ヒオクダルスの二重螺旋

矢崎未紗

文字の大きさ
167 / 413
第07話 高飛車な操言士と修了試験

6.修了試験(上)

しおりを挟む
「ほんとに? ユルゲンくんが? 紅雷からそんなことを言われたの?」

 夕食後の温かいハーブティーを飲みつつ、最美から報告を受けた王黎はけらけらと笑った。

「いやあ……僕もいたかったなあ、その場に」

 王黎と向かい合って座っている最美も、静かにハーブティーを口にする。
 二人はディマンニ地区にある、王黎の自宅である集合住宅の一室にいた。
 守護部の操言士である王黎は、ほとんどこの自宅に帰らない。今は王都外への移動を操言士団から禁じられているので毎日この部屋に帰るが、以前は操言士団本部で夜を明かすこともしばしばだった。

「ほほ笑ましいねえ。でも、どうして彼は素直になれないのかなあ」
「紅雷さんの言うように、怖いのかもしれません」
「怖い?」
「望みが強いほど、それが叶わない現実から受ける冷たさは心に刺さります。まだ一度もその冷たさを味わったことがなければ、そこまで恐れはしないのかもしれませんが」
「経験と年齢を重ねてくると、ちょっと転ぶのも怖い、か。痛みを知っているだけにね」

 最美はティーカップの中の水面に映る自分の瞳を見つめ、頷いた。
 夜の王都は静かで、室内を照らす明灯器の灯りは徐々に弱くなっている。

「最美? 少し疲れてるね。連日無理をさせすぎてるかな」
「いいえ、我が君。わたくしがお役に立てることなら、いくらでも」
「うーん、そうは言ってもねえ」

 操言士王黎と言従士最美。誰かとパーティを組まずに二人で行動している場合、最美はニジドリの姿になってあちこち飛び回るのが常だった。
 ニジドリ型の最美の聴覚は人型の時の何倍も鋭くなり、複数の会話を同時進行で理解、把握することができる。音の街ラフーアで情報収集にあたっていたのは、あの時が特別だったのではない。王黎のために市井の人々の会話を耳に入れ、あらゆる情報をつかむ。それが言従士最美の役割なのだ。

 祈聖石巡礼の旅が終わって王都に帰還してから、最美は毎日、王都のあちこちを飛んでいた。時には木々の枝に止まり、民家の屋根に止まり、静かに耳をすませる。不特定多数の一般市民や操言士の声に。あるいは操言院で勉強している紀更の声に、仕事をしているユルゲンと紅雷の声に。ただ声を拾うだけでなく、王黎が操言の力を込めた柘榴石の双声器そうせいきを利用して、時には離れた場所にいる王黎へ、リアルタイムに情報を伝達することもしばしばだった。王黎が見ていたわけでもないのに多くのことを知り、人の流れや世の動きに詳しいのは、最美が地道な偵察を行って情報収集をしてくれているからなのだ。
 そして今日の夕方、最美は貸し馬屋にいるユルゲンと紅雷の会話を拾い、それを王黎に報告したのだった。

「我が君、わたくしは、やはり我が君のが正しいと思います」
「紅雷は間違いなく、紀更の言従士だよ?」
「はい。それでも、紀更様の言従士ではないでしょうか」
「もしそうなら、紅雷と同じくらいあけすけなく、もっと紀更に執着するはずだよ。でも、今のところそうじゃない。紅雷の言葉を借りるなら、なんかもじもじしてるよね、彼。もし彼が言従士で、自分の操言士を見つけたならいても立ってもいられない。もう、自分の操言士しか目に入らない……そうなるはずだ。キミならわかるだろう?」
「ええ、痛いほどに」
「なら、同じようにわかるはずだ。ユルゲンくんは紀更の言従士じゃない」

 王黎は言い切ったが、沈黙する最美の表情には納得いかないという気持ちがありありと浮かんでいる。

「紀更は特別な操言士だ。でも、紅雷は言従士だ。何も疑う点はない。紀更を見つけた経緯、紀更への忠誠心、操言の力の相性……紀更以外の操言士から操言の加護を受けて、紅雷は拒絶反応が少し出たんだろう? 間違いなく、紅雷は紀更の言従士だよ。紀更の操言の力だけが、言従士紅雷の力を引き出す。僕とキミのようにね」
「でも」

 珍しく王黎に反論しようとする最美に、王黎はにっこりとほほ笑んだ。

「最美、キミの言いたいこともわかる。紅雷が普通の言従士でも、紀更は普通の操言士じゃないからね。後天的に操言の力を宿したこと以外にもまだ、過去に例のない何かトクベツなことがあるかもしれない。でも現状で判断する限り、ユルゲンくんは言従士じゃないよ。言従士の条件と仮定されている要素も満たしていないしね」
「メヒュラですか」
「そう、言従士は九割九分がメヒュラだ。ヒューマの言従士も過去にいなかったわけじゃないけど、あまりにも数が少なすぎて信憑性が薄い。僕が実際に出会った言従士も、全員がメヒュラだった。それを考えても、やっぱりユルゲンくんは違うと思う。ただ、紀更がらみだと何が起こるかわからないからね。これからも、紀更に関することは柔軟に受け止めていこう」

 そうして会話を終えた二人はティーカップを片付け、明灯器の灯りを消して寝室へ向かった。


     ◆◇◆◇◆


 夜が明け、東の空を照らす太陽――光の神様カオディリヒスの化身がゆっくりと昇ってくると、壱の鐘が鳴らされて王都に日の出を知らせた。 
 早い時間に仕事をする者は、目をこすって起床する。紀更も操言院の寮に差し込む光で目を覚まし、寝間着を着替えて顔を洗った。
 天気は晴れ。西の空に若干雲が浮かんでいるが、薄いので風に流されてそのうち消えるだろう。ついに操言院修了試験当日がやって来たのだ。
 操言の力が後天的に宿ったから、操言院に入って操言士になれ。自宅を訪れた操言士団の使者にそう言われてから、一年と少し。まだ試験に合格したわけではないが、思えばこんなにも早く、操言院との別れをむかえるとは。

(少し前……泥の中にいるように感じてた時は、この日を想像もしなかった。王黎師匠と王都を出たあの日から毎日少しずつ、何かが変わってきた気がする)

 王都の外、水の村レイトへつながるレイト東街道。初めて見る怪魔。親元を離れて明かす夜。操言士の修行。祈聖石の擬態。職人操言士や、自分と同い年の戦う操言士。船旅、始海の塔、怪魔襲撃事件。そして、謎の集団ピラーオルド。そこに属する怪しげな人物。
 それらを経験してから再開した、操言院での授業。
 この約二ヶ月の間に出会った人、見たもの、感じたこと、起きたこと。それらは世界の見方を変えてくれた。多大な影響を与えて、成長させてくれた。
 今日は試験だが、晴れ舞台だと思おう。これまで努力してきた自分、教え導いてくれた人、刺激を与えてくれた人、支えてくれた人。みんなに感謝して、自分の力をいかんなく発揮できるチャンスだと前向きに思おう。そして、今日がゴールではない。今日の試験の先にこそ、自分の道が続くのだと。
 紀更は不安な気持ちよりも明るい気持ちを持てるように自分を鼓舞すると、寮を出て第二教室棟を目指した。 



「失礼します」

 第十七教室の横開きのドアを開けて中に入ると、すでに五人の姿があった。三人は大人で、試験監督だろう。そして、自分と同じ年くらいの若者二人は受験生だ。

「おはようございます。お名前を」
「はい。紀更です。よろしくお願いします」
「紀更さんね。あなたの受験番号は六番です。今日はこの番号で呼ばれますので、憶えておいてください」
「六番……わかりました」
「開始時間まで、どうぞお好きな場所に座ってお待ちください」

 立っていた女性の試験監督と言葉を交わし、紀更は教室後方の椅子に座った。しばらくして、残り三人の受験生も教室に入ってくる。六人の受験生がそろうと、男性の試験監督が教壇に立った。

「おはよう。そして、まずはおめでとう。修了試験を受けることになった君たちは、一定程度の学びを修めたと推薦された者たちだ。いまこの場にいることは、見習いを脱して一人前の操言士として踏み出す最初の一歩であると言える。その一歩にたどり着いたことをまずはねぎらいたい。だが、肝心の二歩目を踏み出せるかどうかは今日一日で決まる。君たちの修めた学びが本当に意味あるものなのかどうか、しっかり見極めさせてもらうからそのつもりで」

 誰かがごくりと唾を飲み込んだ音が、しんと静まり返った教室に響く。他人の緊張が自分にもうつってしまいそうだ。

「今日のスケジュールと大まかな試験方法は、すでに教師操言士から聞いていると思う。午前中は口頭試問だ。受験番号一番から順に、第三教室へ移動してもらう。待機者同士の会話は許可するが、試問を終えて戻ってきた者の発言は試験結果に影響を与えると思いたまえ」

 男性の試験監督は、アンヘルに似た口調で語気を強めた。
 口頭試問を終えて戻ってきた受験生が口を開くことは、ほかの受験生へ試験内容を伝えるということ。つまりアンヘルの言っていた、ほかの受験生を助けるという行為に相当するのだろう。そして、それが結果に影響を与えるということは、おそらく不合格の要因になるということだ。
「では、受験番号一番、理知介りちすけ
「はい」

 試験監督に呼ばれた見習い操言士が一人、椅子から立ち上がる。そして女性の試験監督にうながされて教室を出ていった。

(始まった)

 まずは知識を問う口頭試問だ。何をどんなふうに訊かれるのだろうか。知識の偏りを好まない雛菊のおかげで、弱い分野は集中的に理解と暗記をしてきたつもりだ。雛菊の講義がほぼすべて会話形式だったので、口頭試問という形式に戸惑うことはそうないだろう。

「受験番号二番、カシム」

 一番に呼ばれた理知介が戻ってきて、二番の受験生が呼ばれる。

(大丈夫……これまで王黎師匠や雛菊さんとやって来たことを、今日もやるだけ)
「受験番号三番、タレレンカ」

 緊張の時間が続く。気を抜くのもよくないが、緊張しっぱなしもよくない。紀更はゆっくりとした呼吸を二度三度すると、教室の中を見渡した。
 待機者同士は会話しても構わないと言われたが、口を開く者は誰もいない。よほど仲の良い友人同士でもなければ、緊張感ただようこの場でおしゃべりに興じることは難しいだろう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

屋上の合鍵

守 秀斗
恋愛
夫と家庭内離婚状態の進藤理央。二十五才。ある日、満たされない肉体を職場のビルの地下倉庫で慰めていると、それを同僚の鈴木哲也に見られてしまうのだが……。

処理中です...