サラダ

貪欲ちゃん

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ピーマン

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咄嗟に入った店の中を見回すと、
ピンク色照明と、氷砂糖のようなグラスが並べてあった。
鼈甲を溶かして垂らしたようなガラスがあった。
きっと店に入る時になったあの音。
まだ耳の奥に残る入った時の鐘の音。
「なにぃ?見ない顔ねぇ。」
顔立ちは大根おろしようにサッパリしていて整っていたが肩幅を見ると男のようだ。
でも、確かに優しさがあった。
「っ......や、あの......帰ります!」
動揺からか、額から水飴のような粘っこい汗が流れる。
バーの男は静かに口を開く。
「その表情に服の乱れ方。
  何かから逃げてきた、それとも、隠れたの?」
バーの男は僕を見透かすように言う。
本当に僕が見えないかのように奥のテーブルをみているように感じた。
薄ら寒さと感動を同時に覚えた。
「はっはい......
  そうなんですけど......。」
レジ袋の持ち手をクシュっと手の中で潰した。
汗せいか少し滑った。
落とさないように落とさないようにと、強く、強く握った。
「とりあえず座りなさい。」
そう言うとバーの男は手際よくグラスに氷を入れ滑らかな水をコップに流し込んだ。
その動きは乱れのない清水を泳ぐ鮎のようだった。
カランと音を立て僕の目の前に置くと
手を組みこちらを見る。
暫く沈黙の時が続くとバーの男は口を開き出した。
「なるほど女に逃げられちゃったのね。」
バーの男はメンタリストなのかってくらい心を読んだ。
バーの男のだし汁のような澄んだ黄金色の目を見ていると不思議と口からスルスルと言葉が抜けて行った。
「さっき、杏に、いや彼女になんの気もなくついて行ったんです。」
「そしたら、知らない男と抱き合ってて......。」
俯きながら言う。醤油色の影を見ていると落ち着くのだ。
そのたまり醤油は安心安寧の道へといざなっているような気がした。
そういえば、幼い頃も自信がなく下を向いていることが多かった気がする。
本当に今みたいな感じ。
「あなたは、どうしたいの??」
「そのままおねんねの泣き寝入りでいいの??」
ピン!っと針を刺すように聞いてくる。
ストライクっ!て感じの。決めの一手だった。
確かに嫌だけどあの男とどんな関係なのかも知らないし、軽い挨拶の可能性もある。(まぁ、そう思いたいだけ。)
そして、僕はそういう面倒くさいことは避けたいタイプなのだ。
「まぁいいわ。
答えが決まったらまた来なさい。
  正しい未来なんて誰も分かりっこない、もちろん人間だから間違ったことも選択する。
でも、選択し続けた先に未来がある.........。
きっとそうなのよ。いつでもいいの。」
そう言うと男は名刺を渡した。
普通だったら白だが彼の渡した名刺は風変わりなピーマン色だった。
鮮やかなピーマン色は僕の目の裏に焼き付いた。
それくらい鮮明で新鮮だった。
「ありがとうございました。」
一礼をすると鐘の音を鳴らし帰って行った。
僕がいなくなった後バーの男はポソッと何かを呟いていたような気がした。
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