ヒオクダルスの二重螺旋

矢崎未紗

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第09話 歴解派操言士と空白の物語

7.準備(上)

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「コリン団長、あなたは特別な操言士と王黎に甘すぎる!」

 操言士団本部の敷地にある本館の三階、団長執務室。そこには団長のコリンと幹部操言士のジャック、同じく幹部操言士のヘススとロジャーがそろっていた。

「必要なものがあるなら全面的に支援など! 新人の旅に何もそこまでしなくても」
「ただの新人の旅ではありません。王命に基づく特別任務です」
「ライアン王はご存じないのですか。特別な操言士が〝不吉の象徴〟と言われていることを。その不吉な存在を自由に歩かせるなど、オリジーアがますます未曾有の危機に瀕するのではないかね」

 ヘススとロジャーは、コリンに愚痴のような文句を言いに来ていた。

「不吉の象徴などというのは根拠のない噂話です。特別な操言士の存在と怪魔多発やピラーオルドとには、明確な因果関係はありません。王黎たちがピラーオルドの正体を探り、その他諸々の件の原因を解明し、解決の糸口を見つけてくれればあなた方も安心なのではありませんか」

 窓に向かって立ち、腕を組んでいるコリンはちらりと背後を振り返る。その渋い緑の瞳の冷たさに咎められている気がして、ソファに隣り合って腰掛けているヘススとロジャーは気まずそうに顔を見合わせた。

「あなた方だけではありません。平和民団、とりわけ四大華族の方々も心の底から安息し、次なるステップへ踏み出せるでしょう。そのために特別な操言士と王黎を動かす。いったい何が不満なのです?」
「いや、不満というわけでは」
「ただ、ほかの操言士たちがどう思うか」

 二人はそろって言葉を濁した。
 ヘススやロジャーを代表とする保守派の操言士たちは、「特別な操言士」の出現によって現体制に何かしらの変化が起きることを恐れている。ゆえに「特別な操言士は不吉の象徴だ」という根も葉もない噂で中傷し、その存在をどうにか影の者に貶めようとしてきた。また、「操言士である自分たちはほかの人間とは違う選ばれた特別な存在なのだ」と思っている選民派の操言士たちも、普通の操言士ではない「特別な操言士」という、自分たち以上に「選ばれた」存在である紀更のことを快くは思っていない。紀更本人が詳しく知るところではないが、そうした空気が操言院にも感染し、紀更に冷たく当たる教師操言士がいたのである。

「一年前は確かに〝特別な操言士〟として、その存在は注目の的でした。ですが彼女は修了試験に合格し、今は初段操言士となりました。我々と何も変わらない、普通の操言士です」
「でも、なぜ後天的に操言の力を授かったのかは謎のままです。もしかしたら、何か恐ろしいことをしたのかもしれません」
「その仮説の証拠は?」
「証拠なんて、そんなものは……」
「ならば、それは何ひとつ根拠のない妄想です」
「しかし!」
「視野を広く持ちなさい。オリジーアはいま、様々な問題を抱えています。特別な操言士一人に目くじらを立てている場合ではありません」

 強い口調のコリンに、ヘススもロジャーも黙るしかなかった。

「ヘスス、ロジャー。特別な操言士の旅は王命によるものだ。王命に逆らうのかね? ライアン王の決断に異を唱えるとなると、さて、ライアン王がどう思われるか」

 ヘススとロジャーと向かい合うようにソファに座っていたジャックが、追い打ちとばかりに尋ねる。二人がジャックに反論することはなかった。

「あなた方も幹部操言士だ。たまには外で、怪魔と戦ってきたらどうかね」
「こ、これにてっ!」
「失礼するっ!」

 ジャックの目の奥が光ったのを見て、ヘススとロジャーは逃げるように執務室を出ていった。

「まったく、何がしたいんだか。情けない」

 乱暴に閉められたドアに向かってジャックはため息をつく。

「ペレス家とガルシア家に向けて、団長に進言した、という成果が欲しいのでしょう」
「やるせないものです。かつてはそれなりに名を馳せた優秀な操言士が、歳を重ねるごとに己の保身を図り、さらなる権力を手にすることに取り憑かれて操言の力の研鑽も疎かにし、平和民団の犬に成り下がるとは」

 コリンはジャックの言を肯定も否定もせず、窓の外を見つめた。
 操言士団本部の敷地には、今日も幾人の操言士が行き交っている。
 王都はまだ操言士の数が多いが、これがほかの都市部、特に城下町でない村や里になると途端に数は減る。その数少ない操言士の力によって日々の生活と安全が維持されているわけだが、このご時世では操言士の抱える負担は大きくなるばかりだろう。

「いつまで派閥を放っておくつもりですか。ヘススとロジャーはまだいい。狙いも動きもわかりやすいからね。でも、選民派のレオンやエミリコ、解放派の清彦や萌夏らは、この情勢に乗って派閥を大きくし、そのうち四大華族のように何かしらの改革を唱えそうな勢いですよ」
「私が団長でいる間は、操言士をとりまく現行の制度は何ひとつ揺らぎません」
「では、あなたがいなくなったら? たとえば死んだりしたら」

 ジャックは遠慮なくコリンに尋ねた。
 コリンを除く九名の幹部操言士の中で、最も在任歴が長く年長なのがジャックだ。
 コリンは自分より年長の幹部操言士をも見事に制圧下に置いているので、なかなか彼女に強く物を言える幹部操言士はいない。しかしほかの幹部たちに比べれば、ジャックはコリンへ厳しい意見を述べることにさほど躊躇はない。ただし、コリンの団長としての体裁を守るために、それはコリンと二人きりの時だけに限定される。

「もしもいまあなたが死んでいなくなれば、次の団長は年齢的に考えて選民派のレオンか保守派のロジャー、ヘススです。解放派や歴解派の現幹部ではまだ若すぎますし、わたしはあえて二番手の席を望んでいますからね。しかし、前者三名がそれぞれの思想を重視した体制にすれば、後者の派閥の操言士たちから反発が起きるでしょうな。派閥がある以上、常に操言士団は内部分裂の危険性をはらんでいるわけです。まあ、わたしもあなたも無派閥ではなく保守派に属していますがね」
「私が死ななければいいのでしょう」
「思ってもないことを言いますな。人はいつ死ぬかわからない。けが、病気、あるいは戦いでいとも簡単に死ぬ。戦争を経験したあなたなら十分おわかりでしょう」

 ああ、そうだ。ジャックの言葉がコリンの胸を刺激する。
 あの戦争の経験があったからこそ、今のコリンがいる。国に対する思いも操言士団に対する思いも、すべては報復戦争以降に作られたものだ。

――コリン、君は強くて美しい。オリジーアには君が必要だ。
――ただひたすら、ひとつのことだけを大切に守って信じて、それ以外はすべて排除して何も変わることなくじっと頑なに……ねえ、本当にそれでいいの?

 かつて深く関わった者たちの声が、今もコリンの記憶に残っている。彼らとの出会いが傷ついたコリンの心を癒し、そして頑強にもさせた。

(国は……世界はやがて変わる。操言士団もいつかは)

 何も変わらずにこのままでいてほしいとどんなに強く望んでいても。ようやく実現できた理想の世界であっても。
 それは特別な操言士の出現によってか。それともピラーオルドという存在によってか。はたまた、操言士団内部の派閥争いによってか。何によって引き起こされるのか、それとももう始まっているのか。それは明確にはわからないけれども。

(変化を恐れているのに、世界が変わる気配に抵抗できない。特別な操言士……あなたが旅をすればきっと……)

 コリンは瑞々しい緑色の瞳を持つ少女の姿を思い浮かべて静かに目を伏せた。


     ◆◇◆◇◆


「本当に量が多いですね。これを全部、憶えないといけないなんて」
「守護部の操言士なら、昇段試験の中で問われることもあるんだよ」
「まさか、祈聖石の擬態と場所をですか」

 眉間に皺を寄せて信じがたそうな表情を浮かべる紀更を、オリバーはほほ笑ましく見やった。

「もちろん。守護部の操言士なら、国中の祈聖石は全部保守する、ぐらいの意気込みがないとね。怪魔と戦うことだけじゃなくて、祈聖石を維持管理することも怪魔から人々の生活を守ることにつながるわけだからね。君は新人だし、焦って今すぐ憶えなくてもいいと思うけど」

 王都の中はいつもどおり、多くの人が行き交っている。各地区にある光学院からは子供たちが音読をしている声が聞こえ、隣り合う精肉店、カフェ、パン屋、床屋、洗濯屋、雑貨屋など様々な店は、行列ができることはないものの、一日を通してほぼ客足が途絶えない。中央通りやメクレ大通りでは、王都に入ってくる荷馬車、そして出ていく荷馬車がゆっくりとすれ違う。
 騒々しくも活気にあふれてにぎわう王都ベラックスディーオ。この地を守る祈聖石を、オリバーの案内で巡る道程。紀更はオリバーと隣り合って歩いていた。
 どれが祈聖石の擬態なのかさえ教えてもらえれば、その擬態を解いて祈りを込めることを、紀更はたやすくやってのけた。紀更がそこまでできることを知らなかったオリバーは最初、たいそう驚いたものだ。

「いやあ、それにしても羨ましいなあ。あの王黎さんに教えてもらえるなんて」
「そうですか?」

 先輩操言士オリバーは今日が初対面ではあったが、気さくで穏やかな雰囲気の青年だったので、紀更はすぐに打ち解けた。王都内は広いため、祈聖石を巡る時間よりも移動のために歩く時間の方が長くて、自然とたわいない会話を続けている。
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