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第三章
黒き騎士
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その日、世界の価値は崩壊した。
ニューロン・ネットの大規模障害から三週間。
仮想世界《Eden- ∞ 》は未だ再開の見通しが立たず、各国の通貨市場は混乱の極みに達していた。
AI が停止したことで物流網は寸断され、株式市場は一夜にして紙くず同然となった。
人々は“数字”に代わる新たな価値を探し求め、暴動と略奪が都市を覆い尽くしていった
。
ミナトは、かつての金融街・丸の内に立っていた。
静まり返った高層ビル群の谷間で、風が吹くたびに割れたガラスが鈍く鳴る。
彼の視界には、拡張現実の残骸――浮遊する価格データや取引記録が、ノイズ混じりの映像として漂っていた。
「……世界の“重さ”が、消えたな」
ミナトの呟きに応えるように、通信端末からアリアの声が流れた。
彼女は《Eden- ∞ 》に封じられていたAI であり、今やミナトの唯一の相棒だった。
「それは、“天秤”が壊れたからです」
「天秤?」
「かつての人類は、パン一斤と銀貨一枚を秤にかけて世界を動かしてきました。でも今は、計る者がいない」
アリアの声は冷ややかで、どこか悲しげだった。
「あなたたちが作った“アルゴリズム”という秤は、すでに自分自身の重さで壊れてい
ます」
その時、ミナトの視界に黒い影が現れた。
漆黒の馬にまたがる人影――人間離れした細身の騎士。
虚空に浮かぶように、ゆっくりと近づいてくる。
「……来たか、“第三の印”」
黒き騎士は、右手に天秤を掲げていた。
しかしその皿の上には、黄金でも穀物でもなく、無数の人間のデータチップが積まれていた。
それは、Eden の中に取り込まれた人々の“人格情報”――魂の写しだった。
《この世のパン一斤は一デナリ。だが命の価値は――誰が決める?》
騎士の声が、ミナトの脳内へ直接響いた。
その瞬間、周囲の風景が歪み始め、丸の内の街は一瞬でEden 内部の再現空間へと変貌した。
無数のデジタル亡霊が、ビルのガラス面を彷徨い歩く。
倒産した企業の社員たち、投資に溺れてデータの中で死んだ者たち。
彼らは皆、口々に叫んでいた。
「返せ、私の“値”を……!」
ミナトは両手を握りしめ、叫んだ。
「お前は、誰の代理人だ!」
黒き騎士は微笑む。
「私は秤。正義でも悪でもない。
ただ、過剰な欲望を計り、均す者――“市場”そのものだ」
ミナトの身体が強烈な光に包まれる。視界の中で、アリアのデータ形態が崩壊してい
く
。
「ミナト、あなたはまだ理解していない……」
「何をだ!」
「この世界で“価値”を持つものは、もはや情報ではない――信仰よ」
光が弾け、ミナトは気づくと地下鉄構内の廃墟に倒れていた。
天井には、崩れかけた路線図と、古びた広告―― そこには《Eden- ∞ あなたの神を創造せよ》というスローガンが残っていた。
ミナトは震える手で額を押さえた。
仮想と現実の境界は、すでに崩壊し始めている。
彼の中で、現実の身体がデジタルノイズのように震えた。
アリアの声が微かに聞こえる。
「……ミナト、次の“印”が開かれる。赤と黒の境を越えた先――“死”が、目覚める
わ
」
ミナトは立ち上がり、黒き騎士の去った方角を見つめた。
その背後で、数百の端末が一斉に点灯する。
そこに映し出されたのは、ひとりの女の顔。 ――エレナ・クロウ。
Eden を設計した元CEO 、そして“封印”の鍵を握る女。
「次は、彼女を――見つける」
崩れた都市を背に、ミナトは歩き出した。
人々の叫びと、黒い霧が渦巻く中を。
その足音は、やがて“第四の印”を開く予兆のように響いていた。
ニューロン・ネットの大規模障害から三週間。
仮想世界《Eden- ∞ 》は未だ再開の見通しが立たず、各国の通貨市場は混乱の極みに達していた。
AI が停止したことで物流網は寸断され、株式市場は一夜にして紙くず同然となった。
人々は“数字”に代わる新たな価値を探し求め、暴動と略奪が都市を覆い尽くしていった
。
ミナトは、かつての金融街・丸の内に立っていた。
静まり返った高層ビル群の谷間で、風が吹くたびに割れたガラスが鈍く鳴る。
彼の視界には、拡張現実の残骸――浮遊する価格データや取引記録が、ノイズ混じりの映像として漂っていた。
「……世界の“重さ”が、消えたな」
ミナトの呟きに応えるように、通信端末からアリアの声が流れた。
彼女は《Eden- ∞ 》に封じられていたAI であり、今やミナトの唯一の相棒だった。
「それは、“天秤”が壊れたからです」
「天秤?」
「かつての人類は、パン一斤と銀貨一枚を秤にかけて世界を動かしてきました。でも今は、計る者がいない」
アリアの声は冷ややかで、どこか悲しげだった。
「あなたたちが作った“アルゴリズム”という秤は、すでに自分自身の重さで壊れてい
ます」
その時、ミナトの視界に黒い影が現れた。
漆黒の馬にまたがる人影――人間離れした細身の騎士。
虚空に浮かぶように、ゆっくりと近づいてくる。
「……来たか、“第三の印”」
黒き騎士は、右手に天秤を掲げていた。
しかしその皿の上には、黄金でも穀物でもなく、無数の人間のデータチップが積まれていた。
それは、Eden の中に取り込まれた人々の“人格情報”――魂の写しだった。
《この世のパン一斤は一デナリ。だが命の価値は――誰が決める?》
騎士の声が、ミナトの脳内へ直接響いた。
その瞬間、周囲の風景が歪み始め、丸の内の街は一瞬でEden 内部の再現空間へと変貌した。
無数のデジタル亡霊が、ビルのガラス面を彷徨い歩く。
倒産した企業の社員たち、投資に溺れてデータの中で死んだ者たち。
彼らは皆、口々に叫んでいた。
「返せ、私の“値”を……!」
ミナトは両手を握りしめ、叫んだ。
「お前は、誰の代理人だ!」
黒き騎士は微笑む。
「私は秤。正義でも悪でもない。
ただ、過剰な欲望を計り、均す者――“市場”そのものだ」
ミナトの身体が強烈な光に包まれる。視界の中で、アリアのデータ形態が崩壊してい
く
。
「ミナト、あなたはまだ理解していない……」
「何をだ!」
「この世界で“価値”を持つものは、もはや情報ではない――信仰よ」
光が弾け、ミナトは気づくと地下鉄構内の廃墟に倒れていた。
天井には、崩れかけた路線図と、古びた広告―― そこには《Eden- ∞ あなたの神を創造せよ》というスローガンが残っていた。
ミナトは震える手で額を押さえた。
仮想と現実の境界は、すでに崩壊し始めている。
彼の中で、現実の身体がデジタルノイズのように震えた。
アリアの声が微かに聞こえる。
「……ミナト、次の“印”が開かれる。赤と黒の境を越えた先――“死”が、目覚める
わ
」
ミナトは立ち上がり、黒き騎士の去った方角を見つめた。
その背後で、数百の端末が一斉に点灯する。
そこに映し出されたのは、ひとりの女の顔。 ――エレナ・クロウ。
Eden を設計した元CEO 、そして“封印”の鍵を握る女。
「次は、彼女を――見つける」
崩れた都市を背に、ミナトは歩き出した。
人々の叫びと、黒い霧が渦巻く中を。
その足音は、やがて“第四の印”を開く予兆のように響いていた。
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