蒼い月、真紅の影

まさし

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第一章 邂逅

reunion

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さらに奥へ進むと、空気が変わった。
 湿り気の中に、鉄のような匂いが混じっている。
 リィナは足を止め、肩を震わせた。

「……この匂い、まさか……」

 魔法の光を強めた瞬間、暗闇の中に白いものがいくつも浮かび上がる。
 岩の隙間、壁際、そして足元――そこには、乾きかけた人の亡骸が散らばっていた。
 数は十や二十ではない。
 衣服の端には村の印が見える。

「嘘……これ、村の人たち……?」
 リィナの声が震えた。

 さらわれた村人たちは、ここにいた。
 命を奪われ、何かに喰われたように形を失いながらも、今もなお“何か”に囚われたまま、冷たい岩の上に横たわっている。

 主人公は息を呑んだ。
 胸の奥から何かがこみ上げてくる。恐怖と、説明できない怒り。
 そして――リィナの顔を見た瞬間、別の感情が重なった。

 リィナは唇を噛み、震える指先で亡骸を見つめていた。
 その瞳の奥には、恐怖だけではなく、別の痛みが宿っていた。

 ――知っている。
 この場所を、そしてこの人たちを。

 昔、村に現れた“外の者”。
 言葉も文化も違う少女。
 理解されぬまま「災いを呼ぶ者」として扱われ、恐れられ、遠ざけられた。
 あの時の言葉、冷たい視線。
 今もその痛みが胸に残っている。

 リィナは目を閉じた。
 “あの日の自分”がこの亡骸たちと同じ孤独を抱えていたことを思い出した。

 けれど彼の前では、涙を見せたくなかった。
 ただ、静かに呟く。

「……この人たちは、きっと“影”に囚われたの。
 悲しみを餌に、魂を奪って……。でも、どうしてこんな……」

 主人公は答えなかった。
 ただ、洞窟のさらに奥――真っ黒な闇の向こうから、何かがこちらを見ている気配を感じていた。

 その気配は、まるで二人の過去を知っているかのように、静かに笑っていた。

洞窟の最奥――
 そこは音もなく、空気すら凍りついた世界だった。

 主人公が一歩踏み出した瞬間、足元の水面が波紋を描く。
 それに呼応するように、奥の闇がゆらりと動いた。

 「……なにかいる」
 リィナが小さく呟く。
 魔法の光が震え、壁に不規則な影を投げた。

 その“影”の一つが、他のものとは違っていた。
 岩肌から離れ、ゆっくりと形を持ちはじめる。

 ――ずるり。

 ぬめるような音とともに、黒い靄が人の形に凝縮していく。
 長い腕、歪んだ胴体、裂けた口。
 その顔には、かろうじて“目”らしきものが二つ――淡く青白く光っていた。

 恐怖で足がすくむ。
 だが、奇妙なことに、その光は冷たくはなかった。
 まるで、誰かがこちらを“懐かしむ”ように見つめている。

 「……怖いのに、優しい」
 リィナが呟いた。
 彼女の声には震えと共に、戸惑いが混じっていた。

 影は、ゆっくりと二人に近づく。
 まるで“再会”を喜ぶかのように。

 主人公の胸の奥で、何かが強く脈打った。
 知らないはずの懐かしさ。
 忘れていたはずの痛み。

 影の形が変わる。
 ぼやけた輪郭の中に、一瞬だけ“人の姿”が浮かび上がった。
 まだ幼い少年のような――優しい笑顔。

 リィナは息を呑んだ。
 その表情を見た瞬間、心の奥で何かが崩れ落ちる。

 「……あなた、まさか――」

 言葉を紡ぐより早く、影は再び黒い靄に戻り、洞窟全体が震え始めた。
 天井の岩が崩れ、光の筋が差し込む。

 影の瞳が最後に一度だけ光る。
 その光には、確かに“人間の温もり”があった。
 まるで――「覚えていてくれ」と語りかけるように。

轟音とともに、洞窟が崩れはじめた。
 天井から落ちる岩、舞い上がる砂塵。
 光の筋が次々と差し込み、世界が白く砕けていく。

「走って!」
 リィナの声が響いた。
 主人公は彼女の手を掴み、足場を選ぶ暇もなく駆け出す。
 背後で、黒い影が揺らめいた。
 まるで二人を見送るように――いや、何かを託すように。

 外の光が見えた瞬間、最後の爆音が響く。
 二人は同時に飛び出し、草むらへ転がり落ちた。

 ……しばらく、何も聞こえなかった。
 風の音、鳥の声、森のざわめき――全てが遠く、夢の中のようだった。

 やがて、リィナが息を整えながら顔を上げた。
 髪は土で乱れ、頬には小さな傷。
 それでも、その瞳は確かに生を取り戻していた。

「……生きてる、ね」
 かすれた声で、彼女が笑う。
 主人公も頷いた。喉が痛くて、言葉にならない。

 森の木々は夕暮れの光に染まり、淡い橙色の霧が漂っていた。
 さっきまでの恐怖が嘘のように、静かで美しい時間。
 けれど、その静けさの奥に――さっきの影の気配がまだ、微かに残っている気がした。

 主人公はポケットの中の違和感に気づく。
 取り出してみると、それは……あの洞窟の入口に落ちていた“スマートフォン”だった。
 ひび割れ、電源も入らないはずなのに、画面の奥で一瞬だけ光が瞬いた。

 その光が、隣に座るリィナの顔を照らす。
 リィナはその光を見た瞬間、わずかに息をのんだ。
 その表情には、驚きとも、懐かしさともつかない影が浮かぶ。

「……どうした?」
 主人公の問いに、彼女は小さく首を振った。

「……ううん。なんでもない。ただ――少し、懐かしい気がしただけ」

 風が吹き、木の葉が舞う。
 遠くで鳥が鳴いた。
 森の奥、日が沈みゆく光の中で、二人はしばらく黙っていた。

 けれどその沈黙の底で、二人とも気づいていた。
 ――“あの影”が、ただの魔物ではないということに。
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