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~三章 復讐の乙女編~
十話 王都ジュニオルス
しおりを挟む「やーーっと着いたわねぇ」
「あーやっぱ五日間も船に揺られるのは退屈だったねー」
水平線をひたすら眺めるだけの退屈な長旅を終えて、二人はぐんと背を伸ばしながらやっとこさ着いた目的地に足を踏み降ろした。
透き通るような海沿いに面した目の前に広がるは大きな都市は私達を出迎える。
王都ジュニオルスは華々しく、麗しく栄える都市では無い。東大陸のような厳格で沢山の兵がいるわけでなく、または西大陸のような景観の良い統制された街でも無い。雑に並んだ屋台、騒ぎ踊る陽気な若者、あちこちに漂う香ばしき匂い、古くささを感じる色褪せたカラフルな建物が辺りにそびえる何というか自由なる都だ。
これで王都を名乗るところがスゴい。それは国を治めるラドーナ王の性分を表しているかのようだ。細かい事は気にしない、人は自由たるべきだと王自身が民に言っている。別にひいきする訳ではないが、恐らくこの南大陸の人達が世界で一番誰もが自由に楽しく生きていると思う。
王は民を愛し、民は王を称える。変な規律も戒律も無い。しゃらくさいことに縛られないのがこの大陸の持ち味だ。
「どうしよ、とりあえず酒場にでも行く?」
「まだ昼間よぉん。人もいないでしょ」
「ああ、ここは昼間からでも酒のんでくだまいてる奴が沢山いるからへーきへーき」
「流石は王都ねぇ……」
よく見てみれば昼間なのに酒を飲み散らかしてその辺で歌を唄ったり、踊ったり、バカ騒ぎしてる奴等ばかりであった。さすが陽気の国、南大陸である。
「おじゃまするよー! 誰かいるー?」
私は適当に目についた酒場に入ると元気よく中へと進む。
「ちょっとあんた堂々としすぎよぉ」
私がずかずかと店に入る姿を見てバラコフが心配そうに声をかけると、
「おお! ヴィエリィ! ヴィエリィじゃないか! どうした遊びに来たのか!」
「あー! ヴィエリィじゃねぇか! 大会は来年だぜ!? 間違えて来ちまったのか!?」
「ヴィエリィ! 久しぶりだなあ! 俺だよ! 一回戦でお前に負けたネルソンだよ! 修行でもしに来たのか? 歓迎するぜ!」
「よーうチャンピオン! おかえりだぜえ! 今日はとことん飲もうぜえ!」
酒場にいたむさい男共が一斉に話しかけてきたのだ。
「あっはっは! みんな元気そうだね! ちょっと調べたい事があってこっちに来たんだ」
私は久しぶりに会った野郎共とハイタッチする。ガハハ、グハハと豪快な笑い声が酒場を包んだ。
「あんたって……ほんと人気者ねぇ……」
「あはは! ちょっと友達が多いだけだよ」
武術大会で優勝したこともあってか私はこの王都ではちょっとした有名人だった。
「悪いねみんな。今日はちょっと聞きたい事があって訪ねたんだ。実は──」
私は酒飲み達に村の事件を話した。しかしどうにもこうにも酔っ払い共の頭にはピンとこないようでみんな首をかしげた。
「はー……。これだけいても誰もわからずか」
「酒飲みなんかこんなものよぉ。ねぇあんた達、この街に情報通なんかいないかしらぁ?」
「それなら王様にでも聞けばいいじゃねっか」
バラコフがあきらめ半分で言うと、カウンターでグラスを磨いていた店主が酒に焼けた声でこう言う。
「王様なんてそう簡単に会える訳ないでしょ! まったくもう!」
「あっそっか。王様に聞けば色々知ってるかもね。よし行こう」
「アホ娘! なんたってあんたはそう簡単に──」
「会えるんだよ。王様と私は顔見知りさ」
黒髪をなびかせて私は踵を返すと、酒場を出てまっすぐとお城の方へと向かう。
「ちょ、ちょっとぉ! ヴィエリィ!」
「大丈夫だよ。着いてきて」
焦るバラコフを連れて私は城門まで迷うことなく足を進めると、退屈そうな門番が私を見て目を丸くした。
「あれま!? ヴィエリィさん! どうしたんですか?」
「こんにちは! 突然だけど王様に会える? 聞きたいことがあるんだけど……」
「しょ、少々待っててくださいね!」
そう言って門番は急いで小口から城の中へと入って走っていった。それから間も無く、城門が音を立てて開き始めた。中から数人の兵が笑顔で『どうぞ!』と、私達を迎えてくれた。
「ちょっとあんた、すごすぎない?」
「だから顔見知りなだけだって。建物が大きいからすごく見えるだけよ」
「顔見知りとかじゃなくて! 普通の民はこんな簡単に城の中になんか入れないわよ!」
「細かいことは気にしなーい!」
私はけらけらと笑いながらバラコフの手を引いて城の中に入った。
バラコフは信じられないような顔をしながら玉座の間へとそのまま連れてこられる。広い室内の奥には老体であるラドーナ王が鎮座していた。
「おおー! ヴィエリィ! よく来たな! どうした? 大会が待ちきれなくてやって来たのか」
「王様久しぶり! ちょっと聞きたい事があって来ました!」
「そうかそうか! 何でも聞いてくれ! わしはお前のファンじゃからな!」
王様はまるで遠方に住む孫が遊びに来たかのようなテンションであった。バラコフは口をポカンと開けてそのあり得ない様子を只々見ているばかりだ。
私は事のあらましを王様に言うと、ラドーナ王はしばし考えた後にこう言った。
「一大事じゃな。過去にも記録があるように、ここよりずっと北北西に位置する『マスナウ村』でも同じ事件があったのじゃ。まさかまたそのような怪事件が起こるとはな……」
「なにか事件についての情報は無いの?」
「そうじゃのう。カーニヒア! 資料を持ってきてくれい!」
「王、すでにここに」
横から急に現れた長身の美丈夫は古い本を持って王の隣についた。それを見たバラコフは我に返ったように美丈夫をガン見する。
「ちょっとちょっとちょっとぉ! 誰あの超絶イケメン生物は!? あたしに紹介しなさいよぉ!!」
小声で私に必死に問いかける。ちなみに本人は小声のつもりだが普通に結構大きな声でしゃべってる。
「カー君! 久しぶり!」
「お久しぶりですヴィエリィ。相変わらず武は冴えてますか?」
「まあまあかな! カー君はなんだかまた強そうになったね! 気配でわかるよ!」
「ふふ。ありがとうございます。来年こそは負けませんよ」
「こっちだって! 早く勝負したいね!」
私が美丈夫と楽しそうに話すと、バラコフは私の肩を掴んで大きく揺さぶりながら説明を求めてきた。
「なによあんた! ずるいわよ!! なんであんなイケメンと知り合いなのよ!!」
もうなんか欲望丸出しだった。
「か、カー君は大会の決勝の相手だったんだよ」
「ほっほっほ。このカーニヒアはヴィエリィが来るまで大会三連覇の敵無しの王者だったんじゃよ」
「しかし世の中は広いですね。私もヴィエリィと闘うまでは正直己の武に慢心していた所もあります。去年の敗北を得て、私はより一層強くなれた。やっと自分を高めてくれるライバルが出来て嬉しいです」
カーニヒアは嬉しく、そして熱い眼差しで私を見つめてきた。去年の大会、その決勝でこの美丈夫は正直とんでもない強さだった。南大陸を統べる武術の覇者──長い歴史上で前代未聞の三連覇をした武の天才は伊達では無い。
決着は紙一重のものであり、もう一度闘ったらどちらが勝つかはわからない。そんな彼を倒せて、私も誇らしい気持ちだ。早く次の大会が開かれるのが心の底から待ち望まれる。
「そ、そんなすごいイケメンさんだったのね……。っていうかあたしも無理して大会見に行けばよかった……来年はぜっっっったい見にいくわ!!」
「去年はバラコフ風邪ひいてたもんね」
「リリアンよ!! あっ、あたしリリアンって言いますぅ! お見知りおきぃ!」
変なテンションで挨拶するオカマはガタイに似合わぬつぶらな瞳を輝かせて言った。
「ははは……。愉快なお友達ですね」
引きつった顔でカーニヒアは返した。
「おお、これじゃこれじゃ。『マスナウ村事件』──五十年前、村人が突然に消え去り着ていた衣服だけが残った。調査兵団を派遣し約一年間その行方を追ったが成果は無し……。それどころか調査に当たったほとんどの人間がその捜索中に謎の失踪、現場にはまた衣服だけが残されていた。特に大陸中心部にある『ブリガディーロ遺跡』近辺で被害報告多数──ふむ、なるほど」
ラドーナ王は伸ばした白ひげをいじりながら資料を読んでみせた。
「間違いないわ。私達の村と同じ事件ね。そして調査兵団も行方不明になってるのね……。ますます許せないわ……!」
「でも肝心の犯人の足取りは何もわからないんじゃあどうしようもないわぁ。結局は手当たり次第に探さなきゃならないのかしらぁん……」
「そんなことはないわ。その資料には『ブリガディーロ遺跡』で被害が多いってことは犯人の拠点も近いのかも知れないわ」
「でも五十年も前の話しよぉん」
「このブリガディーロ遺跡には何回も調査が行われたが結局何も無かったと、この資料には書かれている。──しかし、数百年前までこの遺跡は元々は街であったが、この街も行方不明事件により滅びたとも書かれている。この事件は何百年も昔から起こっているのじゃよ」
「それって……!」
「どういうことよぉ! 犯人はずっと生きてるってこと!?」
迂闊に足を踏み込めない事件、歴史の資料がそう述べている。私達はその真相に驚くことしかできない。
「……もしくは犯人が代替わりに引き継いだり、複数である可能性もある──。これはやっかいですよ」
「……しゃらくさいわね。あーしゃらくさい!」
カーニヒアが言うと私は自分の顔をパシンと両手で叩く。
「行くわよ! とにかく進むわ!」
「行くって……どこによぉ!?」
「とりあえずブリガディーロ遺跡へ! 話しはそこから! 事件もそこから! わからぬ道はただ進む! 歩けば景色は見えてくるわ!」
私は気合いを入れると、瞳に炎を宿す。
「王様! カー君ありがとう! とりあえず遺跡に向かってみるわ! 道中でわかる事もあるかもだし! 行くも止まるも損なら、がむしゃらに突き進むのみよ!」
「ほっほ! 流石はヴィエリィじゃな……。わしらに出来ることがあったらいつでも言ってくれ。カーニヒア、お前は別の方面から色々と調べるように尽くしてくれんか」
「もちろんですよ。ヴィエリィ、リリアンお気をつけて。私も影ながらサポートしますよ」
王様と美丈夫はにこやかにそう言う。
「ありがとう! いってきます!」
「ちょっと待ちなさいよぉ! あっ王様! カーニヒア様! ありがとうございますぅ~!」
走り出した私を追いかけるようにバラコフは去り際に感謝を述べると、二人は突風のように現れ、風の如く去り行くのであった。
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