ヒオクダルスの二重螺旋

矢崎未紗

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第10話 不可解な操言士と対人間戦

3.ラテラスト平野(下)

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「紀更の操言ブローチはⅢでしょ? 戦闘を得意とするⅢならどの都市部でも重宝されるよ。じゃんじゃん仕事してガツガツ経験を重ねて、がっぽがっぽ稼げるといいね」
「そんなたくさん稼ぎたいという気持ちは特にないですよ」
「日々の生活に困らなければいい? でも、守護部にいる以上あちこち移動するし、ちょっとでもいい服とか装備とか、長旅には必要だよ~。宿に泊まることも多いしね。全部が全部、操言士団が負担してくれるわけじゃないし。そうなると、お金はいくらあっても困りはしないさ」
「それはそうだな、とは思いますが」
「あ、知ってる? 幹部操言士玲白リンパイさんの格言」
「格言?」

 王黎は歩き出しながらにやにやと笑った。
 傭兵なら操言支部の中に入って操言の加護の付与や操言士の同行を頼むが、紀更たちにその必要はない。傭兵ならこうする、という想定を確認しただけで、操言支部での用は終わった。

「人生で裏切らないのはお金と言従士だけ、ってね」
「玲白さんって……」
「教育部部長のマチルダさんと同期の人なんだよ。いやあ、面白いことを言うよねえ」

 けらけらと笑いながら、王黎は村の西口に向かって足を進めた。一度村の外に出て、東国道とミューイハック川の交わる場所まで行き、そこからミューイハック川の川縁を北上して怪魔が目撃された場所を目指す。川の左右に広がるトウモロコシ畑を見ながら進み、トウモロコシ畑が途切れたその先で、紀更たちはカルーテの群れを発見し、これを殲滅した。それから付近にいたクフヴェも、ルーカス、紅雷と協力して斃すことに成功する。

「ほんとに吸い込まれてくる」

 霧散していく怪魔のその黒い霧、粒子の一部が紀更の持つ黒証瓶に自動で吸い込まれていく。紀更は指先で黒証瓶を持ち、まじまじとその光景を見つめた。
 瓶の蓋に開いた小さな穴をすり抜けてゆっくりと瓶の底に落ちた黒い粒子は、カルーテ五匹とクフヴェ一匹で、だいたい瓶の五分の一くらいの量だった。

「ゼルヴァイスにいた職人操言士の皐月は、黒証瓶を作れるだろうね」
「すごいですね。どんな言葉を紡いだら、こんな物ができるのでしょうか」
「長く、多く、複雑で、でもイメージと合致した適切な言葉をいくつも組み合わせるんだよ。異なる効果を何重にも施すんだ」
「職人操言士って、ほんとすごいですね」
「人々の生活を豊かにするという意味では、職人操言士こそ操言士の本懐と言えそうだね。僕らが知らないだけで、操言士が作ったすごい生活器はほかにもあるかもしれない。交流はないけど、たとえば他国とかにね」

 感心する紀更の横顔に、王黎は楽しそうにほほ笑んだ。


     ◆◇◆◇◆


「いた……見つけたぜぇ!」

 迷わせの森を背にした男のビー玉のような眼球に浮かぶ瞳が、猫のように細長くなる。男は無意識のうちに足音を殺し始め、ゆっくり、じっくりと獲物との距離を詰めていく。しかし集中しすぎて我を失う前に、男は操言の力を使った。

【波……アンジャリへ届け、アンジャリへ】

 深く息を吐きながら、最も近くにいるであろう仲間のアンジャリへ、ひとつの思念を伝える。

【いたぞ、闇の子だ】

 もしかしたら、アンジャリは思念が届かない距離にいるかもしれない。思念がアンジャリに伝わったとしても、彼女の応援がくる前に自分で片を付けてしまうかもしれない。彼女と協同しなくても、操言士の一人くらい余裕だろう。男は高をくくった。

(操言士はすべて、オレが狩ってやる!)

 この国が憎い。操言士団が憎い。すべての操言士が憎い。
 だから破滅を。自分以外の世界のすべての破滅を。
 ゆがんだ世界の柱を廃し、新たな世界の柱のもとで憎しみを終焉させる。

【追い風、オレをあの闇の子まで運べ】

 男は口元を不敵につり上げると獲物に向かって走り出した。


     ◆◇◆◇◆


「我が君、何か」

 最初に異変に気付いたのは最美だった。見晴らしがよく、障害物の少ないラテラスト平野全体に視線を這わせ、何かを探るように周囲をうかがう。

「最美、どうした?」
「何かが来ます」

 今日は馬をエイルーの公共厩につないだままにしており、全員徒歩だ。
 ある程度怪魔を退治したので村に戻ろうかと歩いていた一行は足を止める。

「紀更様」

 最美と同じく、紅雷も何かを感じ取った。紀更に近付くとぴったりと横に着いて、その身を守るべく警戒心を高める。そしてふんふんと鼻を鳴らして北の方向、迷わせの森が広がる方へ顔を向けた。最美もそちらの方角に何かを感じて目を細める。

「我が君っ」
――ゴオオォッ!

 最美が不安げに王黎を呼んだその瞬間、突風が吹き荒れて砂埃と小さな草の葉が空中に舞い上がった。
 七人は目をつぶり、風がやむのを待つ。そして最初に目を開けたユルゲンは、背後から首を絞められている王黎の姿をとらえて慄いた。

「王黎!」

 十メイほど離れた場所で王黎の首を背後から締め上げていたのは、一人の大柄な男だった。ネコ科の動物のようにギラギラした鋭い目付きにツンツンと逆立った黒髪。ユルゲンよりも背は高く、王黎の動きを封じている右腕は太く、相当力があるようだ。気道を圧迫されているようで、王黎は息苦しさに顔をゆがめていた。

「よお。お前らが操言士王黎とそのお友達か」

 男は腕の中の王黎と紀更たちを見やって不敵に笑う。
 エリックとルーカス、ユルゲンの三人は抜剣、抜刀し、戦闘態勢をとった。紅雷は紀更を守るために紀更の前に立ち、主を奪われた最美はこめかみに冷や汗をかく。

「そういうお前はピラーオルド……馬龍やアンジャリの仲間か」

 エリックがじりじりとわずかに前進して、努めて冷静に問いただす。操言士である王黎を不意打ちで捕らえた男の正体として、真っ先に考えられるのはそれしかなかった。

「そうだ。オレはライオス。ピラーオルドの中じゃ北方幹部なんて呼ばれている」
「北方幹部か。ご丁寧な自己紹介で恐れ入る。それなら、馬龍やアンジャリは東方幹部や西方幹部、とでも言うのか」
「馬龍は西方だったか……悪いがオレは、そんなに記憶力がよくないんでね」

 ライオスはそう言うと王黎を締め上げる右腕に力を込めた。

「っ!」
「や、やめてくださいっ!」

 王黎の表情がいっそう苦悶にゆがむのを見た紀更が、顔色を悪くして絶叫する。するとその叫び声が面白かったのか、ライオスは上機嫌に言った。

「いい反応だねえ、操言士のお嬢ちゃん! けどやめねぇよ。闇の子は生かしたまま連れて帰れ、って命令だからな」
「果たしてそれはできるかな?」

 エリックとルーカスは長剣を前方に向けたまま、ライオスとの間合いを詰めていく。
 王黎という人質をとられてはいるが、多勢に無勢だ。ライオスが受けている命令からしても、王黎が今すぐこの場で殺されるということはない。どうにかすれば、王黎を救出してライオスを捕らえられるはずだ。

「紀更」

 エリックとルーカスがライオスと睨み合っている間に、ユルゲンは紀更に近付き小声を落とした。その視線はライオスと王黎に向けられたままだ。

「操言の力でライオスの視界を奪えないか。少しの間でいい。俺たちがあいつとの距離を詰められるように」
「は、はい……やってみます」

 頷いた紀更はライオスと王黎を視界の中央にとらえた。ライオスはひとまず王黎を確保したものの、どうやって王黎を連れてこの場を離脱するのかはいま考えているようだった。

「ピラーオルドはなぜ王黎殿を必要とするんだ。闇の子とはなんのことだ」
「アァ? さあな。難しいことはオレに訊かないでくれ」

 エリックはゆっくりと距離を詰めてタイミングを計りながらも、ライオスからピラーオルドの情報を引き出そうと試みてみる。王黎が捕まったいま、王黎に下った王命を彼の代わりに果たすためだ。

(まさか、王都を出てこんなにも早くピラーオルドに接触できる……いや、されるとは)

 本来なら王黎の救出が最優先だが、救出できる隙を作るためにもライオスとの会話は続けるべきだろう。エリックは引き続きライオスに尋ねた。

「お前も操言士なのか」
「はぁ~? ククッ……いや、違うな。オレは操言士じゃない」
「ピラーオルドはセカンディア、それともサーディアの組織なのか。フォスニアとは関係しているのか。操言士を誘拐してどうしてるんだ?」
「うるせぇな。そういうのはオレじゃなくてカギソに訊いてくれ」
「カギソ?」
「操言士だよ、。今はピラーオルドの幹部だけどよ。ククッ」
「なんだと!」

 もったいぶって放たれたライオスの言葉に、ルーカスが驚愕し声を上げた。
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