ヒオクダルスの二重螺旋

矢崎未紗

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第13話 里長の操言士と初めての恋情

1.思い出したこと(中)

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 ロゴイエマレスが書いた『空白の物語』のⅠとⅡ。何のために書かれた本なのかわからない不思議な本だが、気付けばこうして、二冊が紀更の手元にそろっている。

(どこかに続きがあるのかしら。だとしたら、それはどこに? 何が書かれているの)

 紀更は紅雷を起こさないように、なるべく音を立てないように気を遣いながら身支度を整えると、二冊の本を持って客室を出た。

「おはよう、紀更。紅雷はどうだい?」

 塔の客室も広間も不思議なもので、寒くも暑くもない、快適な室温に保たれている。その快適な広間には、先に起床した王黎とエリック、そしてルーカスがすでにそろっていた。

「おはようございます。紅雷はまだ寝ていたので、起こしていません。ルーカスさんはだいぶ回復できたみたいですね」

 紀更は椅子を引いて腰を下ろした。勢いよくテーブルの上の朝食に手をつけているルーカスに、ほっと安心した笑みを向ける。
 ルーカスはごくりと口の中のものを飲み込むと、紀更に挨拶した。

「おはようございます。見てのとおり、空腹が限界でして」

 ルーカスは気恥ずかしそうに苦笑した。
 栄養がなければ、治る身体の傷も治らない。栄養を摂取できるほどに回復したなら安心だ。紀更も朝食のパンをかじりながら、ゆったりとした気持ちになった。

「昨夜は熟睡してしまいました。あっという間に朝になった気がします」

 紀更が呟くと、王黎も頷いた。

「豪華な浴場で湯浴みしてさっぱりしたし、寝台はやわらかいし、怪魔やピラーオルドの襲撃の心配もしなくていいしね。やっぱり、塔に来て休養するのは正解だったね」
「でも、セカンディアにも怪魔は出るんですよね。塔の中は安全ですけど外は危険です。気を付けないと」
「いや、怪魔の気配はほぼないよ、ここ」

 今朝一番に起床した王黎は、まず操言士団団長のコリン宛に手紙を書いた。ンディフ墓地でかなり激しくピラーオルドと交戦したこと、負傷者が出たこと、セカンディアの領土に始海の塔が見えたのでそこへ向かったことなどを伝えるためだ。ここから王都までは相当の距離があるので、本当なら最美に手紙を運んでもらう方が確実なのだが、最美はまだ帰還していない。そのため、いつもより慎重かつ何重にも操言の力を手紙に施して、コリン本人まで手紙がひとりでに飛んでいくようにした。
 それから、起きてきたエリックと共に塔の周辺を少し散策してみた。
 オリジーアと違ってセカンディアの土はだいぶ乾燥しており、地面に水分が少ないせいか植物があまり瑞々しく成長していない。オリノス湾に面しているこの半島だからそうなのか、それともセカンディア全体でそうなのかはわからない。だが、植物が元気でないので野生動物の姿も少なく、同じく怪魔の気配もなかった。

「サーディアの始海の塔周辺もそうだったけど、このあたりはセカンディアの中でも過疎地帯なんだろうね。だから怪魔も少ないのかも」
「オリジーアの領土内にも、実は始海の塔があるのでしょうか」

 ルーカスが疑問を口にすると、王黎は答えた。

「その可能性は考えられるね。過疎地帯にあると仮定すると、オリジーアの場合は王都の北、キアシュ山脈を超えた先のキアシュ半島か、最南端の都市部である傭兵の街メルゲントを超えた先のコールチャ半島か、そんなところかなあ」
「あの、王黎師匠。ユルゲンさんは」

 ユルゲンと同じ客室で休んだはずの王黎に紀更が尋ねると、王黎は首を横に振った。

「まだ動物型で寝ているよ」
「何かしなくていいのでしょうか」
「傷の手当はしてあるし、昨日も言ったけど、馬龍の攻撃がどんなものだったのかわからないからね。これ以上、へたに操言の力を付与しない方がいいと思う」
「そうですか」

 動物型のままで眠るしかないユルゲンの姿を思い、紀更の表情は落ち込んだ。自分にできることはなく、ただ待つしかないというのはなかなかに苦しい状況だ。

「それにしても、どうしてユルゲンくんは自分がメヒュラであるという事実を自覚していなかったんだろうね」

 王黎は悩ましい表情で首をひねった。
 ユルゲンが回復して目覚めるのを待つしかできないが、その間に考えることならできる。そう気を持ち直すと、紀更は背筋をしゃきっと伸ばした。

「王黎師匠、私、ンディフ墓地で思い出したんです」

 紀更は客室から持ってきた『空白の物語Ⅱ』を手に取り、それを王黎に渡す。

「鳳山殿の墓から出てきたやつだね」

 王黎は神妙な顔付きで紀更から本を受け取り、ぱらぱらとページをめくった。前半は恋人同士と思われる二人の人物の会話。そしてⅠと同様に、うしろのページには前半の会話の続きであるとは言いがたいことが書かれている。その内容に目を通した王黎は考え込むように沈黙した。

「不思議な人と、不思議な言葉のことです」

 紀更はぽつりと話し始めた。
 修了試験合格発表の次の日、弟の墓前で、角と羽の生えた不思議な人物に出会ったこと。その人物に教えられた言葉を呟いたら、『空白の物語』のⅠとⅡの空白だったページに文字が浮かんだこと。その人物のことも言葉のことも、ンディフ墓地で思い出すまできれいさっぱり忘れていたこと。『空白の物語』が何を伝えようとしているのか、とても気になること。自分が後天的に操言の力を授かったことと、何か関係している気がすること。
 エリックとルーカスも、黙って紀更の話に耳をかたむけていた。

「紀更は、その不思議な人物について心当たりとか、思い当たることはあるかい?」

 王黎に問われて、紀更は少し俯いた。
 角と羽の生えた、不思議な人物。王都の墓地で遭遇した時はメヒュラなのかと思った。しかし、彼は自分のことをヒューマでもメヒュラでもないと言っていた。それが戯言ではなく真実だとしたら、考えられることは――。

「――始海の塔の人」
「始海の塔を造った人、ってこと?」

 王黎が確認するように問いかける。
 自信はない。それでも紀更は頷いた。

「ヒューマでもメヒュラでもない……人間じゃない。じゃあ、光の神様や闇の神様なのかと考えると、それはなんだかしっくりこないんです。根拠はないのですが」
「人間でも、この世界を創った神様でもないとすると、始海の塔を造ったと考えられる〝神様を超えた神様〟しかいないか」
「そうだとしても、なぜそんなすごい存在が紀更殿に接触してきたのでしょうか。それに、正直信じられませんよ。そんな存在がいることも、その存在が紀更殿の目の前に現れたことも」

 ルーカスがそう言うと、王黎はニヤりと笑った。

「いや、僕は紀更の勘が正しいと思う。それにそう考えると、いろいろ面白いつながりが見えてくる」

 王黎は、テーブルの上に出されているフルーツの盛り合わせのひとつを頬張った。果実の酸味が、脳にクリアな血液を送ってくれる気がする。

「不思議な人物のことは、仮に角羽つのはねさんと呼ぼうか。その角羽さんが紀更に教えた〝プレカ〟という不思議な言葉を唱えたら、『空白の物語』に文字が現れた。そして『空白の物語』の作者はロゴイエマレスだ。ということは、角羽さんとロゴイエマレスは何かしらのつながりがあると考えられる。両者に面識があったのか、それともどちらか一方が相手を知っていただけなのかはわからないけど」
「両者につながりはないが、それぞれがその不思議な言葉を知っていた、という可能性も考えられるのでは?」
「それもあり得そうですね。もっと面白いのは、角羽さんとロゴイエマレスが同一人物、という可能性ですね」
「始海の塔の創造主が『空白の物語』というお話を書いたという推測ですか。そうだとしたら、ますます謎めいてきますね。塔も本も、いったい何のためにあるのでしょうか」

 王黎の推測に、エリックとルーカスがコメントする。
 紀更は気になっていることを王黎に問うた。

「王黎師匠、私、今までずっと〝初代操言士〟のことが気になっていました。どんな人で何をして、どうして後世に何も伝わっていないのか、って。でも『空白の物語Ⅱ』を読んで、もう一人、重要な人物がいたことに気が付きました」
「〝初代言従士〟だね」
「そうです。最初の操言士と、最初の言従士……。どうしてこの世界にその二人が誕生したのか。人と神様のことだけじゃなくて、実はその二人のことも何か……」

 紀更の語尾は少し詰まった。なんと表現したらよいのか、しっくりくる言葉が見つからない。
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