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第一部 二章

第十九話 言ってはならない事

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「剣皇様も、お忙しいのですね」
「あっ、ええ? はい」

 不意にかかったシグルドの声に、ミーミルは慌てて頷く。

「もしよろしければ、少し時間をいただこうと思っていたのですが、無理そうですね」
「うーん、少しなら……まぁ」
「本当ですか? でしたら後で裏庭へ。そうですね――人気のない場所がいい」
「裏庭? まあOK」

「すみません、少しも時間ないです」

 いきなりアヤメが会話に割って入った。

「ん? 少しくらいなら別に」

 誰にも見えないように、アヤメはミーミルに向かって真顔でウィンクをする。

「あ……? あー、やっぱ無理です。ちょっと用事が」

 ミーミルは慌てて訂正した。
 確かに二人きりは危険すぎる。
 この会食もアヤメとの協力でギリギリ切り抜けられたようなものだ。
 一人では瞬時に見破られてしまうかもしれない。
 シグルドが何の用事かは気になるが、何よりバレるリスクを減らす事が肝心だ。

「ふむ……それならば仕方ないですね。またの機会に」
「またの機会に」

 そう言ってミーミルはシグルドに笑いかけた。

「ええ。またの機会に。必ず――

 その含みを持たせた言い方に、アヤメは心の中でガクガクと震えていた。
 嫌な予感がして引き留めたが、それは間違いではなかった。
 ミーミルをまっすぐ見据えたまま、笑みを浮かべるシグルドをみて確信する。

「それは残念です。時間があれば、この後に剣皇様と一杯やろうと思っていたのですが」
「むむ……酒ですか」

 マキシウスの言葉にミーミルは苦悶の表情を浮かべた。
 ミーミルは酒好きだ。
 というか飲まなければやっていられないらしい。

「い、一杯だけなら」
「駄目だよ」

 小声で言うミーミルをアヤメは睨む。

 ミーミルは酒乱だ。
 お酒が入るとかなりウザい事になる。
 そんな状況で演技なんか絶対に不可能だ。

 ちなみにアヤメは後三か月くらいでお酒が解禁であった。
 だが今となっては遠い未来のお話である。
 どう考えても十年は飲めそうな年齢になりそうもない。
 まあ異世界にお酒の年齢制限があるのかどうかも分からないのだが。

「それでは我々は一足お先に。これからよろしくお願いしますよ」
「失礼致します。ミゥン様、剣皇様、閃皇様」

 そう言ってマキシウスとイゾルデは席から立った。
 つられてアヤメとミーミルも席から慌てて立ち、別れの挨拶をした。

「これからよろしくお願いします!」

 ミーミルは二人に頭を下げる。

「国の事も色々と頑張ります!」

 アヤメも同じように頭を下げる。

「ええ、期待しています」
「出来る限り、手助けさせて頂きますよ」

 そんな二人にマキシウスとイゾルデは笑顔を浮かべた。

「所でシシルの実は、閃皇様の口に合いませんでしたかな?」

 そう言ってマキシウスはテーブルの器に目をやる。
 アヤメはシシルの実を幾つか残していた。

「なんか食べきれなくって」
「体がちいさ――昔に比べると小食になったみたいですね」

 ミーミルが口を滑らせかけるが何とか踏みとどまる。

「せっかくだから持って帰る?」

 ノアトピアが意外な提案を出してくれた。
 こんな皇帝と貴族が一堂に会する会食で、残した食べ物を持ち帰る――なんて事が許されるとは思っていなかった。
 実際、とても美味しい果物だったので部屋に持って帰れるなら、持って帰りたい。

「は、はい」

 アヤメは少し恥ずかしそうにしながら頷いた。

「では、閃皇様に包んであげてくれ。貴重な実だから、丁重にね」

 イゾルデがメイドに命令する。
 メイドは「失礼します」と一言発してから深く礼をすると、シシルの実の入った透明の器を下げていった。

「本当に持って帰っていいんですか?」

 一応、ミゥンに聞いておくアヤメ。

「大丈夫です。それくらいなら怒られませんから」

 そう言ってミゥンは笑う。
 何を持っていったら、誰に怒られるのだろう……。

「それでは今度こそ失礼します」
「この時期の夜は相変わらず冷えます。お体にお気をつけ下さい」
「ありがとうございます」
「ありがとうございます」

 二人はイゾルデとマキシウスに、ぺこぺこと頭を下げる。
 元皇帝が頭をこんなに下げるのはおかしいと分かっている。
 だが体に染みついた日本の風習は、そう簡単に抜けそうになかった。

「実は5年物の赤シシル酒を持って来たのです、イゾルデ卿」
「おお、それは有り難い。今日は飲み明かすとしましょうか」

 談笑しながら去っていく二人の背中を名残惜しそうに見送るミーミル。
 相当に酒が飲みたかったようだ。

「それでは私たちもこれで失礼しますわ。お会いできて楽しかったです」
「近いうちにお会いしましょう。今度は時間のある時に」

 ノアトピアとシグルドも席から立ち上がる。

「ノアさん、シグさん、またね」

 ミゥンは椅子に座ったまま、手をひらひらと振る。
 二人は微笑みながらミゥンに頭を下げると、一緒に食堂から出て行った。

 それと入れ替わりで、さっきシシルの実を下げたメイドが帰ってくる。
 手には透明のガラスのような箱を持っており、中にシシルの実が入っていた。

「先ほどのシシルの実です。どうぞ」
「ありがとうご……ありがとう!」

 さすがにメイドに頭を下げるのだけは踏みとどまれた。
 アヤメは容器を受け取ると、笑顔だけ返す。

「よし。じゃあ私たちも部屋に帰るか」

 もう食事も終わったし、もう他に特にやるべき事もない。
 ミーミルは酒が飲めないなら、部屋に帰って仕入れた情報を整理したいと思っていた。

「そだね。ではミゥン様、失礼します」
「急な会食お疲れさまでした。後日また正式なパーティみたいなのやるってカカロが言ってたので、よろしくお願いします」
「うっ……はい」

 またこの危険イベントをこなさないといけないのか。
 露骨に嫌な顔をしながらも、ミーミルとアヤメは頷いたのだった。

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