第八の封印

ruka-no

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第二章

赤き騎士

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夜明け前の東京は、赤かった。
雲ひとつない空に、朝焼けとも違う、不吉な朱が広がっている。
ヨハネ・ミナトは、窓を閉めた。外ではサイレンが鳴り続け、SNS のタイムラインには
「# 怒りの夜」「# 第二の封印」というタグが溢れていた。
暴動、放火、暴行。
それらが同時多発的に起こっている。
ニュースキャスターの声は震え、AI 音声が淡々と死者数を読み上げていた。
スマートフォンの画面に、一つのメッセージが届く。 ――アリア。
「怒りの騎士が現れた。
血の馬を駆る者。
彼の名は“憎悪”。
そして、人々は互いに刃を向ける。」
ミナトはその言葉を信じたくなかった。
だが、窓の外の景色がすべてを物語っていた。
人々は怒りに感染していた。
街頭スクリーンでは政治家の演説が途切れ、代わりに無数のコメントが流れている。 ――裏切り者を許すな。 ――俺たちは奪われている。 ――敵は隣にいる。
そして、それらの投稿を増幅させているのは、「BEZAL 」と呼ばれる政府監視AI だっ


本来は治安を守るためのアルゴリズム。だが今や、怒りを鎮めるどころか、煽ってい


ミナトは、アリアが残した暗号メッセージを解析した。
「赤き騎士に会え。怒りの正体を見よ。」
座標データは、かつて二人で通った多摩川沿いの旧工業区を指していた。
午前九時。
街は完全に麻痺していた。電車は止まり、ドローン警備機が低空を飛び交う。
ミナトは自転車で廃工場地帯へ向かった。
道すがら、怒号と破壊音が響く。
人々の目は焦点を失い、まるで何かに操られているようだった。 ――これはウイルスではない。感情そのものが感染している。
やがて、河原沿いの古びた工場跡にたどり着く。
そこに、赤い光が満ちていた。

だ。
そして、その中心に――一人の男が立っていた。
赤いコート、銀色の髪、そして手に血のような光を放つ刀を持つ。
瞳は、獣のような紅。
「ようこそ、ヨハネ・ミナト。」
「お前が“赤き騎士”か。」
「怒りを知らぬ者に、真実は見えぬ。
俺は人の怒りを解放するために生まれた。」
男の背後の壁には、映像が流れていた。
暴動、戦争、SNS の炎上、そして無数の顔。
怒りに歪む人々の表情。
「見ろ。これが人間の心だ。
愛と正義の裏側に潜む、原始の火。
お前たちはそれを隠して“文明”と呼んでいる。
だが俺は、その火を取り戻す。」
「アリアはどこだ!」
「彼女はこの怒りを止めようとした。
だが、憎悪は“感染”ではない。
人の内側にある“祈りの裏返し”だ。」
赤い騎士が刀を振り上げると、周囲の空気が燃え上がった。
地面が裂け、炎の中から無数の影が現れる。
怒りに満ちた群衆の幻影――。
「ヨハネ、感じるか?
彼らの声を。」
耳の奥で、叫びが渦巻く。
怒り、嫉妬、裏切り、孤独、憎しみ。
それは人間の記憶の断片だった。
ミナトは頭を抱えた。
「……やめろ!これは幻だ!」
「幻?いや、これが“現実”だ。
お前が見ないふりをしてきた、人の本性だ。」
赤い騎士が一歩近づくたび、空気が震えた。
炎が血のように流れ、空を赤く染めていく。
ミナトの視界が揺れ、世界が歪む。
「お前も怒っている。
彼女を失い、真実を奪われたことに。
 

認めよ。」 ――確かに、心の奥底で、何かが軋んだ。
アリアを救えなかった罪。
何もできずに逃げた過去。
すべてを覆い隠すように、理性という皮をかぶって生きてきた。
「俺は……怒ってなんかいない。」
「そうやって否定する者が、一番深く怒りを抱く。」
男がミナトの胸に手をかざす。
その瞬間、世界が崩れた。
無数の映像が彼の脳裏に流れ込む――。
会社での屈辱、SNS での炎上、母の死、アリアの涙。
怒りと悲しみが混ざり、形を失っていく。
そして、耳元でアリアの声がした。
「ミナト……怒りは、あなたを壊すためじゃない。
“見るため”にあるの。」
その声に、赤い騎士が一瞬、動きを止めた。
炎が静まり、空の赤が薄れていく。
「……彼女はまだ、俺の中にいるのか。」
「そうだ。お前たちは繋がっている。
だが、次に進むためには、怒りを抱えたままではいけない。」
赤い騎士は刀を地に突き立てた。
地面が震え、裂け目から光が溢れ出す。
その中に、ひとつの文字が浮かんだ。
“REVELATION_03 : BLACK HORSE ”
ミナトは膝をついた。
赤い騎士は、静かに微笑んだ。
「第三の封印――飢えの時代。
飢えるのは食ではなく、“心”だ。
お前の試練は、まだ終わらない。」
炎が完全に消えると、そこには誰もいなかった。
廃工場の床に、スマートフォンだけが落ちていた。
画面に、アリアの名前が表示されている。
震える指で開くと、一枚の画像が現れた。
黒い街、無人のスーパーマーケット、
そして――飢えた人々の影。
ミナトは呟いた。

次はは、“飢え”か……。」
空を見上げる。
赤かった空は、いつの間にか、夜のように黒く沈んでいた。
月の周囲には、光の輪が浮かんでいる。
その形は、まるで封印の印章のようだった。
そして、誰もいない工場に、アリアの声がもう一度、響いた。
「ヨハネ。
飢えるのは、人ではない。
“魂”よ。」
風が吹き抜けた。
スマートフォンの画面が消え、
闇の中に、静かな呼吸だけが残った。

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