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~二章 献身の聖女編~
十二話 流麗なる隻眼の剣士
しおりを挟むボルシアの町を出ると、暖かな陽だまりが差す平野を歩く。初夏に入るこの季節はどこの街も村も祭事が多く、賑わいをみせる時期だ。
東大陸と西大陸は春夏秋冬の四季があって変わる季節を楽しめるのが特徴だ。少し特殊なのが北大陸と南大陸だ。北大陸は年中ずっと冬の寒さに囲まれていて、南大陸は逆に年中が常夏の暑い気候となっている。
私は西大陸に生まれて本当に良かったと思っている。人々が信仰心の強い敬虔な人達が多く宗教の素晴らしさを説いてくれた事と、この暖かな景色が大好きだからだ。
「今日もいい天気だね。これもミカエル様の加護のおかげ……。何だか眠くなっちゃいそう」
「おいおいサビオラ、こんなところで寝ちゃ風邪をひいてしまうよ」
「あはは。こんなとこじゃ私寝ないよ──ふぎゅっ」
「おっと大丈夫か!?」
「うううう……転んだ……痛い……」
「やれやれ昔から変わらないな」
眉を八の字にしてお父さんは鼻で笑うと、私の脇を持って立たせてくれた。
「大丈夫か?」
「……うん」
私は転んだ痛さよりもこの歳になって父親に心配される事の方が心が痛く、恥ずかしかった。
「サビオラ。今日はここからしばらくは町も村も無いから野宿になる。夕方までは歩みを進めて、手頃な場所があったらそこで一晩を明かそう」
「そうだね。なんか本当に長旅……と言うよりも、冒険みたいな感じになってきたね」
「冒険か、そうだな。それに近いかもな。何より俺達はあの『裁きの門』だったか? そんな奴等から狙われてるらしいからな。だが逆に考えればそいつらが行方不明事件の犯人とも言えるだろう。もしかしたらコネホもどこかに捕らわれているのかもな……。くそったれ!」
「コネホ……」
今はその可愛らしい声の妹を思うと、一刻も早くこの問題は解決しなければならない。それは妹だけでなく、他の行方不明者もそうだ。
「とにかく気をつけて行こう。いつまたあの変な逸脱が襲ってくるかもしれねえ」
「うん。正直、昨日のあの人もかなり強かったよね……。目で追えないほどの速さだった。相手が油断しなかったら私達が負けていた勝負だったかもね……」
「サビオラ、そんな怖い事を言わないでくれ。パパはサビオラを絶対に必ず守ってみせるから安心してくれ。もし、サビオラが怪我をするような事になったら……パパは……パパは──!」
ぶるぶると禁断症状のように震える父は、私の事を考えすぎるとたまにこうなってしまう。
「お、落ち着いてよお父さん! 私は『治癒』の力が使えるんだから、多少の怪我ならなんとも無いよ」
「それでも! 痛みはあるだろう! そんな事になったらパパ、敵を雑巾絞るみたいに締め上げちゃうよ……!」
「こわいよ!」
──そんな会話をしながら歩くこと数時間、太陽が西へと傾き始めた頃、私達は見晴らしの良い丘の上で遅めの昼食を食べ始めた。
「美味い! このニンジン美味い!」
「美味しいね! ニンジン美味しいね!」
生のニンジンに塩を少しだけかけたものを二人でムシャムシャと食べる。相変わらずの貧乏飯だがこれでいい、これがいい。
ひとしきり食べ終わると、暫しの休息を取る。丘の上から広がる地平線をぼんやりと見ていると、何者かがこちらへまっすぐと歩いてくるのが見えた。
「お父さん! 誰か来るよ!」
「なんだと!? 敵か!?」
私達は目を凝らして、こちらに歩いて来る人物を凝視する。──どうやら男の人だ。それに剣を持っている。どこか強そうな雰囲気だ。
「サビオラ──戦いになるかもしれん。下がっていなさい」
「お父さん、まずは話し合いからだよ。敵と決まった訳じゃないんだから、ただの旅人さんかも知れないし……」
「──怪しいな。奴はこちらにまっすぐに来ている。俺達が目当て、すなわちアイツは敵の可能性が高いぞ」
「それでも、争いはいけない事だよ。ちゃんと話し合いからだよ!」
私は念を押して言うと、父は難しい顔をした。そうこうしているうちに、謎の人物はスタスタと歩いて私達の声の届く範囲までやって来た。
「こんにちは。私達に何かご用でしょうか?」
私はのんきな挨拶をする。
「こんにちはレディ。失礼承知で伺いたいのですが、あなた達はサビオラさんとスタムさんでしょうか?」
剣を携えた男性は爽やかに挨拶を返して来た。銀と紫の服を着ていて、やや長めの銀の髪はその片目を隠している。身長も高くスレンダーな体型、お父さんとは真逆のタイプ──簡単に言えば体型も顔立ちも良いイケメンさんだ。
「──だったらなんだ? 俺達になんかようか?」
お父さんは相容れないような態度でぶっきらぼうに答える。
「そうですか、あなた達がそうなのですか……」
彼はなんだか悲しい顔をして答える。そうして、──腰に携えた剣をスラリと抜いた。
「!! てめえ! 敵か!」
「ま、待って下さい!! あなたは何者なのですか! 話し合いをしませんか!」
私は身構える父の横から彼に向かって言うと、
「すまない……。君達を倒さなければならないんだ。抵抗しなければ僕も助かる。おとなしく縄についてもらえないか」
銀の髪の剣士は申し訳なさそうに言った。
「いきなり来てふてえ野郎だな。てめえ、自分が何言ってんのかわかってんのか」
「──やはりそうなりますね……。僕の名前は『マルセロ』──すまないが、この剣にてあなた達を倒す。ただそれだけの男です」
「なんで……なんで私達を──」
剣士はこちらと話し合いの余地無しに地を蹴った。揺れる銀の髪をなびかせ、瞬きなる速き剣閃が父を襲う!
ギィンッ!
「野郎ッ! 骨の一本じゃすまねえぞゴラアアッ!!」
父は構えた斧──物置大五郎を盾にしてその剣撃をガードすると、間合いに入った剣士へ殴るように武器の横っ腹を叩きつける。
「ふっ!」
剣士はその反撃を間一髪のところで空中で回転しながら攻撃を避けた。その身のこなしはやはりただ者ではない。彼もあの『キエーザ』の仲間なのだろうか。
「またちょこまか動くやつか! でもお前は昨日の奴より遅いな! お前も能力者なんだろ? 勿体ぶってねえで見せてみろや!」
「──能力? 僕は人間だ。君達のような逸脱とは違う……! あなたは他の逸脱よりかはまともに見えたが、やはり頭のネジが外れた狂人なのか?」
「普通の人間!? あなたは逸脱狩りなのですか?」
「僕は逸脱狩りなんてしてない……。悪さをしない限りは、そこまで逸脱にだって偏見は持たないタイプだ」
「なら、何故に私達に剣を向けるのですか! 話し合いで解決しましょう!」
「……すまないな。こちらにも事情がある。結果的に逸脱狩りになるのかも知れないな。許してくれ。君の父親もなるべく傷つけたくないが、仕方あるまい──」
銀の剣士は深く息を吸うと、剣を強く握った。
「お父さん! 油断しないで!」
「来るか! 来い優男! この斧でぶん殴ってやらあ!」
「いきますよ──『剣技・雷鳴閃』!」
地を走るようなまるで雷の如く速く鋭い剣技、その一瞬の閃きは父の横腹を深く斬った!
「ぬっ……! ぐうう!」
「お父さん! いま治すからじっとして!!」
私はすぐに駆け寄ってその傷ついた横腹に手を触れる。
「『治癒の手』!」
触れた手から優しき波動が出ると、みるみるうちに傷はふさがり、元の身体へと戻る。
「! 君は癒しの力を持っているのか! そんな力を持つ逸脱もいるのだな……」
「俺の娘はなあ! 他人を助けられる力を持ってんだ! 他の逸脱なんかと一緒にすんじゃねえ!」
「……よく理解しました。治す力を持っている以上、厄介なのはレディの方だと云うことがよく理解しました。女性に向ける剣は持ち合わせていませんが、少しの間だけ当て身にて眠ってむらいますよ」
そう言うと、マルセロさんはまた剣を構える。今度は私を狙ってくるつもりだ。
「娘には指一本触れさせねえぞ! 三下があ!」
お父さんは私の前に立つと、壁のようにそびえ立つ。
「……いきます。『剣技・雷雨ノ舞い』」
無数に走り出す斬撃──。その全てをお父さんは大きな身体で受け止める。
「うおおおおおおおッッ!!」
「お父さん!」
「これしきいいいいッッ!! 耐えてやるわああ!!」
数えきれない程の斬撃が身体を刻む。私はその後ろで必死に何度も『治癒の手』を使い父の身体を治すが、加速する剣撃に回復が追いつかない!
「ぐおおおおッッ!!」
「……何故、そこまでして意地を張るのです! もう倒れて下さい! このままでは僕の剣があなたを殺しますよ──!」
「お父さん! もういいよ! もう傷つかないで!!」
私が泣きながら叫ぶ。それでも父は倒れない。その後ろ姿、背中の大きさは幼い時から見てる頼れる背中だ。その背中ごしに父は笑った。
「優男! てめえにはわからんだろなあッ!! このくらいの傷、屁でもねえ! これが! 俺の! 娘を愛する気持ちの強さだ!! 倒れる訳がねえだろうが!!」
「!」
──マルセロさんはその言葉を聞くと、荒れ狂う雷雨のように襲う剣がピタリと止まった。
「そうか……。──僕の負けです。スタムさん」
剣士はそう言ってあっさりと剣を鞘にしまうと、こちらに一礼をした。
「無礼を許して下さい──。もう、僕があなた達を襲う事はありません」
銀の髪が風になびくと、マルセロさんは背中を見せ、踵を返して去ろうとした。
「お、おい! ちょっと待て!! お前はなんだ? 何しにきたんだ!」
「マルセロさん! 待って下さい! お話しをしませんか。あなたは何か事情があって来たのですよね、それなら──」
「すまないレディ。迷惑をかけた。それにこれは僕の問題なんだ……。放っておいてくれ」
「待てっつってんだろ! ひょうろくだま! お前、俺をズバズバ斬っておいて勝手すぎるだろ!! そんな詫びで許せる訳ねえだろが! 落とし前はつけてもらうぜ!」
お父さんは鼻息を荒くして怒鳴った。彼は少し困った顔をして問う。
「本当にすまないと思っている。金銭なら少しある。これで何とか──」
「金なんざいらねえよアホ!」
「……なら、どうしたら許してもらえますか」
「飯おごれや!! それで許してやる!」
即答で答える。その意外すぎる言葉に、マルセロさんは肩をガクッと落とした。
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