緋色の魔法遣い

Naoyuki Okada

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第二章 双焔

第八話 闘いの基本

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 決戦二日前。午前の授業が休講になったため、アルヴィナ、ルシア、シルビアの三人はイグニス寮の訓練場にいた。武勇を誉れとした祖イグニス・フォルティスの精神に則り、寮生がいつでも訓練をできるよう本格的な設備があるのだ。
 訓練場内は、姿勢を確認するための鏡張りになった壁が光を反射し、床は草で編まれた転んでも痛くない柔らかいマットで覆われている。
「アルは俊敏なんだけど、動きが直線的で回避コースが絞れるんだよ」
 シルビアが笑いながら短杖をくるくると回す。アルヴィナは頬を膨らませた。
(自分に攻撃の番を回さなければ意味がないってことね……)
「開始!」
 ルシアが号令。アルヴィナは左右にジグザグに走り、シルビアの狙いを躱しながら機会を伺う。
 シルビアは踵を鳴らし床へ掌を伏せる。荒れ地の雑草が芽吹くイメージが瞬時に具現化する。前回やられた〈〉だ。
 アルヴィナはジャンプで躱して、今度は自分のターンだと炎を放とうとしたその瞬間――
「うん、そうするよね~」
 予想した足元からの攻撃はやってこず、代わりにシルビアの短杖の先から既に放たれていた光弾が、跳躍中のアルヴィナの肩に命中した。
「きゃっ」
 衝撃で体勢を崩したところを、シルビアの短杖が喉元を制す。
「はい、チェックメイト♪ 相手が同じ手ばかり選ぶとは限らないよ」
 尻餅をついた姿勢で、アルヴィナは苦笑しつつも拍手する。
 「……完敗! すごい。とても奥が深いんだね、戦いって」  
(レティシアさんもこういうの得意そうだよなあ……)
 焦る気持ちを押し殺して、アルヴィナは再び手合わせを頼むのであった。

 同じ日の午後。アルヴィナは、座学の授業に使う書物を借りるため、図書館塔の螺旋階段を登っていた。息を切らしているそこへ、頭上からユスティナが分厚い革装丁の本を差し出した。
「〈魔法戦術理論・応用編〉第三巻。立ち読みお断りだから。返却期限は守りなさい」  
「ありがとう。でも私、文字だけだと眠く――」  
「図入りだし、読んで。魔法遣いの戦い方、予測と誘導の基本がまとめてある」
 そう言うと気が済んだのか、ユスティナは足早に去っていった。  
「こ、これも持ってまた降りるの……?」
 友人の善意に疲れた笑みを浮かべつつ、目的の本を手に入れてよろよろと図書館塔を後にするのだった。

 それから夕刻、再び訓イグニス寮の練場にて三本目の手合わせに挑む。
 今度はルシアが相手だ。空中を描くように手を振る。〝〟イメージが周囲から砂埃を集めて二人の間の空間に広がっていく。
 砂が目に入りそうになり、アルヴィナは咄嗟に瞼を閉じた。その瞬間、頭の中に青白い〈流れる矢印〉のイメージが浮かんだ。自分と相手、そして視界を遮る砂埃。その向こうから来るであろう、ルシアの放つ光弾の軌跡―
(右肩上から!)
 目を開くと同時に半身を引き、空中へ拳を突き出す。小さな火輪がスリングショットのように撃ち出され、ルシアの放った光弾とぶつかりあい炸裂する。その周りだけ視界が晴れ、アルヴィナは続けざまにルシアに向かって疾走した。
「わっ、当たってない!?」
 ルシアの視点からは、砂埃の中から急にアルヴィナが飛び出してきた形となり、驚いて思わず叫ぶ。反応が遅れ、次の動作に移ろうとした時には、既にアルヴィナの短杖がルシアの眼の前に突きつけられていた。
 アルヴィナ自身も驚きに息を呑む。心臓が早鐘を打ち、白い髪の先端が淡い朱に染まっている シルビアが目を丸くした。
「今の、偶然……?」
 ユスティナが背後の扉に寄り掛かり、腕を組んで見ていた。
「偶然じゃない。〈運命流うんめいりゅう〉――相手の行動を先読みし、未来予知のように対応する魔法戦闘技術。その片鱗だ」  
「私、そんなの習ったことないよ?」  
「やっぱり本、読んでないな……本能で辿り着いたなら大したものだ。でも理屈を知らなきゃ再現できない」
 アルヴィナは頷き、自室に置きっぱなしになっている本を思い浮かべる。
「わかった、ちゃんと読むよ。甘えてられないもの」
 天窓から漏れる夕陽が彼女の髪を朱に染める。  
 昨日までとは異なり、突破口が見えたアルヴィナの表情は明るかった。


 夜明け直後のイグニス寮。レティシアの私室に木箱が届く。蓋の内側には兄・レオポルトの筆跡。
 〝アンティクア家の者は常に最高の舞台に立て〟
 箱の中から現れたのは、裏地に鳳凰の模様を織り込んだ真紅のローブ。袖を通すと銀糸入りの肩章がひやりと肌を撫でた。

 〈八年前〉

 七歳の幼いレティシア。稽古中にきれいな炎をうまく出せず、兄の胸の中で泣いた夜。兄は黙って美しい真円の炎を描き「アンティクアの魔法は絵を描くように焔を操るのだ」と告げた。万物を燃やし灰にする力であるにもかかわらず、その美しさに少女は見惚れた。
 何でもできるお兄様。完璧なお兄様。憧れはやがて崇拝に近くなり、レティシアにとって兄はこれ以上はいない理想の男性像となった。

 そして現在。
 学園を卒業した彼は、父と同じく官僚の道を選んだ。いずれは魔法遣いの代表として、魔法の問題を扱うポストに就くだろう。優秀すぎる兄への憧れは、いつしか彼女の枷となった。絶対に届かない背中を遠くに眺めながら、鍛錬と貴族の仮面を被る日々。それも兄や家の名に恥じぬため……。
 鏡に映る自分へ微笑みかける。いつも通りの完璧な仮面。しかしその目からは、どうしてだか涙がぽろぽろと流れていた。
 あの白髪の同級生――アルヴィナが大講堂を破壊したところを、レティシアは偶然にも目撃していた。
 自分の魔法には無い、自由で感情のままに打ち出されたあの火を見た時、彼女の心に強い衝撃が走った。それはレティシアが生まれてはじめて抱いた嫉妬の感情かもしれない。
 それからは普段の彼女らしくもなく、毎日しつこくアルヴィナに付きまとっては勝負を取り付けたのだった。だが、その相手はというと、全く意識してくれていなかったことにレティシアは気が付き、彼女の心の中で何かが爆ぜた。
「勝つだけでは満足できない——わたしに許されるのは圧倒的勝利のみ」
 口から出た勇ましい言葉と裏腹に、涙を拭った表情は年相応に葛藤する少女のそれであった。

 午後、魔法の実習訓練。授業をサボって見物に来た学生、学外の黒服男まで混じり騒然としている。
 レティシアが短杖を構え、半歩回転。ローブの裾が描く弧と同期して炎が滑らかな弓の形を描き、炎がまるで鞭のようにしなって的を叩く。破裂音と共に、的が真っ二つに割れた。
「さすがアンティクアの妙技!」  
「まるで芸術だ!」
 アンティクア家に伝わる〈〉。〈弧炎こえん〉と名付けられた技だ。  
 歓声が連なる。炎の残像が消える前に二射目、三射目——連続した弧が宙に花びら模様を描く。一切の無駄のない炎の軌道に観客は息を呑んだ。
 オッズはさらに書き換わり〈レティシア1.1倍/アルヴィナ9倍〉の文字が出る。新聞部員が唸った。
「……ここまできても試合放棄しないアルヴィナさんもすごいわね」  
「確かに……彼女を取材すると面白い記事が書けるかも?」
 その騒がしい外野の声も、もはやレティシアの耳には届いていない。多くの目が注目する渦中にいる少女の胸中で吹き荒れている嵐になど誰も気が付かない。



------
▶︎次話『第9話 開炎前夜』につづく  

◆用語説明
レクティオ・ヴォーテックス・コンフリクトゥス(LVC)
 〈運命流うんめいりゅう〉とも称される、魔法使い同士の戦闘に特化した戦闘体系。「渦を読む衝突/戦闘」を意味する。  
 魔法による運命操作は、運命の流れに「渦」のような乱れを生じさせる。この渦を感知することで、相手の次の行動を近未来予知のように察知し、対応できる。LVCの使い手は常に「後出しじゃんけん」ができる状態に近く、この圧倒的有意差を覆すのは非常に困難といえる。
 LVCの達人同士の戦いはポーカーなどのカードゲームにたとえられる、極めて高度な読み合いを本質とする。
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