ヒオクダルスの二重螺旋

矢崎未紗

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第12話 幼き操言士と解かれた波動

4.乱戦(上)

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「ライオス!」
「今日はサシの勝負だ!」

 タテガミライオン型のライオスは鋭い牙を見せ、闘争心に燃えてギラギラとした目でユルゲンを睨みつけた。ユルゲンはライオスの牙を両刀で受け止め、しばし踏ん張るとライオスを払いのける。ライオスは空中でくるりと態勢を変えて、四本足で軽やかに着地した。

「この前の腕の傷の借り、キッチリ返してやんよ!」
「返品不要だ。なんなら追加でもっといい傷をくれてやる。遠慮しないで受け取れ」

 ユルゲンはライオスの挑発に挑発で返すと、両刀を構えた。
 カルーテの群れは止まらず、森の中から次から次へと出現している。紀更たちには目もくれず、まるでエレノアたちを足止めするかのように、迷うことなくそちらのパーティに襲い掛かっていた。

――フゥ~ピィ~。
「笛っ!」

 その時、紀更の耳にだけ笛の音が届いた。それは小さな音だったが間違いなく、これまでに幾度か聞いた音だ。紀更は全員に聞こえるように大きな声で叫んだ。

「ローベルさんが近くにいます!」
「紀更様、北西です!」

 風に乗って流れてくるピラーオルドの匂いを嗅ぎ取った紅雷が叫んだ。
 紀更とルーカスがンディフ墓地の北西に目を向けると、そこにはアンジャリとローベルの姿、そして彼らが連れてきたのだろう、怪魔クフヴェと二匹のドサバトが唸り声を上げてこちらを狙っているのが見えた。

「ローベルさん、アンジャリさんっ!」
「敵にまでするなんて、ずいぶん平和ボケしたお嬢さんね」
「なんで……どうして王黎師匠を狙うんですか!」
「答えるわけないでしょ」

 アンジャリはニヒルな笑顔を浮かべる。そのアンジャリが言葉を紡ぐと、クフヴェとドサバトの攻撃が紀更たちに向かってきた。

【風を引き裂く光の矢、闇を貫き、空に輝け!】

 紀更の手から放たれた操言の矢が、まっすぐクフヴェに向かっていく。
 新たに現れた怪魔クフヴェとドサバト二匹に対してはルーカス、紅雷、紀更の三人が、そして少し離れた場所ではユルゲンがタテガミライオン型のライオスに応戦していた。

「オラッ!」
「ふ、んっ!」

 素早さはライオスの方が少し上だ。巨体でありながらも人間離れした速度で向かってくるのは実にタテガミライオンらしい。しかし日頃から鍛えているユルゲンの身体は、紀更が施した操言の加護のおかげでいつも以上に力を発揮できている。飛び込んでくるライオスを左手の刀で受け止め、瞬時に右手の刀でライオスの身体を斬りつけた。

「そんなかすり傷程度、もらっても嬉しくねぇぞ!」

 ライオスが不敵に笑いながらユルゲンを挑発する。
 タテガミライオンの黒毛は量が多く、それがうまい具合に皮膚を守る盾となっており、ライオスの言うとおり深く斬り込まねばかすり傷程度しか与えられない。
 一方、怪魔に立ち向かう紀更たち三人も善戦とはいかなかった。

「こんのぉっ!」

 紅雷がドサバトに懸命に立ち向かっていく。けれどもアンジャリが操言の力で加護を与えているらしく、硬い鎧でもまとったかのようなドサバトの身体に裂傷を負わせることは容易ではなかった。

「紀更様! だめ、あいつ硬いです!」

 先ほど紀更が操言の力で直接攻撃したクフヴェは、その直後にルーカスが止めを刺したこともあってあっという間に斃すことができた。しかしまだドサバトが二匹残っている。

(アンジャリさんの操言の力に対抗しなきゃ。でも、それでも斃せないかもしれない!)

 紀更は焦りを浮かべた表情であたりを見回す。その時ふと思い出した。

――住民がいないけど祈聖石に守られていて怪魔が動きづらい場所、というのがンディフ墓地なんです。
「祈聖石……」

 このンディフ墓地を守る祈聖石が、どこかにあるはずだ。擬態を解いて本来の姿にして操言の力で加護を与えれば、怪魔の動きをにぶらせることができる。それも、一匹ずつではなくエレノアたちが応戦しているカルーテも含め、すべての怪魔に有効なはずだ。

「エレノアさん! 祈聖石を!」

 ドサバトに攻撃を与えたりドサバトからの攻撃を避けたりしているルーカスと紅雷を心配しつつも、紀更はエレノアに駆け寄った。

「祈聖石!?」
「ンディフ墓地を守る祈聖石があるはずですよね!? 場所と擬態を教えてください!」
「それなら」

 エレノアはンディフ墓地の入り口を指差す。簡素な入り口に積み重なっていた石のひとつが、擬態を施した祈聖石なのだという。
 それを聞いた紀更は、駆け足で墓地の入り口に向かった。

【聖なる光の石よ、誠を以て真を現せ】

 どの石が祈聖石なのかはわからない。だが、紀更の求める誠実な思いに答えて擬態は解けるはずだ。
 かくして、積み上がっていた石の中のひとつがゆっくりと輝き出した。ほかの石となんら変わらない、黒い斑点の少し混ざった鼠色の硬い石が美しい乳白色になる。
 紀更はその祈聖石を手に取り、すぐに祈りを込めた。

【光の神カオディリヒス、安寧願う民の生活営むところ、悪しきは寄れず、これを持続せよ】

 エレノアたちを襲うカルーテも、ルーカスと紅雷に襲い掛かるドサバトも、そしてユルゲンに勝負を挑むライオスも、敵意を持ってこちらを傷つけようとしてやって来る者すべて、近寄るな――。
 祈りを込めたその祈聖石を手にして、紀更は墓地の中に戻った。

「紀更様、加護をください! 全然ダメージを与えられなくてっ」

 紀更の匂いが戻ったことに気付いた紅雷が叫ぶ。紀更はすぐに操言の力を使って、怪魔に攻撃が通るようにとルーカスと紅雷の攻撃力を上げた。それから、手に持った祈聖石を前方にかかげた。

【光の神カオディリヒス、其の力を受け取り蓄えし祈聖石! いま我らに敵意を向ける怪魔カルーテ、ドサバトを照らし出せ!】

 紀更の手の中の祈聖石が、急激に光り出す。それは熱こそ帯びていないものの、思わず目を閉じてしまうほど強く、まるで太陽のような輝きを放った。

「ピァァァ!」

 祈聖石の光を食らったドサバトが、苦しげな悲鳴を上げた。すかさず、その隙を狙ってルーカスと紅雷がドサバトに飛び込む。それも別々にではなく、息を合わせて二人で同じドサバトに連続でダメージを与えた。

「ピァ」

 操言の力の加護が施されたルーカスの長剣と紅雷の爪が、ドサバトの鎧のような硬い皮膚を裂いて破り、奥深くに突き刺さる。ドサバトは最後に短くうめくと、黒い靄となって霧散した。

「紅雷さん!」
「わかってる!」

 ルーカスが声をかけると、紅雷は迅速に反応する。そして二人はもう一匹のドサバトにも繰り返し攻撃した。紅雷の爪がドサバトの身体を縦に引き裂き、ルーカスの長剣がさらに横に引き裂いて、ドサバトの身体は角切りになって霧散していく。

(怪魔はこれで終わり! あとはエレノアさんたちとユルゲンさん!)

 エレノアたちの方を見ると、先ほど紀更が祈聖石の光を照射したおかげでカルーテの数はかなり減ったようだ。カルディッシュの騎士たちの体力はまだもつだろう。ならば、ライオスを一人で相手にしているユルゲンを支援しなければ。

「敵は怪魔だけじゃないわよ、新米操言士さん」
「ぐぁっ!」

 その時、何もない空間から突如蔓が伸びてきて、少し気のゆるんでいたルーカスを薙ぎ払った。ルーカスは遠くに吹っ飛ばされ、墓石のひとつに背中を打ちつける。さらにルーカスを薙ぎ払った蔓ににょきっと棘が生え、追撃とばかりにルーカスに襲い掛かった。

「痛っ!」

 複数の棘が、ルーカスの二の腕をこすりつけるように通り過ぎていく。鋭い棘で騎士の制服は引き裂かれ、現れた皮膚が削られて出血した。

「紀更様、鉤爪を!」

 紅雷の声で紀更ははっとする。そして急いで操言の力を使った。

【二対の鉤爪、長さは三倍、力は五倍。光を凝縮した鉱物がごとき力は、悪しき魂を引き裂き滅する!】

 操言の力で作られた光り輝く鉱物のような鋭い鉤爪が、紅雷の前脚に装着される。

「てやぁっ!」

 その鉤爪で、紅雷はルーカスに襲い掛かる棘の生えた蔓を薙ぎ払った。その蔓は怪魔と同じように、ダメージを受けると空中に霧散していく。

「金の騎士さん、無事!?」
「ああ、なんとかね」

 ルーカスは力なく笑ってみせるが、棘はよっぽど鋭かったのか、削られた傷口の痛みを耐える苦悶の表情が消しきれていない。

「紀更さん、彼の回復は私がします!」

 カルーテの群れを殲滅したエレノアたちが近寄ってきて支援に入った。エレノアが操言の力を施すと、ルーカスの傷はたちまちふさがる。

「紀更さん、笛を吹く青年がいるかぎり、カルーテの出現が続くようです! どうにか彼を止めてください!」

 エレノアは紀更にそう懇願する。
 クフヴェやドサバトなどの大きな怪魔はどうにか斃した。

――ピィ~フゥ~。

 だがエレノアの言うとおり、アンジャリの隣にいるローベルが笛を吹くと、墓地の奥から再びカルーテが現れて、カルディッシュの操言士と騎士たちが応戦し始める。無間地獄だった。

「まったく、これだから言従士は!」
「きゃっ!」
「紅雷!」

 アンジャリが忌々しげに顔をゆがめ、新しく作った棘の蔓で紅雷を攻撃してくる。その一手が紅雷に直撃し、紅雷は少し吹っ飛んだ。しかしすぐに態勢を立て直して、棘の蔓が身体をかすめていくのも気にせず、アンジャリに向かっていく。

「こんのぉっ!」

 紅雷が鉤爪をアンジャリに振りかざす。

【死者の臭気を放つ四重の盾、犬の爪も牙も通さない】

 だが、すんでのところで隣にいたローベルが操言の力を使って、紅雷の攻撃を阻害した。
 ローベルがアンジャリの眼前に作り出した半透明の盾は異臭を放っており、その臭いを至近距離で嗅いでしまった紅雷は後退りして咳き込んだ。
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