奥手な二人は脱いだら淫ら(R15版)

矢崎未紗

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第一章 曖昧な理想

第03話 初めて見上げる星空(上)

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「わぁっ! 星が! 星がいっぱい! 桃音、星がいっぱいだよー!」
「もう……結美ちゃんってば」

 西の空に太陽が沈み、金赤きんあか色が東のミッドナイトブルーに向かって鮮烈なグラデーションを作る。そんな夕暮れ時の空を見上げれば、都会で見える量の十倍は星が見えた。わずかに陽光を残す西の空はそれほどでもないが、すっかり暗くなった東の空には、こんなにも星があったのかと思うほどに大小様々な星々がきらめいている。
 そんな星空を見上げて、結美は興奮気味に歓声を上げた。しかし、出てくる感想の言葉は「星がいっぱい」だけなので、桃音は面白く思いながら苦笑した。

「ここはそんなに標高が高いわけじゃないけど、ホテル側が配慮して極力灯りを外にもらさないようにしてくれてるから、それだけでも街より星が見えるよねー」

 新入会員らしく新鮮な反応を見せる結美に、天文研究会会長の素子は満足そうにほほ笑んだ。
 桃音たち新入生が大学に入って一カ月と少し。五月中旬の土日にかけて、天文研究会の新歓合宿が行われていた。場所は第三首都特区の外れで、セイナン州のすぐ隣にある温泉街だ。気軽に電車で行けて温泉を楽しめる保養地で、激安宿から高級ホテルまで、様々な宿泊施設がある。その中でも天文研究会がよく使うのがここ「大黒シャインクラブ」というホテルで、学生でも使いやすい手頃な宿泊料と、星空観賞用に手入れがされているホテルの中庭が、非常に便利な施設だった。
 鈍行列車で昼間にゆっくりと時間をかけてこの地へやって来たサークルメンバーは、夕飯前に中庭に出て、夕暮れ時の星空を楽しんでいた。

(きれい……世界にはこんな色もあるんだ)

 太陽のない夜の星空こそが観賞対象に思われるが、昼と夜のグラデーションが残る夕空や、そこに見え始めた星の儚げな光も味わい深い。夕方の時間は毎日必ずあるはずなのに、こんなふうにゆっくりと空の色の移り変わりを眺めたことはないからか、桃音は実際に空を見上げて感慨深く思った。
 しばらく肉眼で空を見上げていた桃音は、隣にいる結美がスマホを手に持って傾けたのに触発されて、同じようにスマホを持ち、夜になりつつある空の星々を撮影する。
 そんな桃音から少し離れたところで、何人かの先輩たちはやや大きめのカメラを持って星空を撮影していた。中には望遠レンズを付けた、かなり本格的な機材を持っているメンバーもいる。しかしその一方で、桃音と結美のように非常に軽装で、単純に「星がきれい!」と感動しているだけのメンバーもいる。本当に、それぞれがマイペースに星空を愛でることのできるいいサークルだ。

「はっ……くしゅっ」

 その時、桃音は小さなくしゃみをした。
 標高が低いとはいえ、街に比べれば高所だからなのか、長袖のトップスに長袖のパーカーをしっかりと重ね着していても、外は寒い。「大丈夫?」と心配する結美に「うん」と頷くと、桃音は結美と腕をからませてくっ付き合った。

(松浦先輩は……どこにいるのかな)

 結美と一緒に星空を見上げて楽しみつつも、桃音は背の高い先輩――謙志をちらりと横目で探す。すると、ホテルの建物からだいぶ離れた少し斜面になっている芝生の上で、謙志は将樹と共に一眼レフカメラをのぞき込んでいた。

(写真……星は見るよりも撮るほうが……好きなのかな)

 新入生勧誘のためのゆりのき通りのブースにも、小さいながらに謙志の写真があった。桃音が一番きれいだと思った写真だ。あれを撮ったのも、その一眼レフカメラだろうか。謙志は星空を撮影することが趣味なのだろうか。

(松浦先輩のこと……もっと知りたい)

 この一カ月、新しい通学路や大学の講義、それに異性も含めた同学年との交友など、桃音は慣れないことに懸命に取り組んできた。結美とは学部が違うので、一緒に受けられる講義は共通公開の青年心理学の講義ぐらいだけれども、昼休みや同じ時間の講義が終わった帰り道などは、高校時代と変わらず一緒にいてくれた。そのおかげで、桃音は安心して新しい世界を広げることができた。
 講義と講義の合間に結美と一緒に天文研究会の部室に行った時には、同学年だけでなく、各学年の先輩と話す機会が何度かあった。謙志も時々部室にいたが、桃音が彼に話しかけることはなく、謙志のほうから桃音に話しかけるということもなかった。将樹のほうが気さくに話しかけてくれたが、桃音の意識はいつだって、謙志だけに向いていた。何かの行動を起こせたことは、一度もないのだけれども。

(スポーツ科学科のティーチングコースで……空手をやってる人で……)

 謙志ではなく将樹が教えてくれたことだが、謙志は子供の頃からずっと空手を続けているらしい。高校生の時は全国大会で入賞もしたという実力だから、前途有望な選手だったのだろう。だが本人は空手を極めるのではなく、将来的にはスポーツのトレーナーとして、選手に関わるスタッフのほうになりたいのだという。そのため、大学進学を機に空手は週一、二回道場に通う程度になったそうだ。玉苑スフィア大学には空手部もあるが、そこに入ることなく天文研究会に入っているのも、選手として続ける意思はもうないことの証らしい。

(真面目な人……なんだろうな)

 将樹と会話をしながら、謙志はカメラと夜空を交互に見ている。近寄りがたい雰囲気を醸し出しているように見えてしまい、気軽に話しかけることはできないが、その根はとても真面目で、将来のことを真剣に考えて大学に通っているのだろう。そう思うと、桃音は妙に謙志のことを好ましく思った。

「桃音、寒くない? 大丈夫?」
「えっ……あ、うん。大丈夫……だと思う」
「私、結構寒いかも。夕飯のあとにも星を見る時間があったよね。もうちょっと厚着してこなくちゃ」

 結美はそう呟くと、自分の二の腕を両手でさすった。
 合宿が初めてとなる一年生には、事前に持ち物リストが配られた。歩きやすい靴や長袖長ズボンなどは必須とされ、初夏ではあるが、用意できるならホッカイロも持ってくること、と書かれていた。
 そのリストになるべく忠実に、用意すべきものは用意したつもりだが、そう多くはないアルバイト代では高性能のウィンドブレーカーなどは用意できず、桃音は少しばかり装備に不安があった。
 その不安は的中してしまい、ホテルに戻って夕飯と入浴を終えたあと、日付が変わる頃に再びホテル一階のロビーから中庭に出て星空観賞をすると、寒さは夕暮れの比ではないほどだった。幸いにも風はなかったので凍えるほどではなかったが、桃音は長袖二枚では耐えられないほどの寒さを感じた。自然環境に近い場所でこうして夜を過ごした経験がほぼないので、なんだか「自然の脅威」というものをひしひしと感じる。

「桃音~っ! 星が! 星がたくさんだよー! すごい、いっぱい!」
「そうだね。夕方よりたくさん見えるね」

 やはりとても単純な感想しか出てこない結美にほほ笑みを返しつつ、桃音も首を九十度真後ろに傾けた。
 太陽の残り火とも言うべき明かりもなく、月は出ていたが半月だったので、それほど明るくはない。このホテルがある丘陵の麓の家々や商業施設の灯りもほぼすべてが消えて、本来なら不安を覚えるほどの暗闇。だが、その暗闇をくすくすと笑って包むように、空いっぱいにはいくつもの星々が見える。ひときわ大きく輝く星は、ほかの惑星だろうか。小さな明かりが同じ場所にいくつも集まっているように見えるが、もしかしたらあれが、「星団」と呼ばれる星の集まりだろうか。

(小さい光は、それだけ遠くにある……)

 星の輝きの違いはその星自体の大きさにも関係しているが、その星が近くにあるか、それとも遠くにあるか、ということも関係している。小さいながらにも輝く星は、それだけ遠くにあるのかもしれない。そう思って見上げると、広大な宇宙の途方もない遠近を感じ、桃音は不思議と心が熱くなった。

 ――カシャ。

 その時、ふとカメラのシャッター音が聞こえた。
 中庭の芝生に敷いたレジャーシートの上で結美とくっ付いて体育座り状態で空を見上げていた桃音は、音がしたほうに視線を向ける。すると、そこには謙志が一人で立っていて、夕方と同じように撮影に集中していた。

(松浦先輩……もっと話してみたい……けど……)

 天文研究会のほかの一年生と大学の食堂で一緒にご飯を食べていた時、先輩たちの話になったことがある。謙志のことも少し話題に出たのだが、「無口でなんか怖い人」というのが、全員に共通している印象だった。
 たしかに、謙志は将樹のように朗らかに会話をしてくれるタイプではない。空手をしているからなのか、がっしりとした体躯と長身で、そこにいるだけで威圧されているように感じてしまう人もいると思う。
 けれども、彼の本質はそんなところにはないような気がする。将樹をはじめ、同じ三年生ならば女子とも普通に話しているところを見たことはあるので、決して嫌な性格ではないだろう。

「はっ……っくしゅっ」
「あら、桃音、大丈夫?」
「うん……はっ、くしゅ……」

 新品のウィンドブレーカーを着ている結美と違って、桃音は夕方の時と変わらない服装だ。ホッカイロは手に持っているが、その温かさは寒さと互角に戦うのに必死で、桃音の手先をそれほど温めてはくれない。

(やっぱり、これじゃ薄着だったかあ)
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