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第二章 破廉恥な関係
第09話 悩んで固める思い(下)
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「なんか口実がないとデートに誘えなさそうだけど、でも口実があると、それしか目的として認識しなさそうだよな、お前。デート、できるか?」
「さあ……」
「やる気ねぇなあ」
「将樹が人のことで熱くなりすぎだろ」
「いやいや、熱くもなるっしょ。異性関係に消極的だった親友に、久しぶりに春が来たんだから」
(春……春か……?)
大学に入ってから二人の女性と付き合ったが、一年前に二人目のカノジョと別れて以降、謙志に浮いた話はなかった。お付き合いのあった二人のカノジョは、どちらも相手から謙志に告白してきたので、謙志のほうが好きになったわけではない。むしろ、付き合いはしたものの、結局そのどちらのことも、心から好きだと思うことはなかった。そう考えると、こんなにもうじうじと悩むほどに自分から相手を好きになったのは、実は初めてのことで、春と言われたらそうかもしれない。
「謙志は高校の時から、女子に告られることはあっても、自分のほうから好きになる恋愛はしてないもんな。どうしたらいいのか、わかんねぇんだろ」
「さあ……そんなに違うか?」
「違うだろ。現にお前、舟形ちゃんのことが好きなのに、どうしたらいいのかわかんねぇんだろ? 振られるのが怖くて、自分から告白できないんだろ? 元カノ二人と違って、舟形ちゃんのことはすごく好きだから、それで告白する勇気が出ないんだろ? ほら、全然違うじゃん」
「それは……まあ……」
将樹の言うとおりだと思う。桃音に対して感じた深いときめきを、元カノ二人に抱いたことは間違いなくない。ならばなぜ付き合っていたのかというと、どちらも外見は悪くなかったし、大学生なら誰かと付き合うのが普通のことだと思ったからだ。
(でも……そうじゃないよな)
いま、桃音のことを思い出すと強く思う。あんな身体だけのような関係じゃなくて、お互いに好き合って付き合って、カレシ・カノジョという恋人関係になりたい。桃音のことを、もっとちゃんと大事にしたい。
恋人同士という関係は、相手のことをお互いにとてもいとしく思うからこそ成立する関係だ。「大学生ならば誰かと付き合うのが普通」という認識で、好きでもない相手と付き合うことはきっと間違っている。過去の自分は、きっと間違っていた。桃音とは、そんな認識で関係を築きたくない。
「どうにか舟形ちゃんとデートできないもんかな」
「難しいんじゃないか。土日はバイトだって言ってたし、それ以外の時間は勉強してるって言うし」
「そうなの? っていうか、舟形ちゃんの予定をそこまでちゃんと把握してるって、どんな関係なわけ?」
「いや……」
「うーん、じゃあ……夏休みに入ったらかなあ。それならさすがに、バイトがない日もあって謙志とデートもできるだろ?」
「でも……」
「でも、ってなんだよ! なんでためらうんだよ! あ、デートに不慣れでどうしたらいいかわからないって? 任せとけ、デートの日が決まったらいろいろ相談に乗ってやっから」
「いや……いい……」
「なんでだよ!」
「俺のことに構ってないで、将樹は井口とどうなんだよ」
再び将樹にお節介を焼かれても実を結ばない結果しか出せそうにない気がしたので、謙志は話題を変えた。すると将樹はがっくりと肩を落とした。
「いやあ……うーん……なんか薄いバリアか壁のようなものを一枚二枚……五枚くらい感じるかなあ、井口ちゃん。まだまだ警戒されてるかも」
「将樹のほうこそ、告白しないのか?」
「しねぇよ! だって玉砕が目に見えてるんだぜ!? せめてもう少し距離を縮めてから勝負に出ないと意味ないじゃん!」
「そういうもんか」
「そういうもん! 謙志も少しは恋愛の駆け引きを覚えようぜ~。そのための大学生活だろ~」
「勉強するための大学生活だろ」
桃音ほどではないが、謙志もスポーツ科学を学びたいという明確な目的を持ってこの大学を選び、受験勉強に励んだのだ。その志は変わっていないし、むしろ三年次に上がってますます専門的になった学びを楽しく感じている。
(そういう意味でも、俺と舟形は似てるのかもしれないな)
先日将樹から似ていると言われたが、たしかに自分と桃音は、似ているところがあるかもしれない。桃音はスポーツとは無縁な根っからの文系だが、そうした趣味嗜好ではなく、考え方というか優先順位というか、そういうものが近しい気がする。謙志はふとそう思った。
◆◇◆◇◆
(どうしよう……連絡……したほうがいいよね?)
金曜日をあさってに控えて、桃音はリビングのソファに座ってスマホを握りしめていた。
予定どおり生理がきた先週は謙志と会うことはなく、桃音は約三週間後に初めてむかえる大学の期末試験に向けて勉強時間を多くとっていた。
平日は講義の合間や講義が終わったあと、大学の図書館でこれまでの講義内容を見返したり、教授が参考図書として紹介した本を読んだりしていた。今週と来週は、部室に行って天文研究会の同じ学部の先輩に頼めたら、過去の問題を見せてもらうつもりだ。天文に関する写真集や本が部室の書棚にはあるが、その一角には歴代の先輩たちが厚意で置いていった様々な講義の過去問があるらしいのだ。
今のところ、勉学には少し余裕がある。あさっての金曜日の午後、三時限終わりに数時間、謙志と会っていちゃつくぐらいなら学問に支障は出ないはずだ。
(いちゃつく……いちゃつくって言っていいのかなあ)
好き合っているわけではない。でもなぜか、とても破廉恥な行為をする仲。そんな自分たちの関係を表す言葉は、セックスフレンドという下品なものしか見当たらない。えっちなことをするだけの関係でいい、と思っているわけではないはずなのに。
(なんて……送ろう……)
「あさって、三時限が終われば空いています」? それとも、「先輩の家に行きたいです」? それだとなんだか欲望に忠実すぎるから、「先輩は空いてますか?」と尋ねるのがよいだろうか。
(行く……行ける……行きたい……。私が自分で、行きたいって思ってる……)
謙志は謙志で、桃音に来てほしいと思っている。先日のカフェでの短い対話からすれば、謙志のその気持ちに間違いはないだろう。だが、謙志がその気持ちを抱いている理由はわからない。
(松浦先輩は、私のこと……)
好きだから、桃音と同じようにふれ合いたいと思ってくれているのだろうか。それとも、あんなふうに卑猥な行為ができる相手だから呼びたいだけだろうか。気持ちのいいことをしたいと、ただそう思っているだけなのだろうか。
(たしかめなきゃいけない……のは……わかるんだけど……)
でも怖い。まだ怖い。期待して、たしかめて、その期待が外れたら悲しいから。
だけど一緒にいたい。ふれたい。背が高くてたくましい体つきをした謙志を、とてもえっちにかわいがりたい。謙志とえっちなことをしたくてたまらない。
<あさっての金曜日、三時限後なら空いてます>
桃音はただ事実を伝えるだけのつもりで、メッセージアプリで謙志にそう送った。しかし、既読マークはすぐには付かない。夜なので、謙志は居酒屋のアルバイトをしているか、もしかしたら空手の道場に行っているのかもしれない。
桃音はテーブルの上にスマホを置くと、洗面所に歯磨きに行った。
兄の望夢は遅番とのことだったので、まだ帰ってこない。父も姉の光希も残業なのか、帰りが遅い。一緒に夕飯を食べた母は、リビングでテレビを見ながら羊毛フェルトにチクチクと針を刺している。母は持病があるので働けないのだが、そうした手芸作品を細々と作っては、フリマサイトで売りに出している。そしてその売り上げでまた手芸用品を買うのだ。
桃音は自分の部屋に行き、大学の図書館から借りてきた本の続きを読んだ。一時間ほど経過したところで父たちが順々に帰ってきたので、それぞれに夕飯を温め直して提供する。そして後片付けを任せてベッドに上り、スマホを開く。すると、一通のメッセージが来ていた。
<待ってる>
たったそれだけの、とても短い謙志からの返信。
時間がなくてそれしか打てなかったのかもしれないし、謙志も悩みに悩んで、その短い文言しか送れなかったのかもしれない。
(待ってる……松浦先輩もあの時間を……望んでる……)
それは間違いではない。あの時間は――あんなにも卑猥な行為は、お互いに望んでしていること。どちらかが無理強いをしたり、どちらかが我慢しているわけではない。
(次は……何をしようかな)
桃音はベッドに横になり、目を閉じて考えた。
一回目にしたこと、二回目にしたこと。それらを思い出し、していないことも考えてみる。まだまだ、謙志をじらして遊ぶことはできる。
(松浦先輩、どうしてあんなにかわいいんだろう……)
か弱い桃音のことなど、大きな身体と強い力でいくらでもはねのけられるのに。謙志は絶対にそれをしない。忠犬のようにおとなしく素直に、忠実に桃音に従う。桃音にされる行為も、強いられる我慢も、どれもすべて喜んで受け入れているように見える。その姿が――。
(――かわいい……かわいくて……たまらない……)
桃音は股の間に粘性の気配を覚えたが、今夜はもう寝ることに集中した。明日も勉強に励んで時間のゆとりを作り、夜には自分の身体を徹底的にきれいにして金曜日をむかえ、あさっての午後に謙志のことを思う存分かわいがるために。
◆◇◆◇◆
「さあ……」
「やる気ねぇなあ」
「将樹が人のことで熱くなりすぎだろ」
「いやいや、熱くもなるっしょ。異性関係に消極的だった親友に、久しぶりに春が来たんだから」
(春……春か……?)
大学に入ってから二人の女性と付き合ったが、一年前に二人目のカノジョと別れて以降、謙志に浮いた話はなかった。お付き合いのあった二人のカノジョは、どちらも相手から謙志に告白してきたので、謙志のほうが好きになったわけではない。むしろ、付き合いはしたものの、結局そのどちらのことも、心から好きだと思うことはなかった。そう考えると、こんなにもうじうじと悩むほどに自分から相手を好きになったのは、実は初めてのことで、春と言われたらそうかもしれない。
「謙志は高校の時から、女子に告られることはあっても、自分のほうから好きになる恋愛はしてないもんな。どうしたらいいのか、わかんねぇんだろ」
「さあ……そんなに違うか?」
「違うだろ。現にお前、舟形ちゃんのことが好きなのに、どうしたらいいのかわかんねぇんだろ? 振られるのが怖くて、自分から告白できないんだろ? 元カノ二人と違って、舟形ちゃんのことはすごく好きだから、それで告白する勇気が出ないんだろ? ほら、全然違うじゃん」
「それは……まあ……」
将樹の言うとおりだと思う。桃音に対して感じた深いときめきを、元カノ二人に抱いたことは間違いなくない。ならばなぜ付き合っていたのかというと、どちらも外見は悪くなかったし、大学生なら誰かと付き合うのが普通のことだと思ったからだ。
(でも……そうじゃないよな)
いま、桃音のことを思い出すと強く思う。あんな身体だけのような関係じゃなくて、お互いに好き合って付き合って、カレシ・カノジョという恋人関係になりたい。桃音のことを、もっとちゃんと大事にしたい。
恋人同士という関係は、相手のことをお互いにとてもいとしく思うからこそ成立する関係だ。「大学生ならば誰かと付き合うのが普通」という認識で、好きでもない相手と付き合うことはきっと間違っている。過去の自分は、きっと間違っていた。桃音とは、そんな認識で関係を築きたくない。
「どうにか舟形ちゃんとデートできないもんかな」
「難しいんじゃないか。土日はバイトだって言ってたし、それ以外の時間は勉強してるって言うし」
「そうなの? っていうか、舟形ちゃんの予定をそこまでちゃんと把握してるって、どんな関係なわけ?」
「いや……」
「うーん、じゃあ……夏休みに入ったらかなあ。それならさすがに、バイトがない日もあって謙志とデートもできるだろ?」
「でも……」
「でも、ってなんだよ! なんでためらうんだよ! あ、デートに不慣れでどうしたらいいかわからないって? 任せとけ、デートの日が決まったらいろいろ相談に乗ってやっから」
「いや……いい……」
「なんでだよ!」
「俺のことに構ってないで、将樹は井口とどうなんだよ」
再び将樹にお節介を焼かれても実を結ばない結果しか出せそうにない気がしたので、謙志は話題を変えた。すると将樹はがっくりと肩を落とした。
「いやあ……うーん……なんか薄いバリアか壁のようなものを一枚二枚……五枚くらい感じるかなあ、井口ちゃん。まだまだ警戒されてるかも」
「将樹のほうこそ、告白しないのか?」
「しねぇよ! だって玉砕が目に見えてるんだぜ!? せめてもう少し距離を縮めてから勝負に出ないと意味ないじゃん!」
「そういうもんか」
「そういうもん! 謙志も少しは恋愛の駆け引きを覚えようぜ~。そのための大学生活だろ~」
「勉強するための大学生活だろ」
桃音ほどではないが、謙志もスポーツ科学を学びたいという明確な目的を持ってこの大学を選び、受験勉強に励んだのだ。その志は変わっていないし、むしろ三年次に上がってますます専門的になった学びを楽しく感じている。
(そういう意味でも、俺と舟形は似てるのかもしれないな)
先日将樹から似ていると言われたが、たしかに自分と桃音は、似ているところがあるかもしれない。桃音はスポーツとは無縁な根っからの文系だが、そうした趣味嗜好ではなく、考え方というか優先順位というか、そういうものが近しい気がする。謙志はふとそう思った。
◆◇◆◇◆
(どうしよう……連絡……したほうがいいよね?)
金曜日をあさってに控えて、桃音はリビングのソファに座ってスマホを握りしめていた。
予定どおり生理がきた先週は謙志と会うことはなく、桃音は約三週間後に初めてむかえる大学の期末試験に向けて勉強時間を多くとっていた。
平日は講義の合間や講義が終わったあと、大学の図書館でこれまでの講義内容を見返したり、教授が参考図書として紹介した本を読んだりしていた。今週と来週は、部室に行って天文研究会の同じ学部の先輩に頼めたら、過去の問題を見せてもらうつもりだ。天文に関する写真集や本が部室の書棚にはあるが、その一角には歴代の先輩たちが厚意で置いていった様々な講義の過去問があるらしいのだ。
今のところ、勉学には少し余裕がある。あさっての金曜日の午後、三時限終わりに数時間、謙志と会っていちゃつくぐらいなら学問に支障は出ないはずだ。
(いちゃつく……いちゃつくって言っていいのかなあ)
好き合っているわけではない。でもなぜか、とても破廉恥な行為をする仲。そんな自分たちの関係を表す言葉は、セックスフレンドという下品なものしか見当たらない。えっちなことをするだけの関係でいい、と思っているわけではないはずなのに。
(なんて……送ろう……)
「あさって、三時限が終われば空いています」? それとも、「先輩の家に行きたいです」? それだとなんだか欲望に忠実すぎるから、「先輩は空いてますか?」と尋ねるのがよいだろうか。
(行く……行ける……行きたい……。私が自分で、行きたいって思ってる……)
謙志は謙志で、桃音に来てほしいと思っている。先日のカフェでの短い対話からすれば、謙志のその気持ちに間違いはないだろう。だが、謙志がその気持ちを抱いている理由はわからない。
(松浦先輩は、私のこと……)
好きだから、桃音と同じようにふれ合いたいと思ってくれているのだろうか。それとも、あんなふうに卑猥な行為ができる相手だから呼びたいだけだろうか。気持ちのいいことをしたいと、ただそう思っているだけなのだろうか。
(たしかめなきゃいけない……のは……わかるんだけど……)
でも怖い。まだ怖い。期待して、たしかめて、その期待が外れたら悲しいから。
だけど一緒にいたい。ふれたい。背が高くてたくましい体つきをした謙志を、とてもえっちにかわいがりたい。謙志とえっちなことをしたくてたまらない。
<あさっての金曜日、三時限後なら空いてます>
桃音はただ事実を伝えるだけのつもりで、メッセージアプリで謙志にそう送った。しかし、既読マークはすぐには付かない。夜なので、謙志は居酒屋のアルバイトをしているか、もしかしたら空手の道場に行っているのかもしれない。
桃音はテーブルの上にスマホを置くと、洗面所に歯磨きに行った。
兄の望夢は遅番とのことだったので、まだ帰ってこない。父も姉の光希も残業なのか、帰りが遅い。一緒に夕飯を食べた母は、リビングでテレビを見ながら羊毛フェルトにチクチクと針を刺している。母は持病があるので働けないのだが、そうした手芸作品を細々と作っては、フリマサイトで売りに出している。そしてその売り上げでまた手芸用品を買うのだ。
桃音は自分の部屋に行き、大学の図書館から借りてきた本の続きを読んだ。一時間ほど経過したところで父たちが順々に帰ってきたので、それぞれに夕飯を温め直して提供する。そして後片付けを任せてベッドに上り、スマホを開く。すると、一通のメッセージが来ていた。
<待ってる>
たったそれだけの、とても短い謙志からの返信。
時間がなくてそれしか打てなかったのかもしれないし、謙志も悩みに悩んで、その短い文言しか送れなかったのかもしれない。
(待ってる……松浦先輩もあの時間を……望んでる……)
それは間違いではない。あの時間は――あんなにも卑猥な行為は、お互いに望んでしていること。どちらかが無理強いをしたり、どちらかが我慢しているわけではない。
(次は……何をしようかな)
桃音はベッドに横になり、目を閉じて考えた。
一回目にしたこと、二回目にしたこと。それらを思い出し、していないことも考えてみる。まだまだ、謙志をじらして遊ぶことはできる。
(松浦先輩、どうしてあんなにかわいいんだろう……)
か弱い桃音のことなど、大きな身体と強い力でいくらでもはねのけられるのに。謙志は絶対にそれをしない。忠犬のようにおとなしく素直に、忠実に桃音に従う。桃音にされる行為も、強いられる我慢も、どれもすべて喜んで受け入れているように見える。その姿が――。
(――かわいい……かわいくて……たまらない……)
桃音は股の間に粘性の気配を覚えたが、今夜はもう寝ることに集中した。明日も勉強に励んで時間のゆとりを作り、夜には自分の身体を徹底的にきれいにして金曜日をむかえ、あさっての午後に謙志のことを思う存分かわいがるために。
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