ヒオクダルスの二重螺旋

矢崎未紗

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第15話 異国の操言士と救出作戦

2.動機(中)

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「これか」

 夜明けとともに、王黎たち六人とステファニー女王の一行四人は、マークの案内でロムザの街の南に向かった。そして、マークが見つけた地面に埋まっている円盤に視線を落とし、王黎は難しい表情でそれを見つめた。

「確かに、操言の力が込められていますね」

 円形の鋳物は、大の男が両手のひらを並べて指を目いっぱい広げたくらいの直径をしており、操言の力の波動がかすかに感じられる。そして、三つの文字――ロムザ東、クルディナ南、ニレイラ東――が刻まれていた。

「最美、上空を飛んで。ここから少し西の方を監視してくれ。僕が居場所を知らせるから、それがどこなのか憶えて、あとで教えて」
「畏まりました」

 最美は頷くと、ぬらりとニジドリの姿になって朝の空へ羽ばたいた。

「王黎、どうだ。何がわかるのだ」

 馬上のステファニーが、地面に近付いてかがんでいる王黎を急かす。

「必要なのはたぶん、どう移動するかというイメージ。それと、どこからどこへ移動するのか。特に、どこで移動を終えるのか、が重要ですね。さいわい、ここから行けると思われる円盤の名前が刻まれていますから、その名前をそのまま使えばいいでしょう。それと、移動先にあるこの円盤をイメージすることも大事かな」
「やれんのか?」
「やるよ。移動できないぐらいの失敗ならいいけど、怖いのは僕の身体がミンチ状態になったり、全然知らない場所に移動しちゃったりすることかなあ。まあ、最美がいるからなんとかなると思うけど」
「ミンチ以外ならな」

 ユルゲンの冷たい声に、王黎はくすりと笑った。

「全員、少し離れてください」

 王黎に言われて、馬上のステファニーたちも、下馬しているユルゲンやエリックたちも、王黎と円盤から少し離れた。

(どう移動する……西の〝クルディナ南〟へ。一番適しているのは鳥だ。空を……いや、それは高すぎるか。なら、地面より少し上、身長の高さぐらいをそう、風になって)

 行き先は「クルディナ南」だ。マークが聞き取ったピラーオルドのアーサーたちの会話で出た単語。そして、いま目の前にある円盤に刻まれている文字。そこなら、この円盤で移動可能な距離にも当てはまっている。

(思い描く……円盤から円盤へ、地上より少し高いところを飛ぶイメージで)

 王黎は目を閉じて集中した。
 自身の内側から操言の力を引っ張り出し、それを自分の身体にまとわりつかせる。それから、足元の円盤にも。操言の力の波動が自分の身体から円盤を通して宙をゆらめき、クルディナ南の円盤へ届くような道筋を思い浮かべて。そして言葉を紡いだ。

【我、宙を進む風なり。ここロムザ南より、クルディナ南へ、鳥がごとく速さで波動をたどり、移動せん】

 王黎の足元の円盤が、にわかに光る。
 周囲にいた者たちの目が見開き、操言の力の所業を目の当たりにした。言葉を紡ぎ終えた王黎の身体が少し光ったかと思うと、その場から消え去っていたのだ。


     ◆◇◆◇◆


 夏の朝の始まりは早い。しかし今朝の出立が早いのはそれだけが理由ではなかった。

「はあ、超眠い」

 目をこすろうとした手が、眼鏡のレンズに当たる。眼鏡を取る動作が面倒で、女は目をこすることを諦めた。

「ノーラ、少し寝ておけ。女王の御前でそんな失態をさらす前にな」

 馬車の中でノーラの目の前に座っていた青年が、冷たく言う。男性にしてはやけに美麗な、ぷりっとふくらんだ桃色の唇が特徴的な青年だった。

「ん、そうする。なんか面倒な仕事っぽいし。今のうちに体力満タンにしておく」

 ノーラはそう言うと、瞼を閉じた。
 二人を乗せた馬車は今朝、日の出とともに王都シューリトンを出発して、クルディナ村を目指して北上していた。この馬車を引いているのは速力のある早馬だが、馬車の先には同じく早馬が数頭、専用の騎手によって列を成して走っている。
 そう数の多くない操言士として生きてきて、楽な仕事より面倒くさい仕事の方が多いことは、青年も十分心得ている。だが今回の仕事は、これまでに受けてきたそのどれとも違うだろう。

(女王直々か)

 きな臭い。だが、悪くない。暇を弄ぶよりは断然いい。
 ノーラは揺れる馬車の中でも気にせず寝息を立て始めたが、青年はむしろ武者震いがして、早朝の冷たい空気を胸いっぱいに吸い込んだ。


     ◆◇◆◇◆


 ぐらつく足元。右へ左へ上へ下へ、縦横無尽に揺れる感覚を訴える自分の身体。
 重心が定まらず、耳の奥がぐわんぐわんと回ってたまらず吐いた。その瞬間、初めて船に乗った時のことを思い出す。あの時ほどではなかったが、まるで船酔いしたかのような不快感が、王黎の身体を襲う。しかし、それは幸運にも自分の身体がミンチにならずにすんでいることの証だった。

「ここは」

 王黎はひとまず自分の身体が無事であることを確かめて、まず足元に視線を落とした。そこには、砂にまみれるように円形の鋳物が地面に埋まっている。意識して避けたわけではなかったが、吐瀉物はかからずにすんだようだ。
 それから、周囲を見渡す。太陽の出ている方角を左手にして南を向けば、開けた平野になっている。セカンディアの土地の大部分を占める、砂漠と呼ばれるエリアだろう。芝生や緑豊かな木々はほぼなく、ちょっとした丘一面を覆う乾いた土と、乾燥に強そうな小麦色の背丈の低い草が、ところどころに葉を伸ばしている。
 
「こっちが南ってことは、北側には」

 振り返ると、茶色い岩石の山々が目に入った。それらは西へと伸びており、王黎の憶えている世界地図に照らし合わせるなら、それはディーハ山脈のうちセカンディア領土側に連なる山々だ。

「ということは、この円盤はクルディナ南……移動成功、ってことかな」

 王黎は一息つくと、右手のひらを空へ向かって伸ばした。

【赤き光の鳥、雲の手前で強く羽ばたけ】

 王黎の手のひらから、赤い光線束が空へ向かって伸びる。それは上空で羽ばたく鳥の形になった。そして、しばらく赤い光を放つとすうっととけて消えた。

「最美はこれでよし。戻るか。おっと、その前に」

 王黎は足元の円盤を見下ろす。
 移動してきた王黎を受け止めたこの円盤はいま、次の移動者を受け止める力がない。次の移動者のためには、操言の力で円盤の捕捉力を満たしておかなければならないはずだ。

「うーん……来る者、受け止める者」

 円盤に力を込めるためのキーワード。重要なのは、「誰がどう来るか」だろう。

【宙を進み、風となる鳥の者、飛んでくる者、翔けてくる者、クルディナ南の此が円盤が、しかと受け止めん】

 王黎自身がここへ来たように、この開けた空間を飛んでここへ移動してくる誰かの身体がこの円盤でちょうど止まる瞬間をイメージして、言葉を紡ぐ。すると足元の円盤は淡く光った。王黎の操言の力を受け取ったようだ。

「できたかな」

 王黎は足元の円盤にかかっている砂を、靴で払う。ついでに、その横に吐き出した自分の吐瀉物も、操言の力で背後の山の方へ移動させる。そして、船酔いのような気持ち悪さを覚悟して、再び操言の力を使った。


     ◆◇◆◇◆


「紀更ちゃんはさー。オリジーアの操言士団がムカつく! って思ったことないのー」

 紀更が連れてこられた小屋の周りは、何もなかった。そこはどうやら森の中で、何本かの木々を倒して開拓した場所のようだった。周辺を少し歩いただけだったが、民家など人の気配のするものは何ひとつ見当たらなかった。
 紀更はてっきり、奈月が厠に連れていってくれるものだと思ったのだが、残念ながら厠もなかったので、仕方なく森の中で用を足した。両腕の拘束は解かれなかったので非常に難儀したが、粗相をするよりははるかにましだった。
 そして、奈月に連れられて小屋に戻る。小屋の戸の鍵は奈月も持っているようで、昨日のアーサーとは逆に、奈月は内側から施錠した。内外両方から施錠できるように、鍵穴は違うものがふたつあるようだった。

「殺したいくらいにさ、憎んだり恨んだりしたことないの?」
「ない、です」
「ふーん。ま、そんな感じだよね。優しいことしか知らないって感じ」

 小屋に戻った紀更は、両手を縛っている縄こそ解かれないものの、小屋の中で自由に動くことは許された。しかし特にすることもないので丸太の椅子に座り、再び寝台に横になった奈月とのおしゃべりに興じることになる。しかし奈月から振られた話は、平穏なものとは言いがたいものだった。

「あたしはさー。操言士団全員、殺したいよ。特に教師操言士は全員ね。まあ、ほんとに殺したかった奴はもう死んでると思うけど」
「奈月さんも、レプティというものを?」
「ん? ああ、アーサーのおじさんが話した? うん、レプティしてるよ。この身体は三つ目かなあ。忘れちゃった。不老不死の術って言っても、まあ、昔すぎることは憶えてらんないんだよねー。あ、ムカつく奴のことは別だけど」

 奈月はけらけらと笑う。誰かを殺したいほど憎んだ経験を持っているようには、とても見えない。

「でも残念だなー。紀更ちゃんならきっと操言士団にムカついたこと、あると思ったんだけどなー」
(操言士団に対して……)
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