ヒオクダルスの二重螺旋

矢崎未紗

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第09話 歴解派操言士と空白の物語

1.初任務(中)

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「すみません。操言士が個人で仕事を請け負うと、公平性が保たれないんですよね」
「そうだね。キミが無料でほいほいと加護を与えてしまうと、みんなが紀更にお願いするでしょ。そうすると、ほかの操言士の仕事が成り立たなくなっちゃうからね」
「はい。雛菊さんからもそう教わりました」
「旅に出ている時みたいに、パーティを組んでるなら話は別だよ。でも、今日からのキミは守護部のいち操言士。つまり、国民みんなの操言士だからね。誰かを特別扱いして安易に加護は与えないようにね。あ、言従士認定登録が終わって正式に操言士団の所属になった紅雷自身になら、任務関係なしに加護は与えても平気だよ」
「はい、以後気を付けます。でも王黎師匠、どうして知ってるんですか」

 それは王都に帰還してすぐのことだ。操言院へ戻る前日に、紀更はユルゲンの両刀と紅雷自身に操言の加護を与えた。二人が、これから怪魔と戦うかもしれないと聞いたからだ。

「最美が上空を飛んでいてね、見たものや聞いたことを教えてくれるんだ」
「それってなんか、のぞき見された気持ちです」

 紀更は目を細めてむっとした表情になる。だが王黎は悪気なくにこにこと笑った。

「最美と僕以外には漏らさないから許してよ」
「王黎師匠も最美さんも、変な人ではないと知っているのでいいですが」
「それでさ、紀更。その二人に加護を与えた時って、どんな感じでやったの?」
「えっと」

 操言の力を使った時の自分を思い出しながら、紀更は説明した。

「ユルゲンさんの両刀には、ポーレンヌで戦闘した時と同じように聖なる光が宿って、怪魔を両断できるようにと。紅雷の方には、紅雷が怪魔に体当たりしたり牙をむいたりするところを想像して、といった感じでしょうか」
「ふんふん、なるほどね」

 王黎は頷いた。

「これから騎士たちの武器や防具に操言の加護を施すわけだけど、やり方の基本は、紀更がすでにやったことと同じだよ」
「騎士の方々が持つ武器が、怪魔に有効な攻撃を与えられるようにイメージすればいい、ということでしょうか」
「うん。ただし、加護を付与する前に、その武器を使う騎士の戦闘スタイルを聞いておくのが本当は一番良いやり方なんだ。ちょっと面倒だけどね」
「戦闘スタイル?」
「具体的に、怪魔にどういう攻撃をするのか、ってことだよ」

 ジャウドモ地区の詰所に向かって歩きながら、王黎の講義が始まった。

「武器と言っても種類がいくつかあるし、それをどう使うかも異なる。近距離攻撃、中距離攻撃、遠距離攻撃。それと、対峙する怪魔の種類もね。ユルゲンくんやエリックさんたちみたいに、剣や刀での〝切断〟が基本だけど、〝切断〟という言葉だけじゃバリエーションが少ない。切り落とす、切り離す、断ち割る……ほかには両断、断罪、断崖、断弦、断交。意味は少し違うけど、イメージとして近しい言葉や間接的な表現の言葉を、より複雑に使えるといいね」
「単純な言葉の羅列よりも、良い結果になるからですか」
「イメージと言葉が適切に結び付いている、ってことが最低条件だけど、単純なものより複雑な言葉の連なりの方が、より強く、より長く効果を発揮する場合が多いね」
「そうじゃない場合も?」
「もちろんあるよ。操言士が、自らの発する言葉を操れていないときだね」

 王黎の目線が遠くに向く。

「言葉は自由で、生き物のようだ。かつては使われていなかった言葉が新しく生まれ、やがて形を変え、そして使われなくなって死んでいく。同じ言葉でも、人によって意味や解釈、受け止め方がわずかに異なるし、その言葉とどう出会うかもそれぞれだ」
「言葉と出会う……」
「操言士は言葉を操って万物に干渉する。自分と言葉をどう結び付けるか、普段からどんな言葉を使ってどんな思いをそこに乗せているか。そういう視点が大事じゃないかな、って思うんだ。あ、これは僕の個人論だから、あまり気にしないでいいや」

 王黎は苦笑した。

「とにかく、ただの作業として操言の加護を武器に施すんじゃなくて、その武器を使う騎士がどんな人でどんな戦い方をするか、あるいはしてほしいか。そういう姿や情報も頭に入れておくと、言葉とイメージが深く結び付いてより良い加護を与えられるんだ。頭の片隅にでも残しておいてね」
「はい」

 王黎はあまり大仰にしたくないようだったが、紀更の胸の奥に届く話だった。

(暗記が効果的な場合もある。でも、すべて暗記すればいいってものじゃない)

 祈聖石巡礼の旅を始める前の、操言院で過ごした時間。それは言葉の暗記の連続。そして、暗記できていないことを教師操言士から叱責される日々だった。

(今も憶えてる。レイト東街道でのこと……)

 王黎に連れられて、水の村レイトへ向かうために進んだレイト東街道。その道すがら、紀更は思った。操言院で繰り返させられた言葉の暗記は、窮屈でつまらなかった。言葉とは本来自由なもので、決まった姿などしていない。どのように風が吹くのか、それを感じ取る方法も表現する言葉も、自分の思うとおりにしていいはずだと。

(そのためには、言葉と誠実に付き合っておく必要があるのね)

 王黎の言うとおり、言葉と自分をどう結び付けるか。発する言葉に自分のどんな思いを乗せるか。それは一朝一夕でできることではない。普段の日常生活の中で、日々積み重ねて磨いておくべきことなのだ。
 そんな話をしながら、ジャウドモ地区の東の奥にある騎士団の詰所に二人は到着した。

「おはようございます。操言士団です」
「ああ、おはよう。武器の加護?」
「そうです」
「案内させるから、よろしく頼む。おーい」

 詰所で最初に見かけた年配の騎士に王黎が声をかけると、その騎士は別の若い騎士に声をかけた。若い騎士の案内で、紀更と王黎は詰所の中に足を踏み入れ、ある一室に通される。

「ここの木箱の中と、そこの壁に立てかけているものが頼みたい分です」
「ほとんどが剣と盾ですね」
「槍と斧も少々あります。ここの詰所の騎士には、元傭兵がいるので」
「なるほど。終わったらどなたにお伝えすればいいですか」
「誰でも。自分か、先ほどの者にでも」
「わかりました」

 王黎が頷いたのを見ると、若い騎士は踵を返した。

「王黎師匠、傭兵が騎士になれるんですか」
「ん?」

 不思議そうに尋ねる紀更をちらっと見ると、王黎は木箱の中から盾を取り出しながら答えた。

「なれるよ。騎士団は常に騎士を募集しているし、傭兵の経験があるなら騎士団への入団試験なんて簡単に合格できる。騎士団としては、ほぼ即戦力の人材が来てくれるわけだから、歓迎しないはずがないね」
「そうなんですね」
「傭兵の時に使っていた武器を、こうやって継続して使うことも許されるんだ。まあ、そうじゃない場合もあるらしいけど」

 口を動かしながら王黎が取り出した盾は、全部で十五枚ほどあった。室内の空いている場所にそれらを並べた王黎は、紀更を手招いて盾の前に膝を突く。

「さて、盾の役割はなんでしょうか」
「敵の攻撃を防御する、受け流す、はね返す……などでしょうか」
「ほかにはない?」
「ほかに?」

 王黎に問われて紀更は考え込む。そしてふと思いついた。

「盾も攻撃に使う?」
「せいかーい。盾の形や素材、耐久性にもよるけど、怪魔カルーテくらいなら、盾で殴って攻撃することもあるよ。では、それを踏まえて盾に施したい操言の加護とは、どんな効果でしょうか」
「えっと」

 紀更は操言院で学んだことを思い出しながら考える。

「防御力の強化……盾そのものの耐久性を上げること」
「たとえば?」
「強い圧力に耐えたり、火で燃えたりしないように……。あとは、クフヴェの蔦などを、そもそも弾き返す効果を付与するとか」
「うんうん、そうだね。やりようはいくらでもあるけど、まあ、全部やると僕ら操言士が疲弊しちゃうし、よく防御できる強い盾と、そうじゃないやわい盾なんて差が出ても困るんだよね」
「それはどうしてですか」
「同一集団内での戦力は、なるべく均等にしておいた方がいいんだ。パーティを組んでいた時のエリックさんとルーカスくんを例にするよ。どちらかがとてつもなく強くてどちらかがとてつもなく弱かったら、どうなると思う?」
「強い方は問題なく戦えますよね。でも弱い方は一人では心許ないから……」
「強い方が補佐するよね? すると、敵だけじゃなくて味方も気にして戦わないといけない。そもそも、力の差があるその二人を戦場にどう配置したらいいか、悩まない?」
「確かに」
「傭兵は一人で戦場に立つこともあるけど、騎士は基本的に集団行動だ。均一な戦力にしておいた方が、その集団をひとつの個として扱うことができる。戦場に配置することも動かすことも、楽にできるってわけ」

 王黎の解説に、紀更は感心した。

「ということで、武器も防具も、なるべく優劣をつけずに加護を施した方がいいわけです。エリックさんの使う盾がカルーテを斃せたから、と思って自分の盾でカルーテに向かって全然歯が立たなかったら、ルーカスくんが危険だろう?」
「納得です」
「じゃあ、役割分担しようか。紀更は、盾の強度、耐久性を上げる加護を施そう。これは単純に、盾そのものを強くするイメージだ。どんな攻撃を受けてもひびが入らない、壊れない、攻撃の衝撃を吸収して使用者に伝播させない、って感じ。そうだね、クフヴェの蔦の攻撃を受け止めてもへっちゃら、ってくらいにはしたいね」
「王黎師匠、それ、結構難易度が高くないでしょうか」
「あ、気付いた?」

 紀更に指摘されて、王黎はけらけらと笑った。
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