己防衛の本能だった。
「ダメだ。絶対、見せられない」
脳裏に灼けつくような痛みを伴って、遠い日の記憶が蘇る。
――「男の子のくせに、メソメソした詩なんて書いて。気持ち悪い」
母親が言い放つ冷たい声。
びり、びり、びりという、僕の心が引き裂かれる音。床に散らばった、僕の言葉のかけらたち。それを、掃除機が無慈悲に吸い込んでいく、あの絶望的な光景。
もう二度と、誰にも、僕の心を壊させはしない。
僕の全身から発せられる、針のような拒絶のオーラ。普通なら誰もがそこで凍りつき、引き下がるはずだった。
だが、天野七海は普通ではなかった。
「お願い、少しだけ見せて?」
彼女の声には、わがままや強引さのかけらはどこにもなかった。ただ、本当に美しいものを、喉が渇いている人間が水を求めるように、必死に、そして純粋に求めているだけだった。その汚れのない光の前では、僕が必死に築き上げた心の壁など、まるで意味をなさなかった。彼女は、その壁を力ずくで壊すのではなく、純粋さで、光の粒子のように、するりと通り抜けてきてしまったのだ。
「……やだ」
「どうして?」
「……笑うだろ。気持ち悪いって、思うだろ」
「思わないよ」
彼女はきっぱりと言った。その瞳には、一点の曇りもなかった。
「春樹くんの言葉は、笑ったりするようなものじゃないって、私、知ってるもん。だって、同じ匂いがするから」
同じ……匂い。
その言葉の意味を理解できなかった。だが、その絶対的な肯定の言葉に、僕の頑なな抵抗は、少しずつ溶かされていく。
まるで処刑台に上る罪人のように、ゆっくりと自分の腕をノートからどかした。震える指先で、ページを一枚だけめくる。そして、無言でそのページを彼女の方へと押しやった。
沈黙が落ちる。
それは、ただの沈黙ではない。僕の魂が、天野七海の裁きを待つ時間だった。
ほんの数十秒だったのかもしれない。だが、僕には永遠よりも長く感じられた。心臓の音が、どくん、どくんと僕の頭蓋骨の中で、耳障りなほど大きく響く。彼女がその詩を、僕の魂のかけらをどう思うのか。軽蔑するだろうか。やっぱり、気持ち悪いと笑うだろうか。
やがて、彼女はゆっくりと顔を上げた。
その瞳は、潤んでいた。驚くほどに潤んで、西日の光を弾いて、まるで夕焼けの海のようにきらめいていた。そして、その瞳の奥には、僕が今まで見たことのない、深い、深い共感と、そして、彼女自身の痛みを映したかのような哀しみが見えた気がした。
彼女は至上の喜びと、そして至上の悲しみを同時に表現するように、今までに見たことのないくらい美しく、そして儚い笑顔でこう言った。
「……優しい言葉だね」
その一言で、僕の心臓をずっと縛りつけていた冷たい氷の鎖が、音を立てて砕け散った。
僕が、ずっと誰かに言ってほしかった言葉。
彼女は続けた。その言葉の一つひとつが、乾ききった僕の心の大地に、最初に降る雨のように、染み渡っていく。
「やっぱり、雨上がりの土の匂いがする。……ずっと降ってた冷たい雨がやんで、もう大丈夫だよって、雲の隙間から空が少しだけ笑ってる。そんな日の匂い。すごく静かで、優しくて、でも、ちょっとだけ泣きたくなる匂い」
それは、単なる「上手だね」という感想ではなかった。彼女は僕の詩を、僕の言葉にならない心を、寸分の狂いもなく理解したのだ。そして、彼女自身の美しい言葉で、その世界をもう一度僕の目の前に描き出してくれたのだ。
「……私も、こんな風に自分の気持ちを、ちゃんと言葉にできたらよかったのにな」
ぽつりと彼女は呟いた。その声には僕への称賛だけでなく、彼女自身のどうしようもない渇望が滲んでいた。
「ありがとう」
七海は心からの声で言った。
「素敵なかけらを見つけちゃった」
僕の詩を。僕の、誰にも見せたくなかった魂を。彼女は、自分が探していた夕日のかけらと同じ、きらきらした、かけがえのない宝物だと言ってくれたのだ。
もう、ダメだった。胸の奥から熱い何かが、どうしようもなく込み上げてくる。視界が、滲んでいく。色褪せていたはずの世界に、あまりにも鮮やかな夕焼けの色が戻ってくる。
「……あの詩は」
僕の口から、勝手に言葉がこぼれていた。
「ずっとやまない雨の日の、学校の帰り道の気持ちで……書いたんだ」
「うん。わかってたよ」
七海は、すべてを知っていたかのように優しく微笑んだ。
「そのノート、また見せてね」
七海は、僕の心の動揺に気づいているのかいないのか、無邪気に続けた。
「春樹くんの言葉、私、好きだな」
それは、一度きりの奇跡ではない。これからの関係性の始まりを約束する言葉だった。
「だから、約束」
そう言って彼女は、すっと、自分の右手の小指を差し出した。夕日に照らされた、細く、白い指。
僕はためらった。その指に触れることが、もう後戻りのできない、僕自身の世界の法則を変えてしまう行為であるような気がして。
でも僕は、震える自分の小指を、ゆっくりと持ち上げ、彼女の指にそっと絡めた。
指先が触れ合った瞬間、彼女の温かい体温が、僕の凍り付いた心をさらに溶かしていった。
「指切りげんまん」
彼女が楽しそうに歌う。
「嘘ついたら、針千本飲ーます。……指、切った」
ぱちんと、僕たちの指が離れる。たった数秒の儀式。でも、それは僕たちの魂を固く、固く結びつけた。
彼女が図書室を去った後も、僕はしばらく動けなかった。
自分のノートを見つめる。それはもう、自分の心を隠すためのノートではなかった。誰かと、たった一人のかけがえのない誰かと、心を繋ぐための大切な架け橋に変わっていた。
右手の小指に、まだ、彼女の微かな温もりが宿っている。
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