ヒオクダルスの二重螺旋

矢崎未紗

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第11話 無声の操言士と二人の動揺

6.できること(下)

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 いま目の前にあるのは、この両手で広げた範囲よりももっともっと大きな布地だ。

【土の布の上に広がるは平たい灰色の生地。炎に燃やされし植物の、死の色の生地】

 どんな言葉がいいだろう。
 この畑を、土を、灰を、布だと思って思い描き、灰の生地だけを集めるには。

【灰の生地は宙に浮き、我が目の先で球となる。残るは土、新しき植物を育む、やわき土の布のみ】
「おっ……おお!?」

 焦土一面から一様に灰が浮かび上がってくる。宙に浮かんだすべての灰は同じ高さ一面に浮かび、まるで薄い生地のようだった。そしてそれらの灰は、目を閉じてイメージを浮かべながら操言の力を使っている紀更の眼前に集まり、球体を形作るように集合する。灰の球体は密度が高まるにつれて焦げ臭さを強く発した。一方地面の方には、消火のためにまかれた水がまだ乾ききっておらず、やや湿った土だけが残る。

【灰の粒はふれ合いつながり、より小さくなって中心に集まれ】

 紀更の操言の力によって、灰球は徐々に小さくなって凝縮されていく。

「紀更、そろそろいいぞ」

 集中している紀更に、ユルゲンが頭上からそっと声を落とす。
 紀更はゆっくりを目を開けて、宙に浮かんでいる灰色の球体を見つめた。

【灰の塊、ゆっくりと乾いた土の上に下りなさい】

 紀更に命令された球体はゆっくりと高度を下げていく。そして畑の脇道へ一人で移動し、静かに地面に転がった。

「これでどうでしょうか」

 しばらくの間発する言葉を失っていたカルディッシュの操言士たちに、紀更は恐る恐る尋ねた。すると一拍の呼吸を置いてから操言士たちはざわついた。

「すげぇな! 見事だ!」
「粒と粒を選り分けるんじゃなくて、面でとらえた?」
「メージと言葉の軸は布か」
「なるほどね。粒でしか考えてなかったわ!」
「いっぺんによくこんなに集められたな。力の使い過ぎで疲れたんじゃない?」

 カルディッシュの操言士たちが口々に感嘆する。そのうちの一人が、紀更の胸元の操言ブローチを見てまた驚きの声を上げた。

「えっ、あなたタイプⅢなの!? Ⅰじゃなくて!?」
「操作が得意なわけじゃないんだ!?」
「あ、はい。どちらかというと繊細な作業は苦手で……」

 紀更が控え気味に答えると、再び操言士たちは驚愕の表情を浮かべた。

「でもあなた、操言の力が相当大きいわよね!? タイプⅣでもいいんじゃないの?」
「それだけ力が大きいと、しんどくない!?」
「えっと、自分の力の大きさはあまり自覚がなくて……。ブローチのタイプはたぶん、修了試験で戦闘技術を一番アピールしたので」
「はあ……すごいねえ、特別な操言士ってのは。いや、紀更ちゃんは、って言うべきか」
「師匠があの王黎っていうのもあるのかねえ。あいつ、史上最年少師範だろ?」
「紀更ちゃん、相当厳しい修行とかさせられてるんじゃないの。大丈夫?」
「ねえねえ、あたしもタイプⅢなの。怪魔を斃す時って自分で攻撃する派? それとも支援に徹する派?」
「ちょっと待って、今の灰を取り除く方法、彼女の許可をもらって文字にして残しておこうよ! きっと応用すればほかのことにも使えるはずだ」
「紀更、いつまでカルディッシュにいるの? せっかくだから農作物を寒さから守るための言葉の研究とかしてみない?」
「え、あの……」

 紀更に興味を持ったカルディッシュの操言士たちが、わくわくと目を輝かせて紀更を取り囲む。そこで紀更は、師匠の忠告をやっと思い出した。勝手に動かず、操言支部の指示で動くようにと言われたのは、こうなることを見越していたのかもしれない。

(言われたことをするだけにしておけばよかった)

 どうやったらできるかな、と考えて思わず操言の力を使ってしまった紀更は、自分の行動を後悔する。しかしカルディッシュの操言士たちは好奇心が旺盛なのか、紀更自身に興味を抱いたようで次から次へと質問や誘いを投げかけてくる。そんな風に注目されたことのない紀更は、どうすればよいのかわからずおろおろとした。

「悪いな。師匠から、あまり勝手な行動はするなと言われてるんだ」

 すると、ユルゲンがそんな紀更の肩を抱き寄せて、ざわめく操言士たちに少し大きな声で告げた。

「えっ、あなたもしかして、彼女の言従士!?」
「違う。本当の言従士は宿で休養してる」
「ってことは紀更ちゃん、言従士は従えてるんだ!」
「すごいなあ! 君、最近初段になったばかりだろう!?」
「ねえ、やっぱりもう少し私たちと一緒にいない? 若い操言士がどうやって自分の言従士を見つけるのか、その過程を記録に残したいの! お話聞かせてくれない?」
「言従士はどんな子!? 男? 女? 年上? 年下?」
「悪いが時間に余裕がある時にしてくれ。俺たちは明日の葬儀に出たらすぐにここを出立するんでな」
「あ……そう、そうなのね」
「ムクトル長老の葬儀、君たちも出てくれるんだね」

 ユルゲンが言った「葬儀」という言葉を聞いて、操言士たちのテンションが一気に下がった。長老と呼ばれたムクトルの死は、カルディッシュの操言士たちにとって心から無念なことのようだ。

「じゃあな」
「っ……あの、失礼します」

 ユルゲンは掴んだままの紀更の肩を押して、城下町の方へと歩き出す。
 ユルゲンの力に抗えない紀更はかろうじて顔だけを操言士たちに向けて、早急な別れを告げた。


     ◆◇◆◇◆


「慎重に運べ。そうだ、焦るなよ」
「見張りの騎士は常時五名を維持。昼夜問わずだ」
「ゼルヴァイスの操言士はいつ到着するんだ」
「ポーレンヌにいる民間部の操言士はそろっています」
「国内部の操言士、暗幕は何重に引いた? 維持管理は誰が担当してる?」

 カルディッシュ襲撃の翌日、昼過ぎ。
 ポーレンヌ操言支部は慌ただしい雰囲気に満ちていた。サナール湖付近で最美と紅雷が見つけた謎の「円盤」が、調査隊によってポーレンヌに持ち込まれたのだ。
 どんな挙動をするのかわからないので、円盤は慎重に取り扱いつつも迅速に移動され、夜通しの運搬が功を奏して見込みよりも早くポーレンヌに到着した。
 円盤が運び込まれたのは、ポーレンヌ操言支部会館の中に用意された研究室だ。情報漏洩やピラーオルドの襲撃を警戒し、研究室周囲には見張りの騎士が置かれた。また、操言の力による暗幕が何重にも下ろされ、厳戒態勢がとられる。
 ポーレンヌの操言士マリカは、廊下に立ってその様子を冷めた目で見守っていた。

(また旅に出て、そして手掛かりを見つけたなんて)

 ようやく見つかった、ピラーオルドの重要な手掛かりと思われる円盤。それを見つけたのがあの最年少師範の王黎とその弟子の「特別な操言士」の一行であるということは、すでに操言士たちの間にすさまじい速さで伝わっていた。つくづく王黎と言う男は、様々なベクトルで話題になる人物だ。目を細めて笑う同期の姿をマリカは思い浮かべる。すると、セットで思い出すのは緑色の瞳をした少女だ。
 ポーレンヌを訪れた時は見習いだった彼女はその後操言院修了試験に無事合格して、晴れて一人前になった。聞こえてくる話では、タイプⅢの操言ブローチをもらって守護部配属になったという。王黎の弟子らしい結果だ。

(あの言従士は一緒だとしても、彼はどうなのかしら)

 王黎と紀更がポーレンヌに来た時、彼らのパーティには二人の言従士のほかに護衛の騎士と一人の傭兵がいた。その傭兵ユルゲンは、しばらく前にマリカが依頼されて操言の加護を与えた相手で、そして少しだけ相手でもあった。

(彼が私の言従士ならよかったのに)

 ユルゲンが一人でポーレンヌに来て操言支部に操言の加護を依頼した時、マリカは一目でユルゲンを気に入った。年齢は自分より少し若そうだったが、口数が多くなくて落ち着いているところ。服の上からでもわかる、鍛え上げられた肉体。二枚目な顔立ちではなかったが、力強く生きていることがうかがえる精悍な顔付き。
 彼が自分の言従士で、そして恋人であってくれたなら。きっとを取り戻せるに違いない。マリカはそう思った。だから再びポーレンヌでユルゲンを見かけた時、マリカの胸は躍った。言従士が自分の操言士を強く求めてやまないように、きっと彼も何かを感じて戻って来てくれたのだろう。この私を求めて焦がれて、欲してくれたに違いない。
 彼が自分の言従士であってほしい。手に入れたくて仕方なかった言従士であってほしい。
 切望、願望、欲望。
 それらを大人の女性としてのプライドでひた隠しにして、ユルゲンに近付いた。けれども酒場「ヴィヌスの瞳」で一人酒を飲んでいた彼は、まったくマリカになびかなかった。操言士としてのマリカにも女としてのマリカにも、心底興味なさげだった。一夜の火遊びを期待させる隙さえも与えてはくれず、さっさと逃げていった。

(それなのに、あのと……)

 マリカは言従士が欲しくて仕方がない。自分の操言士だけに絶対服従で、一から十まで信頼を寄せてくれる、唯一絶対の味方。心の拠り所。自分はこんなにも求めているのに、いつまで経っても出会えない。
 それなのに、まだ見習い操言士にすぎなかった紀更は自分の言従士を見つけていた。それはマリカが切望する異性の言従士ではなかったが、自分がこんなにも望んでいるものをあっさりと手にしている半人前の紀更に、マリカは年甲斐もなく嫉妬した。羨ましかった。そしてそれだけではなかった。
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