ヒオクダルスの二重螺旋

矢崎未紗

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第03話 海の操言士と不思議な塔

2.職人操言士(下)

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 ヒューが皐月をうながすと、皐月は床から適当な紙片を一枚拾い上げて、それを紀更に渡した。そこには手紙を手に持つ人と、人の半分くらいの高さの箱の絵、それから空いているスペースに、びっしりと文字が書き込まれている。

「これは……」
「設計図、って言ったらいいかなあ。それはねえ……あ、ごめん、ちょっち見せて。なんだっけ。ああ、これね。これは文通手段の改良を考えたやつかな」
「文通手段?」
「手紙ってさ、直接的にしろ間接的にしろ、人の手を介して届けられるでしょ? そうじゃなくて、手紙を受け取る箱があって、操言の力でその箱に手紙を届けられないかな~って考えたの。実際に操言の力で手紙を飛ばしてる操言士もいるしね。特定の個人相手に操言の力で手紙を届ける場合、相手の名前とか姿がわかってないと言葉にできないけど、特定の箱ならイメージもしやすいし、なんとかなるんじゃないかなーって。ん~……ごめん、伝わる?」
「はい。あの、なんとなく……ですが」
「皐月の仕事はね、こんな風に人の生活がもっと便利にならないか、操言の力でできることがないか、考えて想像して工夫して、それを実現するための言葉は何がいいか編み出すこと……ってすごいっしょ。皐月、超デキる女!」
「ゼルヴァイスでは普通です」

 調子に乗った皐月を、ヒューは一刀両断した。

「皐月のブローチを見てください。タイプはⅠです。彼女は日常生活に関して、操言の力でより楽に、より便利になるには……と研究し、それを実践して新しい生活器を作り出す職人操言士です」
「すごい……」
「でしょでしょ。すごいっしょ? いいね、紀更ちゃん。素直で非常によろしいね。師匠とは正反対だ」

 皐月はにこにこと上機嫌になり、鼻高々に笑った。
 本人は言及しなかったが、おそらくほかの紙片にも、考えたアイデアや言葉が書き留めてあり、室内に散らばる工具や材料は、実際に製作したもの、あるいはこれから製作される生活器のためのものなのだろう。日々どれだけの時間を費やしているかは、この室内の乱雑さが物語っている。

「皐月はね、怪魔との戦闘は無理なんだ。十歳の時に、父親が怪魔に殺されるところを見ちゃってね。それ以来、どうもだめなんだ。怪魔を目の前にすると、怖くてまったく動けないんよ」
「怪魔に……」
「あ、その父親はもちろん弥生ちゃんの旦那さんよ? 守護部所属の勇敢な操言士だったけど最期は……まあ、仕方ないね。怪魔に殺されるのは、数ある操言士の運命のひとつだかんね」

 内容の重さと相反して、皐月の声は明るい。
 紀更は何か言葉をかけるべきかと思ったが、なんと言ってよいのかわからなかった。

「怪魔と戦うことは操言士の役目、って言うじゃん? 王黎とか、なんかそれ前提でいろいろ話さない?」
「あ、はい……そうかもしれません」
「あははっ、あいつらしいね。操言士はさ……操言の力を持って生まれてしまった人間ならさ、操言士になるしかないじゃん? 操言士以外の生き方は許されないっていうのかな。でも操言の力を持って生まれたとはいえ、そもそもただの人間なんだよ。皐月は操言の力を持っていたって、怪魔のことは怖い。怪魔と戦うことが操言士の役目だとしても、皐月は怪魔に対しては何もできない。それでも操言士として生きなきゃいけない」

 紀更の表情が固まる。皐月はその変化に気付かず、おしゃべりを続けた。

「だから怪魔と戦わないでいいように、とにかくほかのことで立派な操言士だと思われるようになろうと思ったんだ。怪魔と戦う役目を果たせなくても、ちゃんと操言士として国と民に貢献してるって思わせないとね! その結果がこれ!」
汚部屋おへやの完成ですか」
「ち~が~う~! 優秀な職人操言士の完成ってことでしょ!」

 ヒューが表情ひとつ変えずに真顔で冗談を言うと、皐月はすぐさま訂正を入れた。

「まあ、皐月より優秀な職人操言士はいくらでもいるけどね。ヒューもそうだし」
「えっ」

 皐月の弁に紀更はきょとんとした顔になった。皐月は、紀更とヒューを交互に見ながら続ける。

「なんだっけ。いま祈聖石に施してる……現在地捕捉効果だっけ? どういう仕組みなのか教えてくれないけどよく思いつくなって思うし、それを実行して維持できるのもすごいんだよ。作って終わり、効果を施して終わり、ってわけじゃない。維持するってのは、始めるよりも実はたいへんなんよ。紀更ちゃんはゼルヴァイスの祈聖石をもう見た?」
「いえ、まだです。これから回る予定で」
「じゃあ、しっかり師匠に解説してもらいな。ひょろ坊も優秀だから、ヒューが何をどうやったのか、見抜けるだろうから。なんせひょろ坊は最年少師範操言士! いや~ひょろひょろのくせに歴史に残る操言士だよ、間違いなく。って、あっ、どーしたん、ヒュー! 悔しいか、悔しいのか! だ~いじょ~ぶよぉ~。王黎がちょっと規格外なだけで、あんたも優秀だって!」

 ピリついた空気のまま無言になったヒューの背中を、皐月はバシバシとたたいた。

「皐月もそうだと思いますよ。汚部屋と汚洋服おようふくはひどいですけど」

 ヒューがそう言うと、皐月はヒューの背をたたく手を止め、少しばかり無表情で無言になったのち、ヒューのふくらはぎをかかとで蹴った。

「あ、あの」
「職人操言士について補足します」

 紀更が遠慮がちに声をかけると、ヒューは皐月を無視し、本来の目的である紀更への説明を再開した。
 民家にしか見えない工房と呼ばれるこの建物は、職人操言士一人に一部屋が与えられ、操言士がこもって様々な検討と実験を繰り返している。ゼルヴァイス城下町の中にはほかにも何か所か工房があるが、そのどれもが来訪者などによって集中を乱されないようにするため、看板などはかかげず、民家に扮している。
 職人操言士はそれぞれ分野が異なり、皐月のように人々の生活を豊かにする研究、怪魔に効果のある武器や加護を生み出す研究、各種産業でより効率的に生産できる道具の研究など、各々がテーマを決めて仕事として取り組んでいる。そうした研究がメインだが、ゼルヴァイスの人々が日々使う生活器のメンテナンスや新調も、定期的に行っている。

 皐月のように所属が民間部の操言士の場合は、大工ギルドや漁師ギルドなど、平和民団の組織から頼まれた仕事なども並行してこなすとのことで、その業務量はなかなか多い。
 この地で職人操言士がどのように働いているのか。操言士が都市部に住まう人々とどのように関わり、どのように必要とされているのか。ヒューが説明する傍ら、皐月も相槌を打ったり冗談を言ったりしながら、ゼルヴァイスの操言士の姿について教えてくれた。その二人のおかげで、紀更はだいぶ具体的に、操言士という存在の姿が見えてきたように思えた。

「皐月さん、ありがとうございました。勉強になりました」

 熱心に説明を聞いていた紀更は、最後に頭を下げて礼を言った。

「いいってことよ。全部立ち話でごめんね~。祈聖石巡り、頑張りんしゃい! ゼルヴァイスに来ることがあればまたここにおいで。歓迎するよ」

 皐月は手を振って、笑顔で紀更を見送る。それからヒューを先頭にして、紀更たちは工房を出た。工房の中が少し暗かったせいか、屋外の明るさに少し目が痛む。

「皐月さんみたいな操言士は、見たことがありませんでした」

 屋外に出た紀更は、瞬きを繰り返しながら呟いた。するとヒューがぶっきらぼうに返す。

「あんなのがたくさんいるとは思いたくありません。あれは特殊です」
「ふふっ」

 紀更はくすりと笑う。
 冷たく突き放しているようだが、ヒューと皐月の間には何か絆のようなものを感じた。きっと互いに職人操言士として認め合い、切磋琢磨しているのだろう。

「だいたい説明はしました。よろしいですか」

 ヒューは外で待っていた王黎に話しかけた。王黎はにこにこと笑って頷く。

「ありがとう、ヒューくん。皐月にも一応、お礼を言っておいてくれる?」
「…………」
「ああ、まあ、キミが嫌ならいいよ」

 露骨に返事をしないヒューに、王黎は苦笑した。

「じゃあ紀更、行こうか」
「はい。ヒューさんも、ありがとうござました!」

 役目を終えたヒューは、感謝を伝える紀更にも特に返事をせず、大股で操言支部会館の方へ戻っていった。

「王黎師匠は皐月さんが苦手なんですか」
「ん~? まあ……得意じゃないね。でも嫌いってわけじゃないよ。このゼルヴァイスの中でも、皐月とヒューくんは職人操言士として特に優秀だと思ってる。だから紀更の勉強になるかと思って会わせたんだ。だけど、そう……そうだねえ……個人的には、ねえ」

 王黎が曖昧に言葉を濁していると、ユルゲンが短く言った。

「苦手なんだろ」
「まあ、そう……そうだねえ」
「確かにあの性格じゃ、そう簡単に王黎のペースに巻き込まれてはくれなさそうだ」
「もう、ユルゲンさん! 皐月さんに失礼ですよ」
「さて、せっかくだからこのまま中層の奥の方へ進んで、共同墓地付近の祈聖石から巡ろうかね~」

 紀更の注意がユルゲンに向いたその隙をこれ幸いと、王黎は話も進行方向もさくっと変えて、北へ向かって歩き出す。そのうしろに最美、紀更、ユルゲンは続いた。
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