ガーデン・オブ・ガーディアン 〜Forbidden flower garden〜

サムソン・ライトブリッジ

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~二章 献身の聖女編~

二十三話 夢であるように

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 僕は木剣を前に構えて重心を前方に傾ける。雷光流は呼んで字の如し、まるで雷の閃光のような速さと強さを兼ねた轟く剣技である。

 それに対して青髪の彼は、木剣を低く構えて自重を感じさせない脱力を見せると、静かに呼吸を放った。

「(どこの田舎剣法か知らないがいい構えだ……。それに呼吸も整っている。この子は才能があるな……)」

 僕は彼に対しての評価を改めると、剣を握る力を強めた。

「(悪いが一瞬で終わらせる──。構えから見て君はおそらくカウンター狙いだろう。しかし、僕の剣は反撃は取らせない……!)」

 彼の呼吸に合わせるように、僕は地を蹴って一足にて間合いを詰める。

「もらった──! 『瞬雷しゅんらい』!」

「『雲足うんそく』──」

 雷の如く速き剣は虚空を斬った。彼は僕の剣が当たる直前に、流れる雲のようにその足を地に滑らせる。その鮮やかさに周囲の観客が驚きを漏らすが、

「それは読んでいたぞ! 『稲妻斬り』──ッ!」

 再び閃く雷光なる一閃。彼が避けることはわかっていた。狙い済ましたかのように上から襲うような僕の必殺剣が冴え渡る──筈であった。

「『巻き雲』ッ!!」

 ギィンッ!!

 全てを両断する電光石火の『稲妻斬り』は、彼の下から巻き取るような剣技にその力の流れをねじ曲げられた。その一瞬の攻防に僕はあっけにとられ、尻餅をついた。……そして顔を上げると、目の前に彼の剣の切っ先が突きつけられ、あえなく僕は、

「……ま……まいりました……」

 降参の意を口から出さぬ訳にはいかなかった。


 ──その後、僕は栄転からの都落ちの如く所詮はただの兄の二番煎じだと言われ、王都の人々から落ちぶれた天才の烙印を押される。最強を誇った雷光流の名にも泥を塗ってしまった。あの時、僕が勝っていたら──こんなことには──



「────はっ」



 気がつくと僕は木剣を握って道場の中庭にいた。周囲には今日の試合を楽しみに来ている観客が、いまかいまかと待ちわびている。

 そうだ……今日はこれから試合があるんだ。どこかの田舎町から相手がくるんだ……。しかし、それにしても何か嫌な夢を見ていたような──そんな気がしないでもない。

 頭を整理していると、どうやら相手がやってきた。どこかの道場の師範なのか、その老人が遅れて来たことを謝っている。今日の相手はあの老人──いや、違う。僕は何故か知っている。相手はあの老人では無く、その弟子であるあの青髪の少年だ。

「我が流派からはこの男が相手をします」

 老人の言葉で青髪の少年が前へと出てくる。やはりだ。まるで予知夢のように、この後の展開が僕の頭に浮かび上がった。

 僕はこの少年に負ける──。それは僕の地位を脅かす障害であり、歳の離れた彼に、兄に近づくために、こんなところで負けられないプライドが僕の中で燃え上がった。

 彼は全身を脱力させて剣をゆらりと構える。この後に彼は独特な歩法で僕の剣を躱す……。そして、僕の渾身の一撃を華麗に受け流すのだ。


「──いくぞ……。『瞬雷』──!」

「『雲足』──」


 ひらりと躱すその彼の動き。それを僕は読んでいて、わかっていた。そしてこの次の攻撃こそが分岐点──!

「『稲妻斬り』──」

「『巻き雲』ッ!!」

 互いの剣技が冴え渡る──が、その剣は決して交わらなかった。理由は明快である。僕が直前でその剣を止めたのだ。

「なっ──!?」

 技を打ち終り、隙が出たその一瞬の間に僕の剣先が彼の目の前でピタリと止まった。

「……まいりました」

 彼の口からその言葉が出ると、周りの観客達から拍手と称賛の声が沸き上がった。

「さすがだなマルセロ!」

「よくやったマルセロ!」

「やはり雷光流は伊達ではありませんなあ」

「素晴らしい剣技だ! ぜひご教授願いたい!」

 僕はそれに答えると、嫌な悪夢から脱出できたかのような心地よさを感じる。ああ、これこそが僕の描いていた未来だ──。兄にまた一歩近づく布石……この剣技をもって僕はさらに強くなるんだ──。

 僕はこの両目でその輝かしい未来を見つめ──見つ……め……?

「え……なんだ……」

 視界の半分が闇に覆われている。僕は手で顔を撫でると自分の片目、銀色の前髪で隠れた右目が無いことに気づいた。

 あれ、なんで──僕の片目が無いんだ──? この両目で剣を見て、僕は今まで修行をしてきたのに、なんで──。


(知っている筈だ──)

「何を」

(──その目は守るべき者を守った代償)

「誰を」

(思い出せ──お前が──僕が辿ってきた道を──! 愛する者の名を──!)



 バキィッンッ!!



 ──何かが砕ける音がした。それは己の心から聞こえたような音。僕の"夢"は終わった──。それは自身の弱い心が生み出した幻想、妄想の類いなのだろう。

「……思い出した。僕は、こんな未来を望んでいたのか──。でも、今は違う。僕は"負けなければならなかったんだ"。己を見直すために、あの試合の後、北の大陸へと武者修行に向かったんだ。そこで剣を、自分を磨き、そして僕は守るべき者を、愛するひとを見つけたんだ──ッ!」

 周りの景色が崩れ始めてゆく──。かつての仲間、練習に明け暮れた道場、王都の街並み──その全てが夢であるように、終わりを見せて覚めるのだ。


「レジーナァァッッ!!」


 彼女を想う叫びが、僕の桃源なる幻想を打破した。


「……わたしの空間を壊すのはだれ? せっかくいい夢を魅せてあげたのに、あなたはなんでそれを拒むの?」

 景色の無くなった闇から少女の声が聞こえた。この声は聞き覚えのある、あの少女のものだ。

「ゼルメイダ! 残念だったな! 僕はそんなに弱い心は持ち合わせてはいない!! 出てこい! 決着をつけてやる!」

「……あなたは出られない。おとなしくしていれば、あなたも永遠の夢を見ていられたのに。わたしの夢、みんなの夢を壊す人はここで始末しなくちゃいけないわ。あなたにも見せてあげる。本当に夢を愛した人達を──」

「なに!? 待て!」

 僕は声のする方向へがむしゃらに走る。すると一筋の光が見えてきたかと思うと、瞬時にそれは周りの景色を照らした。

「──!? ここは、どこだ……!?」

 のどかなところであった。周りを見渡すとどこかの街外れに僕はいた。そして目の前にはボロついた土色のレンガの家があり、その中から幸せそうな笑い声が聞こえる。

「これも罠か──!」

 僕はおそるおそる窓からその様子を覗くと、そこには見知った顔の二人がいた。

「サビオラさん! スタムさん!」

 僕はすぐに家の扉を開ける。家の中には家族が仲睦まじく食事を取っていた──。



──────────────────



「…………」

「どうしたサビオラ? そんな難しい顔をして?」

「うーん……何か忘れているなあと思って……」

「ははは。サビオラはドジっ娘だから忘れっぽいんだな!」

「あー! お父さん馬鹿にしてる! 私そんなにドジっ娘じゃないもん!」

「あらあらサビオラ。今日はパウロ神父が来る日でしょう? 忘れちゃったの?」

「あっ……そうだったね! 今日は神父が来るんだったね!」

「おねえちゃんわすれんぼだね!」

「あはは……。そうだね。お姉ちゃんすっかり忘れてたよ」

 私は自分の頭をコツンと叩いて、てへへと笑う。その時、家の扉が急に開いた。パウロ神父がもう来たのだろう。

「サビオラさん! スタムさん!」

「はーい……? え……?」

 扉の先にいたのはパウロ神父では無かった。見知らぬ銀色の髪をした男の人、その腰に携えている剣を見て教団の人では無いと悟る──。

「だ、誰だてめえは!?」

 お父さんが立ち上がり彼を睨んだ。

「スタムさん。向かえに来ました。早くここから脱出しましょう!」

「はあ? 何だ? 意味がわからんぞ」

「これは夢です! あの『ゼルメイダ』なる少女が見せている幻想です! 思い出して下さい!」

 彼は必死に何かを訴えるが支離滅裂だ。私達にその異図はわからない。

「おねえちゃん……あのひとこわいよお……」

「大丈夫よコネホ。お姉ちゃんがいるからね」

 私は妹を抱きしめて距離をとる。さっきまであんなに幸せな時間を送っていたのに、とんだ来訪者が来たものだ。

「おい! さっさと出てけ! 俺達はてめえなんぞ知らねえし、用事もねえ! 出てけ!」

「くっ……! 仕方ないですね──ならば、その幻想を斬らせてもらいます──!」

 銀の剣士はその鋭い剣を抜くと、お母さんに狙いを定めた。

「あなた……!」

「てめええッ!! 俺の家族に手は出させねえぞオオッ!!」

 お父さんの太い腕が空気を揺らしながら彼を襲う──。彼は咄嗟に後ろに跳んでそれを避けると、再び剣を構え直す。

「あなたの奥さんは病気で死んだ筈です! そこにいるのは偽者だ!」

「たわけたこと言ってんじゃねえ! 俺の嫁はこの通り元気ピンピンだ!」

「サビオラさん! あなたはここまで妹を探して来たのでしょう! そこにいるのはあなたの妹では無い! その証拠に、その子は身体が成長してないじゃないか!」

「何を言ってるんですか! 私達はずっと一緒にここに住んでいるんです! 妹の姿を間違える訳がありません!」

 彼の言ってることは滅茶苦茶だ。私はコネホを抱いて彼に強く言った。

「なぜ思い出さないのです! あなた達の今までの行いはその程度の信念だったのですか! これまでの旅、犠牲となった人を、無駄にするつもりですか!!」

「てめえは──黙れえッ!!」

 ボゴオッッ!!

 お父さんの剛拳が飛ぶと、彼の防御した腕に当たってそのまま数メートル吹っ飛ばされる。剣士は折れたであろう自分の腕を抑えながら、よろよろと立ち上がった。

「思い……出すんだ……!」

 私はその姿を見て、抱きしめていた妹を離して思わず彼の側へと走って近寄った。

「サビオラ! 下がっていろ!」

「おねえちゃん!」

「この人、腕が折れてる! 悪い人かも知れないけど、この人の目は真剣だった……。教団の教えでも『傷つき痛めし者、その善悪を問わず助力せよ』だよ。治療をしてあげないと──」

 私が彼に触れようとしたその時、逆に彼が私の手を掴んだ。

「きゃあ!」

「サビオラ!!」

「サビオラさん! 思い出すんです! これがあなたの"力"だ!!」

 彼は強引に私の手を自分の折れた腕に掴ませた。すると──何か、暖かいものが私の手から溢れていることに気づいた。その暖かな波動は彼の折れた腕を包むと、みるみるうちにそのひしゃげた骨と皮を治したのだ。

「……! これは……!」

「思い出しましたか──。あなたは人間を越えた"逸脱"です。これがその証拠です──!」

「うそ……。うそよ……。だって、私はここで静かに幸せに暮らしてて……」

「娘から離れろ!! この野郎ッ!!」

 お父さんが私を彼から引き離すように、その丸太のような腕で彼に殴りかかる。それを軽い身のこなしで避けながら彼はさらに言う。

「スタムさん! あなたも"逸脱"です! あなたのその異常な筋肉、怪腕は何故ついているのですか! それは亡くした奥さんと行方不明の娘を探すためでしょう! こんなところでその魂を休めている場合では無いんだ!! 目を覚ませ!!」

「何を馬鹿な──だけど、何でだ……。俺は何でこんな大きな身体を持っている……?」

「あなた!」

「おねえちゃん!」

 うろたえる私とお父さんに、母と妹はその手を引く。

「元凶!! その姿でまだ惑わすか!!」

 剣士は怒りをぶつける。剣を構えるが、父はそれを見て──

「……そうだったな。すまねえな。マルセロ」

「スタムさん!」

「思い出したぜ──。そうか、これは夢だったか……」

 悟ったように、静かにお母さんを抱きしめる。

「あなた……」

「カンナ……。悪いな……まだそっちにはいけねえんだ……。もう少し待っててくれ……」

 ──そう言うと、母の身体は泡となり消え果てた。

「さあ、サビオラ。もう目を覚ますんだ。早く起きてコネホを探しに行かないとな──」

「──そうか。そうだった……。もう、前を見なくちゃいけないんだ──」

「おねえちゃん……」

「あなたは、違う。コネホであってコネホじゃない。あなたは私の記憶、そして記録でもあるコネホなの。私は本当のあなたを見つける。必ず見つけてみせる。だからもう──先に進むね──」

「お……ねえ……ちゃ……ん」

 偽りの幻想は土となりて崩れた。私はその終わる夢を見て、一粒の涙を流すと、世界が明かりに包まれた──。








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