ヒオクダルスの二重螺旋

矢崎未紗

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第10話 不可解な操言士と対人間戦

7.悶々(下)

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 これは操言士として修行するための旅。王黎がピラーオルドに狙われていて危険も伴う旅。決して気を抜いて油断してはいけない。自分のすべきことに集中しなければならない。それなのに――。

(ユルゲンさんが近いから)

 こんなにも近くにいるから。頭の中が彼のことで埋め尽くされてしまう。
 ねえ、どうして私を抱きしめたんですか。
 どうしてそんな風に私を呼ぶんですか。
 私はあなたと一緒にいたい。
 あなたは? あなたはどう思っていますか。
 同じように一緒にいたいって、思ってくれますか。
 どうしてこの旅に同行してくれるんですか。
 仕事だから? じゃあ、どうしてこの仕事を引き受けてくれたんですか。
 報酬のため? それとも、あなたの探している物が見つかる気がするから?

(私……)

 こぽり、こぽり。
 ふくらんでは割れて、息を吐き出すように心の中に生まれてくる言葉。
 それは自分の願望や欲望に始まり、やがて疑問となり、次第に要求へと姿を変える。

(この気持ちは……)

 この先もずっと、こうして一緒にいてほしい。仕事じゃなくても一緒にいてほしい。
 同じように思ってほしい。
 隣にいて。傍にいて。
 私を見つけて、私に気付いて、私を特別に思って。
 そしてまた、私を抱きしめて――。

「お疲れ様です。エイルーからここまでは一度も怪魔が出ませんでしたから、たぶん大丈夫ですよ。でも油断しないでくださいね」
「――っ」

 耳に届いたルーカスの声に、紀更ははっとした。
 前方を見ると、ルーカスが馬を止めて休憩中の隊商の一人に声をかけている。荷馬車を連れたその一行には、ユルゲンと似たような格好の男が三人いる。鉄の胸当てに籠手に、足元は頑丈そうな黒いブーツ。おそらく護衛の傭兵だろう。その表情の硬さを見るに、もしかしたら途中で怪魔との戦闘があったのかもしれない。

「そりゃよかった」
「おい、怪魔が出ないうちに一気にエイルーまで行くぞ」

 ルーカスから道中の様子を聞いた隊商の男たちは休憩を切り上げて、紀更たちとすれ違うように南下していく。

(操言士がいない……)

 隊商のメンバーに、白い操言ローブを羽織った者はいなかった。騎士も見当たらなかったから、平和民団だけの編成だ。三人の傭兵は操言の加護を付与した武器を持っているだろうが、強い怪魔と遭遇したら戦闘は楽ではないだろう。

(どうか、安全に)

 紀更は心の中で祈った。
 そんな風に、三組目のパーティとすれ違う時のこと。

「お、今度は護衛に操言士がいるね」

 隊商のメンバーに操言ローブをまとった男性の操言士がいることに気が付いた王黎は、自分の馬を止めて下馬すると彼に話しかけた。

「こんにちは、お疲れ様です。守護部の操言士王黎です。お仕事ですか」
「ああ、お疲れ。国内部の操言士秀介だ。ポーレンヌ操言支部の所属なんだが、カルディッシュ城へちょっとな。その帰りだ」
「お一人で隊商護衛すか」
「あいにく、長距離移動できる守護部の奴がいなくてな。俺は操言ブローチがⅢだから、遠出の任務を引き受けたんだ。でも一人じゃない。言従士がいる」

 操言士秀介がそう言って指差す方向には緑色の髪の男がいた。暑がりなのか、袖をすべて千切ったようなラフなシャツを着て、足元はハーフパンツにサンダルだ。とても旅をするような格好には見えないが、本人としては特に問題はないのかもしれない。

「それはよかった。心強いですね」

 せめて言従士がいるのなら、操言士一人でも大丈夫だろう。王黎は少し安堵してなおも秀介に話しかけた。

「僕らは王都から来たんです。ラテラスト平野付近は、いつもより明らかに多くの怪魔が出現しました。カルディッシュ付近の怪魔はどうですか」
「多いね。それでも、このあたりは南よりマシだと思う」
「南……」
「ポーレンヌの守護部の奴らは、南のアルソーやヒソンファに応援に出ちまってる。そっちの方が怪魔は多い。あんたはもしかして、弟子を連れて祈聖石巡礼の旅か」

 パーティの中に若い操言士――紀更がいるのを見た秀介は王黎に尋ねた。

「ええ、そうです」
「このご時世によくやるな。まあでも、都市部にとどまってたんじゃ成長できないこともあるよな」
「見てのとおり、騎士も傭兵も護衛につけてもらったので大丈夫かなと思っています」
「油断はするなよ。最近現れる怪魔はなんか妙だ」
「妙とは?」

 秀介の言葉尻が気になり、王黎の目が細くなった。

「怪魔のくせに考えて攻撃してきてる。というか、誰かの指示で襲ってくる。そんな感じがするらしい」
「誰かの指示……」
「俺も伝聞で聞いた話だから詳しくはわからない。少なくとも、このあたりで出くわした怪魔にそんな感じはしなかったからまあ、気のせいだろうとは思う。怪魔に指示を出す奴なんているはずがないしな」

 道中、気を付けろよ。
 秀介はそう言い残し、動き出した隊商と共にエイルーへ向かった。

「王黎、俺たちも行くぞ」

 考え込みそうになった王黎を、馬上からユルゲンが急かす。
 その後、怪魔カルーテの群れに遭遇したが無事に切り抜けて、予定通り昼過ぎに紀更たち一行はカルディッシュの地に到着した。


     ◆◇◆◇◆


「ライオス? ちょっとライオス、いないの?」

 具月石を改良した改具月石を手に、アンジャリはライオスに呼びかけてみる。だが応答はない。昨日、負傷したと言っていたからどこかでまだ休養しているのだろう。

「サナール湖の移送盤を経ないと、北へ行けないのに!」

 ピラーオルドのメンバーが大陸を移動するために使用している移送盤。それは操言の力で作られる生活器の一種だ。ただし移送盤を作れるのはピラーオルドの幹部でもカギソだけで、非常に貴重な代物だ。
 作り手が限られるが、その利便性は群を抜いている。大陸の広さを基準にしたら近距離ではあるが、馬で半日、一日とかかる距離を、十数えるほどの時間で移動できるのだ。その代わり、移動者自身にもかなり高度な操言の力の使い方と、短時間移動に伴う身体への負担が求められるが、慣れてしまえばそれほどでもない。もとより、自分たちの身体はので、雑に扱うことにはすっかり慣れていた。

「移送盤が操言士団に見つかったかもしれないなんて、非常にまずいわね」

 ピラーオルドは大陸のあちこちに移送盤を設置している。それらは人目につかないように都市部から離れたところに置かれており、すべてではないが、操言の力で見えないように仕掛けを施したものもある。また、偶然見つけた誰かに移動させられないように操言の力で固定もしている。
 これまで、ピラーオルドの主要メンバー以外に移送盤を見つけられたことはない。だが昨日のライオスの失態によって、おそらくサナール湖付近の移送盤は闇の子の一味に発見されてしまった。それはすなわち、オリジーアの操言士団にバレたということだ。

「でも闇の子はもう見つけたんだから、あたしたちの……闇神様の悲願達成まであと少し。なんとかいけるかしら」

 アンジャリは頭の中に世界地図を思い浮かべて考える。

「サナール湖の移送盤の代わりはカギソに任せるとして、ライオスがどこにいるかわからないけど、とにかく闇の子がいるエイルーへ行くしかないわね」

 闇の子はポーレンヌにいたのではないか。しばらく動きがなかったのは王都にいたからだろうか。では、いまエイルーにいるのはなぜだ。王都からエイルーに移動したのだとしたら、しばらくエイルーにとどまるだろうか。それともエイルーから再び移動するだろうか。移動先は北のカルディッシュ城? それとも南にある日向の街ノーウェ?

「そもそも、最初から不可解なのよね。赤子だって思われていたのに」

 闇神様が闇の子の波動を感じた。それはつまり、闇の子がこの時代に生まれたということで、闇の子はまだ乳児のはずだ。それなのに、ポーレンヌでアンジャリがちらりと見た闇の子――改具月石が反応した操言士はアンジャリとそう変わらない年齢の男性だった。

「悩んでも仕方ないわね」

 アンジャリはひとつ深呼吸をすると、ディーハ北と彫られた移送盤の上に立ち、言葉を紡いで操言の力を使った。移動する場所は、サナール湖の移送盤だ。もしもすでに移送盤が回収されてしまっていたら移動失敗になるが、そう簡単に取り外せるはずはないのでおそらくまだ大丈夫だろう。

「とにかく、闇神様のところへ闇の子を連れていかなくちゃ」

 だがアンジャリがエイルーにたどり着いた頃、すでに闇の子の姿はなかった。
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