緋色の魔法遣い

Naoyuki Okada

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第四章 星綾祭

第二十六話 幕間「アストラネット」

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 世紀の発表の翌日から、学園は大騒ぎだった。エリスの通信技術を早くも事業化したい起業家が、押し寄せていた。
「この論文を書いた研究者と会わせてください」  
「仕様を開示して発注していただけたら、うちの工房で作れますよ」  
「あ、うちだって。入札制にしてくれるんでしょうね、当然」
 丸投げされたパトロナは対応に奔走していた。
(らちが明かない、全員を集めて説明会をしよう)

 授業のない休日に、学園の大講堂を借りて事業者向け説明会を開催することになった。
 大人数を収容できる筈の講堂はほぼ満員で、アストラフォラにいる全ての事業者が集まっているかに見えた。
「ええー……お集まりの皆様。本日は本校生徒エリスさんが開発した〈ネコノメ通信〉の事業化に向けての説明会ですが……本日彼女はこられませんため、代理でわたくしパトロナ・セリュシエが対応いたします」  
 予想された反感の声が次々と上がる。エリスはというと、大勢のギラギラした大人にすっかり怯えてしまい、姿をくらましていた。
『む、むーりぃ……お金とか興味ないんで、勝手にやってください……』
 実演に使った試作機にそうひと言だけ残して。
「ご不満はもっとも! そこで公平を期すために、ひとつ皆さんに競っていただこうと思います。
 講堂中がざわざわとなる。
「通信網の基盤となる中継機の仕様を公開します。あ、もちろん魔法の実装部分は安全性にも関わりますので秘匿しますがね。筐体部分の部品となる素材調達から製造までを、最初に仕上げた事業者さんに一挙に引き受けていただこうかと」
 なるほどと頷く。
「みなさん得意不得意があるでしょうから、業者さん同士で連携していただいて全くかまいません。我が校は営利団体ではないので、もっとも早く確実に実現できる方にお願いしたく存じます」  
「それなら話が早い。で、その仕様とは」
 パトロナが紙束を持ち上げる。
「入場時にみなさんにお配りした紙資料に書かれています。これは試作品の設計ですが、同じ要件を満たせるなら改良してコストダウンをされても結構です」
 一斉にがさがさと紙を捲る音が響く。
「なるほど、使われている金属も結晶も、ごく一般的に流通しているものだ」  
「学生にしてはよく考えられているが、もっとコンパクトに収められるな。うちの工房なら余裕で組めるぜ」
「手作り感満載だ。想像していたほど難しくない……すぐに懇意の商人に発注をかければ……」
 様々な議論が飛び交った後、皆一つの単語で目が止まった。
『虹彩六条の猫眼石』
 確認された採鉱地:ベルガ鉱洞  
 備考:鉱洞内罠多数。《狂狼サベージ・ルーパス》、《狩人ハンター》の群れあり。《千脚の穿者パイロカラパクス・ミリピード》および《不屈の暴虐者デュラゴア》の生息を確認。

「《不屈の暴虐者デュラゴア》……」  
「街一つを一夜で壊滅させる巨人……」  
「戦闘に特化した魔法遣いの一個小隊をぶつけて、追い払うのがせいぜいだという……好条件化で」
 大講堂が沈黙した。
 ひとり、またひとりと帰っていく実業家たちを、気の毒な目で見送るパトロナであった。

「民間では受注できないでしょう、これは」
 説明会の結果を学園長室で報告するパトロナ。学園長は苦笑いをする。
「〝上〟の仕切りに任せたほうが良いかもしれんのう」
 そう言うと壁にかけられた〈蛇が絡みつく杖〉の紋章が編まれた旗を見る。
「《OAG》なら猫眼石の調達もなんとかできるかもしれませんし。彼らの作戦行動にも、通信網の整備はメリットがあるでしょう」  
「そうじゃな…内々で動くならエリスくんもやりやすいじゃろう」

 その数日後、『虹彩六条の猫眼石』を持った謎の黒服たちがアストラフォラ中の工房に現れ、中継機の発注をしていった。  
 その間、説明会で「自分ならもっとうまく設計できる」と自信満々に豪語していた職人が姿を消し、やつれた顔で戻ってきたその夜にアストラフォラから出奔した。
 こうして急ピッチで量産されていく中継機に、最終的にエリス自信の手で魔法を組み込んでいく必要がある。
 エリス―その頃には既に『エリちゃ』で話すようになっていた―は、大量の中継機に囲まれて缶詰作業に明け暮れていた。  
 心配して様子を見に行ったユスティナだったが。
『いやあ、もう何年か掛かると思ってたけど、こんなに早くしかもタダで用意してくれるなんて。頑張るっきゃないじゃんねぇ』
 と目の下を真っ黒にして、エリスはギラギラ燃えていた。
『ま、最初のアストラフォラへの配備はうちでやり遂げたいけど、そこから先は人に任せないと無理だろうね。エリちゃん、この内職、一生続けることになっちゃう』

 それから暫く経ち、秋も深まる頃。アストラフォラ全域を網羅できる中継機の配置が完了した。
 市庁舎に招待されたエリスは、街中に流す放送の、最初のひと言をまかされていた。
 挨拶も早々に、人前では話せないと何処かに隠れたエリスは、ユスティナに代わりに持たせた『エリちゃ』ごしに、放送機に向かって言葉を発した。
『えー、みなさん、本日からウチが作った〈ネコノメ通信〉による、通信網の実用化がはじまります。どうじに、通話とメッセージが送れる魔法器〈ステラソナ〉の販売がはじまります! アストラフォラの暮らしがべんりになってくれると、エリちゃんちょう嬉しいです!』
 大人たちが微妙な顔をしている中、ユスティナは思わず笑ってしまう。
「なあエリス。この通信網の名前、なににするんだ?」
 一拍置いて、『エリちゃ』から返答。
『〈アストラネット〉、ってどうよ?』



◆用語説明
アストラネット
 学園都市アストラフォラ全域をカバーできる中継機を配置し、どこででもネコノメ通信をできるようにした通信網。本来なら通信相手に到達するまで総当たりスキャンをする必要があり、速度に問題が生ずる筈だが、何故か最短経路を一発で確立する。

ステラソナ
 携帯型のネコノメ通信機。通話とメッセージのやり取りができる。着信した時の音から「ソナベル」や「ソナピ」といった呼称が広まる。
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