ヒオクダルスの二重螺旋

矢崎未紗

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第07話 高飛車な操言士と修了試験

6.修了試験(中)

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「受験番号四番、ジロン」
「はっ……ぅぁっ、はいっ」

 相当緊張しているのか顔を真っ赤にして、しかし、ひたいやこめかみには冷や汗をぎっしりかいている少年が、大きな声で返事をして立ち上がる。

(すごい緊張。大丈夫かしら)

 ジロンと呼ばれたその少年のあまりにもわかりやすすぎる緊張を思って、紀更は同じ受験生という立場ながらも心配してしまう。

「ふっ」

 右手と右足を同時に出しかねないジロンが教室を出ていったその時、待機者の一人、金髪ショートヘアの少女が意地悪げに笑うのが目に入った。

(あの子は余裕みたい。緊張する子もいれば、余裕の子もいる)

 そして、先に呼ばれた三人よりも長い時間を置いて、受験番号四番のジロンが戻ってくる。どうやら先の三人よりもスムーズに進まなかったようだ。

「受験番号五番、ブリアナ」
「はい」

 なめらかに返事をして、金髪ショートヘアの少女ブリアナが立ち上がる。すると、ブリアナはふと紀更に目線をやって、ニヤりと口の端を持ち上げた。

(え、なに?)

 それまでの受験生とは違う態度に、紀更はきょとんとした表情になった。
 今の目線は、何か特別に意味があってのものなのか、それとも偶然なのか。
 気にはなったが、今は自分の試験だけに集中した方がいい。紀更はそれ以上気にしないように、自分の番になるのを静かに待った。



(できた……と思う)

 午前の口頭試問を終え、寮棟の一階にある食堂で昼食をとる紀更は、そう振り返った。
 自分の受験番号が呼ばれ、試験監督の先導で第三教室へ向かうと、そこには五名の試験官が横一列に並んで座っていた。その五名と垂直になるように三名の試験補佐官もおり、紀更は試験監督の指示で、五名の試験官と対面するように教室中央にぽつんと置かれた椅子に座った。

――操言士団の団長、コリン・シュトルツさん。

 五名のうち一人は、紀更もはっきりと知っている人物だった。
 国の組織について学びを深めたからこそ、コリン・シュトルツという女性の地位の高さが今の紀更にはわかる。
 オリジーアを束ね、ヒエラルキーの頂点に君臨するのは国王だ。それは揺るがない。では、王の次に地位が高く、国の要人とされるのは誰か。王位継承者である二人の王子たちかもしれないが、国を動かしている王に続く実質的な力の持ち主は、王子たちではない。それはそれぞれの三公団を束ねる三人の団長だ。

――あとの三人は、幹部操言士。

 試験官のうち、見覚えのある男性二名と女性一名は、ポーレンヌ城から王都に戻ってきたあと、王黎と共に訪れた操言士団本部の大会議室にいた人物。つまり、操言士団幹部会を形成する幹部操言士だと思われる。しかも男性の一人は、一年前、紀更の自宅にやって来たレオンだ。

――残る一人は誰かしら。

 団長であるコリンと三名の幹部操言士のほかにもう一人。金髪に短い眉毛、目尻の赤いアイシャドウが目を引く女性操言士。主に彼女が口頭試問を進行していたので、もしかしたら教育部の教師操言士――いや、教育部部長なのかもしれない。紀更は、口頭試問の内容というより試験官たちの顔を思い出しながらサラダを口に運んだ。

(教育部部長……お名前はマチルダさん、だったわよね)

 アンヘルから聞いたことがあるような気がするが、自信がない。自分が属している組織の役職者たちの名前をもう少しきちんと憶えて知っておくべきだと、紀更は苦い表情で反省した。

「あら、口頭試問がよっぽど難しかったのかしら」

 その時、頭上から嫌味ったらしい声が降ってきて、紀更は顔を上げた。勝ち誇ったような笑みを浮かべている金髪ショートヘアの少女――受験番号五番のブリアナだった。

「小さい頃から励んできたわたくしたち本物の見習い操言士と違って、たった一年程度学んだだけの素人が修了試験を受けるなんてまだ早いんじゃなくて?」

 紀更の返事など求めていないようで、ブリアナは一方的に喋る。
 それは、かつて操言院で散々浴びせられた、侮蔑や嫉妬のような内容だ。まともに聞き入れることに意味のない発言なので、紀更は沈黙することに徹した。

――雛菊さん、ほかの受験生を助けるのはよくないとアンヘルさんが言っていましたが、ほかの受験生の妨害をすることも同じようにだめですよね?
――ええ、もちろんそうよ。ただ、これもたまにいるのよね。あからさまな妨害じゃないけど、ただでさえ緊張している受験生に対して、プレッシャーを与えたり煽ったりするような、そういう精神攻撃的なことをする子がね。
――精神攻撃……。
――修了試験は、誰かが受かった分誰かが落ちる試験じゃないわ。受かる人数に制限はないし、ひどいときには受けた全員が落ちることだってある。試験結果はあくまでも絶対評価で、相対評価じゃない。ほかの見習いとの優劣なんて、気にした時点で自分のレベルが低いと認めるようなものよ。誰かを貶めたって、自分が受かるわけじゃないんだから。

 授業の合間に、雛菊とした会話を思い出す。
 きっとこのブリアナという少女は、紀更の精神を揺さぶっているつもりなのだろう。そうすることに、自分が満足できる以外の意味など何もないのに。

「〝特別な操言士〟なんて呼ばれて、たった一年ちょっとで修了試験に推薦されたからって調子に乗らないことね。操言士はそんな簡単になれる存在じゃないのよ」

 ブリアナから一方的に言われるがままだが、彼女の言葉は右から左へ聞き流す。
 特別な操言士と呼ばれることへのやっかみ。それは操言院に入った時から散々向けられてきた。もしもここで何かしらの反応を示したら、ブリアナを満足させるようなものだ。彼女を敵視し憎むつもりはないが、大事な試験中にわざわざ彼女の嫌味に気を配ることもない。たいして新しくもない皮肉の言葉は心に引っかき傷すら与えないのだから、黙っているにかぎる。

(推薦されたんじゃなくて、正確には幹部会の一方的な通告で修了試験を受けてるんだけどなあ)

 しかし、ただおとなしくサンドバッグになることは悔しいので、胸の中できっちりと反論はする。

「まあ、ずっと平和民団にいた方ですから、一年経ったところで操言士のことをまだ詳しくご存じないんでしょうね」
(幹部会のその辺の事情を、この子の方こそご存じないんだろうなあ)

 自分の知らない事情が相手の背景にある。そのことに思い至らず、想像すらせず、ただ自分の知っている常識だけで相手を枠取り、上から目線で言葉を投げつける。なんて幼いマウンティング。

「自分が特別だ、なんて思い上がらないことね。操言士は実力の世界よ」
(でも、私に操言の力が後天的に宿ったことは誰がどう考えても異例なのよね。誰にもその理由がわからないし。〝特別〟というより〝違う〟ということだけど)
「仮に合格できたとしても、あなたはせいぜい国内部の所属でしょうね。ま、わたくしは花形の守護部を目指していますけど! にぶそうなあなたは、せいぜい生活器作りで地味に一生を終えるのがお似合いよ」
(生活器作りには向いてない、って王黎師匠のお墨付きなんだけど。それに、生活器作りを真面目にこなしている操言士に対して失礼な物言いね)

 ブリアナはどうしても、紀更より自分の方が上だと知らしめたいらしく、やけにくどくどと皮肉を並べる。
 これは雛菊の言うような、誰かを貶めて自分が受かりたいという精神攻撃ではない。特別な操言士と呼ばれる紀更よりも自分の方が操言士として上だという矜持がゆえに繰り広げる、単なる意地悪だ。

「午後の試験ではこのわたくしの実力に驚き、そしてご自身の未熟さに肩を落とせばいいわ」

 勝ち誇った笑顔を浮かべ、ブリアナは去っていく。
 終始沈黙して反応しないように努めていた紀更は、解放感からため息をついた。
 そんな昼休憩が終わり、運動場には六名の受験生と五名の試験官、三名の試験補佐官が集まる。さらに、サポートするように試験監督三名もいた。

「それでは午後の試験を始めるざます。受験番号一番、そこにお立ちなさい。ほかの受験生は、そちらの椅子で座ってお待ちなさい」

 受験番号一番の理知介が試験官の前に立ち、理知介のうしろに試験補佐官が立つ。そして赤い爪の試験官――教育部部長の操言士マチルダが課題を言い渡し、午後の試験がスタートした。

(課題ってひとつじゃないんだ……それに、妨害もされる)

 運動場の端に用意された椅子に座って順番待ちする紀更は、一番の理知介、二番のカシム、三番のタレレンカと、先に試験を受ける受験生の様子をじっくりと観察した。
 午後の前半は、操言士としての技術を見られる試験だ。それは基本、生活実践、戦闘実践の三分野で見られる。
 最低三つの課題かと思っていたが、分野の境目は実は明確ではなく、次から次へと課題が出される。危なげなくクリアできるものもあれば、苦手なのかそう簡単にできないものもある。受験生によって結果は様々だが、おそらく集中力を欠かずに適切に反応し、操言の力を使うことが重要だ。

「次、受験番号五番、ブリアナ」
「はい」

 昼休みに紀更にからんできた、ブリアナの番になる。
 午前の口頭試問に向かう際に紀更へ向けられたあの視線も、偶然ではなく意図的なものだったのだろう。

(私にからむ暇があるなんて、よほど余裕なのね)

 紀更も少し嫌味っぽくそう思って、ブリアナの様子を観察した。すると、その嫌味があながち的外れでもないことに気付く。ほかの受験生に比べて落ち着いているし、操言の力を使う速さも、言葉とイメージの結び付きの的確さも一枚上手だ。何より、ほかのどの受験生よりもブリアナの操言の力の波動は強かった。

(なるほどね)

 あくまでもほかの受験生と比較してだが、紀更に対してマウントをとろうとするだけの実力はあるようだ。

「次、受験番号六番、紀更」
「はい」
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